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第65話 嗜虐の姫

20180703 更新1回目です。

 特にトラブルはなく俺たちはホテルに到着したのだが……。


「あら、遅かったのね。少し待ってしまったわ」


「皆さん、お待ちしていました」


 既にホテルの入口前に、ニアとリンが立っていた。


「……な、なんで会長たちが戻ってきてるの!?」


 フィーの驚きは最もだろう。

 俺たちは間違いなく、先にマリンの隠れ家を出たのだから。


「そんなことどうでもいいじゃない。

 さぁ、エクスくん、直ぐに夕飯にしましょう!

 他の生徒が胸焼けするくらい、イチャイチャしながら食べましょうね」


 そう言って俺に飛び掛かってくるニース。

 そして、ムギュッとその豊満な胸を押し付けて、俺の足に自分の足を絡ませてきた。


「待っている間、ずっとエクスくんのことばかり考えてたのよ」


「ぅ……げ、元気になったようで何よりだが……さ、流石にくっ付き過ぎだ」


「ワザとそうしてるの。

 こうすれば、いっぱいあなたを感じられるもの」


 そう言って妖艶に笑う。

 男を狂わすような魅惑的な笑みに、思わずドキッと心臓が跳ねた。

 少し前までの弱々しい姿が嘘のように、いつもの自信たっぷりな彼女に戻っていた。


「ちょおおおおっ! 会長!

 う、運命が変わっちゃって落ち込んでたはずじゃないの!?」


「ええ、でも……諦めなければ、運命を乗り越えられるかもしれないわ。」

 そもそも『たかが運命』が変わった程度で、私がエクスくんを諦めるわけないでしょ?」


「た、たかがって……!

 運命は絶対だって、自信満々にボクに言ってたくせに!」


「さぁ、そうだったかしら?」


 ニースに余裕ある笑みを返され、フィーはむぅ……と口元をヘの字に変える。


「お、お嬢様方、落ち着いてください」


「ニア殿のおっしゃる通りです。

 ホテルの前では迷惑になりますから……まずは中へ」


「……わかった。

 でもその前に――会長はエクスから離れるの!」


「あんっ……。

 はぁ、フィリス様ったら愛し合う二人を無理に引き剥がすなんて……」


「キミのじゃない! エクスはボクの!」


 そう言って、今度はフィーは俺を抱きしめた。


「フィリス様……今はどうか落ち着いてください」


「っ……ご、ごめん」


「ニースお嬢様も……」


「わかっているわ」


 リンとニアに窘められ、二人のお嬢様の舌戦あらそいは収まった。


「とりあえず、ホテルに入るか」


 そして俺は扉を開いた。

 するとガヤガヤと騒がしい声が聞こえる。


「……何かあったのかな?」


 フィーの呟き俺は周囲を見回す。

 なぜかエントランスには学園長を初めとする多くの生徒や施設のスタッフが集まっていた。

 皆の表情から、緊張感のような雰囲気が伝わってくる。

 そして――原因は直ぐにわかった。


「……な、何度も申し上げておりますがフィリス様は今――」


「クワイト学園長……わたくしがなんと言ったか聞こえなかったの?」


 この場にいる者たちの視線が、この声の主である女に向いていたからだ。

 同時に、学園長と話す品の良さそうな女を見て、フィーがはっとして目を見開いたのがわかった。


「フィー……?」


「そんな……どうしてここに……」


 フィーは明らかに動揺していた。


(……まさか)


 俺はフィーの態度からある考えが頭に浮かぶ。

 だがそれを尋ねる前に怜悧な声が紡がれた。


「ねぇ、質問に答えてくれるかしら?」


「も、勿論、聞こえております……」


 学園長はしどろもどろに答えた。

 だが、それも仕方ないだろう。

 女は態度は明らかに上から目線――しかも、自分が絶対的に優位な立場だと理解している為か、妙な威圧感を放っている。

 これでは気が弱い者は発言すらできないだろう。


「……え? なんですって?」


 事実……女は高い立場にいる者なのだろう。

 その証拠に『かなり力のある騎士』がこの女帝のような女を守るように立っている。


「あ、あの……で、ですから――」


「何度も言わせないでくれるかしら?

 わたくしはフィリスに会わせろと言っているの」


「さ、先程もご説明いたしましたがどうやらお部屋にはいらっしゃらないようで――」


「そう……ならあの子の部屋で待たせてもらうわ。

 部屋まで案内しなさい」


 学園長の発言には耳を傾けることなく、暴君のように振る舞う女が足を進めた。

 このままフィーの部屋に行こうとしているらしい。


「お、お待ちください。勝手に行かれては困ります」


「困る? 何が困るというの?」


「ふぃ、フィリス様のご許可をいただいておりません」


「許可? わたくしが決定したのだから、あの子の許可など必要はない。

 ねぇ……そうでしょう、ランス?」


「はい。勿論でございます。全てはヴィア様の御心のままに」


 騎士の方もまるで止めるつもりはないらしい。

 一見、生真面目そうではあるが常識はないのだろうか?

 もしかしたら、この暴君を窘めるという考えが最初から頭にないのかもしれない。


「クワイト、あなたはわたくしの命令を忠実に実行すればいいわ。

 それができないなら……」


 ヴィアと呼ばれた少女の口からは、その先の言葉は紡がれなかった。

 が、これは明らかな脅しだった。

 暴君の表情は一瞬、不気味に歪んだ……気がした。


「ね、わかるでしょ、クワイト?」


 今は育ちのいいお嬢様らしく、花のように美しい笑みを浮かべている。

 誰も反論する者はいない。

 いや――出来る者がいないのだろう。

 恐らく……彼女は、


「……ヴィアお姉様」


 『姉』とヴィアを呼んだのはフィーだった。

 ホテルの入口の扉から、一歩足を踏み出す。

 それは自分が今帰ってきたばかりだと……学園長の言っていることに嘘はないと伝えているようだった。


(……やはり王家の人間か)


 その可能性が高いとは思っていたが……ヴィアの目的がわからない。

 考えられるとすれば、皇位継承権に関わることだろうか?

 もし彼女がフィーの命を狙っているとしても、ここで手を出してくるとは思えない。


「……へぇ。本当に出かけていたのね」


「少し……気分転換に行っていました」


「気分転換……? そう……随分と『余裕』があるのね」


 ヴィアの言葉の意味は俺たち以外にはわからなかっただろう。

 自分がフィーの襲撃に関わっていることを隠すつもりはないらしい。


「……それはどういう意味ですか?」


 確認の意味も込めて、フィーはそう尋ねたのだろう。


「いえ、深い意味はないのよ」


 そう言って、ヴィアは一歩、また一歩とフィーに近付く。


「おい……」


 勝手にフィーに近付くな……という想いから、俺がフィーを守る為に前に出ようとしたのだが、


「エクス……」


 フィーは俺に笑みを向ける。

 自分は大丈夫だから……と言っているみたいだった。

 恐らく……フィーはこの場でトラブルになるのを避けたかったのだろう。

 もし戦いになったとしてもヴィアの警護に付く騎士に負けるつもりはないが、周囲に被害が出てしまう可能性がある。

 ヴィアの騎士ランスは決して弱くはない。

 その佇まいに隙はなく、表情からも自分への自信が窺えた。

 ぱっと見た感じだが、実力的にはフィーを襲った襲撃者よりも実力は上だろう。


「でも……つまらないわね……。

 あなたが恐怖で脅えた顔を見にきたのに……」


「っ……」


 周囲には聞こえないような小さな声で……ヴィアはそんな皮肉を口にした。

 そしてフィーの頬を優しく撫でる。

 傍から見れば、優しい表情を浮かべた姉が、妹を慈しんでいるようにも見えなくはない……が、


「部屋に閉じこもって一人で泣いているのかと思ったのよ。

 昔みたいに……ね、泣き虫フィリス」


 冷たい声。

 まるでフィーの心を蹂躙するのを楽しんでいるかのように、頬を恍惚に染めた。

 こいつの本質を俺は直ぐに理解した。

 この女は嗜虐心の塊のような奴だ。

 俺の心の中に不快感が強まる。

 殺気はない。

 だから、フィーを傷付けるつもりはないらしいが……心を傷付ける為に侮辱を続けるというのは、あまりにもたちが悪い。


「……エクス」


 もう一度、フィーが俺の名前を呼んで手をギュッと握った。

 俺の頭は一気に冷静になる。

 この場で争うような真似はフィーの本意ではない。

 俺はフィーの専属騎士ガーディアンなのだ。

 だからこそ――身勝手な行動を取るわけにはいかない。


「あ~……その隣に立っている男……それがあなたの専属騎士ガーディアンなのね?」


「……はい。

 ボクの専属騎士ガーディアンのエクスです」


「エクス……。

 ふ~ん……ねぇ、エクス。

 この子の専属騎士を辞めて、わたくしの物にならない?」


 答えは決まっている。

 が、俺がそれを口にする前に、


「な~んてね。

 わたくしにはランスがいるもの」


 そう言って、見せつけるようにヴィアはランスの腕を取った。

 嗜虐の皇女の表情はどこか自慢気だ。


「それに、泣き虫フィリスのお古なんていらないわ」


 フィーにだけ聞こえるように、ヴィアは小声でそんな言葉を口にした。


「でも、これでわかったわ。

 その男が今のあなたの心の寄り所というわけ……」


「……」


 ヴィアの質問にフィーは答えなかった。


「……ふふっ、相変わらず嘘を吐けない子ね。

 でも……これで次の楽しみができたわ。

 昔みたいに……い~っぱい――」


 慈しみに溢れた笑みを浮かべて、


「あなたをいじめてあげる。

 心がボロボロになるまでね」


 フィーの耳元でそんなことを言った。

 動揺を見せずフィーはただその言葉を受け止める。

 だが、俺には直ぐにわかった。

 握られた手を通じて、彼女が震えていることが。


「ランス、帰りましょう

 とりあえず、用事は済んだから」


「かしこまりました」


 言いたいことを伝えて、暴君は去って行く。

 これはヴィアなりの宣戦布告のつもりだったのだろう。

 フィーは堪えた。

 自分が傷付くことになるとわかっていたのに、俺にただ一言も命じることはなかった。 だから、この場は彼女の想いに免じて何もする気はない。


「……ヴィア皇女」


 だけど一言だけ言わせてもらう。


「……何かしら?」


「もう二度と、あんたはフィーを傷付けることはできない」


「は?」


「俺がさせない」


 それはヴィアにではない。

 フィーの為に口にした言葉だった。


「……貴様は、口の利き方を習っていないのか?」


 ヴィアの騎士であるランスが、射貫かれるような強い視線を俺に向ける。 

 が、その程度では怯むことはない。


「……いいわ、ランス」


「はっ……出過ぎた真似をいたしました。

 お許しください」


 その場に膝を突きランスは頭を下げた。

 ヴィアはそれを気にすることなく、俺に視線を向ける。


「……あなた、名前はなんだったかしら?」


「エクスだ」


「エクスくん……か。

 お古には興味ないんだけど、面白いわね……あなた。

 遊び甲斐がありそう。

 短い間になると思うけど、楽しませてね」


 それだけ言って、今度こそ第3皇女とその騎士はホテルを出て行ったのだった。

 一気にエントランスは静けさを取り戻す。

 この場にいた者たちは圧迫感から解放されたように、大きな息を吐いた。

 俺はルティスから女の子には優しくしろと教えられてきたが――ヴィアにだけは優しくできそうにない。


「……みんな、驚かせてすまない。

 あの通り昔から奔放な振る舞いばかりする人なんだ。

 悪く思わないでほしい。

 学園長、そろそろ夕食の時間だったよね?」


 事態の収拾を図る為に、フィーがみんなに呼びかける。


「そ、そうでしたね。

 と、突然のことで戸惑いもあったと思うが食事の時間だ。

 食堂に向かうように」


 学園長の指示で生徒たちはぞろぞろと移動を開始した。


「……ボクたちも行こうか」


「フィー、待ってくれ」


 握っていた手を引き、俺は歩き出そうとするフィーを引き止める。

 言わなければならないことがある。


「どうかしたの?」


「……ごめんな、フィー」


「え……?」


「守ってやれなかった」


「守って……? どういうこと? ボクはちゃんと無事だよ」


 首を傾げた後、フィーは小さく笑う。

 心配掛けまいと強がっているかのようだった。


「無事じゃない。

 心がいっぱい傷付いただろ?」


「……ぁ……」


 俺はフィーの心を守ってやれなかった。

 それが本当に悔しい。

 身を守るだけじゃない。

 俺はフィーの全部を守りたいから。


「そ、そんなこと……」


「わかるんだ。

 結合指輪コネクトリングで繋がってるからなのかな?

 はっきりと声が聞こえたわけじゃないけど……フィーが痛かった想いが……」


「エクス……」


 顔を歪め、フィーは潤んだ瞳を俺に向ける。


「うん……ボク、本当はとっても痛かった……」


 辛い想いを吐露するフィーを俺は抱きしめる。


「辛かったな。

 でも……フィーはがんばった。

 がんばりすぎちゃってるくらいだ……」


 あの場を丸く収める為とはいえ、フィーの心が踏みにじられていいわけがないから。


「……ねぇ、エクス」


 フィーの甘えるような声が俺の耳を撫でる。


「なんだ?」


「部屋に戻って二人切りになったら……ボクのこと慰めてくれる?」


「ああ、そんなことでいいならお安いご用だ」


「ボクのわがまま、聞いてくれる?」


「フィーのわがままを聞くのは、俺にとってご褒美と同じだぞ」


「……エクスとこうやって話してるだけで、ボク……痛いのがどっかにいっちゃうよ」


「ならこうしてずっと――」


 と、話していた俺とフィーは気付いた。


「「「「「「じ~……」」」」」」


 ニースを含め、学園の生徒や教官――ホテルのスタッフの人たちが、俺たちに視線を送って来たことに。


「……と、とりあえず、食堂に行こうか」


「そ、そうだな」


 こうして俺とフィーは慌てて食堂に向かった。

 勿論、手を繋いだまま。

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