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第98話 消失

20180923 更新しました。

第98話




 俺はフィーの言葉を待つ。

 そして、


「……あの日は突然のことでびっくりしちゃったよ」


 少し間を置いてフィーは話を始めた。


「そうだな。

 思いもしなかった」


 彼女が皇族――第5皇女という立場であることはわかっていた。

 が、まさか皇帝がフィーを跡継ぎにと考えていたなんて、フィーの戸惑いは相当なものだったろう。


「……お父様に言われてから色々なことを考えたんだ。

 でも……どの選択が正しいのか、ボクにはわからなかった」


 真剣な面持ちで話し続けるフィー。

 だが、悩むのは当然だ。

 彼女の選択はこの国全体に関わることなのだから。


「ねぇ、エクス。

 ボクは……どうしたらいいと思う?」


 フィーの不安そうに揺れる瞳が俺を捉えた。

 結合指輪コネクトリングを通じて、彼女の抱えきれない様々な想いが伝わってくる。

 この国の為に、民の為に、自分はどうするべきなのか、ずっとそれを考えていたようだ。

 自分のことなど二の次に――皇女として何をするべきかをフィーは考えている。

 だけど、


「……何が正しいのか。

 それは俺にもわからない。

 でも一つだけ言えるとしたら、俺はフィーが幸せになれる選択をしてほしい」


「ボクが?」


 フィーには自分自身のことを一番に考えてほしかった。

 これは俺の我儘かもしれない。

 でも……きっとフィーは自分を甘やかすことはできないだろう。

 今だって周りのことばかり考えているくらいだ。

 だからこそ俺は――フィーが自分から捨ててしまいそうな想いを口にする。


「フィーの立場を考えれば皇女として答えを出さなくちゃいけない。

 だけどその上で――フィーが自分の幸せを捨てないで済む道を……俺は選んでほしい」

 もしも第三者がこれを聞いたら……俺の考えを身勝手だと責めるだろうか?

 でも、だとしても俺はフィーの幸せを願い続けたい。


「……エクス」


 そう呟いてフィーは優しく微笑む。

 指輪リングを通じて、言葉にした以上の想いが、俺の感情がフィーに伝わっているだろう。


「……ありがとう」


 フィーが俺の胸に顔を寄せる。

 そんな彼女を自然と抱きしめた。

 もしも皇帝という立場になれば、自分の幸せよりも優先させなければならないことが増えていくだろう。


「多くの選択がある中で、確かにボクは自分のことを全く考えてなかった。

 この国と民のことを考えて……みんなにとっての最善を選ばなくちゃって……でも、その中に少しだけ、自分の幸せがあってもいいよね」


「ああ! 勿論だ!」 


 俺はフィーの言葉を強く肯定する。

 この世界の誰よりも俺は、彼女の幸せを願っているから。


「なんだか胸のもやもやが消えた気がする。

 本当に選びたかった答えが見えてきたみたい」


「……どうするか決められそうか?」


「うん!

 もう少し考えるつもりだけど……多分、答えは変わらない。

 次にお父様に会った時、伝えるよ。

 ボクは――」


 そしてフィーは自らの選択を俺に伝えた。




       ※




 時間は経過してユグドラシル大陸の全国民に向けて、第五皇女フィリス・フィア・フィナーリアの婚約が発表された。

 相手は反乱クーデターを鎮圧して皇帝と民を救った英雄エクスということ。

 さらには、皇帝が彼を円卓の騎士に任命すると発言したことで、民の喝采が大陸中に響き渡った。

 婚約発表を終えた今も、キャメロット城には二人を祝福する声が響いている。

多くの民が二人に期待している証と言えるだろう。

 そんな渦中の二人はと言うと……。




       ※




 婚約発表を終えた直後、俺たちはキャメロット城内にある一室に通されていた。

 今日――フィーは皇帝に答えを伝えに来たのだ。

 暫く待っていると扉が開いた。


「待たせたな」


 荘厳な声が耳に入り、俺とフィーは共にソファから立つ。

 だが、陛下と共にもう一人の人物が部屋に入ってきた。


「やぁやぁ」


 飄々とした態度で手を振った一人の女性は、


(……マリン?)


 何故? という感情が先行して、俺は思わず目を細めた。

 宮廷魔法師である彼女が皇帝と共にいるのは決しておかしなことではない……とも思うが……それでも違和感を覚えた。

 陛下自身、フィーが何を伝えようとしているのかは理解しているはずだ。

 そこにマリンを連れてくるというのは……。


「ありゃ?

 もしかして私……外したほうがいいですか?」


 俺とフィーの反応を見て、マリンがそんなことを口にする。


「構わぬだろ?

 マリンには後継者の件についても伝えてある」


 戸惑う俺たちに皇帝が言った。

 そうしている間も、マリンの視線がフィーに向いている気がした。

 まるで何かを確かめているように……。


「フィリス……答えは出たのか?」


 続けて皇帝が口を開く。


「はい」


 それに対してフィーは頷き、


「ボクは――皇帝を目指したいと考えています」


 自分の答えを口にした。


「そうか、そうか!

 決断してくれたのだな!」


 力強い声を上げ、陛下は嬉しそうに頷く。


「……もしも皇帝にならなかったとしても、ボクが皇族である事実は変わりません。

 そして今後、誰かが権力を持てばまた皇族間の争いが生まれてしまうかもしれない。

 これから生まれてくる未来の子供たちには、そんな辛い目にあってほしくないんです」

 権力抗争に塗れた皇族の歴史を変えたい。

 それが国の為になる……と、フィーは考えたのだろう。


「ボクは――それを無くして、みんなで協力して国を導いていく。

 その為の礎を作りたい。

 ですが……今のボクには国を動かし民を導いていく力はありません」


「余とて今直ぐにとは思っていない。

 これからゆっくりと力を付けていけばいい」


 皇帝は静かに言葉を返した。


「学園を卒業後――キャメロットに戻るといい。

 それまでは自由にして構わぬ」


 陛下の発言は言葉の通り、フィーにとって最後の自由な時間となるのだろう。


「はい。

 学園でも今まで以上に勉強に励むつもりです。

 皇帝となる為に必要な知識を得る為にも」


「フィリス、勉強だけではない。

 学生時代にしかできぬことも沢山ある。

 だから……今しかできないことをしておきなさい」


「今しかできないこと?」


「そうだ。

 たとえば……そうだな。

 信頼できる友を持つこと。

 将来――それは必ずお前の力になる」


「友を……」


「うむ。

 あとはエクスくんとデートするのもいいだろう。

 キャメロットに戻ってくれば、お忍びで……というのも難しくなる。

 言っておくがハメを外し過ぎないようにな」


 後半の発言はフィーにではなく、俺に向けられたものだった。


「ふふっ……」


 皇帝の発言にマリンが微笑する。


「なんだ?」


「いえ、陛下も『父親』なのだと思いまして」


「何を今更……」


「小さな頃のあなたが懐かしいものですよ」


 からかうようなマリンの口調に、ゼグラスは口をへの字に変えた。


「とにかく……だ。

 勉学だけでなく学園生活を楽しむことを忘れないでくれ。

 それはこれから先、生きていく上での財産となるものだからな」


 まだ学生の俺たちにはゼグラスの言っている言葉の意味は、なんとなく……という程度にしか理解できていないのかもしれない。

 それでもフィーを想うその気持ちは十分に伝わっていた。


「はい。

 ありがとうございます、お父様」


 それから少しの間、取り留めのない話が続き……。


「二人の婚約発表も終わったが、ベルセリア学園にはいつ戻る予定なのだ?」


「明日の朝、発つことになっています」


「そうか……。

 フィリス、次にお前に会える日を楽しみにしている」


「はい。

 ボクも……お父様と話すことができて本当に嬉しかったです」


 別れの間際に父娘は短い抱擁を済ませる。


「エクスくん、フィリスのことをよろしく頼む」


「勿論です。

 何があろうとフィーのことだけは、必ず守ってみせます」


 俺の決意を聞き、陛下は安心したように頷き返した。

 ――次の瞬間、


「……ぇ?」


 隣に立っていたはずのフィーが消えていた。

 まるで最初から、この場に存在すらしなかったみたいに。

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