第80話 気付かぬ者たち
20180722 本日更新2回目となります。
階段を下りていくと……さっきと同じ場所で、ヴィアはビクビク震えていた。
それは怒りか憎しみか、それとも恐怖の為なのか。
「な、なんなの……なんなのよ……」
涙を拭いながら後悔の念に苛まれるように、悲痛な声を漏らしていた。
少し脅かしすぎただろうか?
相手があの嗜虐の姫とはいえ……なんだか申し訳なく――
「くっ……ムカつく……ムカつく、ムカつく!!」
唐突にヴィアが喚き散らした。
そして、憎しみに顔を歪めながら立ち上がる。
「どうして私がこんな目に!!
皇女である私に、私にこんな恥をかかせるなんて!!
あの騎士――絶対に許さない!」
今のところ人目がないとはいえ、通路でバンバンと地団駄を踏みはじめた。
発言といい態度といい、こいつ全く反省していない。
どうやら、ヴィアに申し訳ないなんて感情を持つ必要はなさそうだ。
「どうやって復讐してやろうかしら?
まずはフィリスを捕まえて……あの専属騎士の前でボロボロになるまで虐めて――いえ、それだけでは足りませんわね。
そうよ! 売春婦として男たちに犯させるなんて面白そうね。
私をこんなにも辱めたのだから、心も身体も完全に壊してやるわ!」
この女がどうしてここまで捻じ曲がった嗜好を持つことになったのか。
多分、原因はあったのだろう。
だが……それを知りたいと思わない。
これ以上の慈悲は必要ないのだから。
(……さて、どうするか)
あまり得意ではないが、精神魔法でも試してみるか?
物理的攻撃力は一切ないが、相手の心に干渉することが可能な為、単純な破壊よりも大きな効果を発揮することがある。
サキュバスの使う魅了などが代表的な力だろう。
中には魔法を掛けた瞬間から、悪夢を見せ続けるなんてものもあった。
精神力や魔法抵抗が高い者には効かないことや、相手の精神状態を理解した状態でければそもそも発動すらしない為、魔界では役立たないと揶揄されているのだが……。
(……まぁ、やってみるか)
今、ヴィアに掛けるなら……戦いに対する恐怖を増幅させる魔法がだろう。
俺に対する恐怖心が残っているのなら成功率は高いはずだ。
フィーの傍には俺がいる――それを忘れさせないことで、二度と危害を加えようなんて思わなくなるだろう。
それに……この皇女が少し大人しいくらいのほうが国の秩序は保たれるはずだ。
俺は魔法を掛ける為、ヴィアに手を向けた――――その時だった。
「あぁ……そうでした。
こんなところにいる場合じゃないわ。
私には崇高な計画があるのだもの」
第三皇女が、含みのある笑みを見せる。
(……どうせ碌なこと考えていないだろうな)
嫌な予感がした俺はこっそりと後を付ける。
(……どこへ向かうのだろうか?)
既に円卓剣技祭は始まっている。
皇族は特別に用意された貴賓席で観戦すると聞いていたが、そこに向かうのだろうか? 急ぎ足で進むヴィア。
すると通路の途中で、衛兵二人が見張りについている扉があった。
「ヴィア皇女殿下! どこにいらっしゃったのです!
お一人で医務室を飛び出されて皆、大騒ぎだったのですよ!」
「……少し出て行ただけです。
お兄様たちは?」
「こちらでお待ちしております」
衛兵が扉を開くと、ヴィアは中に入った。
俺も後に続く。
「……遅くなったわ」
室内にはヴィア、イシス、アリア――余興に参加した三人の皇女と……見たことがない男もいる。
「ヴィア姉様ってば、や~っと来たんだ。
またどこかで鼻血を吹いているのかと思っちゃった」
「っ――」
「イシス……そんなことを言ってはダメよ。
もう少ししたら計画を実行に移すのだから、背中を撃たれない程度には仲良くしておかなくては……」
「ま~そうだよね~。
実際、ヴィア姉様が気絶してくれたお陰で……落ち着くまで一緒にいて上げたいな~んて心にもない名目を利用して、最後の話を合いをする時間が持てたわけだしね~」
「ええ、そうね。
でもそれは、あなたたちの騎士が早々にやられてしまったせいじゃないかしら?」
負けじとヴィアが挑発を返すと、二人の皇女の表情はピクリと揺れる。
誰かが口を開くたびに、ギスギスした空気が蔓延していた。
皇女たちの仲は見てわかるほどに悪いようだ。
「……無駄話はそこまでにしろ。
円卓剣技祭も始まり時間もない」
黙っていた男が見兼ねたように口を開く。
「そんなこと、グロリアお兄様に言われなくてもわかってるわ!」
苛立つ第三皇女が声を荒げる。
どうやら気難しそうな男も皇族の一人らしい。
「きゃはっ! 兄妹喧嘩はまだこの後に取っておかないとね」
「ええ……まずは反乱を成功させることを第一に考えましょう」
アリアが口にした言葉に、俺は耳を疑った。
どうやら、付いてきて正解だったようだ
(……今なら事前に防ぐことができる)
問題はその手段だ。
仮に皇族が現皇帝への反乱を企てていると言っても、俺を信じる者は少ないだろう。
もしフィーが伝えたとしても……次期皇帝争いの為の政略の一環程度にしか思われない可能性は高い。
確実にこいつらを追い詰めるなら――
(……そうだ)
俺は、戦闘場での司会者たちの声が観戦席まで反響していたのを思い出した。
あれを応用して、音を指定位置に飛ばす魔法を使用する。
「……一つ提案がある」
それを知らずに、グロリアが話し始めた。
ちなみに今、彼らの会話は観戦席に響き渡っていることだろう。
「計画の決行を少しだけ遅れさせたい」
「今更臆した……というわけではないのよね?
具体的な時期は?」
尋ねたのはヴィアだ。
「円卓剣技祭――序列1位の生徒であるエクスが試合を終えた後……で、どうだ?」
なぜか俺の名前が出てきた。
「……どういうこと~?」
「予定通り結構させるのと何が違うのです?」
皇女たちもグロリアの発言の意図が掴めていないらしい。
「余興での試合は俺も見ていた……が、あの男の能力は明らかに異常だ」
「……だからなに?
私たちは如何なる障害が起ころうと、反乱を成功させられるよう入念な準備を整えてきた」
「そうですわ。
何よりあれは余興。
我が騎士たちには勇者の遺産があることをお忘れかしら?」
「しかもさ~遺産の複製品だってあるんだよ?
あれの効果はドグマを使って実証済みじゃん?」
またしても意外な発言が飛び出した。
イシスは間違いなく――俺たちが討伐した盗賊の名を口にする。
これで、高価な魔法道具を大量に持っていたことにも合点がいった。
黒幕は皇族――ヴィアたちで間違いない。
そしてドグマ盗賊団を利用したのは、この反乱を成功させる為だったわけか。
「……最後まで聞け。
今日まで幾度となく話し合ってきたが、反乱を成功させる為の最大の障害は――第一騎士ラグルド・ガラティン。
そして、フィリスの専属騎士――エクスは、今日の剣技祭でラグルドに試合を申し込むそうだ」
ここまで聞いて、皇女たちはニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべる。
「ああ……そういうこと。
化物同士で先に戦わせて少しでも戦力を削っておきたいということね」
「そうだ。
可能性は低いと思うが、もしもエクスがラグルドを倒すようなことがあれば……」
「皇帝を捕らえるのもグッと楽になるってわけね~。
いいんじゃない?」
「ええ……どちらも疲れ切っているでしょうから、サクッと殺ってしまいましょう」
満足そうに微笑む反乱の首謀者たち。
随分と勝手なことを言ってくれているが、彼らは知らない。
今、観戦席をはじめ戦闘場が大騒ぎであることを。
※
「この声……って?」
「反乱ってどういうことだよ?」
円卓剣技祭の試合観戦中、ボクたちの耳に思いもしない声が届いた。
(……この声……お姉様たち?)
間違いない。
でも……どうして?
(……もしかして、エクスの魔法?)
そうか。
彼はボクたちに、ヴィアお姉様たちが皇帝への謀反を企てていることを伝えようとしているんだ。
既に指示を受けた衛兵たちが音の発生源を探す為に動き始めている。
「ふむ……。
何やら面倒なことになりそうだの」
隣に座っているルティスさんが、戦闘場に目を向ける。
「……今の声は皇女様たちじゃねえか?」
「そのようですね。
信じられないことに陛下の反乱などと、聞き捨てならない言葉を口にしていたようですが……」
第七騎士と第八騎士に任命されているカルバート兄弟が、鋭い視線を数人のラウンズに向けていた。
彼らだけじゃない。
「カルバート兄弟の言う通りだ。
ユグドラシル皇帝に牙を剥くなど――仮に皇族であっても許されることではない。
貴殿らが何か知っているのなら、説明していただきたいのだが?」
冷静にだが厳しく問い詰めるのは第5騎士であり血盟者と言われるユミル・ハイランダーだった。
お父様への忠義に厚い騎士の一人だ。
彼が問い詰めているのは、皇族の専属騎士を務めている三人の騎士だ。
「……確かに今の皇女殿下の声でした。
が、我が皇女はディア様は先程の余興でお怪我を負われた身。
医務室で安静にされているはずです」
ランスが弁明を口にする。
「つまり謀反については知らぬと?」
「無論。我が皇女は陛下を誰よりも慕われている。
これは、我々を陥れようとする反抗勢力の仕業である可能性を指摘する。
我々は争っている場合ではなく、この犯行を偽造しようとした者を見つけるべきでは?」
ユミルとランスの視線が交差した。
彼らだけではない。
疑いを掛けられた三人の騎士――ランス、スカイ、ローエンは、他の円卓たちに取り囲まれるような体制が敷かれる。
今にも戦いが起こりそうなほどの緊迫感が場内に満ちていた。
ヴィアたち謀反を起こすのなら、その騎士たちも反逆者だと考えるのは当然だ。
「あの……ルティスさん」
「うん?」
「エクスがどこにいるかってわかりますか?」
「あ~ちょっと待ってくれ……。
う~ん……あいつ、気配消しを使っているな。
上手くなったものだ……これ、ちょっと見つけるのに時間がかかるかもしれぬ……」
きっと、エクスはヴィアたちと一緒にいるはずだ。
だから彼の居場所がわかれば……。
(……お願い)
ボクは結合指輪に触れて、エクスを想った。
どうか――ボクたちの心が通じ合っているのなら――。
すると、彼の不思議なことに彼の居場所が心に浮かび上がってくる。
「そこの衛兵くん――ちょっといい!」
「? ふぃ、フィリス皇女殿下!? ふ、不足事態申し訳ありません!」
「キミが謝ることじゃないよ。
それよりも何人か一緒に来てほしい!
一人は皇帝陛下に伝達を頼みたい」
ボクは衛兵たちを連れて観戦席を離れる。
「フィー、わらわも行くぞ。
お主を守るようエクスに頼まれておるからな」
「ならばオレ様も行くぞ!!」
「アンも」
「リリーもです!」
姿は見えないけど、みんなの声が聞こえた。
焦って駆け出したボクに付いて来てくれたみたいだ。
頼れる人たちが傍にいてくれるのは、すごく心強い。
(……反乱なんて絶対に起こさせない)
エクスの作ってくれたチャンスを無駄にしない為にも、ボクは全力で目的の場所へと向かった。




