第56話 王都を目指して
20180423 更新1回目
※
時間は流れ……円卓剣技祭の開催前日となった。
そして現在、俺たちは王都に向かう為の準備を終えたところだ。
「……それじゃあ行くか」
「あ……エクス、ちょっと待って!」
部屋を出ようとしたところで、フィーに止められた。
バタバタと俺に近付くと、俺の目の前で立ち止まり背伸びをする。
「ちょっとネクタイが曲がってる」
そして首元のネクタイに触れて、位置を調整してくれた。
「……よし、もう大丈夫!」
「ありがとな、フィー」
「ううん。
ボクがしてあげたかっただけだから」
優しい笑みを浮かべて、フィーは俺の身体に腕を回す。
そしてピタッと身体をくっ付けてきた。
「……そろそろ行かないと、遅刻してしまうぞ?」
俺たちは今日、王都キャメロットを目指し学園を出立する。
その為、教室には行かず、学園の正門前に集合することになっていた。
「出掛ける前に、もうちょっとだけエクスを感じさせて」
そんなことを言われたら、なんでも許してしまいたくなる。
「フィーは甘えん坊だな」
「……ボクがこんなになっちゃうのは、エクスの前だけだもん」
抱きしめながら、プリンセスが俺を見つめる。
彼女は背伸びをして、ゆっくりと目を瞑った。
頬を紅色に染めるフィーがあまりにも可愛くて、引き寄せられるようにキスを交わす。
それは、互いの唇を触れ合うだけの優しいキスだった。
「……もう一回して」
おねだりするみたいに、フィーは甘い声を出す。
言われるままに、俺はもう一度、フィーの唇を奪った。
――ちゅっ……ちゅぱっ。
先程とは違い、強く互いを求め合う。
深く繋がり合い、舌を絡め、濃厚なキスをした。
「っ……」
「ぁ……」
長いキスの後、俺たちは惜しむように唇を離した。
「ここまで……だね」
「ああ」
そろそろ寮を出ないと遅刻してしまう。
多分だが……扉の向こうにはニアが待機している違いない。
「……エクス……行く前にお願いがあるの」
「うん?」
「円卓剣技祭が終わって……お父様にボクたちの関係を認めてもらったら――その時はボクはキミと結ばれたい」
ドキッ――と、鼓動が跳ねた。
「フィー……」
大切な女の子に、ここまで言わせてしまった。
「ボクを……キミのものにして」
彼女の碧い瞳が、不安そうに揺れていた。
確かな繋がりを欲しがっているのがわかる。
だからこそ、
「約束する。
必ずフィーを俺のものにする」
俺の返事は決まっていた。
「本当は今直ぐにだって、フィーがほしい」
「エクス……」
「誰でもない。
フィーだからほしいんだ。
信じてくれるよな」
「……うん!」
そして、もう一度だけ俺たちはキスをした。
互いの想いを確かめるように。
※
部屋を出ると、案の定だがニアは扉の前で待機していた。
「ニアも今回は一緒に行くんだよね?」
「勿論でございます。
わたくしは、フィリス様のメイドですから」
当然のようにニアが答えた。
だが、彼女の務めを考えれば当然のことだろう。
そして、俺たちは寮を出た。
※
正門前に到着すると、数十台の馬車が並んでいるのが見えた。
王都まではこれで移動するのだろう。
「みなさ~ん、忘れ物はありませんね」
集まった生徒たちにケイナ先生が呼びかけた。
だがそれは、貴族生徒たちの姦しい声に掻き消されてしまう。
「王都に着いたら……なにをしましょうか?」
「わたしは買い物に行きたいですわ」
「品揃えは絶対豊富よね。
こっちでは手に入らない物も多そう」
周囲はこんな感じの、姦しい声に包まれている。
まるで今から遠足にいくような雰囲気だった。
「……みんな楽しそうだな」
「貴族生徒たちにとっては、王都までの小旅行だからね」
「フィリス様の言う通りですわ~。
それに円卓剣技祭は、多くの生徒にとって物見遊山ですもの。
一部、試合に出る騎士生徒のみ……ナーバスになっていそうですけどね」
背後から声を掛けられ、俺たちは振り向く。
そこにはセレスティアとガウルが立っていた。
確かに一部の騎士生徒の中で、顔色が優れない者もいるようだ。
「生徒を代表して円卓剣技祭に出るというのに、情けない話です」
ガウルは相変わらず自信満々だ。
円卓の騎士と試合になったとしても、敗北するなど微塵も思っていないのだろう。
「あなたはもう少し、緊張感を持ってもいいと思いますわ~」
「その忠言、ありがたく受け取らせていただきます」
仰々しく礼をするガウル。
態度は礼儀正しいが、全く自重する気はないようだ。
そんな自分の専属騎士を見て、セレスティアは苦笑した。
まぁ、どんな時でも自信家なのが、この男の利点だろう。
「では皆さん、正門を開きますよ。
貴族生徒は、専属騎士と共に馬車に乗ってください。 それぞれ4人乗りになっています」
ケイナ先生の言葉と共に学園の正門が開かれた。
馬車は貴族専用なのか、見るからに高級な感じだ。
4輪で馬が2頭並んでいる。
荷台部分は箱型になっており、まるで小さな部屋のようだった。
「フィー、俺たちはどうする?
ニアも入れると3人になるが……」
「ボクたちは――」
「――エクスくんは、私と同じ馬車よ」
ふにゅ――と柔らかな感触が背中に伝わる。
首を回すと微笑を浮かべるニースの顔が見えた。
「に、ニース」
「おはよう、エクスくん」
「フィリス様、エクス殿、おはようございます」
ニースの挨拶に続けて、リンが会釈をした。
「さぁ、行きましょうエクスくん」
言って、ニースが俺の背中を押した。
「なにを勝手に話を進めてるんだよ!
エクスはボクと同じ馬車に乗るの!」
「4人乗りなのだから、構わないでしょ?」
「そ、それは……」
フィーが口ごもった。
正当な理由が見つからないのだろう。
「で、でも……ニアも含めたら5人になっちゃうでしょ!」
「某は、お嬢様方の護衛を兼ねて御者台に乗らせていただくつもりです。
そのほうが周囲の様子を窺えますので。
お嬢様方のいる客室はエクス殿がいれば万全かと」
リン先輩の言うことは最もだろう。
各馬車に専属騎士が二人いるのだから、中と外で分かれて護衛した方が万全だ。
「だ、だとしても……!
会長とは一緒には乗らないから!」
「それはただの感情論ではないかしら?
馬車の台数に余裕があるわけではないのだから、フィリス様の我儘を聞くわけにはいかないわ」
「むぅ……」
唇をキュッとするフィーに対して、ニースは勝ち誇るような笑みを浮かべる。
「さぁ、エクスくん、一緒に――」
ニースが俺の手を引いた時だった。
――ダダダ! ダダダ! ダダダ!
馬が駆ける音が聞こえたかと思うと、異彩を放つほどの豪華な馬車が正門前に止まった。
その馬車の客室には、盾の形をした紋章が刻まれている。
「ふぃ、フィリス様、あれは……」
「うん。
フィナーリア家の……皇族の紋章だ」
そして御社台から一人の男が下りた。
「遅れて申し訳ありません。
フィリス様をお迎えに上がりました」
「ボクを……?」
騎士の言葉にフィーは戸惑いを覚えたようだ。
「お、お待ちください。
わたくしは、そのような連絡は受けておりませんが……?」
ニアは話しながら、教員たちに顔を向けた。
学園長やケイナ先生が、うんうんと頷く。
「こちらをご確認ください。
わたしは、フィリス様を王都まで送り届けよという命を受けています」
騎士はニアに手紙を渡した。
「っ……この筆跡は確かに陛下のものですね」
「じゃあ、本当にお父様が?」
「あの……何を戸惑っておられるのかわかりませんが、フィリス様を安全に王都に送り届けたい。
皇帝陛下のそんな心遣いではないでしょうか?」
詳しい事情を知らぬ一般騎士からすれば、そう感じて当然だろう。
だが、表向き深い関係を断っているはずの皇帝が、フィーをこんな特別扱いするだろうか?
それとも皇族として最低限の扱いをしただけなのか……?
「なら、その好意は受け取らないとだよね」
フィーは小さな笑みを浮かべた。
父親が自分を気にしてくれたことが嬉しかったのだろう。
「というわけだから、ニース会長。
ボクとエクスはこっちの馬車で向かうよ」
「……皇族専用の馬車に乗せてほしい……というのは、流石に不敬かしらね」
残念そうではあったが……流石のニースも今回は引き下がるようだ。
「フィリス様、申し訳ありません。
ニース様とリンさんも一緒に乗せてはいただけないでしょうか?」
「え!?
に、ニア……なにを言ってるの!?」
「お願いします」
想定外の申し出にフィーは目を丸めた。
しかしニアは真剣な表情でフィーを見つめる。
その眼差しには、フィーだけではなくニースやリン……もちろん俺も違和感を覚えた。
何か伝えたいことがあるのだろうか?
「……わかったよ。
ニアがそう言うなら……」
それを察して、フィーは渋々とニアの言葉に従った。
こうして俺たち5人は、皇族専用の馬車に乗り、王都キャメロットに向かうことになった。
更新お待たせしてすみません。
仕事も落ち着いてきた為、ペースアップしていければと思っています。




