私とネット小説
私はおじさんが嫌いだ。
おじさんはうるさい。
まず話が長い。すぐに面白くもない昔話を自慢げに始めるし、おまけに説教くさい。頼んでもいないことにしゃしゃり出てきては、ろくに解決もせず、引っ掻き回して去っていく。他人の粗探しは上手いくせに自分の仕事は大抵大雑把で「どの口が言ってるんだ」と毎回思わされる。
身だしなみも大概だ。
ドラマで見るような小ざっぱりしたおじさんなんて見たことない。シャツの襟や袖は汗染みて黄ばんでるのが普通だし、スーツだってよれよれだ。髪はこってり整髪料で固められてるか、ぼさぼさか、つるんといっちゃってるかのほぼ3択。髭なんかも事務所の中では無精なのが普通で、営業に出る時なんかだけ電気シェーバーであたってるけど、だったら家を出る前に剃ってこいって言いたい。
匂いも嫌だ。なんか独特の臭いがする。タバコと汗と、脇とか足とか、もう全体だな、とにかく臭い。
変な粉を掛けてくるのも気持ちが悪い。「セクハラ」がかなり通用するようになったので、前ほど露骨に誘ってくるようなことはなくなったけど、それでも色目を使ってくる奴が全くいない訳じゃない。そういうのはそういう所に行って解消して欲しい。私にだって選ぶ権利くらいある。
でも大体現実はそうだ。最近は「おっさん」が脚光を浴びることも多いみたいだけど、結局それは「作られたおっさん像」であって、演じてるのがそれなりに人気のある中年俳優だったり、外見は少年だったり、すごくレベルが高いチートキャラだったりして、実像とは程遠い。
いや、世の中にはそういう人もいると思うよ?でも、世の中のおじさんの何%がそうなんだろうね。少なくとも、私のいる会社にはその何%かに該当するような人はいない。
全員もれなくただのおじさんだ。
だから、
「すみません村田さん、この見積書に押印頂けますか」
「……」
私の横に座って、書類を受け取っている人もそうだ。
「すみません村田さん、このメールに返信をお願いできますか。主任以上の確認が必要なようですので」
「……」
何とか言えよ!
村田さんは黙ってメールに目を通し、黙って返信する。この人と隣り合わせになって一年近く経つが、会話としてのコミュニケーションが取れたことはほとんどない。
「はい」「うん」「分かった」その位だ。
五月蠅いというか、「いつ仕事してるんだよ」と言いたくなるくらい普段から喋りまくっている課長よりはなんぼかましだが、会話がないし、目もほとんど合わせないから居心地の悪いことこの上ない。
時計が18:00を指すと、終業の鐘が鳴る。
「お先」
ああ、もう一つ、これがあったな。
「お先」って言っている通り、村田さんはほぼ毎日定時に退社する。
年末や3月、9月末の繁忙期はさすがにそうでもないが、それ以外の時期はいつもこうだ。土日や祝日に出てくるようなこともないし、会社の飲み会にも顔を出したことはないらしい。
まあ、要するに「自分の時間を大切にする人」だ。良い言い訳だよね、本当に。
私は毎日1時間くらい残業しているので、全く仕事がない訳じゃない。まあ、翌日に持ち越せない訳でもないが、周囲の雰囲気を読んでその位付き合うのは普通だよ。
まあ、こんな感じで日々を送っている私だけど、家ではわりとゆるい。
友達もいない訳ではないけど、付き合ってあちこち買い物に行ったり、飲みに行ったりするのはたまにでいい。地元から出てきて6年。一人暮らしも板についてきて、一人でいることに苦痛を感じなくなったのも慣れのうちだろう。休みの日はひとりでゴロゴロしているのが一番良い。
あ、そうだ。更新チェック。
スマホをタップしてアプリを起動させる。
ここ数年、私が密かにハマっているのが「ネット小説」だ。
きっかけは良く覚えてないけど、ニュースか何かで見た「映画化決定」のなにかを追って行って入ったような気がする。そこには何十万って言う数のネット小説があって、小説家のたまご、というか予備軍というか、そんな人たちが小説を書いていた。
そんなに読み耽るほどでもなかったけど、小説はわりと読んでた方だと思う。漫画は絵があるからあんまり好きじゃなくって、どちらかというと、自分の中で想像力を膨らませて読める小説の方が好みだった。だから、ネット小説サイトは私にとってはちょっと面白い場所で、なにより無料というのがいい。通信料はパケホだからさほど問題にはならないし、投稿されている小説も気楽に読めて、読み捨てられるのもいい。捨てる手間がない。面白くなくてもただだから、あんまり損した気にならない。
ランキングの上位から読み始めているうちに、気が付いたらすっかりハマってた。でも、上位の作品って、何年も連載されている奴で、なかなか終わりが来ない。それからもあれこれ読んでみて分かったのが、
「人気のある作品はなかなか終わらない」というのと、
「どんなに好きな作品でも、ある日突然続きが読めなくなる」
ということだった。
そこの用語では「エタる」というらしくて、要するに作者が疲れちゃったのか、飽きちゃったか知らないけど、なんかの理由で書けなくなったか、書かなくなった作品がそれこそ山のようにある、ということを、私はその時初めて知った。
私は読んだ小説に感想やレビューを書いたことはないし、評価をつけたこともない。ブックマークもしないし、その時の気分で読みたいのを読んだらその日はおしまい。まあ続きが書かれないんなら、更新された中で他の面白いのを読もう、という程度の、普通の読者だったんだと思う。
だけど、いくつもいくつもそんなのが続いて、ちょっとストレスが溜まってきたら次は「完結した中で面白いのを探そう」ってなった。完結した作品って安心感があるね、出来の良い悪いに関係なく「必ず終わる」んだから。
そこからはそれ専門になって、普通の更新は全く見なくなった。ちょっと傲慢な言い方になるけど、「私に読んで欲しいなら最後まで書け」って思う。そのうちに、自分の好みの作家さんを見つけて、その人の作品ばっかり追うようになった。
今、私が更新チェックしているのもその一人だ。
この人の作品は癖が強い。基本的に、王女ものとか悪役令嬢とかの、女性向けの作品専門で書いている人で、ただ、こういうジャンルの作品には一定の読者がつくことが多いのだけど、この人のにはそれがない。
これまで22作書いて、短編も長編もあるけど、評価がほとんどない。ブックマークもない。ランキングを見てもものすごく後ろの方と言うか、新作の更新にばすばす抜かれていって、ちょっと目を離すと次のページに落ちていることもざらだ。
これだけ完結させてるのに、なんで評価低いんだろう。そう考えて、
自分が一度も読んだ作品に評価をしていないことに気が付いた。
ああ、そういうことか。
私はその人の作品に、初めて評価をして、ブックマークした。
その作品に、ようやくポイントと、ブックマークが一人ついた。
少し、順位が上がればいいな。
評価を付けてからは、なんでかその作品を私が育てているような気になってずっと追いかけるようになった。もちろん完結作品が中心なのは変わらないけど、こういうのが一つくらいあってもいいか。
今、その作品には3人、ブックマークがついている。
私以外に2人、この作品を追っかけてる人がいるんだな。そう思ったら、顔の見えないその人たちが同志みたいな気になって、ちょっと、嬉しくなった。