第9話 学園のニューフェイス、鮮烈デビューを飾る。
20180209 更新3回目
「は~い! 皆さん、今から授業を始め――って、えええええ!?
ぼ、ボイコット!? なにこれクラス全員ボイコット!?」
誰かの声が聞こえた気がした。
が、多分気のせいか。
俺たちはそのまま移動を開始する。
向かったのは、
「……ここでいいだろう」
学園の校舎裏だった。
またベタな場所を選んだものだ。
魔界でもあったぞ。
気に入らない奴を締め上げる時に使うんだよな。
魔界の義務教育時代、幾度となく先輩方にご案内されたっけなぁ……。
懐かしい思い出だ。
ちなみにその先輩方は、気付けば俺の食事を用意してくれるようになっていた。
別に頼んでいないのだが、昼休みになると食事が届くのは楽で良かった。
「罠は仕掛けられてないみたいだな」
念の為、警戒しておいた。
ルティスにはしてやられたからな。
「ふんっ、この僕がそんな卑怯な真似をするわけがないだろ。
負けた時の言い訳にされたくないからな」
別に罠が卑怯だとは思わない。
もしそれで負けるようなら、自分の力が足りないだけだ。
それを言い訳にするような弱さを、俺は持ち合わせてはいない。
「ガウル~! 新人なんてぶっ倒しちまえ!」
「1年の首席の実力、見せてやれよ!」
観客も随分と集まっている。
クラスのほぼ全生徒が、俺たちの決闘を見守っているんじゃないだろうか?
これから起こる事への期待なのか、皆が目を輝かせている。
騎士たちはともかく、お嬢様方まで興味津々な様子だ。
「さて! 久しぶりの決闘だ! 賭けな賭けな~!
下馬評はガウルくん優勢だよ! って、ちょっとみんな!
ガウルくんにばっか賭けたら、賭けが成立しないってば!」
既に下馬評が出ているらしい
だが、俺が不利なのは当然か。
詳細を知る者がいない上に、ガウルは1年の首席。
学園内では実力者ということだろう。
「ならボクは、エクスに3年間分の食券を賭けるよ」
「おっと~~~~~~~! ここでフィリス様!
自らの専属騎士にスーパーベット!!
これは余程、彼を信頼しての行動か!?」
唯一、フィーだけが俺に賭けてくれたようだ。
こうして皆が盛り上がる中、ガウルの警護対象であるセレスティアだけは、心配そうな表情を浮かべている。
「ふん、フィリス様を負けさせてしまうのは心苦しいな」
「そんな心配不要だぞ。俺が勝つからな」
「口ではなんとで言える」
「そうだな。
……話は変わるがお前、フィーの事ばかり見てないで、自分のお姫様を見てやったらどうだ?
そんなことじゃ、もしセレスティアが襲われた時に守る事なんて出来ないだろ?」
「っ――そんなことを、貴様に言われる筋合いはない!」
「そうかい」
俺とガウルの視線が交差した。
瞬時に場の空気が重くなる。
怒りを孕んだガウルの視線は、今にも飛び掛かってきそうなほどだ。
その威圧感に気圧された生徒たちが息を呑む。
そんな中で、
「戦いの前にルール確認を!
今回、決闘の審判を務めるツェルト・ファマだ。
基本的に相手を殺さなければ何をしてもOK。
試合は相手が気絶するか、降参を告げない限りは続く。
こんなとこでいいかな?」
ツェルトと名乗る騎士だけは、平然とルール説明を行った。
「問題ない」
「俺もだ。いつ始めてくれてもいいぞ?」
既にガウルは戦闘態勢――腰に携えていたの二本の剣を抜いた。
同時に彼は眉根を顰める。
「そう言えば……貴様、武器は?」
「え……あ!?」
やばっ!?
そういえば、学園長室に選定の剣を置いてきてしまった。
後で取りに行こう。
「今はないから、俺は素手でいいぞ」
「素手!? 貴様、どれだけ僕を侮辱すれば!」
「侮辱じゃない。俺は素手でも魔界最強だ」
「魔界……?」
訝しむガウル。
その、なに言ってんだこいつ? みたいな顔はやめてほしい。
「……エクス君、本当に素手でいいんだね?」
「ああ、俺はこれでも万全だ」
「了解した。
その言葉、確認したぞ」
「貴様、念を押すが絶対に言い訳は――」
「そもそも負けない。――やればわかる」
会話が止まる。
ツェルトはそれを合図と受け取ったのだろう。
「では――決闘、開始!」
合図と共にガウルは動く。
俺に向かい、真っ直ぐに疾駆する。
その動きを観察しながら、俺は右手を上げてそのまま下に下ろした。
「ふん、何かの小細工か! だが無駄だ!」
俺の行動に疑問を持ったようではあったが、ガウルは足を止めることなく切り掛かって来た。そこそこいい動きだ。首席などと言われているだけのことはある。
「へぇ……いい剣だな」
「――なっ!? 馬鹿な!?」
「うん? どうした?」
「なぜ貴様が僕の剣を持っている!?」
ガウルは俺と、自分の手を交互に見た。
心底驚いたのか、その顔面は蒼白になっている。
「ああ、悪い。
少し見せてもらおうと思って、借りた」
「か、借りた!? ふざけるな! どんな魔法を使った!?」
魔法なんて使ってない。
ただ俺は、ガウルの手から剣を抜き取っただけだ。
この男は全く見えていなかったようだが。
「あ、これ返すな」
ぽ~んと、借りていた剣を投げ渡す。
「おまっ!? 我が家に伝わる家宝を!!」
え!? 家宝!? 先に言ってよ!?
だったら投げたりしなかった。
しかし、ガウルは今日一番の俊敏な動きで、しっかりと剣をキャッチした。
「おお! ナイスキャッチだ!」
「ふげざるなっ!」
怒声と共に、ガウルはバックステップで後方に下がる。
そして双剣を鞘にしまった。
「貴様を少し甘く見ていた。
それは認めよう。
だが、もう手加減はなしだ。
光よ――剣を成せ」
ガウルの掌に光が集まり、その粒子が剣の形を成していく。
「へぇ……光の剣か。なんだか勇者っぽいな」
「……特別に教えてやる。
僕は聖騎士の家系でね。
その家系に伝わる魔法の一つだ」
「ああ、系譜魔法って奴か」
この世界には、一部の家系――その血族にのみ使用可能な魔法が存在する。
それが系譜魔法だ。
魔法書に載っているような一般的にも認知されている魔法に比べ、強力な場合が多いとされている。
一言で言えば『レア』な魔法だ。
「どの程度の切れ味なんだ?」
「ふっ……ドラゴン程度なら、切れるかもしれないな」
「なんだ。
随分と切れ味が悪いんだな。
がっかりだぞ」
「はあああああっ!? おまっ!? ドラゴンだぞ! あのドラゴン!!」
いや、そんな『ぶっ殺すぞお前』みたいな顔で見ないでくれよ。
ドラゴンって結構柔らかいの知ってる?
上級の魔族のパンチ一発で、ぺちゃんこになっちゃうんだぞ。
かなりデリケートな生き物だから、魔物保護協会が保護活動に必死なくらいだ。
まぁでも……そんなドラゴンたちも、ガウルよりは強そうだなぁ……。
なんて考えている間に、双剣が俺の目前で交差する。
「おっと」
上体をそらすことで、迫り来る斬撃を避けた。
「ちっ――隙だらけかと思ったが、今の攻撃を良く避けたじゃないか!」
欠伸が出るほど遅かった。
などと言ったら、大激怒されるだろうなぁ。
一閃、二閃、三閃――繰り返される連撃。
俺は攻撃することなく、その攻撃を避け続けた。
「ふんっ! 防戦一方じゃないか」
剣を振る度に光の粒子が飛び散る。
それがちょっと熱い。
ガウルが俺に与えた唯一のダメージはこれだ。
これ、地味に熱いんだよ、ほんと。
もし狙ってやっているのなら、俺はガウルの評価を見直したい。
とんでもない嫌がらせの天才だ。
今度、ルティスにリベンジする時に是非、力を貸してもらいたい。
「あ、そろそろ終わるぞ」
「は?」
「上を見ろ」
「馬鹿が! そんなこと言って空を見た瞬間、僕に攻撃するつもりだろ?」
「警告はしたからな」
言って、ガウルから距離を取る。
実は俺は、ある魔法を戦闘開始直後に使った。
覚えているだろうか? ――右手を上げて下ろした。
あれで俺の仕掛けは終わっていたのだ。
「あ、来るぞ。
避けられなそうだから、防御魔法を掛けておいてやる」
「ふん! まだ言うかこの卑怯も――ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
高速で空から降って来た掌サイズの隕石が、ガウルの腹部に直撃。
軽く30メートルほどはぶっ飛んだ。
一応、防御魔法を使い耐久力を大幅向上させてやったのだが、彼方から飛んできた隕石の勢いは凄まじかった。
「人の警告を素直に聞いておけばいいのに」
「お、おの……れぇ……エク、ス……!」
慚愧の言葉を残して、そのままガウルは気絶してしまったのだった。
シ~~~~ン……と、場が静まり返った。
「ぷっ――……ぷぷっ、あははははははっ! なんだよこれ! もうおっかしい!」
最初に静寂を破ったのはフィーだった。
予想外過ぎたのか、お腹を抱えて笑っている。
「空から石が降って来て、それが当たって気絶って……歴代の決闘の中でもこんなの絶対ないって……」
「普通に戦ったら1秒かからずに終わってしまうからな。
俺なりに趣向を凝らしてみた」
「ふふっ、エクスは空から石を降らすこともできるのかい?」
「ああ、ちなみにこの魔法はメテオライトという魔法の超劣化版だ!」
隕石雨――メテオライト。
空の彼方から、超巨大な隕石を無数に落とし続ける魔法だ。
広範囲に大打撃を与えたい時に使用するのだが、学園の庭でそんなのを使うわけにはいかないので、敢えて超劣化版を使用したというわけだ。
「が、ガウル! 大丈夫ですか?
まさか決闘中に石が降ってくるなんて……」
倒れ伏すガウルに、セレスティア? だっけ?
警護対象者であるお嬢様が、慌てて駆け寄る。
この子は多分、純粋で素直な、とてもいい子なのだろうな。
しかし、警護対象者に助けられているようじゃまだまだだ。
「ま、普通は空から石が降ってくるとは思わないよね。
でも――もしこれが『偶然』だったとしても結果は覆らない。
エクス、決闘はキミの勝ち! そうだよね、ジャッジくん?」
決闘のジャッジを務めたツェルト・ファマに、フィーは確認を取った。
「ぁ――し、失礼しました。
まさかの事態だったもので……。
え、え~と、この決闘は、ガウルの戦闘不能により、エクスの勝利とします!」
ジャッジの正式な決定を聞き、ガウル以外にも倒れ伏す生徒たち。
彼らは賭けで大損した生徒なのだろう。
下馬評を完全に覆す勝利を納めた。
「へへっ、エクスのお陰でボク、大金持ちになった気分」
そしてただ一人、俺に賭けてくれたフィーも大勝利となり、大量の食券を手に入れたのだった。
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