第12話 隠語
午前十一時に三十四度を超えた金曜日、開店と同時に英二は出前に追われていた。
「英二、生保ビルの次は千住警察だ。皿回収も頼むな!」
汗だくの店長が厨房から大声で叫ぶ。
「はい!行ってきます!」
駅周辺の企業から、冷やし中華の出前が相次ぐ。只でさえ食欲が湧かない暑さだ。
冷房が効いたオフィスで麺をすすりたいと、みな同じことを考える。
「毎度、出前お届けにきました。組対課さんです」
「ご苦労さん、二階に上がってくれ」
英二は軽く会釈し、階段で二階の刑事組織犯罪対策課に上がる。
隣の捜査一課は三年前の傷害事件で取り調べを受けたところだ。
出来れば早く済ませたい英二は、テキパキとこなす。
「二千六百四十円です、毎度です」
釣りを受け取った英二が、入口脇にある昨日の皿を下げていると、刑事の会話が耳に入ってきた。
「大久保でアヒルがバンかけした小僧が、サンズイの受け子だったってよ」
英二は耳をそばだてる。
–––– アヒル…制服警官のことだ。バンかけは職質。サンズイは、詐欺か… ––––
英二は服役中、受刑者が隠語で話すのを聞いていたため、すぐに意味を理解した。
「大久保だと新道組か?」
–––– シンドウグミ…… ––––
「ああ、恐らくな。まぁ受け子じゃ、いくら叩いてもホコリもでねえだろ」
「ただ、近頃のウチの管轄、サンズイのマルヒが多いしな、セイアンも本腰入れて、新宿署と合同捜査に入るらしい」
「てことは、ウチにも要請入るな……」
–––– 千住中央署の管轄で詐欺の被害報告が増え、生活安全課が新宿署と合同捜査に踏み切る可能性がある ––––
その夜十一時過ぎに帰宅した英二は、買ったばかりのスマホで、警察で耳にした言葉の検索をはじめた。
スマホの操作はバイトの山田君に教わってきた。
「シンドウグミは新道組のことか……」
新道組が新宿地区を仕切っていることは分かったが、英二が欲しい情報は、なかなか見つからない。
英二は睡眠時間を削って、深夜までオレオレ詐欺の情報を調べたが、詐欺グループに繋がる情報は得られなかった。
英二は初江の二百万円を、まだ諦めていなかった。