第60話 予想外の戦い
20180608 更新1回目
階段を下りた先――。
「隠れ家とは聞いていたけど……凄い場所だね」
周囲を見回しながらフィーがそんなことを言った。
その表情からは驚きが見て取れた。
だが俺も彼女の気持ちはわかる。
ここは隠れ家というよりはダンジョンだった。
子供の頃、よくダンジョンで遊んでいた俺が言うのだから間違いない。
周囲は灰色の石壁に包まれており、
「前に話したかもしれないけれど、大婆様は物作りが趣味なの。
その結果がこの隠れ家というわけ……」
顔を見えなかったが、その声音は少し呆れ気味だった。
趣味の一環でこんな住処を造ってしまうのだから、常識では計れない人物なのだろう。 そもそも人間の身で数百年もの時を生き続けているというのだから、『特別』であって当然か。
「フィリス様、気を付けてね。
もしかしたら魔物が出るかもしれないわよ?」
皇女様を見て 少し悪戯っぽい笑みを浮かべるニース。
「それでボクをからかってるつもり?
人間界に魔物なんてほとんどいないはずだよ」
「でも……ここは宮廷魔法師マリン・テンプルの隠れ家なのよ。
それを思えば何が出てもおかしくないと思うけれど?」
「っ……そ、それを言われると……」
少しだけフィーの表情に脅えが見えた。
不安になったのか、彼女は俺の腕を抱きしめる。
「あら? 怖くなってしまったかしら?」
「そ、そんなことないよ!
ボクには頼れる専属騎士がいるもん!
何も怖がる必要なんてないさ」
「……あら? エクスくんに頼りっきりなのかしら?」
「え……」
「私なら彼の背中を守ってあげられるわ。
守られっぱなしのあなたと違ってね」
「っ……ぼ、ボクは……」
フィーの表情に影が差す。
自分では俺の力になれないと……そう思っているのだろうか?
「あなたには何ができるのかしら?」
俺の腕を抱く彼女の力が緩んでいく。
ニースの言葉にショックを受けたのかもしれない。
そんな彼女の手を俺は強く握った。
「前にも言っただろ?
フィーは、俺の隣にいてくれたらそれでいいんだ。
それが俺の力になる」
「……エクス」
俺に視線を向けるフィーが、嬉しそうに笑ってくれた。
「ニースはフィーをからかい過ぎる。
意地悪はほどほどにしてくれ」
「ごめんなさい、エクスくん。
でも今のは、大婆様に会う前の軽いウォーミングアップみたいなものよ。
あの人は優しいけれど、容赦はない人だから……」
会長は苦笑してみせた。
まるでこれから、フィーが傷付くことになる……と言っているようだった。
それはマリンの『予言』が関係しているのだろう。
俺とニースが結ばれることで生まれてくる『子供』が世界を救う……だったか?
「ニースお嬢様、話は歩きながらでも……」
「わたくしもそれがいいと思います。
のんびりしていては、ホテルに戻る時間が遅くなってしまいますから」
「そうね、行きましょうか。
それと――みんな警戒して進んでほしいわ。
魔物は出ないけれど……把握している限りでも相当面倒な仕掛けが多いのよ」
さっきまでの軽い雰囲気は消え、会長は真剣な表情で口を開いた。
どうやらニースですら、この隠れ家の全てを把握しているわけではないらしい。
俺たちは彼女の言葉に頷き、ダンジョンの中を進んで行った。
※
ダンジョンを先行をしているのは、侍従と武士娘だ。
二人は周囲を警戒しながらニースの指示で進んで行く。
後衛は俺がガードしながら、フィーとニースを守るよう陣形を組んでいた。
どこから襲われても、これなら貴族生徒たちを守れるだろう。
「この辺り……何かあったような……」
ニースが警戒するように口を開く。
「もしかして罠でもあるの?」
「私が覚えている限りでは、命に関わるような物はなかったはずなのだけれど……」
ニースが言った……瞬間――カチャ。
それは、先を歩いていた侍従の足元から聞こえた音だった。
「え……っ――!?」
ニアが驚愕に目を開く。
その音に連動するように、ダンジョンの天井から光の縄が飛び出してきた。
先頭を歩いていたニアに迫っていく。
俊敏な動きで侍従はその縄を避ける。
が――その動きを追跡するように光は変則的な動きを見せた。
「はあああっ!」
リンがその縄を斬るように剣を振る。
剣閃が煌めきニアに向かって伸び続ける光を一刀両断。
だが魔法により形成された縄は直ぐに元の形を――いや、形を変えて二本の光に分裂してニアとリンに迫っていく。
「厄介な……」
「こ、これは一体!?」
リンとニア――二人は戸惑いながらも対応を続ける。
「――大婆様が仕掛けた罠よ。
見ての通り魔力で形成された物だから物理攻撃は通用しないわ。
今、魔法解除を――」
「ニース、必要ないぞ。
もうやった」
俺の言葉と同時に縄は一瞬で消滅していた。
「……驚いたわ。
あの一瞬で魔法の構成を見抜いたのね」
正確には俺がやったのは魔法解除ではない。
魔法解除は魔法を構成する力を分解することで魔法自体を消滅させる。
これは行使された魔法の構成を見抜かなければならない為、手間がかかる。
だから俺はもっと楽に済ませた。
暴れまわる光の縄に反属性である闇の魔法をブツけた。
相反する同程度の力が衝突した結果、どちらの魔法も消滅したというわけだ。
「エクス殿、助かりました」
「ありがとうございます、エクスさん」
リンとニアが深々と感謝する。
「流石はボクのエクス!」
一難去ったことで、フィーも安堵し笑みを浮かべていた。
だが――
「また何か来るみたいだぞ」
こちらに複数……大きな魔力を持った何かが迫って来ていた。
「全員……俺から離れるなよ」
皆が頷き、それぞれ警戒態勢を取る。
――ダダダダダ。
ダンジョンの通路に響く音がどんどん近付いてくる。
そして――。
「発見しました。
侵入者を捕獲します」
「データを分析します」
「最も脅威となる戦力は……」
淡々とした声だった。
やってきた三人――いや、こいつらは人間なのだろうか?
表情はない。
その瞳は虚ろで意志の光すらない。
たとえるなら――そう。
人形のような……。
「――これは……自動人形ね。
大婆様……ってば、そうまでして引きこもりたいというわけ……。
でも……どうやらここにいるのは間違いないようね」
やはり人間ではないか。
「分析完了」
「危険」
「危険、危険、危険」
三体の自動人形が俺を直視した。
そして、
「「「危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険」」」
壊れてしまったように同じ発言を繰り返す。
暫くそれが続いた後、
「捕獲不能」
「危険分子は」
「最大戦力を持って――排除します」
どうやら自動人形たちは――
「能力制御――解除」
俺と戦うつもりらしい。
「「「――限界解放」」」
同時に自動人形たちの身体から尋常ではない魔力が発露された。
単純な魔力量であれば――人間界で遭遇した敵の中では最大クラス。
「リン、ニア――フィーとニースを頼む」
「――エクス!」
心配そうに俺の名を呼ぶフィーを安心させたくて、俺は笑みを向ける。
「大丈夫だ。直ぐに終わらせる」
そして俺は、超スピードで突進してくる人形たちを迎え撃った。




