閑話 宰相の罪と勇者
私はファビエ王国で宰相の職に就いている者です。
私の目の前には、体中に青あざを作った男が両腕を鎖で繋がれて、ぶら下げられています。
レティシア様の話では、常に癒しの魔法がかけられているので、身体に外傷はないとおっしゃっていたのですが、酷い顔をしていますね。
彼は、私の姿を見て睨みつけます。
かつてはその目が恐ろしかったものですが、息子が殺されたあの日から、彼の目を何とも思わなくなっていました。
私の息子は、彼の危険性をいつも私に訴えていました。
……もし、あの時私が息子の言葉を真剣に聞いていれば……。いえ、聞いていたとしても私ではどうする事も出来ませんでしたね。
本当は挨拶などしたくもありませんが、私は彼をこの世界に呼んだ者の一人として挨拶くらいはしておきましょう。
「お久しぶりですね。タロウ」
「宰相……、てめぇも同罪の筈なのにどうしてお前は自由にしている?」
思っていたよりも、元気なようですね。……同罪ですか。それは否定はしませんよ。
自由ですか……。本当は貴方のように罰を与えて欲しかったのですがね。
「そう睨まないでください。今日は私が拷問する日なのですよ」
「なんだと!? てめぇも俺をこの世界に呼び込んだ原因の一人だろうが!?」
「そうですね。私は確かに貴方をこの世界に召喚した時にその場にいた人間です」
「そうだろうが!! だから、てめぇには俺を助ける義務もあるだろうが!!」
「……」
助ける義務ですか……。
そうですね。
本来ならば、この世界に無理やり連れてきた者としては助けるべきなのでしょうが、私ではこの鎖を外す事は出来ません。
そのくらいレティシア様の魔法の効果は素晴らしいモノなのです。
それに……。
「例えばです……。私が貴方を逃がしたとして、解放された貴方は何をしますか?」
これは聞いておくべきでしょう。どうせ碌でもない事を考えているのでしょうが……。
「あのチビを殺してやるんだよ!!」
「チビ? レティシア様の事ですか? 貴方がレティシア様を? ……ふふっ」
私はつい笑みをこぼしてしまいます。
愚か者とは思っていましたが、ここまで自分の力を過信した愚か者とは……。
「な、何を笑ってやがる!!?」
おや、怒らせてしまいましたか。
確かに彼は自分が強いと勘違いしてらっしゃったようですね。実際は勇者の力を振りかざしていただけで、技量は一般兵にも劣っていたというのに……。
兵士を鍛えてやると、寝言を言っていた事もありましたね。懐かしい話です。
同じ鍛えてやるという言葉でも、レティシア様の場合は、実際鍛える事で兵士達は格段に強くなっています。まぁ、その事を知らないようですけど……、いえ、知らなくて当たり前ですか。
「貴方は今のファビエ王国を舐めているのですか?」
「何?」
「貴方の勇者としての能力は確かに認めます。ですが、今のファビエ王国からしてみれば、勇者の力を使っていただけの貴方程度では、一般兵士にも勝てやしませんよ」
「嘘を吐くな!!」
「嘘? 何故、私が貴方に嘘を教える必要があるんですか?」
「てめえらが俺の力を恐れ……ぎゃあ!!」
あまりにもふざけた事を言うので、つい手が出てしまいました。
私には彼を傷つける資格がないというのにです。
「な、何しやがる!?」
「何をする? ですか……。貴方は忘れているかもしれませんが、私も息子を殺されているんですよ?」
「あ、あれはお前の息子があの女を守ろうとするから悪いんじゃねぇか!!?」
あの女……ですか。
あの子にも悪い事をしました。
殺された息子の婚約者をタロウが欲しがった事から、私の息子ともども殺されたあの子……。彼女の家族も前国王により、一族断絶という結果に……。
今更ですが、罪の重さに押しつぶされてしまいそうですね。
「私は息子を誇りに思います。この世界にお前のような下衆を解き放つ事に危機感持ち、ずっと私に訴えてきていた」
『勇者タロウはいつか国をも滅ぼすぞ。父上!! 貴方なら止められる筈だ!!』
息子の言葉が、耳から離れません。しかし、愚かだった私は、息子の言葉よりも国王の言葉を優先しました。
その結果が勇者タロウの暴走と、ネリー様達によるクーデター。私もあの時に死ぬべきでした。
何故、ネリー様は私を生かしたのでしょう。
『宰相さん。貴方には罪の意識を感じて生きて貰います』
その言葉を聞いたのは、レティシア様が城内で兵士を斬殺していく一日前。私は意味も分からず、自室で震えているだけでした。
何故、ネリー様はあんな言葉を? 兵士達が殺されていく恐怖を味わえと?
私は、床に落ちていた拷問具の一つを拾い上げます。
「ま、待ちやがれ!! 悪いのは全部王だろうが!? そして、それを止められなかったお前にも責任はある!!」
「そんな事、貴方に言われなくともわかっている事です。私が王を止めていればよかったのです。止めれなかった私にも、当然責任があります」
だからこそ、貴方を救う為にも、貴方を殺しきってみせましょう。
……そして……。
「や、止めてくれ……」
「さぁ、始めましょう」
あれから何時間経ったでしょう。タロウを痛め続けて、殺しては生き返ってを繰り返し……。
私の心がスッキリするのも分かります。きっと、自己満足なのでしょうが……。
しかし、レティシア様の癒しの魔法は強力です。本来は数十回は殺せているはずですが、今は二、三回でしょうか? タロウは泣きながら、生き返っては助けを求めます。
タロウが助けを求めるたびに、私を睨むように死んでいった二人、家族が殺され泣き叫ぶ人々の目を思い出します。
殺されていった人々は、私にも罰が下るよう願っているはずです。
「安心してください。貴方を殺しきった後に、私も後を追いましょう……」
私の顔を見たタロウは、その顔を絶望の色に変えました。今更ですが、私の覚悟を知ってくれたのでしょう。
私は手に持つ鈍器を振り上げます。
……が、振り下ろす事は出来ませんでした。止められました。……この力は?
「ダメですよ~」
この声は……。
私の後ろには、私の鈍器を止めているレティシア様が立っていました。
「レティシア様!?」
「この勇者は、貴方だけのモノじゃありません。他の人が楽しめないでしょう?」
そう言って、レティシア様は笑顔でタロウを痛めつけ始めます。
殺さないように、自然治癒で回復しきる程度の威力にとどめた攻撃で……。
「ごぼぉ!! ぎゃあ!!」
暫くすると、飽きたのか鈍器をタロウに投げつけ、私に視線を移します。
「レティシア様……。私はどう償えばいいのですか? 私は、タロウを解き放った人間の一人です。その責任があります!!」
正直な話、レティシア様は暴力の化身のような存在です。
この方も私を殺したくて仕方が無いでしょう……。しかし、レティシア様は笑顔です。
「そうですね。貴方に罰があり、とれる責任があるというならば、それは姫様を支える事です。貴方の息子さんの話は姫様から聞きました。私には、親というモノが分かりません。お母さんの記憶がよみがえったのは、アブゾルを殺した後ですから……」
「え?」
ど、どういう事ですか? 神を殺した後に記憶が戻る? それは……。
「私の話はどうでも良いです。話を戻しますが、息子さんは貴方を誇りに思っていたそうじゃないですか」
「そ、そんなはずはない!! あいつは私を軽蔑していたはずだ!!」
「姫様から聞いたのですが、息子さんに軽蔑されていたのは宰相として……国の為に働かなかったからでしょう? ならば、今からでも息子さんの誇れる父親に戻ればいいんですよ。姫様はそう言っていましたよ」
……し、しかし……。
「知ってますか? 生きている方が罰になる事もあるのですよ? 死んだら終わりでしょう? それこそ楽になってしまいます。だからこそ、ウジ虫を殺さないんですよ? コレには死んだ方がマシな地獄を与えるつもりなんですから」
「生きている方が罰ですか……。分かりました。今のわたしにどこまでの事が出来るか分かりませんが、誠心誠意この国のために働きましょう……」
私はレティシア様の前に跪きます。
「それでいいのです。で? これからどうします?」
「これからとは?」
「続きを楽しむのも構いませんし、姫様に決意を報告するのも構いません。姫様が心配していましたから……」
「ネリー様に決意を報告しに行きます。そして、もうここに来る事もないでしょう」
「何故です? まだ、罪の意識が邪魔をしているのですか?」
「いえ、タロウを痛めつける事で、もう気が晴れました。後は、私への罰の番です。もちろん、この国を良い方向へと進める為に働くという事です」
私がそう言うと、レティシア様は笑顔を向けてくれます。
……。
いつか私が死んだときに、少しでも息子とあの子に顔向けできるように……。
活動報告にも書きましたが、今日の一冊に紹介されました。期間は12月18日の13時59分までだそうです。もしよかったら、そちらの方も見てみてください。
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