第7話 フィーの事情
20180209 更新1回目
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「しかし……本当に次代の勇者が現れるとは……」
エクスたちが部屋を飛び出した後、学園長であるクワイトは深い溜息を吐いた。
「伝承によれば……勇者は世界が必要とした時にしか生まれないとある」
学園長は考える。
もしその伝承が本当で、エクスが真の勇者であったなら……。
「何かが起ころうとしているのだろうか?」
その何かはわからない。
だが、何らかの大災害の前触れかもしれない。
椅子に深々と座り、重々しい表情を作る学園長ではあったが。
「……魔王とか竜王とか、伝承の化物がこの学園を襲いに来たらどうしよう?」
ぶっちゃけ彼は、自分のことが心配なのである。
以前は騎士として、それなりに実力もあったことで、この学園ベルセリアの長に任命された彼であったが、今では自己保身に走り権力にしがみ付くおっさんなのだ。
「いや、だが待てよ。
選定の剣を引き抜いた勇者であるエクスがいるんだ。
恐れることはないか!」
そして、彼はなんだかんだポジティブである。
だからこそ様々な抑圧にもめげず、学園長などという仕事を続けていられるのだ。
「そうだな!
しかも、この学園から勇者が生まれたとあれば、オレの名声もうなぎのぼりに違いない!
ふはははっ! なんたる幸運!」
こんだが、このおっさんは決して悪人ではない。
昔は正義感に溢れ、騎士のお手本のような男だった。
「……何より、フィリス様が専属騎士を決められて肩の荷が一つ下りた。
本当に良かった……」
先程、馬鹿笑いをしていた男とは思えない。
まるで自分の子供を思うような優しい表情を見せている。
「フィリス様は強いお方だ。
だが……辛い立場のお方でもある」
クワイトは知っている。
皇女としての彼女の立場……彼女の苦悩を。
そして自分では、彼女の力になることは出来ないことを。
だから、願う。
専属騎士として、エクスがフィリスの支えになりますようにと。
彼のこの気持ちに嘘はない。
自己保身に走るおっさんの面が強くなっていたとしても、人の心の底にある根っ子の部分は消えることはないのだから。
「さ~て、エクスくんの入学書類関係をでっち上げるとするか!」
これも親愛なる皇女殿下の為。
ベルセリア学園長――クワイト・クワンナは、今日も無理のない範囲で力を尽くすのだった。
※
学園長室を出て、俺はフィーに手を引かれながら螺旋階段を下りていた。
「まずは教室まで案内するね」
「授業は俺もフィーたちも一緒に受けるのか?」
「専属騎士はそうだね。
ただ、警護対象のいない騎士候補生は別」
「騎士候補生……?
契約の時もその名称が出ていたな?」
あの時は特に気にしなかったが、どういう差があるのだろうか?
「この学園に入学する生徒は皆、貴族以上の身分の生徒なんだよ。
入学した貴族たちは『騎士候補生』の中から『専属騎士』を選ぶことになってるんだ。
そして専属騎士は命を懸けて警護対象を守る」
王侯貴族であれば、人間界の要人と言うことになるだろう。
「要人を守らせるのであれば、もっと実力者を付けるべきじゃないか?」
「本当の意味での要人なら、見習いの候補生なんて付けられないだろうね。
ボク程度なら、代わりはいくらでもいるだろうから」
「程度って……フィーは皇女なんだろ?」
「第五皇女。皇女だけで上に四人もいる。
本当の意味での要人は、皇帝と皇位継承権の上位者ってわけ。
この学園に入れられてる時点で、ボクは皇帝に見捨てられてるも同然さ」
もしかしたら……とは思っていたが。
どうやらフィーは親子仲が悪いらしい。
「フィーはどうして、専属騎士を選ばなかったんだ?」
「無理に付けられそうになって、突っぱねたんだ。
このベルセリアは国が運営しているからね。
そうなるとボクにとって、信用できそうなのがいないから」
今のフィーの口振りだと、国を敵に思っているように感じる。
それはさっきの皇帝に捨てられた……という発言と関係してるのだろう。
「と……少し口が滑り過ぎたよ。
え~と、騎士候補生の話だったよね。
専属騎士に選ばれなかった子たちは、騎士候補生のまま学園生活を過ごすんだ。
将来的に騎士になる為に訓練を学園で続けていく」
「つまり、警護対象がいるかいないのかの差なのか?」
「後は給料が出る事とか、将来的な待遇も違うよ。
要するにさ、専属騎士に任命されるような騎士はエリートってことなんだ」
なるほど……。
専属騎士に選ばれないという事は、警護対象を守り抜く力がない。
そう判断された騎士ということになる。
だからこそ必然的に、専属騎士はエリート的な扱いになると。
(……エリートと言えば、魔界にもいたなぁ……)
一人の友人のことを思い出す。
魔界の貴族で自らをエリートと口にする。
実際、そこそこ強いのだが、基本的に才能に胡坐をかいている。
奴の口癖はこうだ。
『魔界のエリートたるオレ様に努力など不要なのさ』
そんな風に調子に乗っているのだが、基本的には噛ませ。
弱い奴にしか勝てない。
『ふははっ! 我が友人よ! 認めるぜ、お前がナンバー1だ!』
俺に喧嘩で負けると、あいつは度々こう口にしていた。
まぁ、なんというか……調子が良くて憎めない奴なんだ。
「……また友達のことを考えてたの?」
「おお、良くわかったな。
俺の友人に自分のことをエリートと言う奴がいてな。
今の話でそいつのことを思い出してた」
「……キミは友達が多いんだね。
でも、エリートって自分で言うのか。
なちょっとイヤな奴だね」
「憎めない奴さ。泣き虫だしな」
「ふふっ、それはちょっと可愛いかも。
でもさエクス――専属騎士の中には、ちょっとイヤな奴もいるから、警戒しておいてね」
「どういうことだ?」
「……専属騎士はエリートって言ったけど、学園内に身分の差があるわけじゃないんだ。
ただ、意識として差が生まれてる」
差別的な意識や劣等感ということか。
「まぁ、大丈夫だ。
こういう場所は、一度実力を見せてやれば話は済むからな」
「ふふっ、ボクの専属騎士は本当に頼もしいな」
言って握っていた俺の手を引いて、フィーは身体をくっつけてきた。
「……ボク、キミにどんどん惹かれちゃってる。
もっとエクスのこと、知りたいな」
「これから話す機会ならいくらでもあるだろ?」
「……もう! そういう意味じゃないよ!
少しくらいドキドキするとかないの?」
いや、実はちょっとドキドキしてました。
フィーはたまに、すごく妖艶な顔を見せるからな。
蠱惑的で思わず魅了されそうになってしまう。
魔界で言うとサキュバスだな。
以前、サキュバスに2秒ほど魅了された時は、ルティスが大激怒したっけなぁ……。
『あんな女のどこがいいのだ!
お主はわらわのナイスバデーを四六時中見ておるだろうがっ!』
こんなこと言っていた。
付け足しておくが、うちの師匠はロリで完全なる無凸だ。
究極完全体無凸バデーだ。
ちなみにこれで3日3晩喧嘩になりました。
あの時はルティスには勝てず、俺の完全敗北だった。
2年前の夏の日の思い出だ。
「どうせなら教室に入る時に見せびらかしちゃおうかな」
「うん?」
「ボクの専属騎士のお披露目だからね。
抜群のインパクトをクラスのみんなに与えておこうかなって」
小悪魔的な微笑。
一体、何をするつもりなのか?
だがそれは多分、俺にとっては少しだけ面倒事。
そんな気がしていた。