第72話 悪意の影
20180714 更新1回目
本日書籍版、第1巻発売です!
こちら、https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/657774/blogkey/2078039/
活動報告に発売記念SSを書かせていただきましたので、合わせてお楽しみください!
王城のダイニングルームで、皇族四人が朝食を取っていた。
「♪~」
「ヴィアったら、随分と機嫌が良いのですね?」
鼻歌を奏でている少女の名を大人びた女性が呼んだ。
「ええ、アリアお姉様。
それはもう……だって昨晩は愛しの妹に会えたのですもの」
ヴィアがお姉様と呼んだのは、神聖ユグドラシル帝国第2皇女――アリア・ティ・フィナーリアだ。その美しく凛とした容姿からユグドラシルの宝石とまでたとえられており、公の場に姿を見せることも多い。
「キャハハ――ヴィア姉様ってば、本当に皮肉がお上手なんだから」
高らかに笑ったのは、第四皇女のイシス・ディ・フィナーリアだ。
愛らしい容姿と天真爛漫な性格……と言えば聞こえはいいが、悪く言えば非常にわがままな性格で、臣下たちの手を焼かせている。
「イシス……それはどういう意味?」
「だって~、本当はイジメたくてイジメたくてしょうがないのでしょう?
憎たらしい泣き虫フィリスを」
ニヤつくイシスは、完全にヴィアを挑発しているようだ。
同時に重くのしかかるような緊張感に満ちる。
それは皇女の騎士たちが放つ殺気だ。
「ランス……おやめなさい。
ただの戯れです」
「きゃははっ、そうだよ、スカイ。
敵の敵は味方――今はイシスたち手を組んでいるんだから」
二人の騎士は小さく頷き、警戒を解いた。
「ねぇ、ヴィア姉様。
今朝からランスに一仕事させてきたのでしょう?
うちの臣下が報告に来たわよ?
もしかしてフィリスのところに行かせたの?」
「さぁ……どこかしらね?
あなたの騎士も随分とこそこそやっているようじゃない?
少しばかり『手負い』になったとか聞いたけれど?」
互いにカマの掛け合いが続く。
この様子からわかる通り、彼女たちは決して仲がいいわけではない。
だが、それは当然だろう。
彼女たちは次期皇帝を狙うライバル同士なのだから。
「お前ら食事の時くらいは静かにできないのか?」
厳格な男の声が重々しく響いた。
「いいではないですかグロリアお兄様……こうしてみんなでおしゃべりする機会があとどれくらいあるかもわかりませんし……」
第二皇子グロリア・ル・フィナーリアに、第二皇女アリアが言った。
彼らは次期皇帝の座を懸け――最終的には殺し合う。
そして、その日は近いのだから。
「……ふん。
オレは直ぐにでも始めたいくらいなんだがな……」
この場に集まっている皇族はこれで全員。
「ぷぷっ、グロリア兄様ってば、強がりを言わないでよ~。
一人じゃ勝てないから……協力してるんじゃない」
「っ――」
図星を突かれたのか第二皇子が不快そうに表情を歪める。
だが事実でもあった。
次期皇帝を狙うのであれば第一皇子が最大の壁になる。全てを兼ね揃えた優秀な兄に、グロリアは何一つ勝てていない。
その劣等感が彼の心をグチャグチャに歪めていた。
そして第一皇女……持って生まれたカリスマ性により民からも慕われる人望の高さ、グロリアにとっては彼女も邪魔だった。
「皆さん、計画が終わるまでは裏切らないでくださいね」
「それは私のセリフです」
「ふふ~ん、もう直ぐ始まると思うとワクワクするよね~」
「……ふん」
四人の皇族の計画の準備は着々と進み――今日、この円卓剣技祭と共に決行される。
誰もが自分の勝利を疑っていない。
そんな愚者の中に果たして勝者は生まれるのか――。
「はいはい~、お揃いのようですね」
そして彼らを呼び出した者……の、従者が二人やってきた。
「主に言われた勇者の遺産の複製品――最終調整品を持ってきた」
四人の皇族は悪意に満ちた笑みを浮かべていた。
※
円卓剣技祭の会場である闘技場に到着した。
周囲には出店も出来ており、住民からすれば年に一度のお祭りと言ったところなのだろう。
「代表選手の皆さんは待機室に行ってくださ~い。
試合前に説明がありますよ~。
他の生徒は指定された観戦席に向かってくださ~い」
べルセリア学園の生徒は、ここに来る前に観戦用のチケットを受け取っていた。
貴族生徒がいる為、一般用に比べて豪華な特別席となっているらしい。
「フィー、それじゃあ行ってくるな」
「ニースお嬢様の専属騎士として、恥じない戦いをしてまいります」
「セレスティア様、僕の雄姿をご覧にいれます」
待機室に向かう前に、俺たちは一言伝えた。
「うん! がんばってね、エクス!」
「ええ、応援しているわ」
「怪我をしないようにがんばってくださいね」
「エクス師匠、リン先輩、ついでにガウルもご武運を!」
「三人ともがんばってね! 試合の後、取材させてよ~!」
フィーにニース、セレスティアにティルクとミーアが言った。
「去年と同じであれば……試合の説明後に一度戻って来られるのよね?」
「はい。
代表選手たちが、一斉に試合をするわけではありませんので」
ニースの言葉をリンが肯定する。
円卓の騎士とベルセリア学園の代表生徒――1対1の試合であり、未来の騎士たちへの教授も兼ねている以上、全ての試合が終わるまでには、それなりの時間がかかるだろう。
「……フィー」
「うん?」
俺は彼女の耳元に顔を寄せて、
「ルティスたちにフィーの護衛を頼んでいる。
だから俺がいない間も安心してくれ」
「うん、ありがとうエクス。
ルティスさん、すっごく強いんだよね?」
「ああ……魔法に関しては並ぶ者はいないし、単純な戦闘力も完全に化物だよ」
「う~ん、ルティスさんの姿からは想像もできないけど……」
何せ見た目は幼女だからな……。
「そういえば……あいつらどこに行った?」
今は気配消しで姿を隠しているが、ルティスたちは出店の方に向かっていた。
「これはなんという食べ物なのだ?」
「魔王様……こっちのお金、使える?」
「人間界と魔界では通貨が違うんじゃないですか?」
「ふはははっ! ならばエクスから金を借りればいいだろう!」
「うむ、オルド。それはいい提案だぞ!」
俺の財布を当てにしているらしいが、その前に待機室に向かってしまおう。
「選手の皆さ~ん! 行きますよ~。
他の生徒は他の教官方に付いて観戦席に向かってください~!」
ケイナ先生に呼ばれ、俺たちは闘技場内の待機室へと向かったのだった。