教会編 42話 勇者 自身の大罪を知る。
年末年始は休もうかと思いましたが、話が出来上がったので投稿します。
男について行くと、そこは大きな屋敷が立ち並ぶ貴族街だった。僕達が案内されたのは、その中でもひときわ大きな屋敷だった。
ここは本当に貴族街なのか? 立派な屋敷が並んでいるが人気がほとんどない……何故だ?
当然だが、宰相であるこの男の屋敷も、人が住んでいるとは思えないほど荒れている。この屋敷でこの男は一人で住んでいるのか?
僕達は騙されているのか?
「酷い荒れ様でしょう? 私自身もこの屋敷に帰ってくるのは数ヵ月ぶりなんですよ」
え? なぜ帰ってきていないんだ? こんなに立派な屋敷があるというのに。
「ここは何なんだ? 貴族が住むような立派な屋敷が立ち並ぶのに、人間が住んでいるとは思えないほど荒れている」
「この屋敷に帰るのは辛いのですよ……。それに、この周辺の貴族は、クーデターの時にほぼ粛清されましたから。今では貴族というだけでこの国の住民達は白い目で見てきます。まぁ、仕方ありませんからね」
クーデターがあったことは、教会で聞いている。
教会には、ネリー女王が善王であった前ファビエ王を殺し、実権を握る為にクーデターを起こしたと聞いた。
教会の言うように、ネリー女王が独裁して住民を苦しめているのなら、この国の住民の顔は何だ?
アブゾールの方が何と言うか、眼に力が無いのは間違いなくアブゾールだ。
そんなことを考えている僕を男が冷たい目で見る。
僕達は、会議室のような所に通される。
ここも荒れているようだ。
「さて、記憶が無い貴方に聞くのは心苦しいのですが、この屋敷に見覚えはありますか?」
「い、いや……覚えていない……」
「そうですか……」
僕がそう答えると、男は悲しそうな顔をしている。
覚えていないというのは本当だ。ただ、この屋敷を僕は知っている気がする……。
男の表情を見る限り、僕がこの屋敷で何かをしたのだろう。
いったい何をしたんだ? 思い出そうとすると頭が痛くなる。
「ここで何があったんだ? あんた達は僕達を知っているんだろう? 教えてくれ!」
「良いのですか? 知らない方が幸せということもあるのですよ?」
「あぁ。知りたいんだ。僕が何者かを……」
男は僕に紙の束を渡してきた。
紙の束の最初のページを見ると、信じがたいことが書いてあった。
『勇者タロウを召喚した日』
僕を召喚した日? 僕はこの世界の人間じゃないのか?
この男は、僕を召喚した人間なのか?
「これはどういうことだ!?」
「貴方は勇者としてこの世界に召喚されました。召喚したのはファビエ前王と前王の側近の貴族……私達です。だから、貴方が私達とこの国を恨むのは仕方ありません」
恨むか……。
確かにこの男の顔を見ると心の奥底から腹が立つ。
もしかしてその理由が召喚されたからか?
ということは僕はどの世界の人間なんだ?
それにさっき魔族と話をしていた僕の性格が変わっているという話……僕は一体何者なんだ?
僕は紙に書いてあることを読む。
ここに書かれている内容は、僕がいつも見る悪夢と同じ内容だった……。
こ、これは何だ? これを全部、僕がやったというのか!?
こ、こんなもの覚えていな……うっ!!
頭が痛い!!
おかしくなりそうだ!!
書いていることが本当ならば、この国に恨みを持っているからと言って、こんなものが許されるわけがないじゃないか!!?
僕は他の仲間達を見る。エレーナを除き、三人とも顔を青褪めさせている。
おそらく、僕との関係……それに自分達がやったことが書いてあったのだろう。
僕と目が合ったソレーヌが、泣き出した。
僕はつい、目を伏せてしまう。
「逃げるなよ。お前達が知ると言ったんだ。これは全て本当にあったことだ」
魔族が僕を睨む。
最初は魔王レティシアが、勇者一行である僕達を欺くために、こんなことをしていると思っていたが、ここに書かれていることが本当のことだと俺の中の何かがそう思っている。
し、信じたくはない。僕は、僕は……。
「目を逸らすなよ。お前の目の前にいる宰相の息子とその婚約者も、お前が殺したんだ」
「な!!?」
僕は書かれていることをくまなく見る。
宰相の息子の婚約者を目の前で強姦し、息子ともども殺した? う、う、う……。
うわぁああああああああああああ!!!!!!!!!!
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!
「こ、こんなもの嘘だ!! もしこれが本当ならば、あんたはなぜ俺を憎まない!! 殺さないんだ!!」
「私に貴方を裁く権利はありませんよ」
「なんでだ!!」
これが本当ならば、僕は許されるはずがないじゃないか!!
僕は……僕は……。
「私には貴方をこの世界に召喚してしまった責任があります。これは私の罪です。貴方は私の知っているタロウではないでしょう。しかし、私以外の人間が貴方を許すとは思えません」
……その通りだ。
今は記憶にない。けれど、それを言い訳にはできない。
どうすればいい……。
僕は仲間達を見る。
仲間達は僕と目を合わさない……。
「あ、あの。私はいなかったのでしょうか?」
エレーナが疑問を口にする。
確かにこの紙に書かれている内容には、エレンという聖女はいたが、エレーナはいない。どういうことだ?
「これはレティシア様の推測でしかないのですが、エレン様の肉体を使い再生されたのが、エレーナさんだと思うのです。アブゾルは、エレン様の人格までは再生できなかった……と推測されていました」
「そ、そんな……私は……」
僕達は、この事実に戸惑うことしかできない。
エレーナだけは特別だった? いや、神アブゾルが魔王レティシアを動揺させるのならば、エレンという聖女を復活させればよかったはずだ。
何故、そうしなかった?
「なぁ、僕達はどう償えばいい? 教えてくれ」
「それは私達が考えることではありません。貴方達が考えることです」
宰相は、冷静な顔をしている。きっと、僕を殺したい程、憎いだろう……。
僕達は、ジゼルの転移魔法でアブゾールへと帰って来た。
教会には僕達専用の屋敷が併設されているが、とてもじゃないが帰る気になれずに、この国の一番安い宿屋に泊まった。その間、僕達は一言も会話をすることは無かった。
次の日、僕達はこれからどうするのかを話し合い始める。
しかし、エレーナを除く3人はそれぞれを睨み合っている。
記憶が無いとはいえ、僕達の関係はおかし過ぎた。それぞれが僕を憎んでいてもおかしくない。
エレーナは今の状況に戸惑っているようだ。
「タロウ。貴方が大罪人ということはわかったわ。いえ、私達もそれは同じね……」
ソレーヌが沈んだ声でそう話しだす。
ソレーヌの言うことは正しい。しかし、気になることもある。
教会は何故僕達を生き返らせたんだ? しかも記憶を消してまでだ……。
「エレーナ。僕達の記憶が無いこいうとは君も知っているだろうが、君の記憶はどうなんだ?」
「私は……、実は幼い頃の記憶も持っています。しかし、二年ほど前に私は死んでいるはずなのです」
「どういうことだ?」
「分かりませんが、私は体が弱く、病気のせいで死ぬほどの苦しみを感じ、息絶える瞬間のことも覚えています。それに今の姿は本来の私の姿とは違います。聖女に選ばれた理由も分かりません」
どういうことだ?
エレーナが二年前に死んでいる? いや、神アブゾルは僕達を生き返らせている。人間を生き返らせることなど雑作もないはずだ。
「ジゼル。僕を恨む気持ちも分かるが、今は目をつぶってくれ」
「……分かった」
「教皇に真意を聞く。お前達はファビエに戻れ」
「ダメです!! そんなことをすれば、貴方が危険な目に!!」
エレーナの言う通り危険だろう。
だけど僕にはどうしても確認したい事がある。教皇には僕一人で会うつもりだ。
確かにソレーヌ達も罪人かもしれないが、僕……いや、俺に操られていたとでも言えば、魔王レティシアに匿ってもらえるかもしれない。
「ファビエで僕に操られてたとでも言えばいい。魔王レティシアと話をするんだ!!」
魔王レティシアが恨んでいるのは俺一人のはずだ。エレンを死なせた俺をな……。
タロウ達の性格の変化はこの後の話でちゃんと説明を入れます(その予定です)
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