第87話 思い掛けない招待
20180805 更新しました。
※前話の後半5行をカットしました
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昨夜はルティスやオルド、アンやリリーたちも俺たちの部屋に泊まった為、ドタバタがあったものの、何事もなく次の日の朝を迎えていた。
「エクス……」
声が聞こえて視線を向けると、俺の隣には眠り姫がいた。
なんだか起こすのを躊躇ってしまうくらい、安らかな笑みを浮かべている。
フィーの寝顔を見ていたい。
そんな欲求を感じてしまった。
(……もう少しくらいいいよな)
ケイナ先生の話では円卓剣技祭は中止になるかもしれない……ということだったが、正式な決定は今日中にくだされるらしい。
なので、もう暫くはゆっくりしていて問題はないだろう。
「にぃに……」
「せんぱ~い……」
左隣から俺を呼ぶ声。
振り向くとアンとリリーが俺の隣でむにゃむにゃと眠っていた。
(……なんで二人が俺とフィーのベッドに?)
昨日は隣のベッドで眠っていたはずだが……どうやらこちらのベッドに忍び込んできたらしい。
大きなベッドではあるが、流石に少し狭苦しくなっていた。
ちなみにもう一つのベッドは、姉妹と一緒に寝ていたはずのルティスが独占する形となっている。
「あぁ……い、嫌なのだ……たまにはわらわにも休暇を……」
魔界の女王は悪夢を見ているようだ。
この魔王様は……普段は決して辛そうなところは見せたりしないが、魔界では常に多忙を極めている。
ルティスの補佐役たちは優秀な人材ばかりなので、皆が協力して俺に会う為の時間をなんとか捻出してくれたのだろう。
(……サキュアさんたちには感謝だな)
円卓剣技祭で多くの時間が取れたわけではないものの、久しぶりにルティスたちに会えたのは嬉しい限りだ。
(……それに、アンやリリーもフィーと仲良くなってくれたからな)
昨日の夜は女子四人で随分と盛り上がっていた。
ちなみに今、アンとリリーはフィーの服を借りて眠っている。
円卓の騎士との戦いで服がボロボロになってしまったらしい。
その為、今日は時間が出来るようなら、みんなで姉妹の服を買いに行くことになっていた。
(……まぁ、具体的な予定についてはフィーたちが起きたら話し合うとして……あれ?)
そういえばオルドの奴は……?
「エクス~……オレ様は最強だぁ~だけど、お前は最強だぁ~……zzz」
声が聞こえて視線を下げると、魔界一の戦闘バカは床でぐっすりと眠っていた。
段々と思い出してきたが昨晩――『最強の男は寝る場所など選ばないのだ!』とか言って、即寝落ちしていたのを思い出した。
一応、薄い毛布を掛けてやったのだが……それがあらぬほうに吹っ飛んでいた。
(……オルドは随分とガウルと親しくなったようだ)
円卓の騎士との戦いにこの戦闘バカはガウルを連れて行ったらしい。
恐らくその場のノリで何も考えずに決めたことなのだとは思うが……第四皇女イシスとその騎士であるローエンを倒した後、衛兵への引き渡しを行ったのはガウルらしく、とても役に立ってくれたと言っていた。
「ガウルよ……オレ様たちは……エクスをいつか……たお……」
夢の中でガウルと共に切磋琢磨しているのだろうか?
それにしても……人間界に皆が来たときはどうなるかと思ったが、特に大きなトラブルを起こすこともなく、楽しく過ごしてくれているようで何よりだ。
(……さて、みんな眠っているし……俺ももう少し休もう)
そう決めて、俺は隣に眠るフィーに寄り添う。
俺の動きでベッドが少しだけ沈んだ。
「? ぁ……エクスぅ……」
「あ……起こしちゃったか?」
まだ微睡んでいるのか、フィーの目はとろんとしている。
「ううん……平気。
でも、もうちょっと眠りたいかも……」
昨日は思い掛けない事態の連続でかなり疲れているだろう。
「まだ早い時間だから、もう少しゆっくりしていていいぞ」
「ありがとう、エクス。
ねぇ……ボクが安心して眠れるようにギュってしてくれる?」
「勿論だ」
以前なら照れて困惑してしまうようなお願いだけど、今は素直に受け止められる。
俺は大切な皇女を守るように優しく抱き締めた。
「……えへへ。エクス~」
すると、フィーは幸せそうに表情を緩めた。
そんな彼女があまりにも可愛くて、俺は片方の手で柔らかな薄紅色の髪を撫でる。
「ぁ……」
「イヤか?」
「ううん……。
エクスに撫でれるの好き」
言って、気持ち良さそうに微笑を向けてくれた。
フィーの髪はふわふわで髪を梳いているだけで気持ちいい。
こんな調子で俺たちは、幸せな気持ちとお互いの愛おしさ感じながら穏やかな朝を過ごすのだった。
※
「フィリス様、エクスさん、朝食のお時間です」
起こしに来てくれたニアの声で目を覚ました俺たちは食堂に向かった。
ルティスたちも気配消しの魔法を使っている為、周囲の生徒たちに覚られてはいないが一緒にいる。
「おはようございます、エクスさん」
「ふんっ……昨日は少しは眠れたのか?」
俺たちが席に付いた頃、セレスティアとガウルがやってきて声を掛けてくれた。
「おはよう、セレスティア」
「ガウルも昨日は大変だったみたいだな」
俺とフィーはそれぞれ返事をした。
「ふんっ……。
本来、円卓剣技祭で試合をすることになっていたのだ。
別にあんなの大したことではない」
「そうなのですか?
昨晩は随分と憔悴した様子でしたけど?」
「せ、セレスティア様、そ、それは内密にお願いします!」
動揺するガウルを見て微笑するセレスティア。
大きな事件があったにも関わらず、二人の調子はいつもの通りだった。
皇族による反乱で学園の生徒たちはもっと動揺しているかと思ったが、迅速に解決されたこともあってか食堂内の雰囲気は穏やかなものだった。
「あ、いたいた! フィリス様、エクスくん!」
続いてバタバタと走ってきたのは新聞娘のミーナだ。
何やらすごく慌てている……いや、彼女が慌ただしいのはいつものことかもしれないが、
「新聞部くん、どうかしたの?」
「王都中――すっごいことになってますよ!」
「何がだい?」
フィーの質問に、ミーナは興奮しながら答える。
「もう大騒ぎなんです!
フィリス様とエクスくんが――王都を救った英雄だって!」
「英雄?」
大袈裟な言葉が出た為、俺は思わず聞き返していた。
「エクスくん、気付いていた?
キミが反逆の騎士ランスと戦っている最中、ずっと観戦席に声が響き渡ってたんだよ?」
「あぁ……」
どうやら俺の魔法の効果は暫く続いていたらしい。
「民を想うフィリス様のお優しい心に民は胸を打ち、そして彼女を守る最強の専属騎士であるエクスくんには憧憬を抱く。
王都の住民たちからすれば、二人は反乱を鎮圧させた英雄で間違いないってわけです。
そんなわけで、あの戦いの噂が昨夜からどんどん広まって、今は王都中が大騒ぎ!」
「もしかして……外に出られないくらい?」
「実はあたし、取材も兼ねて早朝から外に出てたんですけど……ホテルの前は今、お二人に感謝する民の声に溢れてました!
しかもほら……今日の新聞の一面にはバッチリと、フィリス様とエクスくんについてもビッシリと書かれてます!」
外で購入してきたのかミーナがその新聞を見せてくれた。
デカデカと俺たちの名前が載っている。
「ほ、本当だ……」
フィーは苦笑している。
その表情は、どう対応していいのか困惑しているといった感じだ。
「この騒ぎは暫くは続きそうですね。
フィリス様とエクスくんにとっては、もしかしたらちょっと迷惑もあるかもですけど――それでも、国が暗く沈まなかったのはいいことかなぁ……なんて、あたしはちょっと嬉しかったです」
「……そう言ってもらえるとボクも嬉しいかな。
王都の民たちに強い不安が残ってしまったかもって思っていたから……」
民を導く皇族の一人として、フィーは本当にそう思っているのだろう。
ヴィアのような他の皇族に比べるとよっぽど次の皇帝に相応しいように感じる。
「でも……暫くは出歩かないほうがいいかもですね。
お二人が町を歩いていたら王都中が熱狂しちゃいますから……」
「あ、あはは……。
情報、ありがとう、ミーナ。
気を付けるよ」
「はい! また何かあればお伝えしますね!」
たった一日で状況が目まぐるしく動いている。
まぁ、それだけのことがあったのだから当然と言えば当然だろう。
ミーナの話を聞き終えた後、俺たちは朝食を取り始めた。
それから少しして、
「あ~……皆、そのまま聞いてほしい。
つい先程、決まったことなのだが……」
遅れて食堂にやってきた学園長と生徒会長のニースから、生徒たちに円卓剣技祭の中止が伝えられた。
反逆者となった円卓の騎士は3名が幽閉されている以上、大会委員会としても致し方ない決断だ。
彼らの存在を欠いた状態で決行したとしても、民の不安感を仰ぐ事になりかねないだろう。
「……それと新たに決まったことがある。
皆、落ち着いて聞いてほしい」
そう口にした学園長自身、どこか困惑した様子が見えた。
「ベルセリア学園の生徒は今晩――王城に招待されることになった」
「え……キャメロット城にですか?」
生徒の一人が困惑したように質問を返す。
「みんな、戸惑うのは無理もないと思う。
でも、これは強制ではないわ。
ただ、帝陛下が直々に声を掛けてくださったの。
反乱の迅速な解決にベルセリア学園の生徒が大きく貢献してくれたお礼と円卓剣技祭の中止のお詫びも兼ねた、ささやかながらパーティを開かせてもらえないかと……」
続けてニースが説明した。
生徒会長の話を聞き食堂内にざわめきが生まれた。
「こ、光栄なことですが、わ、わたくし……キャメロット城内に行くのは初めてですわ」
「わ、私は一度、お父様と一緒にパーティに出席したくらいで……」
歓喜というよりは戸惑いが強いらしい。
それでも皇帝からの誘いを無下にしようと考える生徒は一人もいない。
寧ろ栄誉であると感じているような雰囲気を感じた。
「それと……フィリス様とエクスくん――両名には最大の功労者として出来る限り参加してほしいと皇帝陛下からお言葉を賜っている」
「……お父様が?」
フィーにとって、それは意外な言葉だったのかもしれない。
ずっと会うことすら許されなかった皇帝と顔を合わすことのできる機会を得ることが出来たのだから。
しかしこれは、皇帝がフィーに会いたいといった単純な発言ではない。
恐らく国の有力者たちを含め多くの打算が渦巻いているのだろう。
当然、フィーはそれを理解しているはずだ。
が……。
「……わかりました。
エクス、いいかな?」
不安はあるのだろう。
だが、それ以上にフィーは皇帝に――父親に会いたいのだと思う。
「ああ、勿論だ」
フィーが望むのなら俺は構わない。
何よりこれは俺にとっても願ってもないチャンスだ。
(……王城で何が起こるのかはわからないが、皇帝にフィーとの関係を必ず認めてもらわないとな)
円卓剣技祭が中止となり皇帝への謁見も敵わぬと思っていた。
だからこそ――このチャンスを逃すわけにはいかない。
俺は強く胸に誓う。
こうして俺たちは、思い掛けない形でキャメロット城に招待されることになったのだった。