第90話 思わぬ二人
20180818 更新しました。
挨拶は不要とゼグラス皇帝は言っていたが、国の有力者たちは一斉に列を作り、今もそれは途切れることなく続いている。
彼らの多くは、権力絡みの思惑があるに違いない。
皇帝と話す貴族たちの下卑た笑みを見ていると、そんなふうに感じてしまった。
(……俺たちが皇帝と話せるのは暫く先になりそうだな)
だが、そのお陰もありフィーの下へ集まっていた貴族たちは数を減らしていく。
「それではフィリス様、これで失礼いたします。
今後ともどうかよしなに」
最後の一人が挨拶を終えると、急ぎ足で皇帝の下へと向かった。
これで、ようやくゆっくり過ごせそうだ。
「……はぁ」
流石に疲れたのかフィーが吐息を漏らす。
気疲れから不意に出てしまったのだろう。
「フィー、大丈夫か?」
「あははっ……ごめんね。
少し気疲れしちゃった」
皇女様は苦笑する。
海千山千の貴族たちを相手にしたのだから心の疲弊は相当なものだろう。
「お疲れ様。
すごく立派だったぞ。
誰が見てもちゃんと皇女様だった」
「……なら良かった。
ボクはお兄様やお姉様に比べたら表に立つ機会も少なかったから、みっともない姿を見せないようにって、必死で……」
そう言った後、フィーは照れたように頬を赤くして、
「だけど……キミが傍にいてくれたから、がんばれたよ」
俺を見つめて優しい笑みを浮かべた。
「フィー……」
「……エクス」
今直ぐ彼女を抱きしめたい。
そんな衝動を必死に抑える。
皇帝が来たことで俺たちに向く視線は減ったとはいえ、この場で不用意な行動は取るわけにはいかない。
「……」
「……」
俺たちは見つめ合いながらも、言葉が出てこなくなっていた。
でも、お互いを想う気持ちは結合指輪を通じて伝わっている。
感情が昂っていって、止められなくなりそうだった。
(……な、何か話題を変えなくては……)
このままじゃいけない。
そう心の中で試行錯誤していると、
「あ~……すまねぇ。
時間を変えたほうがいいか?」
「兄さん……そう思うなら話し掛けてどうするんです」
横から二人の男の声が聞こえた。
目を向けると、
「カルバート卿……!?」
フィーが彼らを見て目を丸める。
俺たちの前に立っているのは、円卓の騎士――第7位と8位であるカルバート兄弟だった。
「フィリス皇女殿下、お邪魔してしまい申し訳ありません」
流麗な動作で一礼したのは、弟――フィルズ・カルバートで、
「フィリス様とは顔を合わせたことがなかったんで、一言挨拶させてもらおうと思ったんだが…」
対してフランクな口調で語りかけてくるのは、兄であるオルビス・カルバートだった。
「兄さん……皇女殿下にその態度は……」
フィルズは兄の言動に頭を抱えていた。
「うん? ああ、そうだった。
ゴキゲンウルワシュウ……とかでいいのか?」
「はぁ……フィリス様、申し訳ありません。
戦いしか脳のない兄でして……」
兄の分も深々と頭を下げる弟。
オルビスは雄々しく猛々しい印象なのに対して、フィルズは礼儀正しく冷静沈着。
容姿は兄弟なだけあって似ているが、性格は正反対のようだ。
「気にしないで。
正式な場では困るけど、今は楽にしてほしいな。
あまり畏まられても気疲れしちゃうからね」
これはフィーの正直な想いだろう。
貴族との打算ありきな会話は、もうコリゴリに違いない。
「流石は皇女殿下だ!」
「その深き御心に感謝いたします」
そしてカルバート兄弟は並んで礼をした。
(……こういう騎士もいるのか)
騎士――という存在をイメージした時、少なくとも表面上は礼儀正しく、品行方正という印象があった。
だが、オルビスを見ていると必ずしもそうでないことがわかる。
とはいえ、フィルズの様子を見る限りは決して真似をすべきではないようだ。
「改めて名乗らせてもらうが――俺は円卓の騎士第7位オルビス・カルバートだ。
この間は、一部の馬鹿どもがとんでもない事をやらかしやがって、フィリス様にも迷惑を掛けちまった。
今後、失墜した信頼を取り戻す為にも、俺たちは命を懸けて国の――そして民の為に尽くす!
この場でなんだが、ユグドラシルの騎士としてフィリス皇女殿下に忠誠を誓わせてくれ」
「同じく円卓の騎士――序列8位フィルズ・カルバートと申します。
想いは兄と同じです。
言葉を重ねるのではなく、行動することで結果を示していくつもりです。
微力ながら私も皇帝陛下、そしてフィリス皇女殿下に我が力の全てを捧げましょう」
流石にパーティ会場ということもあって、膝を突くことはなかったが忠義を示すように二人は自分の胸に手を当てた。
「オルビス、フィルズ――この国の皇女として感謝するよ。
これからも国の為、民の為に二人の力を貸してほしい」
「「はっ!」」
フィーの言葉を受け、二人はしっかりと頷いた。
これで話は終わりかと思ったが、オルビスが俺に顔を向ける。
「フィリス様の専属騎士――エクスだよな?」
「ああ」
俺が答えると、豪胆な男は真っすぐにこちらを見た。
「感謝する。
今回の事件――最小限の被害で済んだのは間違いなくお前のお陰だ」
「私からも感謝を。
本来なら、あれは私たちが片付けねばならない問題でした」
続いてフィルズが口を開き深々と礼をする。
立場の上では騎士生徒の俺に円卓の騎士がである二人が礼を尽くすのは意外だった。
「反乱に気付けなかったってだけで情けない限りだわな……」
兄弟騎士が――国を守る者としての感謝と謝罪を口にした。
「俺に感謝するようなことじゃないさ。
迅速に解決できたのは、フィーや仲間の協力があったからこそだ」
実際、俺が倒したのはランスだけだ。
スカイはオルドが、ローエンはアンとリリーが捕らえたのだから。
少し離れた場所で食事を楽しむ三人の魔族に俺はちらっと目を向ける。
すると何を勘違いしたのか、オルビスは視線をとある騎士生徒に向けた。
「ああ……ガウルだったか? そいつが主体となって、スカイを拘束したんだよな?」
「今年の騎士生徒は手練れが多いようで、ユグドラシルの未来も安泰ですね」
本当は違うが、スカイを倒したのはガウルということになっているらしい。
魔界の最上級魔族が円卓の騎士を倒しました……なんて事実を伝えられるわけでもないからな。
あいつ自身、自分一人で捕らえたわけではないと否定していたが、気付けばどんどん話が大きくなっているようだ。
「……? ――!?」
二人の円卓の騎士に見られたことで、ガウルが激しく動揺するのが見える。
今後、こいつがとんでもないことに巻き込まれなけれないことを願っておこう。
「若い騎士が上がってくるのはいい事じゃねえか。
にしても……こうして対峙してみると、やっぱ強ぇなお前」
「ええ。
円卓剣技祭でも違和感を覚えましたが……正確な力が測れませんね。
まるで底が見えないような感覚です」
オルビスからは俺に対する興味が、フィルズからは敬意に近い感情が窺えた。
「いつか手合わせ願いたいが、お前の修行にはならねぇかもしれねぇな」
「……ええ、私たちでは決して届かぬでしょう。
武人としては、手を合わせることすら恐れ多いです」
二人は俺との実力差を理解しているのだろう。
だが、
「しかし俺はより高みを目指してぇ。
一人の騎士としては勿論、この国と民の為にも!」
「それでも私は更なる高みを目指したい。
この国を守る騎士として!」
彼らの瞳に強い光が宿る。
それは武人として、騎士として――より上を目指す者の証と言えるだろう。
「似たもの兄弟だな、二人は」
「ははっ、良く言われるよ」
「兄弟ですから」
二人を多少でも知ると、やはり俺と同じような感想を持つようだ。
「さて……兄さん。
話はこのくらいにしておこうか」
「おう。
そろそろ……だな」
これで話も終わりのようだ。
この後は軽く食事でもとっておくか?
「フィリス皇女殿下、そしてエクス殿」
俺がそんなことを考えていると、フィルズが俺たちの名を呼んだ。
そして、
「お二人を別室に案内せよと陛下から伝令を受けております。
こちらへ」
一瞬、驚きはあったものの、フィーはこの状況を想定していたのか冷静に口を開いた。
「……わかった。
行こう、エクス」
「ああ」
俺たちは二人に先導されながら会場を出て、別室で皇帝を待つことになるのだった。