第73話 余興
20180715 更新1回目
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「基本的には昨年と同じ流れなので、初参加の一年生に向けての説明になりますよ~。
念の為、上級生も聞いていてくださいね~」
待機室に到着して直ぐ、ケイナ先生が口を開いた。
彼女の視線は主に俺とガウルに向いている。
一年で円卓剣技祭に参加しているのが、俺たちだけの為だろう。
「この後、選手の皆さんには戦闘場に向かってもらいます。
そこで開催委員会の方から挨拶がありますよ~。
皇族の方々――今年は陛下もいらっしゃっるそうなので、失礼のないようにしてくださいね~」
ケイナ先生の言葉に室内にざわめきが起こった。
「こ、皇帝陛下が!?」
「国務でご多忙の中なのに……」
こんな声が聞こえてくる中、
「……フィリス様の専属騎士である、エクス殿が試合に出られるからではないでしょうか?」
リンがそんなことを言った。
(……そうか。
ニアからの定期連絡で、皇帝は俺がフィーの専属騎士であることを知ってるんだよな。
そして恐らく、俺が円卓剣技祭に出ることも知っていただろう)
あれ?
でも……ちょっと待てよ?
(……ニアは俺たちが恋人同士だと皇帝に伝えているのか?)
今まで聞いたことはなかったが……知っていようといまと――俺のやることは変わらない。
フィーの専属騎士として申し分ない活躍をしよう。
それが――俺とフィーの関係を認めてもらう為の第一歩に繋がると信じて。
「皆さん、驚くのもわかりますが静かにしてください~。
挨拶の後は序列12位の生徒から順に、円卓の騎士と試合をしてもらいますよ。
序列2位のアルト・ドラリア卿は国務でキャメロットにいないそうですが、以外は指名を受け入れるということで連絡を受けています」
天災――などという不穏な二つ名が与えられている騎士か。
「今年もアルト卿はいないんですか?」
「一度くらいはお会いしてみたかったです」
三年生の代表生徒たちが口々に言った。
「お仕事なので仕方ありませんね。
円卓の騎士に与えられた国務は様々だと聞いていますから……今年は十一人もの騎士が円卓剣技祭の為に時間を作ってくれたのですから、それだけでもすごいことですよ~!
「毎年、そのくらいは集まるんじゃないのか?」
先生の言葉に少し疑問を感じて俺は質問する。
「去年も多かったですけど、それでも五人でしたから」
「……随分と少ないな」
「エクス殿、それは違います。
それが普通なのです。
一昨年など円卓剣技祭の会場に来た円卓の騎士は三人だったので……」
リンが補足説明をしてくれた。
どうやら少ないのが普通……ということらしい。
「それだけ皆さん、お忙しいのだと思います。
少し話はズレてしまいましたが……これで話は終わりです。
時間になったら委員会のかたが呼びに来るので、それまでは待機していてください。
何か質問があれば――」
コンコン……扉がノックされ、先生は言葉を止める。
「話をすれば――ですね。
どうぞ入ってください」
そして扉が開いた。
すると、
「あ、学園長先生――っ!?」
ケイナ先生が目を見開く。
待機室に入ってきたのは学園長だけではなかったのだ。
「御機嫌いかがかしら? 騎士生徒の皆さん?」
「ヴィ、ヴィア皇女殿下!? それにレイロット卿!?」
待機室にいた生徒たちが一斉に膝をついた。
それを見て嗜虐の姫はつまらなそうに瞳を細めた。
が――そんな中、俺だけが平伏していないことに気付き、意外そうに目をパチパチさせた後、ヴィアは無邪気な笑みを俺に向けた。
「……エクス、あなたもいたのね」
「俺も選手だからな」
「そう、ぜ~んぜん知らんかったわ」
本当は知っていた……とその顔は語っていた。
「ところで……あなたはなんで膝をつかないの?」
ヴィアが首を捻る。
この女にとって俺の態度が物珍しかったのか、興味津々に聞いてきた。
「!? え、エクスくん、ダメです。礼儀正しくです!」
「い、いくらフィリス様の騎士とはいえ、だ、第三皇女殿下になんという態度を!?」
ケイナ先生と学園長が慌てて声を上げた。
さらに続けて、
「……将来騎士として皇族に仕えるであろうベルセリア学園の騎士が、第三皇女殿下の御前でその態度はなんだ?」
殺気を放ちランスが俺を威圧する。
第三皇女の騎士という立場を考えれば当然のことだろう。
「俺はヴィアが嫌いなんだ。
だから膝は付かない」
たとえ第三皇女であっても、フィーを傷つける者に屈するような態度は見せたくない。
「お前っ――」
「あは、あははははははっ!
面白いわ。
あなた本当に面白いのね!」
怒りに形相を歪めるランスと違い、その主は心底楽しそうに笑う。
「ヴィア様……よろしいのですか?」
「ええ。
第一印象から面白いと思っていたけど……本当に気に入っちゃいそうだわ。
もしもフィリスからあなたを取り上げたら、あの子……どんな顔をするのかしら?」
後半のセリフは本当に呟くようなものだった。
そして、ヴィアの表情は恍惚に変わる。
俺を気に入った……などと言っているが、彼女の目的はあくまでフィーを傷つける為の手段なのだろう。
その為に俺を利用したいと考えているのは、目に見えて明らかだった。
(……こいつは明らかな異常者だな。
フィーを除けば皇族は頭がおかしい奴しかないのか?)
などと思ってしまうが、それは皇帝やフィーの母に失礼だろう。
皇族という立場、争い合わなければならない環境が今のヴィアを形作ったのかもしれない。
そう考えると少しばかり同情してしまうが……今も恍惚とした表情を浮かべる彼女を見ると、持って生まれた性質なのかもしれない。
「……ヴィア様」
「あぁ……ごめんなさい、ランス。
早く用事を済まさないとね。
みんな、顔を上げてくれる?」
ご機嫌な嗜虐姫の指示に従い、、この場にいる者たちが顔を上げる。
「円卓剣技祭なのだけど……少し余興を挟もうと思うの」
言って、第三皇女はその内容を語った。
※
「レディースエ~~~~~~ンジェントルマ~~~~~~ン!
ついについについに――この日がやってきたよぉ~~~~~~~!」
闘技場の中央――戦闘場に立つ女性が、興奮した様子で声を上げた。
魔法を使っているのか、客席の奥まで届くように声が響き渡る。
『わああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!』
それに応えるのは観戦席の人々は大いに沸き、会場は一瞬で熱気に包まれた
闘技場の観戦席は完全にキャパオーバー。
立ち見が発生している状態だった。
「年に一度しかない大イベント! ――円卓剣技祭!!
司会はワタシ――ノイン・ブルーが務めさせていただきます!!
円卓剣技祭の司会はこれで三年連続!!
飽きたとか言わないでよね~!!」
ちなみに彼女は所謂――アイドルのようなものだ。
ミーアの家が経営する出版社の雑誌で、表紙を飾るほどには人気がある。
「そして今年はアシスタントがいます!」
バッ! と、相棒の少女に向けて手を伸ばすノイン。
「ベルセリア学園の貴族生徒にして、大陸一の出版社を経営するマクレイン家の御令嬢――」
「どうも! ミーナ・マクレインです!
思いっきり盛り上げていくんで――よろしくお願いします~~~~~!!」
戦闘場の真ん中で飛び跳ねるミーナ。
ベルセリア学園の生徒たちはこの時、なんでお前がそこにいる!? と、戸惑ったことだろう。
ミーナは最も臨場感ある場所で試合を観戦したほうがいい記事が書けるのでは? と考え、父親に頼んで司会のアシスタントに付かせてもらうことになった。
学園に通うお嬢様方は国の有力者の娘――父親は直ぐに多額の寄付金を国に納めた上で、円卓剣技祭のスポンサーとしても声を上げたのだった。
つまりミーナは今、『コネ』でここにいる。
どこの世界の父親も娘には甘いということだろう。
「さてさて――ミーナちゃんの紹介も終わったところで……それじゃあ早速始めるよ~~~~! ベルセリア学園の代表選手……そして――ユグドラシル大陸を守る最強の騎士――円卓の騎士の入場だああああああああっ!!」
ノインの言葉に呼応し、戦闘場に繋がる北と南の扉が開いた。
※
選手は闘技場の北口から戦闘場に入場した。
すると、
『わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!』
喝采が空に響く。
だが、それは俺たちに向けられたものではない。
人々の注目は南口から入場する円卓の騎士たちに集まっていた。
「嘘だろっ!? 円卓の騎士がこんなに!?」
「しかもあの方は……第一騎士のラグルド・ガラティン卿じゃないか?」
「カルバート兄弟もいるじゃない!?」
「レイラ様~~~~~~~~!!」
十一人もの円卓の騎士の登場に人々は大歓喜だった。
「皆さん驚きだと思いますが、なんと今年はドラリア卿を除き全ての円卓の騎士が参加してくださっています!」
「ちなみにあたしミーナが補足情報を!
円卓剣技祭は第一回開催を除き十二騎士が揃ったことはないんです!
そして十一騎士が揃うというのは剣技祭の歴史でも二番目に多い数字だとか!」
司会者たちの話が終わった時、反対口から入場してきた円卓の騎士と、俺たち代表選手は相対するような形となっていた。
「っ……」
「うぅ……」
目前の騎士たちを目にして、数人の選手は委縮している。
(……実力差は明白ではあるが、こんな調子で果たして実力を出し切れるのだろうか?)
そんなことを想っていると、
(……うん?)
円卓の騎士たちの視線が、俺に集まっているの気付いた。
俺が第五皇女の専属騎士だからだろうか?
「さぁ、選手たちの入場が終わりました!
ちょ~っと緊張している選手もいるようですが――もしかしたらこの中から、未来の円卓の騎士が生まれるかもしれません!」
「はい! 同じ学園の生徒としてがんばってもらいたいです!
では続いて、大会の運営委員長の挨拶に移ります」
それからお偉方からの形式的な挨拶があり……。
「続いては円卓剣技祭恒例、代表選手に指名を行っていただきます!
まずは序列12位の選手から――」
「ちょっと待ってほしいの」
「え……――って、第三皇女殿下!?
な、なぜ戦闘場にいらっしゃるので!?」
唐突に戦闘場に現れたのはヴィアだった。
それに対してノインはあわてふためく。
しかしそんな司会者を気にすることなく、第三皇女は口を開いた。
「観客の皆さんも試合を待ち望まれていることと思いますが、今年はその前哨戦としてある余興を行いたく思っています!」
突然の出来事に会場はざわめきが起こった。
「第三皇女殿下?」
「一体、どうされたんだ?」
期待や疑念。
様々な憶測が飛び交う中、
「その余興ですが――会場にいる皆さんは『貴族生徒の守護(ガ―ド)』という競技をご存知でしょうか? もしかしたら会場内にいる方も子供の頃に遊戯として楽しんだという方もいらっしゃるかもしれません」
先程、待機室で俺たちにした説明を再び口にした。
「今回、試合前の余興に貴族生徒の守護を特殊ルールで行おうと思います。
試合は代表選手十二人と、円卓の騎士が三人――彼らはそれぞれ単独でプリンセスを守られねばなりません。
人数に差があるのは単純な戦力差――ハンデの一環と考えてください。
そして互いのチームの『皇女』を奪い合う」
ヴィアは皇女という一言を強調する。
「皇女……って、え?」
「も、もしかして……」
戸惑う観客たち。
もしかしたら……と、彼らは考えたが、そんなことはありえるはずがない。
誰もがそう思っていたことだろう。
「そうです!
私たち――この国の皇女もこの余興に参加させていただきます!」
だが、彼らの予感は的中した。
「第三皇女である私、そして第二皇女であるアリア、そして第四皇女のイシス――そして代表選手チームが守る貴族生徒として――第五皇女のフィリスが参加します」
それが告げられた時、ベルセリア学園の生徒たち座る観戦席の視線が一斉に動いた。
「……え?」
何も聞かされていなかったフィーの戸惑いの声は、しっかりと俺の耳に入っていた。