第75話 皇女の守護②
20180718 更新しました。
「う、うわああああああっ!?」
「え、円卓の騎士は、て、敵同士じゃなかったのかよ!?」
「速――っ!?」
戸惑う代表選手たち。
「動揺している暇があるなら武器を構えろっ!」
リンが怒声に近い声を上げる。
だが――既に遅い。
ローエンとスカイは武器を取ることもなく、通り抜けざまに生徒たちに攻撃を加えた
「っ……」
「ぐあっ……」
腹部への殴打や急所への手刀を受け、次々に生徒たちが崩れ落ちていく。
代表選手十二人のうち、七人ほどが一瞬で戦闘不能にされていた。
恐らく生徒たちは、自分が何をされたかもわかっていないだろう。
「……これでも手加減したつもりなんだけどなぁ……」
「まだ騎士未満とはいえ――気を抜きすぎですよ」
ランス以外の二人の騎士が口を開いた。
呆れたように口を開いた黒髪の男が、第四皇女イシスの騎士ローエン。
丁寧な口調で品の良さそうな騎士が第二皇女アリアの騎士スカイか。
どちらもそれなりにいい動きをしている。
手加減をした状態でも、騎士生徒では相手にならないレベルだろう。
そして――生徒たちの無力化とは別にランスが俺に、いやフィーに迫ってきていた。
「エクス殿!?」
「僕たちが行くまで持ちこたえ――」
焦燥感に溢れる声で、リンとガウルは俺に呼び掛けた。
だが、
「フィーの守りは俺だけで大丈夫だ。
二人は今のうちに、敵の皇女を捕まえてくれ」
敵の皇女の守りはない。
攻めるなら今がチャンスだろう。
「馬鹿を言うな! お前一人で何が――」
「ボクは大丈夫だから、キミたちは行って!」
反論するガウルに対して、フィーが言った。
「で、ですが――」
「わかりました! ガウル、行くぞ!」
「なっ!? し、しかし――」
「エクス殿を信じろっ!」
「っ――貴様、呆気なくやられたら許さんからなっ!」
二人は駆け出した。
この間にも、俺たち三人を残して代表生徒は全滅していた。
そしてローエンとスカイの二人もこちらに接近してくる。
てっきり一人くらいは皇女の護衛に戻る者がいるのでは? と警戒していたが、三人いれば簡単にフィーを捉えられると考えたのだろう。
「……仲間に助けを求めなくてよかったのか?」
一足先にこちらに向かってきたランスが、そんなことを言った。
「ああ、問題ないぞ」
「ふんっ。
たった一人で、皇女殿下を守り抜けると思っているとはな」
「悪いが、俺がフィーを守れないっていうのは想像できない」
「ふんっ――ならば口だけではないことを証明してみせろ」
ランスが腰に携えていた剣を抜く。
強力な魔力を感じた。
恐らくは魔法道具――魔法剣の類だろう。
そのまま突進してきたランスが、その剣を振り下ろした。
大陸最強――などと言われるだけあって、リンの剣撃を遥かに超えている。
だが、当てるつもりがない脅しの一撃であることは直ぐにわかった。
「そんなもんか……」
だが、俺はその剣を人差し指で払いのけた。
「っ……!?」
初めてランスが動揺を見せる。
起こったことが理解できなかったようだ。
「終わりか?」
「魔法……いや、何らかの技能か?」
そんなことを呟く。
単純な実力差があるとなぜ思えないのだろうか?
「魔法でもスキルでもないぞ。
ただ指で剣を払っただけだ」
「……それが事実なら、勇者の剣を抜いたというのは嘘ではないらしいな」
ランスは思っていたよりも冷静だった。
流石にこの程度で取り乱すことはないようだ。
「お前が本当の勇者であるなら――ちょうどいい」
「?」
「『化物退治』の前のウォーミングアップくらいにはなるだろう」
「化物?」
俺の質問に答えず、ランスは無詠唱で魔法を放つ。
炎の魔球が無数に向かってきた。
俺はその全てを魔法解除で打ち消した。
「魔法も通じないか――」
ザンッ――と、薙ぎ払われた剣を俺は全て指で弾いた。
まるで剣戟のようにギン! ギン! という音が鳴り響く。
止まらぬ連撃を全て弾くと、その風圧が俺の髪を揺らした。
「……ノインさんノインさん、実況! 司会のお仕事!」
「あ……そ、そうだった!
な、なんという光景でしょう!?
一体、誰が想像できたことか!!
圧倒的な実力差を見せつけると思われていた円卓の騎士ですが――たった一人の騎士生徒が……第三騎士ランスを圧倒しています!」
大慌てで司会者が口を開くと、
「なななななんなんだあいつは!?」
「き、騎士生徒なんだよな?」
「ランス様が手加減してるだけでしょ?」
「だとしても指で剣を弾けるものなのか?」
眠っていたかのような観客たちは我に返り、静まり返っていた会場に熱気が広がる。
だが、それは第三皇女にとっては面白いものではなかったのだろう。
厳しい表情でこちらを――いや、自分の騎士であるランスを睨んでいる。
「……っ……勇者の血族は尋常でない力を得るとは聞いていたが、第一騎士と並ぶような化物だなお前は……」
ヴィアの怒りを感じ取ったかのように、ランスも厳しい表情を見せた。
「お前がさっき言ってた化物ってのは、序列一位のラグルドのことか?」
だとしても、化物討伐というのはどういうことだろうか?
まさか――。
「……何をやってるですかね?
ずいぶんと苦戦してるようだけど……?」
「あなたは円卓の騎士の名を汚すつもりですか?」
第三騎士を挑発するように口を開くローエンとスカイだが……その顔に笑みはない。
そして、
「ガウル、私はヴィア様を」
「わかりました。
僕はイシス様を捉えます」
リンとガウルが、敵チームの皇女の下へたどり着く。
「申し訳ありません――イシス様」
「ヴィア皇女――お許しください!」
そして第三皇女と第四皇女を捉える為に手を伸ばした。
しかし、捕まりかけているというのに皇女たちの表情は余裕に溢れている。
同時に二人の皇女の指に付けていた指輪が光った。
「きゃははっ……ざ~んねん」
「……無駄よ、捕まることなんてないわ」
二人の手を空を切った。
ヴィアとイシスの姿が消えてしまったのだ。
「!? ど、どこに!?」
「消えた……いや、これは――」
周囲を見回す二人。
すると、皇女たちは戦闘場の隅に一瞬で移動していた。
(……転移か)
さっきもあの煌めきがを見たが、あの魔法道具は使用回数制限はないのだろうか?
試合のルールでは皇女を1分間捉えなければならない……が、あれがある以上、その条件での勝利は不可能。
どうやら最初からヴィアは自分たちが有利なルールを提示していたようだ。
「なるほどな……つまり、俺たちはお前らを倒さなくちゃ勝利はないってことか」
「そういうことだ。
お前らが皇女殿下を捉えることはできない」
「悪いね~。ぼくたちは負けるわけにはいかなくてさ」
「そう……円卓の騎士の名を持つものに、敗北は許されない。
この名は軽いものではないのですから」
勝つ為の準備をしてきた……というわけだ。
「ローエンと……スカイだったか?
あんたらも見てないでまとめてこいよ」
ランスと交戦しながら俺は二人に言った。
「……随分と余裕を見せてくれるじゃないか。
言っておくが……こちらもまだ本気では――」
「知ってるよ。
円卓の騎士は勇者の遺産っての持ってるんだろ?
さっさとそれ使ってくれていいぞ」
負けた時に言い訳をされるよりは、相手の全力を受け止めて勝利するべきだろう。
そうでなければ――あの皇女は負けを認めたりはしないだろうからな。
いや、どんな形であれ……認めないかもしれないが……。
「それと一対一じゃないと卑怯だと思ってるなら、気にしなくていいぞ。
まとめてかかってきてくれ」
俺が伝えると、
「――いや遠慮しておくよ。
これは戦いではなくて競技なんでね」
「その通りです。
勝利条件はキミを倒すことではない」
言って二人の円卓の騎士はフィーに向かって走り出した。