10話 確信
「え? どうしてそう断言できるのですか? 万が一、レティシアがグローリアを殺してしまえば、二国間の関係は最悪になります。そうなってしまえば、戦争に発展しませんか?」
「うん。レティシアちゃんの性格を知っていると、その心配をするのは分かるよ。まぁ、そうならないとは言い切れないだろうね。でも、レティシアちゃんの周りにはネリー女王やレッグ王配がいる。その二人がいるのだからグローリア皇王がレティシアちゃんを挑発したとしても、レティシアちゃんを止めるよ」
それに、私がレッグの過去を見た限り、レッグとグローリアは昔馴染みみたいだし、どちらかというと友に近い関係だから、グローリアが死ぬような選択はしないだろう。それに……。
「彼は、レティシアちゃんと唯一引き分けた男だからね。グローリア皇王もレティシアちゃんに喧嘩を売ろうとはしないよ」
「え!? グローリアはそれほどまでに強いのですか!? それって、彼でもアブゾルを倒せたという事じゃ……」
彼がレティシアちゃんと引き分けたと聞くと、そう思うのだろうけど、彼が引き分けたレティシアちゃんは、十歳当時のレティシアちゃんだ。今とは違い、そこまで強くは無かったはずだ。
「いや、それは無理だろうね。今のレティシアちゃんではなく十歳くらいの頃だったからね」
「十歳? グローリアは、十歳の少女と引き分けたのですか? いくらなんでもそんな子供に……」
「月の女神がレティシアちゃんを鍛えているけどね……」
あの子はあくまで魔物の効率のいい殺し方を教えただけなんだけど、レティシアちゃんはうまい具合に、人の殺し方に昇華させ、自分の技術に変えてしまった。
元々、母親の死因が原因でタガが外れてしまっているレティシアちゃんが人殺しの技術を得てしまったら、もうこの世界に止められる者はいなくなっていただろうね。
現に、当時グローリア皇王は、騒ぎになったおかげで命拾いしているっぽいし……。
「まぁ、今は私達が口を出す必要はないよ。グローリア皇王には、情報を与えてあるし、有効に使ってくれるはずだよ。それよりも、エレンちゃんはどう?」
普通であれば、たった一月で神族の力を使いこなせるわけがない。だけど、エレンちゃんならそれが可能だと思っている。
「はい。エレンは本当に才能の塊です。神族としての知識と神聖魔法はほぼ覚えました。しかし、早速神界の問題児に目を付けられました。そして、いくつかの魔法を教わっているみたいです」
「あはは……。レナータ。手遅れになる前にエレンちゃんをゆづきちゃんから引き離しておいてね。あの子は性格が破綻しているんだから」
あの子が関わると、エレンちゃんの常識が無くなってしまう……。いや、神界って神様の住まう世界なのに、問題児多すぎない?
それから三日経ち、ファビエ勢はエラールセと同盟を結んだ。これから始まる教会との全面戦争もこれで安心だろう。でも、別の問題が起こってしまった。
「タロウが何者かに殺されたか……」
タロウがいた拷問部屋にはレティシアちゃんの結界が張られていた。あの結界に無断で入れば、レティシアちゃんにバレてしまう。
勿論、私の様な神族であれば気付かれずに侵入する事は可能だけど、これで確信した……。
「アブゾルは生きている」
タロウが持っていたいくつもの命を、一瞬に散らす事は普通に考えて不可能だ。
例えば、一撃で殺し、一つの命を奪ったからといって、次の命に生まれ変わるまでの時間が必要となる。必要な時間は数分とかではなく、最低でも数時間は必要になるはずだ。
じゃあ、タロウはどうなったか……。
「一人の人間にいくつもの魂を持たせるのは一種の呪いともいえる……。その呪いを解いてしまえば、与えられた魂は死界に送られる。残るはタロウの魂。それをどうしたかだね……」
実際にその辺りは現場に行かなければ判断は出来ないが、仮に、魂が視界に送られれば死界の門の気配が残っているはずだ。それに、タロウの魂はアブゾルに持ち去られたと思っていいだろう。そう結論付けているのは、タロウが死界の門を普通にくぐる事はないからだ……。
タロウの魂は特別な場所に飛ばす予定になっている。だから、タロウの魂が死界の門をくぐった時点で、私に連絡が来るはずだ。
「レナータ」
「はい?」
「ちょっと出かけてくるよ」
「どこにですか?」
私は拷問部屋を映す魔宝板を指差す。
「勇者タロウが殺されたのですか?」
「多分ね」
私はレティシアちゃん達が去った後、拷問部屋に転移する。
この拷問部屋には嫌な血の臭いがこびりついているが、まだ新しい。
「ここはレティシアちゃんが作り出したのかな?」
そう思えるくらいに、新しいのだ。
長年使われている拷問部屋というのは死の臭いがこびりついている。それに比べ、ここは血の臭いこそこびりついているが、死の臭いはこびりついていない。
恐らくだけど、ここはタロウの為にだけ作られたんだろうね。
「さて、痕跡は残っているかな?」
私はタロウがいたと思われる場所を調べる。すると、黒い煤のようなモノが落ちていた。
「これは、タロウの燃えカス?」
私はその煤を指ですくう。
これは……。違う。
私はいつきちゃんに買わされた過去を見る魔宝具を取り出す。そして、煤のようなモノをセットして、魔宝具を発動させる。すると……。
「これは、アブゾルの過去か!?」
タロウの燃えカスであれば、タロウの過去が見えるはずだ。という事は、これはアブゾルが侵入した形跡という事になる。
私はアブゾルの過去を思考加速して見る。そして……。
「もう確定だ。アブゾルは生きている。そして、その正体はアブゾル教が経営している孤児院の子供だ……」
チッ……。
アブゾルの奴、今度は厄介な人間に化けたモノだね……。