12話 タロウの罪
聖女エレーナの顔を見たエレンちゃんは激怒した。私は必死にエレンちゃんを落ち着かせて、レティシアちゃんがどう動くかを注視した。
しかし、私やエレンちゃんの不安をよそに、レティシアちゃんは聖女エレーナに興味を持っていなかった。
「レティシアちゃんはエレンちゃんと同じ顔の聖女に、何の感情も持っていないみたいだね……。少し安心した?」
「私はレティを信じていましたよ。それよりも、あの不快な聖女を何とかしてください。私の顔でレティを悪く言うなんて……、こ、殺していいですか?」
はぁ……。
まったく、顔を引きつかせながら言う言葉でもないと思うんだけどなぁ……。
「エレンちゃん。無理にそんな怖い言葉を使わなくてもいいんだよ。それに、彼女の顔は、アブゾルを完全に殺しきった後に、元に戻すつもりだからね」
「元に戻す? あの聖女の本当の顔はアレじゃないんですか?」
「うん。違うよ」
うまく誤魔化しているみたいだけど、私の様な『神の眼』を持つ者を騙せるわけがない。
上手く魔法で顔を変えているが、あの肉体もエレンちゃんではなく完全な別人だ。
エレンちゃんの魂はここに居る。そして、肉体も利用できなかったはずだ。
さて、続きを見ようか……。
しかし、あの性格が破綻していたタロウがちゃんと勇者っぽい事を言っている。
その中に一つ気になる言葉があった。
「今、タロウがレティを『魔王』と呼びましたね。アブゾルと敵対しているとはいえ、どうして魔王なのでしょうか?」
「うーん」
アブゾルがレティシアちゃんを魔王と呼ぼうとも、レティシアちゃんが神ギナの勇者である以上、アブゾルの策は愚策に見える。
じゃあ、別の目的でもあるのかな? それとも、ただタロウの記憶を弄る為にそう呼ばせたのかな?
でも、記憶が完全に弄れていないのか、夢という形で以前の記憶が戻ろうとしているみたいだね。
いや、そもそも、他人の記憶を弄るというのは高位の神でも難しい。アブゾル如きが完璧に記憶の改変が出来ると思えない。
そもそも、人の記憶を完全に弄ろうと思ったら、全ての記憶を一度完全に破壊して、一から入れなおす必要がある。それには特殊な能力も必要となる。
勿論、アブゾルにその能力はない。アブゾルがやっているのは、催眠の類だろう。
新たな記憶を催眠によって入れ替えられた勇者一行は、魔王レティシアちゃんに一方的に負ける事になる。しかし、レティシアちゃんが彼等を殺す事はなかった。
「しかし、意外だね」
「何がですか?」
「いや、レティシアちゃんならタロウ達を無慈悲に殺すと思っていたんだけど、今も殺さずに生かしている。どういう事かな?」
「うーん。殺す価値がないと判断したとか……」
エレンちゃんも辛辣な事を言う。でも、それが一番可能性が高いね。
それとも……。
「まぁ、レティシアちゃんが何を考えているかは分からないけど、彼女が見逃すというなら、タロウを今は放置でいいだろうね」
その後のタロウの行動は意外な行動の連続だった。自らファビエに戻り罪と向き合い、そして教皇の下へと戻った。
きっと、殺されると分かって戻ってきているのだろう。
そんなタロウの様子を見ていたエレンちゃんが私に「サクラ様。そろそろ介入しなくていいんですか?」と聞いてくる。
「うん? エレンちゃんもタロウに同情心でも持ってしまったかな。でも、アレは自業自得なんだ。まだ、介入しちゃいけない。エレンちゃんが介入していいのはアブゾルが完全に現れた時だけだよ」
きっと今介入しても、アブゾルを逃がしてしまう結果になるだけだ。今は我慢をしてもらわないと……。
……とその時。
「サクラ様!?」
エレンちゃんが声を上げる。
ついに現れたか……。
少年の姿をしたアブゾル。
記憶が戻ったタロウを消す為に現れた? 何の為に?
アブゾルからすればタロウの記憶が戻ろうとどうでもいいはずだ。それなのに、わざわざタロウの前に現れ、直接殺し仲間を逃がす……。何がしたかったんだ?
でも、これで……。
「さて……。お仕事にでも行こうかな……」
「え? お仕事、という事は介入するのですか?」
「違うよ。別件だよ。すぐに帰ってくるから、それまでエレンちゃんはレティシアちゃんの様子を見ていてね」
「は、はい」
私は死界の門が現れた場所へと向かう。おそらく殺されたタロウの魂は死界の門を通ろうとするだろう。しかし、そうはいかない。
確かに、勝手にこの世界に連れてこられたタロウの心情には同情する。でも、この世界で彼が行ってきた事は、間違いなく許されない。
死界の王から連絡が来る。タロウの魂を捕らえたそうだ。
普通の魂であれば死界の門を通過する事により、死界の住人となり、それぞれが転生までの期間、死界で暮らす事になる。ただ、罪を犯した者は、地獄に連れていかれる事も多い。
ここでいう罪とは人を殺すなど、人が定めた罪じゃない。
例えばレティシアちゃん。アレだけ人殺しをしていても、おそらく地獄に行く事はないだろう。それは、別に私のお気に入りだとかそんな理由じゃない。レティシアちゃんが人を殺す時にはだいたい理由がある。相手からすれば理不尽かもしれないが、主に復讐や敵対行為の結果だ。
人には感情がある以上、それを罪とは呼べない。
そもそも、レティシアちゃんの過去を考えれば、世界を滅ぼす資格すらあるかもしれないからだ……。
それに比べてタロウは違う。
確かに自分の知らない世界に勝手に連れてこられてこの世界を恨むのは分かる。ある意味、タロウもこの世界に復讐心を持ってもおかしくはない。
ただ、タロウの場合は、人の尊厳まで奪った。ただ、殺すだけじゃない。それ以上の事をしている……。
人はそれを大罪と呼ぶ。
「色欲……。大罪に該当するとは思わなかったよ。でも、これで永遠の罰が適用されるって事だね」
「……はい。ここで反省の弁の一つでもあれば、情状酌量されたかもしれません。ですが彼の心に反省の色はありません」
この赤い髪の毛の女性は死界の王、シェリルちゃん。私に匹敵するほどの力を持つ大魔王だ。
どうやら、死界に来たタロウはシェリルちゃんに謝罪するどころか、無礼を働いたみたいだね。
「反省といえば、アブゾルに殺されるまでに入っていた人格は何だったのだろうね……。あの性格であれば反省しただろうけど……」
「アレはあの者の本心ではなく、作りこまれた性格だからこそでしょう」
なるほどね……。
という事は……。
「シェリルちゃん。タロウに会う事は出来るかい?」
「あまりお勧めはしませんが?」
「あはは。ちょっとした嫌がらせをしてやろうと思ってね」
私は口角を吊り上げタロウの前に行く。
タロウの仲間と肉体は助けてあげるけど、タロウの魂は助けないよ。