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第85話 二人の起こした奇跡

20180801 更新しました。

 主君の命を受けた忠実なる騎士が疾駆する。 

 同時に俺も動いた。

 互いにぶつかり合う間際、


「はっ!」


 ランスは下向きに構えていた白銀の剣を振り上げる。

 その一撃は試合よきょうで見せたものよりも遥かに速い。

 それでも回避することは容易だったが、俺はその攻撃を受けることにした。

 第三騎士の剣撃が俺に触れる直前――ガギンッ! と鈍い音が響く。

 それは俺を守る障壁が剣閃を防いだ証だった。


「っ――!?」


 必中の一撃を弾かれ、その勢いで剣を持っていたランスに一瞬の隙が出来る。

 俺はそのまま拳を振り上げ、ランスの顔面に叩き込む――が、その殴打は空を切った。 攻撃を避けられたのではない。

 その場にいたはずの男が姿を消していたのだ。


(……これは……)


 恐らく、魔法道具マジックアイテムによる転移。

 直ぐにその考えに行きついた。 

 が、


「エクス!!」


 フィーの声が聞こえた。

 直感でその場にしゃがむと、俺はそのまま床に手を突き身体を回転させ足払いを放った。

 ダンッ! 足元から衝撃音。

 それは足払いが成功したのではなく、障壁に攻撃が弾かれたのだとわかった。

 同時に俺の視界に剣閃がかすめ、風圧が髪を揺らす。

 今のは俺の首を斬り落とす為に放たれた一撃のようだ。


「っ……今のを避けるか!?」


 転移による不意打ちを避けられ、ランスの顔に動揺が走る。

 が、直ぐに騎士は姿を消した。


(……面倒だな)


 転移と障壁による防御。

 これらは魔法道具マジックアイテム――勇者の遺産の複製品レプリカの効果だろう。

 何より転移と同時に次に姿を見せるまでに気配が消える為、場所を特定することができない。


(……ただ倒すだけなら、この闘技場ごと全て消滅させてしまうのが一番早いのだが……)


 当然、そんなことはできない。

 闘技場にはベルセリア学園の生徒をはじめ、王都の民もいるのだ。

 なら、


「――時間遅延タイムスロウ


 俺は時間操作の魔法を使った。

 時間の流れが一気に遅くなる――ように感じた。

 周囲に目を配りながら、俺は感覚を研ぎ澄ませる。

 すると、


(――そこか)


 ランスの姿がゆっくりと視界に映る。 

 奴の転移先は上――通路の天上付近だった。

 同時に俺は跳躍する。


「喰らえっ!」


「!?」


 そして転移直後の騎士を殴りつけた。

 バシン!? 障壁が俺の攻撃を阻み、再びランスが姿を消す。

 だが、その転移にもう意味はない。


「!?」


 再び現れたランスの顔が驚愕に歪む。

 自分の転移先で俺が待ち構えていたことに衝撃を受けたのだろう。


「それ、もう無駄だぞ」


 言いながら再び攻撃を与えた。

 ドガアアアアアアンッ!? 爆音のような音が響く。

 ランスの周囲に展開された障壁が歪む。

 俺の言葉など聞かず円卓の騎士は再び転移した。

 俺はその度に、ランスの転移後に打撃を加え続けた。


「な、何が……ランス、どこにいるの!?」


 困惑するヴィアの声が聞こえた。

 彼女は勿論、フィーの目にも俺たちの姿は見えていないだろう。

 ただ、空間が割れるような衝撃音が通路に響き、同時に何かがぶつかり合う度に風が舞う。

 その発生原因は俺とランスが超高速で戦闘を繰り返しているからだ。


「これで終わりだな」


 パンッ! 何かが破裂するような音が通路に響いた。

 ランスの付けていた指輪が砕け散る。


「くっ――」


 再び転移で距離を取ってくるかと思ったが、


「捕らえよ――深淵の鎖よ!」


 するともう一つの指輪が煌めきを放ち、突如――空間に裂け目が生まれ、そこから放出された黒い鎖が俺の四肢を拘束した。


「……なんだ?」


 力が吸われていく感覚。

 これも勇者の遺産の一つなのだろう。

 試しに腕を動かしてみるが、びくともしない。

 かなりの強度のようだが、


「エクス!?」


「大丈夫だ。

 フィーはそこにいてくれ」


 俺を心配して、駆け寄って来るフィーを呼び止めた。


「――よっと!」


 息を止め力いっぱいに腕を振り、その鎖を引き千切った。

 するとランスの指輪がもう一つ砕け散る。


「――螺旋の剣よ!!」


 続けて別の指輪が光を放つと――ランスの目前に魔力の渦が発生し、その中から螺旋状の紅い剣が生成された。


「穿て!!」


 ランスの声に呼応して螺旋の剣の先端から紅い閃光が放たれた。

 圧倒的な熱量が俺に迫る中、俺は手を伸ばして障壁を張った。

 これは防御壁とは違い、あらゆる魔法を反射させる。

 螺旋の閃光がそのシールドに触れた瞬間――攻撃を放ったランスに向かって反射する。

「ぐっ……!?」


 予想外の一撃になんとか反応したランスだったが、完全に避けることはできず剣を持っていた右腕が閃光に覆われた。

 そして螺旋の剣は自ら放った閃光により跡形もなく消え去る。


「……まだ続けるか?」


 ランスの右腕は焼け爛れ既に剣を持てる状態ではない。

 戦う意志は失せてはいないが、この俺に対して勝機があるとも思っていない。

 大陸最強と言われる騎士は既に圧倒的な実力差を理解しているようだった。


「ヴィアお姉様……もう止めてください。

 これ以上、戦いを続けたらランスが……」


「あなたがわたくしに命令?」


 嗜虐姫の表情に苛立ちが浮かぶ。


「そんなんじゃありません!

 お姉様は……ランスの怪我を見ても、何も感じないのですか?

 あなたの為に彼は戦い傷付いているんですよ?」


 フィーは必死に訴える。

 だが、


「感じないわ」


「お姉様!」


 その無情な発言に、フィーは声を荒げた。


「だって――この程度の傷、私のランスには意味がないもの」


 そして彼女の持つ指輪リングが光を放った。

 すると、回復魔法が発動したようで、焼け爛れた腕が回復していく。


「傷が……」


「これも複製品レプリカの力か」


「ええ、その通り。

 盗賊団を使い実験していた複製品レプリカの完成版。

 効果はドグマが使用していた物よりも遥かに高い」


 力に酔いしれるように口を開くヴィア。

 こいつらがドグマ盗賊団に道具を流していたことは既に知れ渡っているとはいえ、隠すつもりもないらしい。


「……お姉様たちはなぜ、こんな危険な道具を盗賊団に渡したんですか?」


「そんなの――反乱クーデターを確実に成功させる為に決まってるじゃない。 

 効果を実験して完成品に近付けることが出来れば、大きな戦力になる!

 その結果がランスの使っている複製品レプリカというわけ」


「それで苦しむ民がいると、考えなかったのですか?」


 問い掛けるフィー。

 ヴィアは一瞬、逡巡するような間を見せる。

 だが、ヴィアの口から答えが紡がれることはなかった。


「ランス――勇者の遺産の使用を許可するわ。

 それとあれを使うわよ?

 いいわね?」


「……我が主の望みのままに」


 主君である皇女の言葉に、第三騎士は頷く。

 そして、


「それでこそわたくしの騎士だわ。

 さぁ、ランス……耐えきってみせなさい」


 ヴィアの付けている二つの指輪が輝く。

 そして、


「――限界強化レベルアップ

 ――能力強化ステータスアップ


 これも勇者の遺産の力なのか?

 ランスの力が間違いなく強化されていく。


「ぐっ……がああああああっ!?」


 ランスの口から絶叫が漏れた。

 能力の限界を超えた強化に身体に大きな負担がかかっているのだろう。

 だが、遺産の複製品による回復効果で意識を失うこともできない。

 さらに、


「――狂戦士化バーサーク


 もう一つの指輪が光った。


「ぐああああああああああああああああああああああっ!!」


 それは獣の咆哮のようだった。

 理知的で凛々しい顔立ちの忠義の騎士はそこにいない。

 あるのは白目を見せ、顔中に血管が浮かび上がらせる――狂った人間の姿だった。


(……狂化魔法か)


 魔界では禁忌とされる力の一つだ。

 対象者の意志を奪うが、その代償に大きく能力を向上させる。


「ヴィア……お前、わかってるのか?」


「何がかしら?」


「狂化魔法は対象者の精神が大きく疲弊する。

 使用後は廃人同然……いや戦いの後……死んでしまうことも少なくはない」


「そんな……じゃあランスは?」


 フィーの視線が狂戦士に向く。


「ああ、そのこと……」


「そのことって……お姉様は知っていたんですか?」


「ええ、勿論。

 でもわたくしの騎士がわたくしの為に戦うのは当然のこと」


「……っ――お姉様は結合指輪コネクトリングをランスに渡したのですよね?

 それは皇女プリンセスにとってどいう意味があるのか、わかっているはずです!」


 結合指輪コネクトリングは姫が騎士に身も心も全て委ねるという信頼――深い絆で繋がれた証。


「ごちゃごちゃうるさいのよ!

 ランス!!」


 ヴィアの声に狂戦士は反応した。

 おかしい。

 狂戦士化したものに敵味方の区別などないはずだ。

 が、嗜虐の姫のはめている指輪が光る。


「精神操作か……」


「気付いたようね。

 これも複製品レプリカ一つ――これでわたくしは最強の狂戦士を自由に操ることができる!」


 そして、


「グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッツ!!!!!」


 意志もない戦士が俺たちに牙を剥いた。


「っと――」


 想像していたよりも速い。

 強化と狂化。

 その効果はランスの能力を数百倍に引き上げている。


(……上級魔族くらいはあるか?)


 流石に最上級魔族とまではいかないが、まるで別人のような戦闘力となっていた。

 さらに、


「ガアアアアアアアアアアア!!」


 狂った騎士が轟くと――五体の分身が生まれた。

 そして、四体の分身が一斉に俺に襲い掛かってきた。


「っと――」


 厄介なのはこいつらが質量を伴っていることだ。

 まとめて四体を相手にしながら、全員を消滅させ残る一体に視線を向ける。

 と、そいつは禍々しい剣を召喚していた。

 目にした瞬間、俺は確信する。

 それが原品オリジナルの勇者の遺産であることを。


「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 怒り狂ったような叫びに呼応するように、その剣は目を覚ました。

 瞬間――身体が重くなったような感覚。

 決して重力を操っているわけではない。

 これは――


「ランスの持つ勇者の遺産は命ある者の生命力を奪う。

 そして奪った生命力の分だけ力は増幅するのだけれど――ふふっ、すごいわね。

 いつもよりも効果範囲も広いみたい……これなら闘技場にいる全ての人間を餌にできそう」


 餌――などとヴィアは口にするが、確かにあの剣は俺たちの命を吸い取っている。


「ぁ……っ――」


 背後から苦しみに耐えるような声が聞こえた。

 まさか、


「フィー!?」


 振り返ると、フィーが膝を突き苦しみに耐えていた。

 俺は彼女の下へ走ると、その身体を支える。

 あの剣の効果は障壁では防げないのか!?


「ぼ、ボクは大丈夫だから……。

 それよりも……エクス、お願いがあるんだ」


 この状況で?

 一体、なんだろうか?


「どうか……ランスを助けてあげて。

 そして、どうか――お姉様を止めてほしい。

 これ以上……罪を犯さないように……」


 フィーは真っ直ぐに俺を見つめる。

 苦しいはずなのにその瞳は強く輝く。


「――任せろ」


 それがフィーの願いなら、俺はそれを叶えるだけだ。

 決意と同時に、俺とフィーの結合指輪コネクトリングが強い輝きを放った。


「これは……」


「温かい光……? なんだか身体が楽になっていく」


 フィーと俺を淡い光が包んでいく。

 その光は広がって闘技場全体に広がっていった。

 まるで聖なる光が皆を守るように。


「な、なによ!? なによこれ!?

 気持ち悪い、気持ち悪いわ、この感覚!!

 頭が痛くなる、ああ、ああ――ランス!! エクスとフィーを殺しなさい!」


 邪悪な空間でただ一人……平然と立っていた残虐姫は、苦痛に表情を歪めながら狂戦士に命令を下す。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 禍々しい剣は黒い光を放出する。

 吸収した生命力は闇へと変わり、それは不気味なほど強大で邪悪な力となっていく。


「――アアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!」


 暗黒の大剣が振るわれ黒い絶望が生まれる。

 それは触れたモノを全て消滅へと誘う。

 だが、


「……フィー」


 呼びかけ、俺はこの世界で一番大切な少女の手を握る。


「力を貸してくれるか?」


「もちろんだよ! 

 ボクがキミの――エクスの力になれるのなら!!」


 指輪リングの光がさらに輝きを増す。

 力が無限に溢れてくる。

 今の俺たちなら、二人でなら――


「――いくぞ、フィー!」


「うん、エクス!」


 俺たちの想いが呼応し光が溢れた。

 それは奇跡のような魔法となり、迫りくる暗黒を聖なる光が浄化していく。


「そんな、そんな――こんな、こんなこと――わたくしは、わたくしが、こんなところで終わるわけが――いや、いやああああああああああっ!?」


「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 闇を放っていた皇女と騎士を覆い尽くしていった。

 禍々しい気配は消えて、後に残ったのは柔らかな光。

 それは奪われた命をも灯すような癒しの焔となり、傷付いた者達を包み込んだ。


「……終わったな」


「お姉様と、ランスは……?」


「大丈夫……みたいだな」


 二人は眠るように通路に倒れている。

 その表情はどこか安らかで……この光が二人の心すらも癒しているようだった。




             ※




 こうして、皇族たちが起こした反乱クーデターは一人の犠牲者が出ることなく終わりを迎えた。

 多くの民がいるこの王都を救ったのは、第五皇女の専属騎士ガーディアンと、その仲間たちの活躍であることが知れ渡るのはそう遠くない未来の話だろう。

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