第8話 学園に入学した途端、決闘をすることになりました。
20180209 更新2回目
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「ま、マジでやるのか?」
「ダメ……?」
上目遣いを俺に向けるフィー。
その後、悪戯な笑みを浮かべた。
「ダメではないが……」
「なら――行こう!」
フィーは教室の扉をバッと開いた。
そして俺の両手を取ると、まるでダンスのステップでも踏むように颯爽と教室に入る。
舞台の演者の来訪に、室内にいる生徒の視線が一斉に俺たちに集まった。
――ガヤガヤ。
教室に大きなざわめきが起こる。
フィーは踊り慣れているのか俺を上手くリードして、教卓の前でくるりと一回転。
ステップを止めて、生徒たちを見渡す。
「ふぃ、フィリス様の隣にいる男は誰だ?」
「見たことのない方だけど……もしかして王族の方かしら……?」
「制服を着ていないし……学園の生徒じゃないよね?」
様々な憶測が飛び交う。
だがフィーは全く気にする様子もなく教卓に立った。
そして俺を抱き寄せる。
――むにゅ。
胸のあたりに柔らかい感触。
ワザとらしく、フィーが双丘を押し付ける。
「んなっ!? フィリス様!?」
「あの男、許せん! 我が国の宝でもあるフィリス様に、なんとハレンチな!」
とんでもなく膨大な敵意が集まってくる。
これはフィーにとっては悪戯みたいなものだが……彼らにそんな言い訳は通じないだろう。
「ふぃ、フィリス様……そのお方は一体!?」
一人の男が立ち上がり声を上げる。
今までの声にならない叫びとは違う。
フィーに対する、はっきりとした質問だった。
「うん、みんなも気になっていると思うから紹介するよ。
今日からボクの専属騎士になったエクスだ」
静寂。
圧倒的静寂。
室内の生徒は誰一人、1ミリたりとも動きはしない。
世界が静止したのではないか。
そんな錯覚に陥る。
「……こいつら、どうしたんだ?」
「さぁ? 驚いているのかな?」
静止した空間の中で、俺とフィーだけが平然と会話していた。
そしてもう一度、生徒たちに目を向けた。
瞬間――
「「「「「「「はあああああああああああああああっ!?」」」」」
満場一致の大絶叫である。
「ふぃふぃふぃふぃふぃフィリス様が専属騎士!?」
「孤高の薔薇姫を陥落させた騎士様が現れるなんて!?」
「一体、あの方は何者なんですの!?」
ニアや学園長、そしてティルクの態度からも察していたが、フィーが専属騎士を任命するというのは、生徒たちにとって信じられない出来事のようだ。
「そんなわけで、エクス――キミからも自己紹介してあげて」
「ああ、俺の名前はエクス。
さっきフィーが話した通りだが――」
「フィー!?」
「もしかしてそれはフィリス様のこと!?」
「愛称で呼びするほどの仲だというのか!?」
あの、俺まだ話し中なんですけど……。
というか、さっきから生徒たちは落ち着きがない。
一部の生徒など、明らかにワクワクした様子で俺たちを見ている。
まるでちょっとした催しを楽しんでいるようだ。
「あ~、フィーが話した通り、彼女の専属騎士になった。
あまり学園のことは詳しくないから、色々と教えてくれると嬉しい」
俺はフィーを見た。
これでいいか? と、目で尋ねる?
だが、フィーは首を振った。
まだ足りない。
はい、そうですか。
ではもう少し専属騎士としてアピールしておくとしよう。
「大丈夫だとは思うが、もしフィーに危害を加えるような奴がいれば、誰であっても容赦はしない」
「うん、OK! じゃあ、自己紹介はこれで終わり!」
フィーは嬉しそうに微笑んだ。
そして俺の手を握りこの場を離れようとした。
「……フィリス様、お待ちください」
「なに?」
部屋の室温が落ちた気がしたのは、フィーの声に少しだけ苛立ちが混ざっているからだろう。
だが、声を掛けてきた男は臆さず口を開いた。
「見たところ、その者は騎士候補生ではありませんね?
制服も着ておらず、身なりはお世辞にも綺麗とは言えない」
「候補生だよ。
今日入ったばかりだったけどね」
「今日……?
無礼を承知の上で、フィリス様の為に申し上げます」
「本当に、出過ぎた真似だよ」
「申し訳ありません。
しかし諫言せずにはいられないのです!
フィリス様、そのような男を専属騎士にするのはおやめください」
なんとなく、言われる気がしていた。
この生真面目そうな男、教室に入った時から俺に対して凄い敵意を放ってたからな。
「既に学園長の許可は取ってある。
キミの意見を聞く必要はないよね?」
「だとしても、騎士候補生でもない者から専属騎士を選ぶなど異例です!」
「それだけ彼――エクスがボクにとって特別ということだよ」
「フィリス様、騎士候補生は王侯貴族の皆様をお守りする為、日夜厳しい訓練を続けています。
そんな彼らを差し置き、見ず知らずの男を専属騎士にするというのは、日頃の彼らの努力を見ている僕としても、簡単に許容できるものではありません」
ああ、なるほど。
要するにこいつは、自分たちが頑張っているのに、なんでよそ者を専属騎士にするんだ。
だったら自分たちを専属騎士にしてくれよ。
そんな話をしているようだ。
(……ただの我儘だな)
フィーを思ってと前置きをしているのに、フィーの気持ちを無視している。
そのことを、この男は気付いているのだろうか?
「身分は実力は確かなのですか? フィリス様を襲う刺客でないという保障は?」
「キミよりはよっぽど信用も信頼も出来るよ」
「っ……! どうしても聞いてはくれませんか」
「聞けない。
それと言っておくけど、エクスはキミなんかよりもずっと強いよ」
「ほう……僕よりも、ですか?
ならばこうしましょう。
もし決闘で僕が勝ったのなら、そのエクスという男との専属騎士の契約を解除していただきます」
なんだか俺を置いて話がどんどん進んでいる。
だが決闘をやるというなら望むところだ。
「ガウル! 決闘などわたしは許諾できません!」
横から反対意見が飛んだ。
「セレスティア様……どうか、お許しください。
これは、この学園の騎士全員のプライドを掛けた戦いでもあるのです」
この男はガウルというのか。
そしてガウルに声を掛けた女の子が、セレスティア。
長身の綺麗な子だ。
もしかしてガウルは、彼女の専属騎士なのだろうか?
「彼はこう言ってるけど、エクスはどう?」
「構わないぞ。
要するにこいつに勝てばいいんだろ?」
「……随分と自信があるようだな。
決闘が始まれば、無事では済まないかもしれないぞ?
今、フィリス様との契約を破棄するのなら許してやってもいいが?」
いちいち高圧的な奴だ。
「知ってるか、お前。
魔界には、弱いケルベロスほど良く吠えるって言葉があるんだぞ?」
「それを言うなら犬だろ!」
犬……?
人間界ではケルベロスのことを犬というのか?
「ま、だとしても意味は伝わっただろ?」
「なるほど……僕を挑発しているのか」
微笑を浮かべるガウル。
だが、俺は気付いていた。
ピクッと、ガウルの眉間に皺が寄ったことを。
どうやら苛立ちを隠して余裕を見せているようだ。
「やるならさっさとやろう」
「っ……いいだろう!」
ガウルは付けていた白い手袋を俺に投げた。
「貴様に決闘を申し込む!!」
こうして俺は、学園に入学した途端、決闘をすることになりました。
ちなみに俺の隣に立つお嬢様――フィーは楽しそうにこちらを見ている。
『今度は何を見せてくれるの?』
と、彼女の視線は語り掛けていた。
OK――なら俺は専属騎士として、お姫様の期待に応えるとしよう。