第15話 聖路加中央病院
およそ一時間後、銀座からほど近い聖路加中央病院は、救急搬送された被害者やその関係者で騒然としていた。
白衣に袖を通しながら緊張の面持ちで走る医師、大声で連絡を取り合う看護師、その看護師を捕まえ、事情を聞き、懇願し、泣き崩れる家族。行き交うストレッチャーのタイヤの音。数多の喧騒がホールで反響し、院内の混乱に拍車をかける。
二十三年前に新人のナースとして、この病院で地下鉄サリン事件に対応した師長は、当時の野戦病院のような光景を思い出し身震いがした。
しかしこの事件が、この後日本中を震撼させるサイバー犯罪の序章に過ぎないとは、想像すらしていなかった。
四階の手術室のランプは全てが”手術中”と赤く点灯し、その中には重症の香織もいた。
英二がフロアで緊急手術の同意書にサインをしていると、二人の元に来た若い医者が、身内に連絡するよう勧めてきた。
香織の手術は、何時間かかるかわからないと言う。
二人が一階のロビーに降りると、大型のテレビモニターでクレイオスの事故のニュースが繰り返し流れている。
空撮映像が、広い範囲を黄色い規制線で囲った中央通りを映す。所々にブルーシートが見える。
無残な姿に変貌したカフェレストランの前には、数台のパトカーが停まり、沢山の警官が動めく。
「–––– 本日の十三時十五分頃、銀座のカフェレストランに乗用車が突入し、多くの方が被害に遭いました。この乗用車は、猛スピードで歩行者天国に入り込むと、次々と歩行者を跳ね––––」
現場レポーターが緊張した面持で、同じ内容を繰り返し伝える。
ソファに腰掛けた英二と隆は、変わり果てた銀座の様子を、しばらく無言で見つめた。
英二は初江に電話をかけようとしたが、思いとどまる。
その様子に隆が気づく。
「英二さん、どうしました?」
「いや、ばあちゃんに電話で、香織が事故に遭ったと伝えようと思ったんだが……」
「あ…また、詐欺の電話かもしれないって……」
英二が頷く。
「英二さん、僕が待機してますから、おばあちゃんのところに行ってあげてください」
「隆君、助かる。着替えなど用意してすぐに戻るから」
「はい」
「すまん」と言い、正面入口に向かいかけた英二が、足を止めて振り向く。
「……隆君、大丈夫か?」
「あ、…はい、大丈夫です、本当に」
隆がぎこちない笑顔で返す。
小さく頷いた英二は隆の肩をポンポンと叩き、入り口に消えていった。
英二を見送った隆はしばらく考え込み、自分の嫌な想像に頭を振った。
–––– argusのメールは、この事件の予告だったんじゃないか…… ––––
–––– もしくは、運転手が単に無差別犯で、たまたまクレイオスに乗っていた可能性もある…… ––––
隆はスマホを開き、”クレイオス 銀座”で検索する。
トップのクレイオスの記事に続き、様々な書き込みが並ぶ。
隆は一つのツイートに目を留め、リンクを開く。動画付きのツイートだ。
二十秒ほどの動画を再生する。
動画を二、三度繰り返し観た隆は、今回の事件が計画的犯行だったと確信した。
およそ二時間後の午後四時頃、英二は病院に戻った。初江は体調がすぐれないため、英二が説得し家で休ませていた。
英二と隆は連れ立って、手術室のある四階のロビーに向かう。
香織の手術室のランプは赤く点灯したままだ。何も出来ることがない二人は、一階のロビーに戻る。
「英二さん、さっき確認したんですけど、病院には八時までしか居れませんよ。もし手術が終わっても、香ちゃんは集中治療室に移されるので、付き添いは出来ないようです」
「わかった。あとは俺が残るから、隆君は帰って休んでくれ」
「英二さんは?」
「俺は新橋あたりのカプセルにでも泊まる。何かあれば、すぐに連絡する」
「わかりました。英二さんも、身体休めてくださいね」
「ああ、適当に休む。ありがとう」
「あ、それから、オレオレ詐欺に関係しそうなサイトいくつか調べたので、メール送ります」
「わかった、助かる」
病院を出た隆は築地駅の改札に入るも、足を止めて束の間立ち止まる。
家でじっと待つのが耐えられないと思った隆は、その足で会社に向かった。




