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燭蛾  作者: 美輪神 龍也
10/53

第10話 argus

‾‾‾‾

四菱グループホールディングス

ご担当者 殿

お世話になります。

怨社が発売した自動運転車クレイオスには

重大な欠陥があります。

今すぐリコールしないと、

怨社に不幸な事が起きます。

argus

‾‾‾‾


月曜日の朝、四菱ホールディングス広報室の田中奈々は、インフォ宛の奇妙なメールに目を留めた。

インフォとは、会社ホームページのお問い合せフォームに送られてくるメールのことだ。

四月に入社した新卒の田中奈々は、このインフォ宛のメールを全てチェックし、関係部署や関係会社に転送するのが仕事だ。


四菱ホールディングスは、連結売上高十兆円を誇る財閥系企業で、四菱自動車工業、四菱重工業を柱に、六百社を超える企業を率いる。


「なんだろう、これ……」

田中奈々は薄気味の悪さを感じた。

お問い合せフォームは、差出人の氏名、連絡先が入力必須で、通常は本文の下に、こうした情報が記載されている。

しかし、このメールには差出人の情報が無い。

つまり、フォームを使わずに、インフォのメールアドレスに直接送って来ていた。

インフォのメールアドレスは非公開のため、どうやって調べたのかも気になる。


「田中、どうした?」

隣の二年先輩の豊原が声をかける。

「これなんですけど……」

豊原は田中が向けたPCの画面に、さっと目を走らす。

「なんだこれ…イタズラにしても、悪質だよな」

「はい、気味が悪いです」

顔を近づけてPCを凝視する二人に、主任の篠原が気付く。

「二人で何見てんだ?」

「あ、主任、これ見てください」

豊原がプリントし、手渡す。

「…怨社…リコール…argus…アーガス?なんだこれ?」

「主任これって、脅迫じゃないですか?」

「うーん、たしかに脅迫とも取れるけど、不幸な事が起きますって……なんか幼稚だよな?しかも怨社って……貴社だろ普通は」

「警察に通報しますか?」

「いやいや、それは気が早すぎるし、そこは自動車側の判断だ。田中から、自動車総務に転送しといてくれるか?」

「はい、わかりました」

田中は、御社の判断で対処願いますと添え、自動車総務にメールを転送した。



数分後、四菱自動車総務部の竹田は、田中奈々が転送したメールに目を通していた。

「これ、脅迫じゃないか……」

「課長、少しよろしいですか?今転送したメール、ご確認いただけますか?」

課長の中山もメールを読む。

「怨社……なんだこれ?…クレイオスに重大な欠陥……アルガス?」

「課長これって、脅迫罪になりませんか?」

「リコールしないと悪いことが起きるか……たしかに脅してるな」

「どうしましょう?念のため、警察に届けますか?」

「いや、これだけで警察は大袈裟じゃないか?警察が絡むと、調査やら何やらで、けっこう手間取られるぞ」

インフォ宛のこの手のメールは、月に何件か届くため、中山はウンザリしていた。

「一旦私の方で預かる。それでいいな?」

「はい。よろしくお願いします」

中山はこのままこの件を放置して、他の業務に取り掛かった。



昼休み、四菱ホールディングスの田中奈々は、ポーチを小脇に挟み、会社のスカイラウンジに来ていた。

三十階建ての二十八階に位置する、全面ガラス張りのラウンジからは、三百六十度ぐるりと東京を一望出来る。夜はバーとしても営業するため、接待にも使える洒落た内装だ。

田中奈々はこのラウンジに来るたびに、インターンから勝ち上がって、この会社に入って良かったと、いつも思う。


運良く窓際の席を確保した田中が同期がいないか探していると、ランチプレートを持った見知った顔を見つけた。

「あ、横尾さん、ここ座れますよ」

「お、助かります。ありがとう」

横尾隆は田中奈々の隣に座った。

「えっと…田中さん、だよね?」

「はい、田中奈々です」

田中は四菱ホールディングスCSIRT(シーサート)のスタッフも兼務している。

通常CSIRTには、各部門から一名以上のスタッフが参画し、組織横断で運営される。

CSIRT専任の横尾隆の部門は、こうした部門のCSIRTスタッフのまとめ役でもあり、田中とは月例会で顔を合わせていた。


「そういえば横尾さん、今朝インフォに、変なメールが来てたんです」

「え?変なメール?」

「はい……」

田中は概要を説明した。


「たしかに気味悪いね。添付ファイルとか付いて無かった?」

「はい、それは大丈夫です。もし付いてても、開きません」

「お、さすがCSIRTスタッフ」

「そんな、横尾さんの研修のおかげです!」

CSIRTはサイバーセキュリティに対応する以外に、スタッフへの情報セキュリティ教育なども行う。

横尾が言ったのは、標的型メール攻撃という特定のターゲットを狙ったメールのことで、ウィルスを仕込んだ添付ファイルやURLを開かせて、様々な仕掛けをしてくるメールのことだ。

日本年金機構も、こうしたウィルスメールに感染し、個人情報をごっそり抜かれたと言われている。

「田中さん、念のためそのメール、僕に転送しといてくれるかな?」

「わかりました。戻ったらすぐに転送します」


田中奈々が去ると、隆はスマホのカレンダーを開いた。

週末の土曜日に”★香織 兄 銀座”と予定を入れてある。

隆はブックマークのリストから、”彼女の親に初めての挨拶NG集 NAVERまとめ”をタップし、昼休み一杯、熟読した。


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