第63話 世界の守護者と強制力
21080622 更新1回目
「なぁ、マリン」
「なんだい?」
「話題を変える前に、もう一つ聞かせてくれ」
まだ確認すべきことがあった。
気絶しているとはいえ、ニースがこの場にいる状況でこの話を続けるのは憚られるが……。
「……かまわないよ。
でも、そんな真剣な顔で見られるとドキドキしてしまうな。
君は本当に勇者様に似ているから……」
過去を懐かしむような、優しい笑みを浮かべるマリン。
やはり彼女が俺の父親を知っているのは間違いないようだ。
「勇者についてもあとで聞かせてほしいんだけどさ、元の【運命】で――俺とニースの間に生まれる子供が世界を救う勇者になるって話。
あれはどういうことなんだ?」
「どういうこと……というのは?」
「世界が救われなければならない状況になる。
つまり――何らかの危機が訪れるってことなんだよな?
なら【今】――この変化した未来ではどうだ?
同じ【危機】が訪れる可能性はあるのか?」
「……あ~そういうことか。
エクスくん、なかなか鋭いことを聞くな」
マリンは感心とともに意味ありげに笑う。
「でも、残念ながらそれに関しては私は正確な答えを持ち合わせていないんだ。
少し前にも言ったけれど、この先の未来はあやふやなんだ。
見ようとしても、ボヤッとして確認できない。
目が悪い人の視界がわかるかい?
たとえるならあんな感じだね。
何もわからないわけではないけど、はっきりは見えないんだよ」
そう言って、マリンは【眼鏡】に手を添えてクイッと上げた。
視力に問題ない俺にとってはわかりにくいが……とにかく見えずらいと言いたいのだろう。
「私は色々あって【未来予知】を手に入れたんだけど……簡単に説明するなら、私も【勇者】や【魔王】のような世界に選ばれた存在……になると考えておいてくれたらいいのかな」
「選ばれた存在?」
「そう。私が世界に与えられた役割は【強制力】の守護。
強制力っていうのは、運命をあるべき形に戻す力のことなんだけど……それは絶対的なものではないんだ」
話の意味がわからず眉根を顰める俺を見て、博学な宮廷魔法師が説明を続ける。
「たとえば人は常に選択を迫られるだろ?
大小あれどそれにより運命は変化するのだけど、個人選択が積み重なることで、世界の運命に大きく影響を与えてしまうことがあるんだよ。
正に今がそれになるわけだけどね」
今回の場合、俺とフィーの出会いにより新しい分岐が生まれたわけか。
「……最終的に【今】が未来にどれほどの影響を与えるのかはわからない。
危機に瀕した世界を救うことができれば――大局的な影響はないんだけど……もしかしたらこの世界はそうはならない可能性もある。
だから、それをどうにかして元に戻すのが私の役割なんだ」
とりあえず説明が一段落したのか、マリンが口を閉じた。
正直、俺には話の内容が大きすぎて理解できなかった。
この場で説明を聞いていたフィーやニアも同じだろう。
だけど、
「つまり、マリンは正義の味方ってことで間違いないか?」」
「正義の味方……って、ふふっ、ふふふふっ、あはははっ――正義ときたか。
なるほど、それは予想外の回答だよ」
なぜか宮廷魔法師は愉快そうに笑う。
笑いすぎて彼女の瞳には涙が浮かんでいた。
「まさかそんな風に言われるなんて思ってもみなかったな」
「だってマリンは、この世界を救う為に行動しているんだろ?」
「……まぁ、そうだな。
大きな枠組みの中で見れば正義と言えるのかもしれないね。
でも……その為には悪いことも平気でするし嘘も吐くから、私は【嫌な奴】だと思うよ」
眼鏡を外し涙を拭いながら、マリンはそんなことを言った。
なぜ自分を卑下するのか俺にはわからなかったが、一人で抱えるには大きすぎる仕事だろう。
だから、
「俺にできることがあるなら手伝うぞ?」
そんな提案をマリンにしていた。
「……ふふっ、それは心強いね。
なら、もしも何かあったらその時はよろしく頼むよ。
まぁ……このあやふやな未来がいい方向に進んでくれれば、私としては申し分ないんだけどね。
希望的観測としては、この世界は危機に晒されない可能性すらあるわけだから、私は暫くは様子を見守るつもりさ。
というわけで……エクスくんの質問への回答としては、この世界がどうなるかは今はまだわからないと答えさせてもらうよ」
「そっか。
でも、心配しなくていいぞ」
「どういうことだい?」
未来予知の力を持つマリンにすら不確かとなった世界。
でも、この変化した【今】は俺とフィーの【未来】でもある。
だから、
「俺は何があったとしても、必ずこの世界を守るよ
大切な人が――守りたい人たちがいるからな」
「エクス……」
フィーと繋いだ手は、俺たちの未来が確かに繋がっている証だ。
「ふふっ、頼もしいね。
だけど……二人の仲を考えるとニースが不憫でもある。
老婆心を晒すようで申し訳ないが、どうだいエクスくん。
この際、フィリス様だけではなくニースを嫁に取るつもりはないかな?」
「はい……?」
突然、何を言い出すのだろうか?
「ま、マリンさん……急に何を言い出すんですか!」
これにはフィーも黙っていられなかったようで、焦ったように声を上げた。
「いや……私が言うのもなんだけど、あの子のエクスくんへの想いは本物だよ?
何せ小さな頃からずっと勇者――エクスくんを思い続けてきたんだからね。
言うならば白馬に乗った王子様のようなものさ……あれでニースは夢みる乙女なんだ」
冗談めいた口調の為、どこまで本心なのかわからない。
「それに……元々の運命では結ばれる二人だ。
世界の秩序を維持する保険としても機能するのではないかと……あ~いや、すまない。
ダメだな私は……どうしても打算が混じってしまう。
何百年もこんな生活を続けていると、人の気持ちを軽視しがちになってしまうよ。
……今のは忘れてほしい」
何百年もの間、世界の秩序を支えてきた彼女にとって【想い】よりも優先しなければならないことも多かったのだろう。
「余計な話をしたね。
次の話に進もうか……」
言われて俺は頷き、次の質問を口にした。
「フレンダリの町で俺たちに接触してきた理由を教えてほしい」
「あ~そのことか。
本来の未来なら、あの日に私はエクスくんとニースに出会うはずだったんだよ。
でも、少し前から未来がズレ始めていたんだ。
だからその原因を確かめたくて、私はエクスくんを待っていた。
露天を開いていたのはエクスくんを待っている間、暇だったからだね。
私は【物づくり】が趣味だから、時折ああやって露店を開いているのさ」
そして町に来た俺たちに声をかけた……というわけか。
「名乗ってくれてもよかったんじゃないか?」
「最初はそのつもりだったんだけど……エクスくんが一緒にいたのが、ニースではなくてフィリス様だったからね。
余計な行動をして、未来がさらに複雑になるとも限らないだろ?」
だからこそ名乗ることなく様子を窺った……ということらしい。
「それで、二度目の接触は?」
「あれはキミたちとの約束を守ったんだよ」
「約束?」
「おいおい、忘れたのかい?
フィリス様が付けてくださっている髪留めを取りに来る……と、キミは言っただろ?」
「あ――」
そうだった。
なるほど……マリンはその約束を律儀に守ってくれたのか。
「エクス……あの日、マリンさんとそんな約束をしてくれてたんだね」
「フィーが気に入ってたから、どうしてもプレゼントしたかったんだ」
カチューシャに触れながら、フィーは嬉しそうにほほ笑む。
「キミたち……本当に仲がいいねぇ」
見つめ合う俺たちを見て、マリンは腕を組み首を捻る。
「一体……どうしてここまで未来が変化してしまったのか……そもそも、なぜ二人が出会ったのか……。
勇者様――君の父親であるカリバ様も驚かれているだろうな」
「カリバ――それが俺の父親の名前なのか?」
「あれ?
ルティス様から聞いていないのかい?」
「ああ……。
そもそも父親が勇者だと聞かされたのもこっちに来る直前――って、マリンはルティスのことを知ってるのか!?」
「それは勿論。
私も勇者様と共に魔王討伐に行ったわけだからね」
そういえば以前……誰かにそんな話を聞かされたことがあった気がする。
「いやぁ~今思い出しても二人の戦いは身震いするほどだったよ。
三日三晩に渡り戦いは決着が付かず、最終的に魔界を別次元に飛ばすことになったんだけど……あの時、勇者様は次元を渡ってしまったんだよね」
「……伝承として語られてはいるけど、こうして見た本人から話を聞いても信じられないような話だよね」
「はい。
ですが、魔界がこの世界から消えたのも事実です」
フィーとニアの困惑も頷けるが、俺もその話はルティスから嫌というほど聞かされている。
実際、次元を切り離す……というのはかなりの荒業だ。
俺も出来なくはないと思うが、わざわざ次元を切り離すくらいなら消滅させてしまったほうが楽だと思う。
「その後、カリバ様とルティス様の間に、どんなことがあったのかは私もわからないのだけれど……人間界に戻ってきた勇者様は魔王と【話】をしたと言っていたよ。
こうして、人と魔族の戦いは終わり現在に至るというわけだね」
恐らく語られていない物語の中には様々な【事実】があるのだろう。
だが、俺が聞きたいことは一つだ。
「マリン、これが最後の質問になる。
教えてくれ、勇者は今どこにいる?」
「う~ん……それを答えるのは難しいなぁ」
「え?」
「申し訳ないけど答えようがない……というのが正確だよ。
でも、変わる前の【未来】であれば二人は学園を卒業後に出会っていたはずだよ。
だから、待っていたらいつか会えるかもね」
結局、勇者の居場所についてはわからずじまいか。
「……なら質問を変える。
親父の目的を知らないか?」
「目的?」
「ルティスが言ってたんだ。
俺が魔界で一番強くなったら、人間界に送還するという契約をしたと」
「あ~、そのことか。
それは世界を救う為だね。
エクスくんとニースの間に生まれる子供が世界を救う……という話をしただろ?
キミを強く育てることを含め、この世界を救う為の一環だったのさ」
だったら世界最強の勇者である自分の手で育てればいいものを……とも思ったが、それができなかった理由は別にあるのかもしれない。
「そうか。
わかった……とりあえず今聞きたいことに関しては確認できた。
フィーとニアも大丈夫か?」
「うん。
なんだか大きな話に戸惑ってばかりだけど……」
「わたくしも大丈夫です。
後は自由時間が終わる前に、思いますのでホテルに戻りましょう」
そういえば、今が自由時間であることを忘れていた。
この後は確か夕食の予定だったか?
皇女であるフィーが時間内に戻らなければ、大騒ぎになりかねないな。
「そうだね。
でも、会長はどうしよう?」
別室に連れていかれたニースは、今もベッドで眠っているのだろう。
リンが戻ってこないのがその証拠だ。
「ホテルまで俺が負ぶっていくよ」
「いや……暫くは放っておいてやってくれないかな?
エクスくんの顔を見るのも辛いと思うからね」
そんな提案をしてきたのはマリンだった。
ニースが今、強いショックを受けているのは間違いない。
知り合ってからまだ数ヵ月とはいえ、あんな弱々しい彼女を俺は初めて目にしたくらいだ。
「あの子のことは私がちゃんと送り届けるよ。
だから心配しないでほしい……と、学園の教師に伝えておいてくれ」
ニースを置いていくことに迷いはあったが……。
「……わかった」
このままのんびりしてるわけにもいかず、俺たちは一足先に帰路に着くことを決めた。