表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

84/104

第84話 交わらぬ想い

20180729 更新しました。

 俺はフィーを抱きかかえて、闘技場内の通路を走っていた。

 間違いなくランスの気配が近付いていく。


「これって、貴賓席の方に向かってるよね?」


「そうなのか?」


「間違いないと思う」


 皇女プリンセスが頷く。


「お姉様たちは反乱クーデターを企てていた。

 だとするなら一番の狙いは――」


「皇帝ってわけだ」


「うん。

 だからエクス――」


「ああ、急ごう!」


 目的地に向かい一気に駆け抜けていく。

 そして、いくつかの階段を上った時――。


「……え?」


 フィーが思わず声を漏らしていた。

 俺自身、意外に思ってしまう。

 貴賓席に向かう途中の通路に、ヴィアとランスが立っていたからだ。


「やっと来たのね、鈍間のろま


 嗜虐の皇女が威圧的な態度をフィーに向ける。

 口が減らないのは相変わらずのようだ。


「……ヴィアお姉様……」


「待っていたわ」


「お姉様は……お父様を狙っているのかと思った」


「そう……本来ならそうなるはずだった。

 反乱クーデターを起こし……国の有力者たちを速やかに制圧――最後にお父様を捕らえ、ランス、スカイ、ローエンの三騎士でラグルドを倒す――その為に勇者の遺産の複製品レプリカだって大量に用意した。

 わたくしたちは勝利するはずだった――なのに、あなたの騎士のせいでその計画も破綻よ!」


 一方的な怒りを向けるヴィア。

 どうやら状況は上手く運んでいないらしい。


「つまり……皇帝を捕まえることはできなかったんだな」


「……貴賓室はもぬけの殻よ。

 既に避難した後だった。

 エクス――あなたが余計なことをしてくれたせいよ!!」


「なら良かった。

 俺の行動で、フィーの父親を助けることができたってことだもんな」


 素直な思いを口にすると、ヴィアが憎しみを籠った眼差しで俺を見据える。


「良かった? ふざけないでっ!

 許せない……許せない許せない許せない許せない許せない!

 あなたたちがいなければ――全てが上手くいったはずなのに!!」


「お姉様……どうしてこんなこと?

 皇帝の座に付きたいなら他にも方法があったんじゃないんですか?」


「ふふっ、あはははははっ! 

 庶民の母親から生まれた下賤で無能な皇女らしい発言ね。

 お父様に捨てられるのも無理ないわ」


 嗜虐の姫はフィーを嘲笑あざわらう。


「ボクは……!」


 捨てられたわけじゃない。

 それを知っているのは俺たちと、ニアを除けば限られたものだけ。

 皇帝の想いを知っているからこそ……フィーはその言葉を口にすることはない。


「早々と権力抗争を脱落したあなたと違って、わたくしは言われ続けてきた。

 皇帝になれ、あなたは皇帝になるべき人間だ。

 お母様からも臣下からも……気付けば、国の有力者たちの権力争いに担ぎ出される日々の中で、命の危機に晒される。

 親しい者たちが次々に傷付いていく、中には死んでいったものだっているの。

 ――わたくしを皇帝とする為にね」


 いつ死ぬかもわからない。

 そんな日々を過ごすヴィアにとって、皇帝になれという言葉は呪いのように心を蝕んでいたのだろうか?


「それでも歩みを止めることを周囲は許さない。

 権力権力権力――そう、権力!

 この国の実権を握り全てを思うままに操れる力があれば――わたくしはもう、傷付かずに済む!」


「お姉様……」


 フィーは辛そうに顔を歪める。

 彼女も権力抗争で母親――正確にはその偽人レプリカントを殺されているのだから、ヴィアの気持ちがわからないはずはない。


わたくしたちは皆、そうやって生きてきたの。

 この環境で皇帝にならない……などと考える皇族がいるかしら?」


「……お姉様の気持ちがわかる……そんなことは言いません」


 第二皇女の想いを受け、フィーは静かに口を開く。


「でも、反乱クーデターを起こすなんて、そんなやり方は間違ってます。

 それでは多くの人が傷付く」


「偉そうに……捨てられた皇女の分際でわたくしにお説教かしら?」


「お姉様は傷付きたくないと言いました。

 そんなお姉様が他者を傷付ける道を選ぶのですか?」


「そうよ。

 傷付けなければ傷付くことになるのなら――先に相手を壊してしまえばいい」


「それは憎しみを生み、苦しむ人を増やすだけです!

 もっと別の方法を選ぶことだって出来たはずじゃないでしょうか?」


「別の方法? それはなに? フィリス……あなたは答えを知っていると?」


「それは……今はわかりません」


「偉そうなことを言って――」


「だから――みんなでその道を探せないでしょうか?」


 フィーの提案にヴィアは口を閉ざす。

 それは戦いを強いられてきた第二皇女にとって、意外なアイディアだったのかもしれない。


「話し合うことだって出来るはずです……まだ間に合うはずです」


「……無理よ」


「無理なのよ!

 わたくしたちはもう血を流しすぎているの。

 考えてみなさい……もしもあなたの専属騎士ガーディアンわたくしが殺したら? ねぇ、エクス……もしもわたくしがフィリスを殺したら、あなたたちはそれを許せるかしら?」


「それは……」


「許せるはずがないわよね?」


「……」


 フィーは視線を下げ口を閉ざした。

 許せるはずがない。

 もしもそんなことになれば……俺は間違いなくヴィアを殺すだろう。

 それが過去から続いているのなら、皇族の権力抗争は永遠に終わることはない。


「……許せません、憎みもします」


 だからフィーの言葉は当然だ。


「ほら、やっぱりそうじゃない。

 あなたの言うことなんて所詮は綺麗事――」


「でも、だとしても――ボクたちが終わらせるべきなんです。

 これ以上、悲しみを広げない為にも、痛みを知るボクたちが変えていかなくちゃいけないんです! これからの未来の為に!」


「泣き虫だったあなたが……随分と偉そうなことを言うようになったのね?

 でも、無理よ」


「一人では無理かもしれない。

 でも――協力してくれる人はいるはずです!

 エクスも――きっとヴィアお姉様が望めばランスだって……」


 俺の手をフィーは強く握る。

 彼女の気持ちに応える為に、俺もその手を握り返す。


(……お前が望む未来があるのなら、必ず力になる)


 そんな想いを込めて。 

 ランスは口を閉ざしたままだ。

 が……その瞳は複雑に揺れている。


「……その真っ直ぐな瞳……変わらないわね」


「え……?」


「ねぇ……フィリス。

 わたくしはね……昔からあなたが羨ましくて仕方がなかったのよ?」


「ボクを?」


「あなたのお母様は権力になど興味なかったでしょ?

 だからあなたは、皇帝になることを強制されることもなかった。

 皇位継承権も低いことも幸いして……大きな抗争に巻き込まれることもなく、お父様に捨てられたことで、今までのうのうと生きてきた」


 これはヴィアの主観に過ぎない。

 フィーにはフィーなりの苦労があった。

 母を暗殺され父に捨てられ……従者であるニアと二人でずっと生きてきた。

 そこに苦悩がないはずはない。


「子供の時からそう。

 何も知らない純粋な瞳を向けてきて、その度にわたくしは嫉妬でおかしくなりそうだった」 


 ヴィアがフィーに怒りにも近い感情を向ける理由。

 それは妬みだったのだろう。


「次第にわたくしは思うようになった。

 わたくしが苦しんでいるのだから――この子にも同じ苦しみを味わわせたい。

 もっと泣き喚かせたい。

 その純粋な瞳を汚して汚して汚しまくってやりたい」


「……だからお姉様は、ボクに暴力を振るうようになったんですね……」


「ええ。

 初めて頬を張った時のあなたの驚いた顔……今も忘れない。

 驚きと悲しみに染まっていく表情、瞳から溢れてくる涙……ああ、ああ……思い出すだけで全身が滾ってくるわ……」


 嗜虐の姫は恍惚な笑みを浮かべる。

 この嗜好も彼女の生きてきた環境が作り出したものであるなら同情する余地はある。

 自分よりも立場の弱い者を傷付けることで……この女は救いにも似た安心感を得ていたのかもしれない。

 だが、それがフィーに対する行動を容認する理由にはならない。


「無駄話が過ぎたわね……もう時間もない。

 フィリス――始めましょうか」


「……どうしても戦うのですか?」


「さっきも言ったわ。

 何もかもが遅いのよ。

 既にわたくしは反逆者――このままでは良くて死ぬまで幽閉、最悪は処刑と言ったところ……なら――最後は思うままに生きるわ」


 ヴィアの望み、それは――


わたくしはあなたの大切な物を――あなたの心の寄りどころである、その騎士の命を奪うわ。

 ラグルドを倒す為に用意した全てを使ってでもね。

 そして時間の許される限り、あなたに嗜虐の限りを尽くしてあげる。

 ねぇ……フィリス、その時あなたはどんな顔を見せてくれるのかしら?」


「お姉様……」


「ふふっ、あはははははははっ! さぁ……ランス――やりなさい!」


 第二皇女の指輪が光を放ち、ランスの力が増幅していく。

 そして、


「――我が姫の御心のままに」


 戦いの幕が切って落とされた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ