二人
「ふうん? じゃあ、今いかがわしい事をすると、現実の方の下着が、大変な事になるかもしれない、と?」
「そうだよ。今まで、明晰夢でしてた時、よくなってたからね……そもそも今、本当に体が痛いんで……」
「しょうがないなあ……じゃ、とりあえずこれで完成したし、早く横になりなよ」
恵理が、図書室の椅子を集めてベッドを作り、その端側に腰かけて言った。当人の希望で、今日の所は三人に退室してもらい、二人きりになっている。
「う……よっと……はあ。まあこれでも、ベンチよりはいいか」
そのベッドに、義人はゆっくりと横になり、頭を彼女のふとももに預けた後、大きく息を吐いた。
「そうだよ。ぜいたくは敵だよ」
「ぜいたく言わなくても、保健室のベッドという手もあるのではないかと」
「ふーん。私のひざ枕、嫌なんだ。ふーん。どうせ、肉付きが悪いとか、思ってるんだろうなー」
恵理が、拗ねたように言う。『してあげる』という言い方だったが、これも当人の希望で、やっている事である。
「はいはい、やわらかくて気持ちいいですよ」
「うわっ、やっぱり変態だ」
「どっちに転んでも、罵倒されるのか……」
「そろそろ、罵倒されるのが気持ちよくなってくる段階になってきたんじゃない?」
「誠に残念ながら……」
「そう……誠に残念だよ……」
恵理はわざとらしく言いつつも、台詞とは裏腹に、微笑みを向けてきている。
「それより、今日ここに来てすぐ、因幡に言われたんだけど」
「うん」
「俺達が現実の方で実際に怪我を負ってる状態の場合、ここで無茶をする事で、悪化するんじゃないかって。精神が肉体に影響を与えるっていう、医学番組でも見た現象からして」
義人は、恵理の右腕を指して言った。すでに血は止まって乾き、褐色になっている。
「やったね。一緒に、入院ライフを長く送れるよ」
「斬新なくらい、前向きだね」
「同じ屋根の下で、毎日会えるからね。こういうの、内縁って言うんだよ」
「違うと思います」
「つれないなー。ついさっき、愛の言葉で私を呼び止めて、呪いを解き放つ、熱い抱擁を交わしてくれたのに……」
「俺にはついさっきまで、君があんな状態だった事が信じられないよ」
「白雪姫だって、死にかけてたのに、復活後には、ケロっとしてたでしょ?」
「つまり、王子様のキスのお陰?」
「自分で『王子様』とか、言っちゃう?」
「自分で『白雪姫』とか言っちゃう子の、彼氏だからね」
「義人はここ最近、上手い事言うよね。顔に似合わず」
「恵理は以前から、ひどい事言うよね。顔に似合わず」
義人が素早くそう返すと、彼女は一瞬、驚きの表情を見せた後に、再び微笑んだ。
「やっぱり、最初の時と違って、強くなってるねー。生意気だけど……頼りがいができて、よかったかな」
「我の強いお姫様に引っ張り回される内に、そうなったんだと思う」
義人が微笑み返しつつ、人差し指で恵理の鼻先を押しながら言うと、彼女の笑みも大きくなり、やがて二人で一緒に、声を上げて笑い出した。
「なあ、アホ狐」
「何よ、バカ鮫」
「平和やな」
「そうね。もう、骸骨が襲ってくる事もないから」
「現実の方も、事故が地元の新聞に載って、学校中にも知られてもうて、退院してから、どうなるもんかと思うたら……恵理ちゃん、逆に皆に囲まれるようになって、友達もできとるし」
「もう、学級……いや、学校公認の、カップルになっちゃったから。それで、いじりがいができたからだと思うわ。安久下君が、もともとそんな感じだったから、セット化して、巻き込まれたような感じね」
「やっぱ人間、弱みが必要なんやな。弱みが見えへんと、何考えとるんか分からへんし、怖くて一定以上、近寄れへんのや」
「ふん。バカ鮫のくせに、いい事言うじゃない」
「へっ、親父さんとも、ええ感じになったやん」
「もともと、愛はあったのよ。表現するには……不器用な上に、時間と余裕がなかっただけで。今回、仕事も休んで病室に来て、涙まで流して……それを改めて確かめられたのは、とてもよかったわ」
「ウチのおとんやおかんにも、必死に謝っとったな」
「今となっては、親公認でもあるわね」
「デートの時は特別会計で小遣いが出るよう、ウチで財務法案が可決したわ。恵理ちゃん所が金あるもんやから、義人の金がない時に無理にデートして、奢られたりせえへんようにって」
「ふうん。どうりで、高頻度のデートに耐えていると思ったわ。まあ、食事はもっぱら、優待券だけど……よかったじゃない」
「ほんまにええんか、これは?」
「いい事しか、ないように見えるけど?」
「向こう見てみい。二人で仲よう寄り添っていちゃいちゃしながら、ボケ兎の話を聞いとる。もうずっと、連日やで? 昼は弁当食べながらいちゃいちゃ、夕は図書室でいちゃいちゃ、そんで夜、さらにこれや。あんなん、お花畑で両手つなぎながら、くるくる回っとるのと変わらへんわ」
「『めでたし、めでたし』で終わる話じゃないの?」
「ワイら、のけ者やん?」
「ワイ『ら』じゃなくて、あんたがでしょ。向こうで、余計な茶々入れやセクハラしたりするから追い出されて、私がその抑え役を任されているんじゃない。抗議するのは、私の方だと思うけど」
「……そういやアホ狐、お前、人間に化けとったな。恵理ちゃんそっくりの顔と髪で」
「……そういやあんたにも、ちょっとだけ見られてたわね」
「ちょっと見ただけでも分かるくらい、ええ体型しとったやろ。あれで義人に肩貸しとったんやから、胸が当たっとったんとちゃうんか? 着物の上からでも、分かるくらいやったからなあ。きっと恵理ちゃん、自分の体型にコンプレックスあると思うねん。せやから今、恵理ちゃんがそれを知れ……ぶふぁっ?」
「やっぱりあんたは、私が抑えていないと駄目なようね」
「や、やめっ……あがっ! ちょっ、めっちゃ本気……あっ、あっ、がっ!」
「はぁ、全く。世話が焼けるわ」
「や、焼けとるんは、餅の方やろ……妬け……んがっ! やっ、ちょっ、鼻は、やめっ……んぎゃあ!」
「……はぁ。あっちはああなのに、どうして、こっちはこうなのかしら?」




