第88話 町に出てご褒美を
20180807 更新しました。
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パーティまでは自由時間となった。
「……ドレスの用意をしたほうがいいのかしら?」
「学校の行事としての参加ですもの制服だと思けど……ケイナ先生に確認を取ってみましょうか」
キャメロット城への招待ということもあって、生徒たちは浮足立っている。
それはフィーも同じでどこか緊張しているように見えた。
皇帝――父親と顔を合わせるのは随分と久しぶりになる為、それも仕方ないだろう。
「フィー、とりあえず部屋に戻るか?」
「あ……うん。そうだね」
俺が声を掛けるとフィーは微笑を浮かべた。
大丈夫だよ……と俺に伝えるみたいに。
※
部屋に戻った後、俺たちは互いに寄り添いながら過ごしていた。
それだけでも、フィーの気持ちは伝わっている。
期待と不安が入り混じるような複雑な想いを。
これも結合指輪の力だと思うが、昨日からまた効果が強くなっている。
こうして俺が彼女の不安を感じ取っているように、フィーもまた俺の気持ちを感じているだろう。
「エクス……手、握って」
甘えるようにフィーが口にする。
それは不安もあっての事なのはわかっていた。
何より、好きな女の子に甘えられて嫌な男なんていない。
「ああ」
俺は優しくフィーの手を握った。
すると緊張で重くなっていた彼女の心が徐々に軽くなっていく。
「……大丈夫だよ、フィー。
昨日も約束しただろ? 俺はずっとフィーの傍にいる。
不安に押し潰されそうな時があったら、こうやって頼ってくれてもいいし、甘えてくれたっていい」
キュン――と不安とは別にフィーの心が締め付けられたのがわかった。
でもそれは苦しいのではなくても、温かく心地のいい感覚。
「うん。
ありがとう、エクス」
互いに笑みを交わし合う。
言葉に出さなくても互いの心情はわかっているけれど、今度二人きりになった時に言葉を出してしっかりと伝えたい。
「お主らは本当にラブラブだのぅ」
「にぃにとねぇね、とっても仲良し」
ルティスとアンが、微笑ましそうに俺たちを見ている。
「ぐぬぬ……アン姉とリリーを差し置いて……でも、先輩が幸せなら……あぁでも……あうぅ……リリーは、リリーはどうしたら……」
呟くような小声ではあるが、妹のほうはこんなことを言っていた。
そんな中、
「エクスよ! ずっとここに引きこもっているのか? オレ様は暇だぞ!」
オルドはいつもの調子だった。
「あ、そうです! エクス先輩!
今日はアン姉のお洋服を買ってくれるんですよね?」
続けてリリーが俺に期待の眼差しを向けた。
合わせてアンも口には出さないがじ~っと俺を見つめる。
その瞳はキラキラと輝いていた。
「そうだな……」
俺はフィーに視線を向ける。
すると俺の意志を感じ取ったように彼女は頷いた。
「うん。
ずっと部屋にいても息が詰まっちゃうし、少し外に出ようか。
あ……でも、今は王都中がすごい騒ぎになっちゃってるんだっけ?」
王都の民が俺たちの姿を目にしたら、さらにとんでもない状況になってしまうだろうか?
「まぁ、気配消しの魔法を使えば外に出るのは問題ないか」
「でもエクス先輩。
気配消しを使ったらお洋服を変えないんじゃないですか?」
「ん……アンたちの姿、店員さんに見えなくなる」
言われてみればその通りだ。
服を買う際に魔法を解く……という手もあるが、その場合はやはり店の中で大きな騒ぎが起こってしまう気がする。
迷惑を掛けるわけにはいかないだろう。
「店内で周囲の者たちの目を誤魔化せればいいのだろ?
なら、幻惑の魔法を使えばいい」
俺たちが考えていると、ルティスが提案した。
確かにそれが最も有効的な手かもしれない。
幻惑の魔法を使えば、視界に映る者を事実とは全く異なるものに見せることも可能だ
「そうだな。
ルティス、何かいい魔法はあるか?」
「うむ……」
パチン――とルティスが指を弾く。
特に変化を感じれないが、これで既に魔法が掛かった状態なのだろう。
「ルティスさん、これで大丈夫なんですか?」
「うむ。
効果の対象範囲をわらわたち以外に設定した。
よほど強力な魔力抵抗を持っていない限りはもう、わらわたちは別人に見えるはずだぞ」
「一瞬で魔法を……エクスもそうですけど、ルティスさんもすごいんですよね」
「このくらい大したことはないぞ?」
感心するフィーに、ルティスは当然のように答えた。
ちなみにルティスは魔法に関しては魔界一――いや、この魔王を超える者は存在しないと思えるほどの大天才だ。
恐らく勇者ですら、魔法のセンスに関してはルティスに及ばないだろう。
「さて、それでは出掛けるか」
こうして俺たちは町に出た。
※
「本当に誰もボクたちに気付かないね」
町を歩きながらフィーは町を見渡す。
誰も俺たちが俺たちだと気付くことはない。
「ねぇ、キミたち。
ベルセリア学園の生徒だよね?」
すると住民の女性がフィーに話しかけてきた。
これは俺とフィーが制服を着ている為だろう。
「はい、そうですけど?」
「フィリス皇女殿下とエクス様って今、ホテルにいらっしゃるの?」
まさかその本人と話している……とは、この女性は思いもしないだろう。
「えと……その……」
フィーはどう答えようか悩んでいるようだった。
「あ、ごめんね。
いきなり話しかけられて戸惑うよね。
たださ……町はこの通り、フィリス様とエクス様の噂で持ち切りだから……」
確かに先程から俺たちの生を口にする民の声が届いていた。
他の話題は闘技場で起こった反乱に関してくらいだ。
「その……あたし円卓剣技祭の会場にいてね……でも、まさか皇族の方が陛下の命を狙って反乱を起こすなんて思ってもいなかったんだ……」
俺たちが言葉を返せずにいると、女性は話し出した。
「でも直ぐに事態は収まったって聞いて、事態を収めたのがフィリス皇女殿下とその専属騎士のエクス様だって聞いて……一言お礼を伝えたかったんです」
「お礼、ですか?」
「はい……。
もしも反乱が成功していたら今頃王都は――いえ、国中は大混乱だったと思うから、だから――お二人にありがとうございますと、伝えておいてくれないかな?」
本当は自身で感謝の言葉を述べたかったのだろう。
でも……ちゃんと彼女の想いは伝わった。
姿は違うけれど……こうしてちゃんと。
「わかりました。
しっかりと伝えておきます」
「――ありがとう!
それじゃあ……突然、話しかけちゃってごめんなさいね」
言って女性は去っていく。
ちょっとした会話の中でだったけれど、俺たちの行動は王都の民にとっても大きな意味があったと、そう実感した。
「……あんな風に思ってくれてたんだね」
「町に出てみて正解だったかもな」
フィーの立場を考えれば、こんな風に話を聞ける機会は少なかっただろう。
「うん。
こうして王都で暮らす人の声が聞けて良かった」
本来、民を導いていく役割のある皇族であるからこそ……もっと多くの者たちの声に耳を傾ける必要があるのだろう。
フィーの立場が今後、どう変化するかはわからないが――もしも大きな役割が与えられるのなら、これは大きな経験に繋がっていくかもしれない。
※
それから俺たちは店を物色しつつ、民の様子を確認しながら目的地である洋服店に向かった。
店内に入ると愛想のいい店員さんがあれやこれやと話しかけてくる。
アンとリリーが服を買いに来たことを知ると、
「お客様はスタイルがよろしいので――」
とか、
「可愛らしいお客様にはこちらが――」
などなど。
アンとリリーに似合う洋服をあれやこれやと勧めてくれた。
しかし、
「にぃに……これ、どう?」
「先輩、これなんてリリーに似合うと思うんですけど、どうですか?」
二人は俺にばかり質問して、店員さんの言葉は特に気にしていないようだった。
「どの服も似合っていると思うぞ」
正直な感想だ。
非常に整った容姿をしている為、この姉妹は何を着ても似合う。
「本当……?」
「……でも、悩みますね」
「ねぇ、アンちゃん、リリーちゃん……これなんてどうかな?」
悩んでいる二人にフィーが服を渡す。
「これ、ねぇねが選んでくれた?」
「うん。
アンちゃんとリリーちゃんに似合うと思ったから」
フィーは二人に笑顔を向けた。
「……悪くは……なさそうですね」
「でしょ。
早速、試着してみてよ」
二人は促されるままに試着室に入った。
そして、
「どう、にぃに?」
「似合いますか?」
「ああ、二人とも似合ってる。
可愛いと思うぞ」
フィーの選んだ服は二人の容姿の特徴を良く捉えており、今まで試着した服の中で一番似合っている。
「わらわもそれがいいと思うぞ」
ルティスの後押しを聞き、姉妹は目を合わせると頷く。
「ねぇねの選んでくれた服、これがいい」
「そうですね。
リリーの好みでしたし……先輩も可愛いと言ってくれましたから。
フィリスさんには感謝しておきます」
どうやら二人も気に入ったらしい。
少し値段は張ったが、
「にぃに……ありがとう。
この服、大切にする」
「先輩! リリーの宝物にしますね!」
二人の嬉しそうな顔が見れたので安いものだろう。
ちなみにこの後、店員さんがルティスが子供服を渡してぐぬぬと唸っていたのだが、俺はそれを見て見ぬ振りをしてしまった。
魔王様のプライドに深い傷をつけてしまわぬように。
ちなみに俺たちが服を選んでいた頃、オルドもあれやこれやと店員さんに試着を勧められていた。
長身で顔立ちの整っているオルドは、お店の方々にとっても着せてみたい服が大量だったようだ。
「ふはははははっ!
エクスよ、どっちがより多くの服が似合うか勝負だっ!」
何をやるにしても勝負にしてしまうオルドに苦笑しつつ、適当なところで俺たちは店を出て、暫く町をぶらぶらした後にホテルに戻った頃には、王城に向かう時間となっていた。