第89話 王城にて
20180810 更新しました。
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「みなさ~ん! 準備はいいですね! 行きますよ~」
ロビーに集められた生徒たちに、ケイナ先生が声を掛けてホテルを出た。
既に数十台の馬車が待機しており、俺たちはこれに乗りキャメロット城へ向かうことになっている。
「俺たちが乗るのは……あれだな」
「うん。
王都に来た時と同じだね」
皇族――フィナーリア家の紋章が入った専用の馬車は、豪華な作りもあってかとにかく良く目立った。
ちなみにニアは既に王城へ向かっている。
『フィリス様の専属騎士であるエクスさんの実力を、国の有力者たちが知ったことで、一悶着あるかもしれません……なので、我々はその対処に動くことになりました』
ニアはこんなことを言っていた。
一悶着というのは、今後の権力抗争に関わることは間違いないだろう。
『どうか、フィリス様をお願いします』
真剣な面持ちで言った後、ニアは宿泊施設を出て行った。
そんな彼女と対照的なのはうちの魔王様だ。
『わらわは魔界の王だからな。
流石に人間の王が住む城には入れんよ』
ルティスはホテルで待機するそうだ。
人間と魔族の戦いは、勇者が次元を切り離したことで一応の終わりを迎えた。
しかし、人間界と魔界の戦争が正式に終結したわけではないからこそ、王城に入るわけには行かないのだろう。
『もしもエクスとフィーが結婚したら……正式な終戦協定を結ぶ日も来るのかのぅ……』
こんな呟きが、俺の耳にははっきりと届いていた。
俺は人間であるとはいえ、魔王に育てれらた。
だから人間と魔族――その中間の立場にある……と、自分では思っている。
それを皇帝に伝えたとしたら、やはり快くは思わないだろうか?
でも……だとしても、フィーとの仲を認めてもらう上で、俺はルティスのことを皇帝に隠すつもりはななかった。
彼女は俺の親で師匠で……大切な家族だから。
もしも俺が魔界の出身という理由で、フィーとの関係を断られるようなら……その時は、認めてもらえるまで誠意を見せ続けるしかない。
(……もう覚悟は決めてる)
今日はずっと考え続けた。
皇帝の前に出ても恥ずかしくないよう準備もした。
後は――やれることをやるだけだ!
「我が戦友よ! どの馬車に乗るのだ?」
「にぃに……アン、お腹ペコペコ」
「リリーもです! 先輩、早く行きましょう」
三人の魔族が俺を急か……って――!?
「まさか、お前らも来るのか?」
一緒に付いてくるような発言をするオルドたちに尋ねた。
「……? 行っちゃダメ?」
「先輩、酷いです!
今回の事件、リリーたちも解決に協力してるんですよ!」
姉妹はうるうると涙目になった。
「ふはははははっ!
実質、雑魚狩りをしたようなものだが、パーティに参加する権利はあるはずだ!
それとオレ様、人間界の王たちが食している料理に興味があるぞ!」
確かに言い分はもっともだ。
オルドたち――みんなが協力してくれたからこそ、事態の迅速な解決に至ったのは事実だろう。
それに、三人はルティスと違って人間たちに姿を知られているわけでもない。
認識阻害やらで、頭部の角さえ隠してしまえば魔族とバレる心配はないだろう。
考えた末、俺はフィーに視線を送る。
「ボクは大丈夫だよ。
みんな、頑張ってくれたんだもん。
パーティに参加して、美味しい料理くらい食べてもらわないと」
皇女は答えた。
三人は魔族ではあるが、フィーは問題はないと考えているらしい。
「……わかった。
ただし気配を消して大人しくしてるんだぞ?
特にオルド……王城では絶対に暴れないでくれよ」
「安心しろ!
オレ様ほど大人しく礼儀正しい魔族はおらんだろ!」
自信満々に胸を張る戦闘バカを見ていると、不安はぬぐえない。
いつでもどこでも戦闘を仕掛けてくるような奴だからなぁ。
人間界に来てからは随分と静かだから、オルドなりにかなり気を遣ってくれてはいるのはわかるが……どこでその不満が爆発するか……。
「にぃに……安心して」
「はい! もしもオルドが騒ぎだしたら、アン姉とリリーが注意しますから」
俺の厳しい表情を見てか、二人は気遣ってくれたようだ。
「なら俺がいない時は……頼むな」
「ん」
「はい!」
俺の願いにしっかりと、アンとリリーは頷いてくれた。
「ふははははっ! 何も心配することはない! いざ、行かん! 人間の王が住む城へ!!」
こうして俺たちは馬車に乗り、
「パーティに参加される生徒の皆さん、乗車しましたね?
それでは御者さん、出発してください~」
キャメロット城へと向かった。
馬車で城下町を進んで行く中で、王都の住民たちの歓声が聞こえてくる。
それは、初めてキャメロットに来た時とは比べ物にならないほどで――皇帝の命を救ったフィーと俺を称える喝采となり、町中に響き渡るようだった。
※
王城には直ぐに到着した。
城門をくぐった先で馬車を下りると、
「お待ちしておりました」
ニアを含めた十数人の従者たちが一礼し、ベルセリア学園の生徒たちを迎える。
「パーティーの準備は整っております。
わたくしが会場までご案内いたしますので、こちらに付いて来てくださいませ」
代表して口を開いたニアが歩き出した。
近くで見る王城の広さに圧倒されつつも、彼女の後を俺たちは追っていく。
すると、直ぐに広いホールに出た。
「陛下がいらっしゃるまでは、こちらで自由にお楽しみください」
どうやら場所はここで間違いないらしい。
王城のパーティというだけあって、豪華な装飾品の数々に目を奪われた。
周囲を照らす灯は煌びやかなシャンデリア。
それは天井を彩る宝石のように美しく輝いている。
ただ高価そうなだけではなく、どれも気品を感じるのは一流の芸術家が手掛けた為だろうか?
「先輩、すごいですね!
魔王城と違って、びっくりするほど美しいです!」
「ん……ピカピカでキラキラ」
魔王城もここと同じくらい広いのだが、飾ってある装飾品のタイプが違う。
人間界と魔界では芸術家の傾向が違う……ということなのかもしれない。
「ふはは! 料理も美味そうなものばかりだ!」
オルドが興奮した様子で口を開いた。
一定間隔で置かれた長机には様々な料理が並んでいる。
早速、従者たちが料理や飲み物を持ってきてくれた。
緊張して表情の硬い生徒たちを気遣ってのことだろう。
「やはり気品が違いますわね」
「お、王城のパーティに呼んでいただけるなんて、一生に何度あるでしょうか?」
生徒たちは周囲を見渡しながら言葉を交わす。
彼女たちの緊張した様子から察するに、ベルセリア学園の貴族生徒ですら、王城でのパーティというのは滅多にないことのようだ。
そんな中、一人、また一人とベルセリア学園生以外の客人が増えていく。
年齢も学園生に比べれば幾分か上のようだ。
彼らは何かを探すようにうろうろしていたのだが……視線が一点に止まった。
「――フィリス様、お懐かしゅうございます。
わたくし……元老院のアリスタと申します。
以後、お見知りおきを」
「これはこれはフィリス様。
数年ぶりでしょうか? 帝国の五大貴族が筆頭――プルラスタ家のヴィーゴと申します。
皇女殿下は幼子の頃でしたので覚えていらっしゃらないかもしれませんが、一度お目に掛かっておりまして――」
一斉にフィーの下へとやって来た。
それぞれが下卑た笑みを浮かべている。
見るからに打算があるのは明らかだった。
恐らく皇子、皇女が失墜したことが関係しているのだろう。
人間界の世事に疎い俺ですら、なんとなく考えが見えてしまう。
「勿論、覚えています。
日頃から大きな力添えをいただきまして、お二人には陛下も感謝していることでしょう
フィーは嫌な顔一つせずに対応している。
決してフィーに危害を加えるつもりはないのはわかる。
それどころか今後の状況次第では取り入るつもりなのだろうけど、
俺は口を開くことなく状況を見守っていると、
「こちらが皇女殿下の専属騎士であるエクス殿ですか?」
こちらに話を振られた。
「エクス殿は、学生の身でありながら円卓の騎士を凌ぐほどの実力者と聞いている。
今後も皇女殿下の為に精進するのだぞ」
「その通りだ。
円卓の騎士が三人も欠けてしまった現状――ユグドラシル帝国の栄光の為にも次代を担う騎士は不可欠。
そうです!
フィリス様、よろしければエクス殿を円卓の序列に加えるというのはどうでしょう?
元老院の進言として伝えさせていただくこともできるですが?」
国の有力者たちが勝手に話を進めていく。
俺たちの意志など全く聞くつもりはないようだ。
パーティであることは間違いないのだろうが、ベルセリア学園の生徒を除けばここは権力者の巣窟となっているようだ。
「なんだかイヤな感じですね……」
「ん……さっきから自分たちのことばっかり」
アンとリリーは不満そうだ。
当然、気配消しや認識阻害を使っている為、彼女たちの姿は権力者たちには映っていない。
「皆様、お静かに願います」
眼鏡をした従者が声を上げる。
顔立ちが少しニアに似ているような気もするが……いや、今はそれよりも気にすべきことがあるだろう。
「ユグドラシル帝国皇帝ゼグラス・ディ・フィナーリア陛下――ご入来!」
その言葉の後、パーティ会場の中央階段――その先にある扉が開いた。
先程まで陽気に話していた貴族たちが膝を突く。
同じくベルセリア学園の関係者も皆、その場に膝を突き顔を伏せた。
当然、俺もそれに倣う。
カタン、カタンという足音がゆっくりと響き……次第に止まった。
「……皆、面を上げよ
今日は堅苦しい挨拶は抜きだ」
続けて威厳と気品を感じさせる声が聞こえた。
重く緊張感のある空気に場が支配されながらも、発言者の意志を汲みながら皆がゆっくりと顔をあげる。
階段の上から俺たちを見下ろすように立っていたのは、壮健で荘厳な男。
そして、男の背後には騎士王ラグルドと宮廷魔法師マリンが控えている。
「……お父様」
呟くような声だったけど、フィーの声がはっきりと聞こえた。
それが皇帝の耳に届いたかはわからない。
しかし、彼の厳格な視線もまた、皇女に向いているように思えた。
「余への挨拶は必要ない。
今日は存分にを楽しんでいってほしい」
皇帝の言葉を受け、パーティが再開するのだった。
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