第61話 戦いの後に――。
20180612 更新1回目
疾駆する自動人形たちが三方向に分かれる。
「ドライ――目標を排除します!」
そのうちの一体は俺に迫りながら、右腕を刃に変化――いや変形させた。
そして、一瞬で俺の目前まで距離を詰めて来る。
(……思ったよりも速いな)
考えている間に――ブン!!
俺の首を跳ねるように斬撃が振るわれた。
半歩下がりその攻撃を避ける。
当然、攻撃は止まらない。
その動きは精錬されており、正確に俺の急所を突いてくる。
こいつの動きはお手本のような戦術だ。
が、だからこそ当たる気はしない。
あまりにも動きが正確過ぎる為、次の行動予測は簡単に出来てしまう。
(……他の二体は……)
俺を挟み込むように移動していた。
「ツヴァイ――ドライの援護に入ります」
「ツヴァイの行動を承認。
アインは後方から、二機のサポートに入ります」
そして、右方に立っていた人形が俺に向かい疾駆する。
どうやら接近戦を仕掛けるつもりのようだ。
左方に立っている人形は俺に腕を伸ばした。
魔法を使うつもりだろうか?
「破壊します!」
二体の動きを視認している間も、交戦中の自動人形の猛攻は止まらない。
今のままでは攻撃が当たらないと理解したのか、攻撃パターンが変化する。
直線的だった剣の流れが一転、フェイントを含めた流動的な動きを見せた。
さらに、
「変形――」
右腕だけでなく、人形の左腕が刃に変形すると、不意打ちのような一撃が俺に振り下ろされた。
それは間違いなく予想外の攻撃だったが、
「よっ!」
俺を襲う刃を指先で掴んだ。
その行動が信じられなかったのか、
「想定外!? その戦術、理解不能!?」
人形はまるで驚愕しているような反応を返した。
(……面白い)
少しだけ感心してしまう
自動人形に感情などあるはずがない。
あれは人の形を模した魔法道具のようなものだ。
命もなく意志もない。
主人の命令を遂行する為の道具なので、このように驚きを表現することはない。
だからこそ製作者の意図を感じてしまう。
「強制切除!」
突如、俺が掴んでいた右腕が切り離された。
「戦闘継続――排除します!」
空かさず左の刃が振り下ろされる。
それとほぼ同時に、右方からきた人形の刃が俺の喉元に迫っていた。
前方と右方から攻撃をバックステップで避ける。
追い打ちを警戒したのだが、接近戦を仕掛けてきた二体はなぜか後方に下がり俺から距離を取った。
直後――
「魔力充填完了」
左方に立っていた人形の声が聞こえた。
目を向ける――と、人形は右腕を小さな大砲のように変形させている。
その砲口から強烈な魔力を伴う光が見えた。
どうやらこの人形が行使可能な、最大級の一撃が放たれるらしい。
魔力量を考えるに、こんな狭いダンジョン内で使う魔法ではない。
この隠れ家ごと破壊して、俺たちを生き埋めにするつもりだろうか?
「――発射!!」
強烈な魔力が放出された。
仮に直撃したとしても、この程度ではせいぜい掠り傷を負うくらいだが……フィーたちはそうもいかない。
(……魔法の攻撃範囲が不明な以上、上手く相殺するしかないか)
中途半端な力を持つ相手だと加減が難しい。
俺は魔法を使い魔法の防御壁を10枚重ね掛けする。
直後――バアアアアアアアアアンッ!
轟音と共に放出された魔力が防御壁に直撃した。
パリン、パリン、パリン――まるで鏡でも割るような音を響かせて魔法の壁が破壊されていく。
――パリン! パリン! パリン!
防御壁を破壊する度に、放射された魔力は徐々に破壊力を失っていく。
そして、8枚目の防御壁が破壊されたのと同時に発射された光は粒子となり霧散していった。
「目標……生存――排除失敗」
「現戦力では破壊不可能」
どうやら勝ち目がないことを理解したらしい。
「これより、最終段階に以降します」
「主に承認許可を送信」
「承認後、核に充填された全魔力を暴発させます」
三体が何かを決定した。
意図的な魔力の暴発……それはつまり――。
「――エクスくん!
自動人形は自爆するつもりよ!」
ニースが焦燥感に満ちた声を上げる。
それは俺の予想通りの言葉だった。
「じ、自爆ってどういうこと?」
「自動人形は主の命令を忠実に実行する。
ここを守れないような相手に遭遇した場合は、『自爆してでも止めろ』という命令をくだされていたのかもしれないわね」
「ま、マリン様はなぜそのような命令を!」
「さぁ……何か見られたくないものでもあるか……実験に集中したいから引きこもりたいだけなのか……」
動揺する侍従にニースは曖昧な返事をした。
彼女自身、その理由ははっきりとはわからないのだろう。
「ニースお嬢様、自動人形が自爆した際の被害は?」
「……少なくともこの隠れ家は吹き飛ぶしょうね。
王都の一部が沈下するんじゃないかしら?」
「そ、そんな!?
じゃあ王都に暮らす人たちは……」
フィーの声に返事をする者はない。
それは、皆の頭に最悪な結果が思い浮かんでいるからだろう。
今から避難誘導することができない以上、結論は明白――と、考えているのかもしれない。
だが、
「――ニース、核を破壊すれば、自爆を止めることはできるか?」
「え、ええ。
自動人形は核に充填された魔力で動いているから。
それが破壊されたら、エネルギーの供給が止まるようなものなの」
「なら――自爆する前に片付ければいい」
ニースの家族の持ち物だからこそ、壊さず無力化したいと考えていたが――そんな余裕はなさそうだ。
俺は自動人形に向かって疾駆する。
「エクスくん!
核は自動人形の胸部にあるはずよ!」
ニースの助言を聞き、一気に距離を詰める。
目前には自動人形が立っていた。
そして俺は腕を振り上げ、自動人形の胸に拳を――。
「待って待って、壊す必要はないよ」
ダンジョンの前方――闇の深い場所から若い女の声が響いた。
それは人形の胸部を貫く直前のことだった。
俺は振り下ろした拳を慌てて止める。
「承認申請――却下されました」
「主からの命令を受諾」
「戦闘行動を中止します」
そして自動人形たちは踵を返して、その場に跪いた。
この先からやって来る自分に敬意を表するように。
「この声は……」
ニースが呟く。
カタン、カタンとゆっくりとした歩調が聞こえた。
「いや、ごめんね。
みんなが来るのはわかっていたんだけど……」
軽い感じの口調と共に、深淵の中から一人の女性が現れた。
その人は、
「お久しぶりですね、皆さん」
ニコッと人懐っこいような笑みを浮かべる。
だが、おかしい。
なんでこの人がここに――。
「あれ?
……エクス、この人って……」
「あ、ああ」
俺とフィーは顔を見合わせた。
だって俺たちは、この女性に会ったことがある。
「店員さん?」
「だよ……ね?」
目を丸める俺たちに、女性は満面の笑みを返す。
「ええ、あの時と【同一存在】ではありませんが、フレンダリの町の露天商をしていた時もありましたね。
お客様があの日に買ってくださったカチューシャ、ちゃんと付けてくださったようで嬉しく思います」
突然のことで頭が混乱しているが、どうやら間違いないらしい。
これはつまりあの時の露天商のお姉さんは――。
「なんの話をしているのかわからないけれど……【大婆様!】
来るのがわかっていたなら、自動人形なんてけし掛けないでくれるかしら?」
「やぁやぁニース!
久しぶりだね。
いきなり何を怒っているんだい?」
俺たちに比べると随分軽い口調で、大婆様と呼ばれる女性がニースに語り掛ける。
つまり――いや、やはり彼女は間違いなく……。
「久しぶりだね――じゃないわよ!
下手したら私たち、自動人形の爆発で死ぬところだったのだけれど?」
「いやいや、それはないよ。
そもそも自動人形の自爆には私の承認が必要なんだ」
確かに承認申請が却下された……と、人形たちは口にしていた。
「それに、ニースも知っているだろ?
私には未来が見えている。
だからキミたちが死なないことはわかっていたんだよ」
言って彼女は俺に顔を向ける。
そして、
「自己紹介が遅くなったね。
私はマリン・テンプル。
今は店員さんでもお姉さんでもない――このユグドシル大陸で最も天才な宮廷魔法師として、キミたちの話し相手を務めよう」
正体を黙っていた事を悪びれることすらなく、はっきりと告げたのだった。




