第17話 接触
香織が事故に遭った翌朝、英二はカプセルホテルから聖路加中央病院に向かった。
昨日、一旦帰宅した際にラーメン屋に寄り事情を話してあるので、今日も一日休める。
病院に着いた英二は、二階の集中治療室に足を向ける。
香織を見舞えればと思っていたが、容態が安定するまでは、たとえ親族であっても入室は許可されなかった。
病院を後にした英二は地下鉄を乗り継ぎ、高田馬場で山手線に乗り換え、新大久保で降りた。
南に向かい十五分ほど歩き、歌舞伎町にある稲荷鬼王神社に足を踏み入れる。
この神社の撫で守りは、病気平癒の御利益があるとされ、お守りで身体の悪いところを撫でると、病気が回復すると言われている。
お賽銭を託し、香織の回復を願った英二は撫で守りを頂くと、次の目的地に足を向けた。
神社から五分ほど歩くと、大久保中央公園が見えてきた。
新宿区百人町にある大久保中央公園は、周囲をビジネスホテルや雑居ビルにぐるりと囲まれ、そこだけが周囲から浮いた感じだ。
意外に広い公園では、若者がバスケットボールに興じている。
英二が正面の入口から入ると、すぐ右手の細い木の周囲に、スマホに夢中の若者が四、五人、所在無げに立っている。ほとんどが大学生風だ。
英二が近くで様子を見ていると、奥の喫煙ブースから、肩に黒いバッグを掛けたスーツの男が、こちらに向かって来た。
「求人見て来た人、集まって」
若者がスマホから顔を上げ、男の元に集まる。
英二も、その輪に入る。
男がさっそく説明を始める。
「仕事は、指示された家に行って、お金を受け取るだけ。たったこれだけです」
「指示は、この携帯に出します」
男はバッグからガラケーを取り出し、左右に動かす。
「今日応募してくれた人には、この携帯を無料で貸すので、仕事の連絡用に使ってください」
「それぞれ、都合のいい平日を言ってくれれば、その日に仕事をして貰います。一日だけでもオッケーです」
「ここまでで質問は?」
メガネの若者がおどおどしながら手を挙げる。
「はい、あの、時給は幾らですか?」
「あ、この仕事は時給じゃなくて、完全歩合制。受け取った金額の五パーセントが皆さんの報酬です。なので、百万だと五万、二百だと十万」
「お金を受け取るだけで?」
「そう、受け取るだけ。受け取った金は、別のスタッフに渡して貰います。そのときに、五パーセントをその場で現金で渡します」
「マジ……スゲェ……」
英二の隣の若者が、思わず漏らす。
普通のバイト一月分の収入が数分で手に入る。しかも現金取っ払いだ。
「応募する人は、身分証を見せて、都合のいい曜日、板橋区とかの希望エリア、連絡先の携帯番号をこの用紙に書いたら、ガラケーを渡します」
若者たちに混じり、英二もガラケーを受け取った。
「これで解散しますが、渡した携帯は仕事以外では、絶対使わないように。使わない時は電子レンジに入れるか、電源オフで」
若者は散り散りに公園から居なくなった。
集まった全員が躊躇なく、オレオレ詐欺の受け子に応募した。
おそらく全員が、詐欺の片棒を担ぐ内容だと知っていて、申し込んだ。
公園の奥からは、同い年くらいの若者が、バスケットに熱中する歓声が聞こえてくる。
対極にいるような二種類の若者を目にした英二は、複雑な心持ちで公園を後にした。