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第92話 娘さんをください

20180824 更新しました。

 フィーは落ちつかない様子で視線をうろつかせる。

 父親と向かい合うことに戸惑いがあるのだろう。

 娘のそんな想いを感じ取ったのか、


「……学園での生活はどうだ?」


 予想外にも、皇帝はとりとめのない言葉を口にした。


「は、はい。

 学友にも恵まれ充実した日々を過ごしています」


「そうか。

 何よりだ」


 皇帝は微笑を浮かべる。

 その優しく温かい瞳を向けられ、皇女は強張っていた身体から少し力が抜けたようで、

「へ、陛下もご壮健なようで何よりです」


 今度はフィーの方から口を開いた。

 しかし、まだまだ表情は硬い。


「フィリス……こんなことを言う資格がないのはわかっている。

 だが……どうか今だけは、父として話をさせてもらえぬだろうか?」


 そんなフィーを見て、ゼグラスは自らの願いを口にした。


「お父様……」


「余を……父と呼んでくれるのか?」


「も、もちろんです!

 資格がないなんて……そんなことありません!

 お父様がボクたちを助ける為に、どれだけがんばってくれていたか……!」


「……そうか。

 お前はもう知っているのだったな。

 母の――ティアのことを」


 愛する娘と妻を守る為、ゼグラスは様々な手を尽くした。

 それはフィーを騙し傷つけることになったが、結果として二人を救うことに繋がっている。


「……お前たちを守る為とはいえ、辛い思いをさせた。

 その点に関しては言い訳をするつもりはない。

 フィリス……すまなかった。

 どうか許してほしい」


 一国の王であるゼグラスが、娘であるフィーに頭を下げた。


「お父様、お顔をあげてください。

 謝ることなんて何一つありません」


 フィーの言葉を受け、皇帝は顔を上げる。


「……お父様、聞いてくれますか?

 ずっと、伝えたかったことがあるんです」


「勿論だ。

 なんでも言ってほしい」


 初めてフィーが皇帝の――父の顔を真っ直ぐに見つめた。

 そして、こうして再会するまでの数年の積み重なっていた気持ちを口にする。


「お父様――ありがとう」


 それはたった一言の感謝の言葉。


「フィリス……」


 ゼグラスは目を丸める。

 フィーは自分を恨んでいてもおかしくはない。

 罵倒すらも覚悟していた彼にとって、まさか感謝を口にされるとは思わなかったのだろう。


「お母様とボクを守ってくれて――そしてレヴァンを守ってくれて――本当にありがとう。

 みんなが生きていてくれたことが、お父様がボクたちを守ろうとしてくれた想いが――ボクは本当に嬉しかったです」


 ありがとうと共にフィーは笑顔の花をゼグラスに送る。


「っ……そうか、そうか」


 ゼグラスは娘の言葉を噛み締めるように何度も頷く。

 表情を見ていれば一目瞭然ではあるが、それは彼にとって何よりの贈り物になったようだ。




          ※




 フィーとゼグラスは数年分の空白を埋めるように会話を続けた。

 その中に、まつりごとに関わるような話は一切ない。

 今ここにいるのは皇族としての二人ではなく、どこにでもいる父と娘だ。


(……ここに来て良かった)


 嬉しそうに父親と話すフィーを見ているだけで、俺は幸せな気持ちになれた。

 だが、親子水入らずの状況に俺が居てもいいのか?

 できれば二人きりにさせてあげたいのだが、


「それでエクスがね――」


 先程から都度、俺の名前が出てくる度に陛下に話を振られる為……タイミング良く抜けることができずにいた。


「なるほど……そんなことがあったか」


 フィーの言葉に相槌を打った後、皇帝は俺に目を向ける。


「エクスくん」


「は、はい」


 柄にもなく緊張してしまう。

 相手が皇帝だからではない。

 フィーの家族――父親だからだ。


「話を聞いているだけで良くわかった。

 フィリスにとってキミはとても大きな存在のようだね」


 そんな俺の心境を理解してか、皇帝は柔らかな口調で語りかけてくれた。

 これだけでも、ゼグラスが人格者であることが窺える。


「これまで娘を支えてくれたこと……感謝させてほしい。

 今後も専属騎士ガーディアンとして、フィリスを支えてやってほしい」


「勿論です。

 それは私自身の望みでもあります」」


「頼もしい返事だ。

 余は二人の将来が今から楽しみだ」


「え……?」


 思い掛けない皇帝の言葉に、フィーとの幸せな未来が頭をぎる。

 だがそれは、発言の意図を図り違えていると直ぐに気付いた。

 恐らくゼグラスは、俺たち二人の将来ではなく、今後の成長という意味で口にしたのだろう。


「お、お父様……もしかしてニアから、ボクとエクスとのことを聞いていたの?」


 が、どうやらフィーも俺と同様の勘違いをしているようだ。


「うん? 聞いている……というのは?」


「え……あっ……!?」


 そしてフィーは自分の思い違いに気付いたらしい。


『どうしよう?』


 と、戸惑いながら皇女様は俺の顔を見た。

 このまま何も口にしないのでは、変に思われる。

 だからこそ――二人の関係を告げるなら今しかないだろう。

 俺は思い切って、


「ゼグラス皇帝陛下! フィリス様を――フィーを俺にください!」


「ああ! もしかして二人が恋仲だという話かな?」


 俺と皇帝は同時に口を開いてい――って、あれ?

 皇帝は今、俺たちが恋仲だと言わなかったか?

 というか、


(――ああああああっ!!!!???)


 間違った!

 ちょっと待て!

 勢いでなに言ってるんだ俺は!

 やり直したい。

 順番をすっ飛ばし過ぎてしまった。

 まずは付き合っているということを話さないでどうするんだ。

 これじゃ直ぐにフィーと結婚すると言っているみたいじゃないか。

 勿論、結婚するつもりだが――だからって今のはないだろ!


「……ふむ。

 ください……ということは、直ぐにでも婚儀を行いたいということだな。

 しかし……学生の身で結婚というのは……」


 陛下は真面目な顔で頭を悩ましていた。

 てっきり、礼儀がなさすぎると罵倒されることも覚悟していたのだが、真剣に俺たちのことを考えてくれているらしい。


「フィリス……」


「は、はい」


「王家の指輪をエクスくんに渡しているということは……」


「はい。

 ボクは彼を愛しています」


 迷いなく俺への想いを口にするフィー。

 その言葉に、俺は思わず胸が熱くなってしまう。


「……子供の成長とは本当に早いものだな。

 この場にティアがいれば……きっと喜んで祝福したことだろう」


「お父様……それじゃあ――」


「うむ。

 余として二人の仲を認めるつもりだ」


 俺とフィーは思わず顔を見合わせた。


「陛下……ありがとうございます」


「だが直ぐにというわけではないぞ

 婚儀を結ぶのは学園を卒業してからだ」


「「はい!」」


 念を押す陛下の言葉に、俺たちはしっかりと返事をした。


「婚約発表は近日――二人がベルセリア学園に戻る前に済ませてしまおう。

 反乱クーデターで不安を煽るかたちになってしまったが……これはユグドラシルの民にとっても今後の希望になるだろう」


 あの事件は反乱者だけでなく、民を導く皇族の信頼が失墜することになった。

 だからこそ変化は必要であると皇帝は考えているのかもしれない。


「その上で……なのだが。

 フィリス――お前に一つ確認を取りたい。

 正直な想いを聞かせてほしい」


 ゼグラスの雰囲気が変わった。

 表情が引き締まり真剣な面持ちでフィーを直視する。

 そして、


「第五皇女フィリス・フィア・フィナーリアに問う。

 余の後を継ぎ次期皇帝になるつもりはないか?」


 今日初めて、ゼグラスは父としてではなく、皇帝としての言葉をフィーに向けたのだった。

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