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第64話 マリンの思惑

20180630 更新1回目

書籍版 第1巻発売日7月14日になっております!

よろしくお願いいたします!

         ※




 エクスたちが部屋を去った後、マリンはニースの様子を見る為に席を立った。


 ――コンコン。


「ニース……」


 マリンは寝室をノックして、名前を呼ぶ。


「……大婆様? ……どうぞ入って」


 部屋の中からニースの声が聞こえ、宮廷魔法師は扉を開いた。

 するとベッドから身体を起こしたニースが目に入った。


「……エクスくんたちは?」


「一足先に帰ってもらったよ」


「迎えに来てはくれなかったのね……」


 拗ねるように言って、大人びた少女は膝を抱えた。

 そんな少女の様子を見て、マリンはまだまだ子供だな……と苦笑する。


「エクスくんたちはお前のことを気にしていたよ。

 私が先に帰るように言ったんだ」


「……そう」


 たった一言ではあるが、少女の声音は寂しそうだった。

 幼少の頃から――十年以上も勇者を想い続けてきたニースの心情を考えれば、相当強いショックを受けているだろう。


「大婆様……運命が変わったというのは本当なのよね?」


「ああ。

 流石の私も親族――孫のように可愛がっているお前を傷付けるような嘘は言わないよ」

「……私の運命の相手は勇者様では――エクスくんではなくなってしまったのね」


「ニースお嬢様……」


 涙を浮かべるあるじを見て、リンの表情は苦悶に浮かんだ。


「ニース……運命は間違いなく変化している。

 でもね、未来はまだ定まってはいないんだ」


「……何が言いたいの?」


「再び運命を変える為の努力はできるのではないか? という話さ」


「私の努力次第でエクスに振り向いて貰えるということ?

 でも……大婆様は限りなく可能性は低いと……」


「それで諦められるのかい?」


「……」


 事実を突き付けられ、ニースは口を閉ざした。

 彼女自身の中で答えは決まっているのだから。


(……たとえ運命に否定された絶望的な状況だとしても、私は――)


 これまで重ね続けてきた想いは――ここで諦められるような安いものではない。


(……まさかフィリス様と反対の立場になってしまうなんてね)


 こんなことになるなんて、ニースは想像すらしていなかった。

 だけど……あの時にフィリスが感じたであろう不安な感情を、ニースは今だからこそ理解できた。


「……大婆様――私は私の想いのままに進んでみるわ」


「うん。

 後悔のないように歩むといい」


 ニースの確かな決意に、マリンは優しく微笑んだ。


「私も私が信じる道を行くよ。

 変化した運命の先がもし――」


 その先の言葉を、マリンは紡ぐことはなかった。

 だがニースは感じた。

 彼女は何かを危惧しているようだと。


「大婆様……?」


「いや――なんでもないさ。 

 さて、ニースそろそろ行けるかい?」


「……ええ、あまりのんびりはしていられないものね。

 夕食の前に点呼があると思うから、その前に宿泊施設ホテルに戻らないとね。

 生徒会長として他の生徒に示しが吐かないわ」


 言ってニースはベッドから立ち上がる。


「ニースお嬢様、あまりご無理はなさらずに」


「大丈夫よ、リン。

 さぁ、行きましょう」


 寝室を出ようとするニースに、


「ニース、リン、転移石を使うといい」


 マリンは声を掛けた。

 そしてポケットの中から小さな石――魔法道具マジックアイテムを取り出して、部屋の中央にある机に置いた。


「ただホテルに戻るだけよ?

 貴重な魔法道具マジックアイテムを使う必要はないわ。

 大婆様、あまり私を子供扱いしないでくれるかしら?」


「子供だよ……私から見たらね」


 数百歳を超えるマリンに言われては、ニースは返す言葉もなかった。


「それにね。

 最近は魔法道具マジックアイテムの【複製品】を【量産】することが可能になったんだよ」

「複製品の量産?」


「少し力が弱まるけれどね」


「だからといって、魔法道具の量産なんて簡単にできることではないでしょ?」


「ああ、勿論だとも。

 でも私は天才だからね。

 その為の手段を生み出したのさ」


「手段……?」


 訝しむようなニースに、マリンは捉えどころないニヘラっとした笑みを浮かべた。


「さて……話はここまでにしておこう。

 ほら受け取るといい」


「これ全部、貰っていいの?」


 魔法道具マジックアイテム――転移石を購入するとすれば城下町にそれなりの家と土地が付いてくるほど価値がある。

 そんな物をお小遣いのように上げてしまう辺り、マリンはニースを特別に可愛がっているのだろう。

 ちなみにだが、マリンにとってのニースは雲孫うんそんくらいになる。


「何かあった時に使えるかもしれないだろ?」


「……ありがとう。なら甘えておくわ」


「ああ、お前の健闘を祈っているよ。

 フィリス様もとても可愛らしい方だけど、それに負けないくらいお前も可愛いと思っているよ。

 親族の贔屓目抜きにね」


 屈託のない笑顔を見せて、マリンは孫の頭を撫でる。


「……そんなこと言われなくてもわかってるわ。

 女性としての魅力で負けていると思ったことはないもの」


「ふふっ、それだけ強がりが言えるならもう大丈夫だね」


 その言葉に照れたのか、ニースは視線を下げる。

 だが、直ぐに小さく頷いた。


「……それじゃあね、大婆様。

 学園に帰る前にまた挨拶に来るから」


「ああ、いつでも来るといい」


 そうしてニースは転移石を受け取り寝室を出て行った。

 一人寝室に残されたマリンは、


「まぁ……次はここにいるか、わからないけれどね


 小さく呟く。

 そして、


「さて……少し陛下のところに行くとしようかな。

 予定通り計画を進めるつもりだって伝えておかないと……」


 マリンにとって皇帝は主である以上に、世界の秩序を守る為の同志だった。

 運命の変化については、マリンは皇帝に伝えていた。

 そして彼女は先の先まで自分の行動を決定している。


(……全部、上手くやらないとなぁ)


 この世界の変化の基点となるのはエクスとフィリス。

 それは間違いない。

 だからこそ――マリンは打てるべき手は打っておくつもりだ。


「勇者様の息子を相手にするんじゃ……私も命懸けになるんだろうなぁ」


 彼女が何を考えているのか。

 それがわかるのは、もう少しだけ先の話になるだろう。




                ※




 マリンの隠れ家を出ると辺りは暗くなっていた。


「急ごうか」


「だな」


「フィリス様、エクスさん、こちらです」


 俺たちは急ぎ宿泊施設に向かった。

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