第79話 嗜虐姫の改心?
20180722 更新しました。
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ついに序列12位の試合が始まった。
円卓の騎士と学園の代表生徒では明確な実力差はあるが、若手騎士の戦闘教練という名目もあるようなので、一つの試合が終わるまでにはそれなりの時間がかかるだろう。
(……さて、それまで何をするか)
代表生徒の多くは緊張に身を固めていた。
試合に向けて今日まで訓練を重ねてきたとはいえ、余興の結果が散々なことで臆病になっているのかもしれない。
その中でガウルやリンは落ちついていた。
目を閉じ、試合に向けて集中力を高めているようだ。
(……邪魔しては悪いな)
俺はフィーの手を取り静かに待機室を出た。
「……観戦席まで送るよ。
俺の試合が始まるまでまだ余裕もあるしな」
「ありがとう、エクス。
でも、大丈夫?
もし試合に集中したいなら、ボク一人で戻れるよ?」
「ずっと待機室にいるんじゃ息が詰まりそうだからな。
これも息抜きだよ」
戦いには慣れている。
いつ如何なる時に襲われようと、力を出し切れぬということはない。
「それに俺はフィーの恋人で、専属騎士なんだ。
時間が許される限り、お前を傍で守らせてくれ」
「エクス……」
俺を見つめるフィーは頬を染める。
そんなフィーが愛おしくて、抱き締めそうになってしまう。
だが……ここには皇帝や国の重鎮も来ているのだ。
万一、この通路に通りかからないとは限らないだろう。
「行こうか」
「うん!」
俺たちは観戦席に向けて歩き出した。
通路の途中の階段を上がれば、生徒用の観戦席に到着するのだが――バタバタバタと大慌てで階段を下りてくる音が聞こえた。
(……なんだ?)
警戒し足を止める。
誰が来るのかと様子を見ていると、
「……――やっと見つけたわ!
フィリス……こんなところにいたのねっ!」
皇女の名を呼んだのは第三皇女ヴィアだった
だが、以前会った時よりもその表情は険しく余裕は一切消えていた。
護衛の兵士が一人もいないところを見ると、目を覚ましてから一人で飛び出してきたのだろう。
「お、お姉様……ど、どうして?」
「どうして?
あなたを探していたのよ!
この私に手間をかかせて――お父様に捨てられた不出来な皇女の癖に!! 生意気なのよあなたわっ!」
言ってヴィアはフィーの頬を叩くように手を振った。
が、それが当たることはなかった。
「フィーに触れるな」
俺がヴィアの腕を押さえたからだ。
「無礼者! この私を誰と心得る! ユグドラシル帝国第三皇女であるぞ!!」
「知ってるよ。
お前、フィーの姉さんなんだよな?
なら――なんでこんなこと……」
「なんで?
理由なんてない。
いえ……違うわね。
単純に楽しいからよ!
ただ……この子をイジメるのが楽しくて仕方ないの!
手を振り上げて恐怖に怯える顔がたまらない!」
「ヴィアお姉様……どうして……」
フィーの表情が悲しみに沈む。
理由もなくただ相手を甚振ることで快楽を感じる為の行動。
相手がこんな調子ではフィーがどれだけ耐えようと改善はないだろう。
「なのに、なのに――久しぶりに王都に戻ってきたと思えば、私に反抗して、そんなの許されるはずがないのっ!
無能な泣き虫フィリスは――私に膝まづいていなければ――」
「もういい……」
理由を問いたのが間違いだった。
「……? ――!?」
ヴィアが目を見開く。
理由は単純明快。
俺が魔法で彼女の声を消したからだ。
「いいか、二度は言わない。
だからよく聞け」
フィーに対する暴言は、もう許せるものではない。
だが――こんな奴でもフィーの姉だ。
だから最後に一度だけチャンスを与えてやる。
「もしも次にフィーを攻撃するような真似をしてみろ。
俺はもう――お前を許さない」
どう許さないか……という言葉はあえて口にはしない。
が、自然と殺気が漏れた。
すると、
「!?!?!?!?!?!?!?!?」
壊れた人形のようにガクガクとヴィアは震え、立つことも困難になったのか尻餅を突いた。同時にヴィアの尻餅ついた場所に水溜まりが出来ていく。
どうやら恐怖に耐えきれず……失禁してしまったようだ。
一国の皇女がこれでは、皇帝も呆れ返るだろう。
「……え、エクス。
ボクは大丈夫だから、これ以上は――」
「……いいか、ヴィア。
俺の言ったことを忘れるな」
「!!!!!!!!!!!!!!」
俺が念を押すと、やはり壊れた人形のように、ヴィアは首を何度も何度も縦に振った。 その顔は涙と鼻水でボロボロになっていた。
嗜虐の姫は初めて感じたのだろう。
他者に責められる恐怖と痛みを。
心を覆い尽くす恐怖を。
これで少しは……この女も理解するだろうか?
自分のやってきたことの非道さを。
「……行こう、フィー」
「う、うん」
こんな女の姿――もう二度と見たくはない。
振り返ることなく、俺たちは観戦席に繋がる階段を上った。
途中、
「……ごめん、フィー。
どうしても……許せなかった」
「ううん。
ボクを守る為にしてくれたんだもん。
もっと……もっとボクが強ければ、キミに心配かけなくてすむのにな……」
「……フィーは強いよ。
自分が責められても相手を責め返さない」
だけど、それは優しい強さだ。
ヴィアという人間に出会ったことでわかったことがある。
フィーのように優しい人間は……ヴィアのように他者を見下すことでしか自己を肯定できない弱い人間に食い物にされる。
どんな強い精神を持った者でも、痛みに耐え続けるだけでは……いつか、心が壊れてしまう。
そんなのあまりにも理不尽だ。
「あれで懲りてくれたらいいんだがな……」
「……うん」
もし次にヴィアが忠告を無視するようであれば――実力行使を厭わない。
そんな決意をして、俺はフィーを観戦席に送り届けた。
「じゃあな、フィー」
「うん……エクスの試合が始まったら、ボクいっぱい応援するから!」
「ああ!!」
皇女様のエールに応え、俺は直ぐにこの場を離れた。
試合が始まるまでに確認しておきたいことができたからだ。
それは――この先のヴィアの動きについてだ。
俺は魔法で気配を消し、今も腰を抜かしているであろう嗜虐姫の下へ向かった。