第58話 マリンの下へ
20180514 更新1回目
王都の正門を通り、俺たちの乗った馬車が町に入った。
「下りずにこのまま町に入るんだな」
「うん。
王都には馬車の所有者が多いからね。
利便性を高める為に通路を道幅が広くなってるだよ。」
「後、馬車専用の通路も用意されているわね。
お金持ちが多い王都ならでは……と言ったところね」
俺が尋ねると、フィーとニースが説明してくれた。
その直後のことだった――
「「「「「「「わあああああああああああああああああああっ!!」」」」」」」
待ちかねていたとばかりの暴力的な大歓声。
何かと思い俺たちは客車の窓に目を向けると、
「見て、フィリス皇女殿下よ!!」
「フィリス皇女殿下~~~~!!」
「おかえりなさいませ、フィリス皇女殿下!!」
数え切れぬほどの民が道の端に並んでいる。
さらにはその整理に手を焼く騎士たちの姿も見えた。
ただ馬車が町を通るだけなのに、町はパレードのような大熱狂に包まれる。
「もしかしてフィリス様、魔王でも討伐したのかしら?」
「そんなわけないでしょ……」
ニースの冗談に返事をしながら、フィーは窓の外に見える民に手を振った。
こういった行動が自然に出る辺り、流石は皇族だ。
などと感心してると、
「「「「「「「わあああああああああああああああああああっ!!」」」」」」」
客車にまで轟く大絶叫。
「皇女殿下がお手を振ってくださったぞ!」
「なんて可憐なんだ!」
「オレ、なんだかファンになっちゃったかも!」」
大騒ぎに乗じて軽はずみな発言も聞こえたが、住民は混乱一歩手前と言った様子だ。
「王都の住民は、皇族に対して常にこんな感じなのか?」
「いえ……ここまでは熱狂的なものはございません。
手紙にも書かれておりましたが、フィリス様とその専属騎士を英雄視する者が多いというは間違いないようですね」
困惑した表情を見せながら、ニアが俺の疑問に答えてくれた。
皇族自身が民の為に行動を起こすこと――その国民への影響力はこれほどなのか。
そんなことを思っていると、
「……民が歓迎してくれるのは嬉しいけど……お兄様やお姉様は……きっと面白くは思ってないだろうな」
隣にいるフィーの小さな呟きが、俺の耳には確かに入る。
その不安を拭い去るように、俺は彼女の手を握った。
すると、客車の窓に顔を向けていたフィーの視線が俺に移る。
「安心しろ。何があってもフィーのことは守ってみせる」
「エクス……」
フィーの頬がぽっ――と赤くなった。
俺を見つめる瞳が熱く濡れる。
「フィリス様……発情してると下着が濡れるわよ?」
「っ――会長はそういうことしか頭にないの!
せめてエクスのいる前でそういうこと言うのはやめてよ!」
「恥ずかしがることではないわ。
生理現象よ?
想いを寄せる男性に触れられたり、愛を囁かれれば自然なことではないかしら?」
「だ、だから~~~!」
「フィリス様、落ち着いてください。
民が、多くの民が見ておられます!」
「っ――」
なんとか笑顔を作り、フィーは再び民に顔を向ける。
「ニースお嬢様も悪ふざけがすぎます」
「あら? リンに怒られてしまったわ……。
エクスくん、慰めてくれないかしら?」
客車の中を移動して、俺の膝の上に座るニース。
するとフィーはピクッと震えた。
「お、おい……馬車の中で突然動くな」
「わかったわ。
あなたがそう望むから……宿に着くまでずっとこのままでいさせて」
そう言ってニースが俺を抱きしめて、胸を押し付けてきた。
動くなってそういう意味じゃないんだが……。
「っ――会長、エクスから離れるんだ!」
ピクピク震えていたフィーだったが、堪え切れなくなったようにニースの身体を掴んだ。
そして俺から引きはがそうと力を込める。
客車はガタガタと揺れる。
そんな中、ニアは冷静に客車のカーテンを締めた。
この後、一波乱あったものの……俺たちは無事に今日泊まる宿泊施設に到着した。
※
馬車が止まると御者である騎士が客車の扉を開いた。
「フィリス様、ご到着いたしました」
言われて俺たちは客車を下りる。
「ここまで随行してくれて助かったよ」
「国の至宝たる皇女殿下からそのようなお言葉……光栄の極みです!
私はこの後、騎士団に戻り先程の襲撃について報告させていただきます!
王都は騎士団により厳重警戒が敷かれておりますので、安心してお過ごしくださいませ」
騎士は意気揚々と口を開いた。
だが、フィーの現状を考えれば安心には繋がらない。
皇族に敵がいる以上、より危険な状況と言ってもいいだろう。
「円卓剣技祭後の学園までの送迎も私が務めさせていただくことになっております!
それでは、私は警戒任務に戻らせていただきます」
そう言って一礼すると、騎士は馬車に乗りこの場を去って行った。
「到着した生徒はホテルに入ってくださ~い。
点呼を取りますので、ロビーの前で待機していてくださいね」
声に目を向けると、宿泊施設の入口前にケイナ先生が立っていた。
その声に従い、俺たちはホテルの中に入った。
※
点呼が終わった後、これからの予定にいて学園長から説明があった。
話を簡易的にまとめると――。
夕食までは自由時間。
その後は試合を控えた専属騎士の労いを兼ねた食事会。
円卓剣技祭は2日間に分けて開催され、序列10位の生徒から円卓の騎士と試合を行っていくそうだ。
最終日の夜は国の有力者たちも交えた社交界に参加するらしい。
俺たちが参加する必要があるのか? とも思ったが、これは貴族生徒が父母に会う為に設けられている……などと噂されている。
「では皆さん、受付で部屋の鍵を受け取ってくださ~い。
夕食までは自由時間ですが、食事会には遅れないようにお願いしますよ~」
そして、俺たちは鍵を受け取り部屋に向かった。
警護を兼ねている為、貴族生徒と専属騎士の部屋は隣接しているのだが……。
「ボクたちは一緒でいいよね?」
「勿論だ。
可能な限り傍にいるよ」
俺たちは二人で一部屋を使うことに決めた。
これは俺自身、王都では常に彼女の傍に居たい……という想いもあったからだ。
フィーの身の安全を守ることは勿論、俺が一緒にいることでフィーが安心していられるなら……それだけで傍にいる意味がある。
ちなみに俺が使うはずだった部屋は、ニアが使うことになった。
「エクス、見て見て!
ベッド、すっごいふかふかだよ!」
部屋に着き荷物を置くと、フィーはベッドの上をぴょんぴょん飛び跳ねた。
「本当だな。
でも……いいのか?
皇女様がそんなはしたないことしてたら、ニアに怒られるかもしれないぞ?」
「ここにはボクたちしかいないからいいの。
それに……」
ベッドから降りて、フィーは俺の下に歩いて来る。
そして、
「エクスの前では……ボクはただの女の子だもん」
そう言って、フィーは窺うように俺を見つめる。
「それともエクスは……ありのままのボクはイヤ?」
そんなわけがない。
皇女としての凛々しいフィーも綺麗だけど、ありのままの彼女が何より魅力的だった
だから、答えの代わりに俺はフィーを抱き寄せる。
「あっ……」
そして、
「俺は、どんなフィーも好きだよ」
「エクス、ボクも大好き!」
俺たちは互いの想いを伝え合う。
このまま二人で穏やかな時間を過ごすのもいいかもしれない。
そう思っていたら……カチャ――と、ドアノブを回す音が聞こえた。
そして、ノックもなく扉が開く。
「……早速イチャイチャしているわけね……」
扉の向こうにはニースと、その一歩後ろにリンがいた。
「っ……き、キミは、せめてノックくらい――」
「今から大婆様のところに行くわよ」
「え……?」
「折角の自由時間だから有効に活用しなくてわね」
小さな笑みを浮かべるニース。
「それで……行くのかしら? 行かないのかしら?」
突然の申し出だが、マリンに会うのは俺も賛成だ。
色々と聞きたいこともあるからな。
「……フィー」
「うん! 会長、ボクたちも同行させて!」
こうして俺たちは自由時間を利用して、マリンの下へ向かうことになった。
 




