第76話 皇女の守護③ 決着
20180719 更新しました。
「フィーのところに行くのは勝手だが、行かせるとは言ってないぞ」
「ならば私が許可しよう」
ランスの鋭い斬撃が俺を襲う。
――ザシュ。
何かを斬り裂く音がした。
「ふっ」
ランスは微笑を浮かべる。
だが、
「ぐっ……」
「なっ!?」
ドバアアアアアアアアアアアアアアアン!!
痛烈な音が場内に響き、ローエンとスカイ――二人の騎士がランスに向かって吹き飛んでいく。
「っ!?」
直後にランスが斬り裂いた俺の影が消えた。
ようやく第三皇女の騎士は気付いたようだ。
それが残像であることに。
ドガアアアアアアアアアン!!
宙を舞う二人の騎士はそのまま壁に激突する。
壁は瓦礫と化し、パラパラ……とが崩れ粉塵が舞った。
「フィーには触れさせない」
円卓の騎士たちに俺は告げる。
「だから、この競技に勝ちたいなら――俺を倒すしかないぞ」
「……一撃加えたからと言って調子に乗るなよ」
ランスから殺気が漏れ出した。
「きゃははっ、スカイ~? 苦戦中なの~?」
「ローエン、立ちなさい」
続けて皇女たち自ら騎士の名を呼ぶ。
さらに、瓦礫に埋もれていた騎士たちが起き上がる。
「イシス様……ご冗談を。
油断はしましたが、この程度は痛くも痒くもありませんよ」
「アリア皇女殿下……申し訳ございません。
情けない姿をお見せいたしました」
平然と口を開いた。
本当にダメージはないのだろう。
だが、それも当然か。
「俺も、ただのデコピンであんなに吹き飛んだから驚いたぞ」
「殴打されたのかと思ってたけど、やっぱあれデコピンだったかぁ」
「目を疑いましたが……」
どうやらスカイとローエンには見えていたようだ。
流石は円卓の騎士。
騎士生徒とはレベルが違うようだ。
が……この程度か。
「……さっきも言ったが、勇者の遺産ってのを見せてくれないか?」
「ルールを忘れたか?
死傷者を出すわけにはいかない」
ランスが答えた。
それほどの威力が勇者の遺産にはあるのだろう。
どの程度の効果なのか……それだけは気になるが、今のところ使うつもりはないようだ。
「そうか、残念だ。
なら――あとはお前らを行動不能にすればおしまいだな」
「さっきから随分と余裕かましてくれるじゃんかよ」
最初に動いたのはローエンだった。
一瞬で俺との距離を詰めてきた。
どうやら身体能力を強化する魔法を使っているようだ。
「避けられるかな!」
何か武器を持っているわけではない。
が、ローエンは両腕を振り上げる。
すると、闘技場に降り注ぐ太陽の光が何かを反射した。
恐らく透明な『武器』を持っているのだろう。
避けても良かったが、
(……面倒だ)
俺はローエンが腕を振り下ろす前に、頬に拳を叩き込んだ。
全力にはほど遠い……が、ドラゴンを泣かせてしまうくらいの威力の拳を。
瞬間――ボゴッ!!
「……」
鈍い音を響くと、ローエンは言葉なくその場に崩れ落ちた。
派手に吹っ飛ばしてしまっても良かったが、それでは戦闘不能になったかもわからないからな。
こうして気絶してもらうのが一番いい。
「ぇ……ローエン?」
第二皇女アリアは首を捻った。
なぜ自分の騎士が倒れているのか?
それが理解できないようだった。
同時に会場は再び静寂に包まれた。
司会者すらも実況を忘れ呆然と状況を見守っている。
そんな中、
「はああああああっ!」
ローエンが崩れ落ちた直後、目前に接近していたスカイが持っていた大鎌で俺の身体を薙いだ。
「死なない程度に刻んであげますよ!」
が……パリン。
鎌を引いた瞬間、刃がかける。
「あ、すまない……壊してしまったな」
「そんな馬鹿な――っ……」
混乱するスカイの顎を殴った。
――パンッ!
いい感じに拳が入り気持ちのいい音を鳴らす。
打撃に脳が揺さぶられスカイの膝が震えていた。
一撃で倒れなかったのは大したものだ。
続けざまに俺は掌底で腹部を撃った。
そのままスカイは仰向けにぶっ倒れる。
「……スカイ?」
その光景を見た第四皇女の口からは、甲高い笑い声は出てこなかった。
「さて……あとはお前だけだな」
俺はランスに目を向ける。
「……化物が……」
「いや、それは酷いだろ。
お前らが知らないだけで、強い奴はいくらでもいるんだぞ?」
「……知っているさ。
我々とて敗北を知らぬわけではない」
「へぇ……負け知らずなんじゃなのかよ?
円卓の騎士はさ」
「……第一騎士ラグルド・ガラティン……お前の力はあの化物と同質だ」
「へぇ、序列一位はお前らから見ても化物じみてるってわけだ」
確かミーアの情報では大陸中の騎士が束になってかかっても勝てない……だったか?
この余興の後に戦いを挑むつもりなので、面白い試合ができればいいのだが……円卓の騎士がこれでは期待はしないでおこう。
「……貴様は円卓剣技祭でラグルドに戦いを挑むのか?」
「? ……まぁ、一応そのつもりだけど?」
まさかそんな質問をされるとは予想外だ。
「それよりもランス、勇者の遺産を使うなら今のうちだぞ?
この状況を見ればわかると思うが、普通にやってもお前らに勝ち目はない」
「……」
ランスは主である第三皇女に視線を向けた。
勇者の遺産の使用許可を求めるように。
「……ランス……もういいですわ」
ヴィアの口から出たのは意外な言葉だった。
まさか試合を諦めるのだろうか?
「これは所詮は余興。
だから――今は無駄に力を見せる必要はありません」
「で、ですが――」
「後は――私がやりますから」
わたくしがやる?
って、まさか――。
考えられるといたら一つだ。
騎士たちは皇女に危害を加えることはできない。
だからこそそれを利用して、自らフィーを?
「――ヴィア、フィーを捕まえようと思ってるならやめ――」
俺の話を聞かず、ヴィアは消えた。
どうやら魔法道具を使って転移したらしい。
(……警告のつもりで言ってやったのに)
俺の予想通り、ヴィアが次に姿を見せるとフィーの目前にいた。
狂気に表情を歪める第三皇女。
驚くフィーが見られると喜んでいたのかもしれない。
だが、
「あぶばっ!?」
謎の発言と共に、ゴン!!
壁にぶつかるような音が響く。
そして、ヴィアの身体が後方に弾き飛んだ。
「……?」
フィーは首を傾げて俺を見た。
「あ~実はな。
試合開始直後にフィーの周囲に念の為、防御壁を張っておいたんだ」
「そ、それってつまり……」
「ああ、転移したヴィアはその防御壁にぶつかったみたいだな」
それも転移のような高速移動で衝突したのだから、とんでもないダメージだろう。
短い距離の転移ということもあって、死ぬようなことはなかったと思うが……ヴィアは今、鼻血を流しながら気絶していた。
「ヴィ、ヴィア様!?」
気絶する皇女に、慌てて駆け寄るランス。
「ミーナ、試合は?」
俺は司会者のサポートをしている同級生に尋ねた。
「え、あ! ノインさん、どうしましょう?」
「あ、え――はっ!?
き、緊急事態ですのでえ~試合中止です!!
え~と、治癒班! 直ぐにタンカー……いえ、治癒魔法をお願いします!」
※
試合の正式な決着が付くことはなく、唐突に始まった余興は思わぬ結果に終わった。
が、観客たちにとって勝者がどちらかであるかは見るからに明らかだったろう。
そして、余興とはいえ円卓の騎士を一人で圧倒したエクスは、観客たちの注目の的となってしまうのだった。