第55話 特別訓練!
20180327 更新1回目
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午後の授業が終わり、放課後になった。
「エクス、帰ろう」
「エクスくん、今日は生徒会の仕事に付き合ってくれないかしら?」
ケイナ先生が教室を出た途端、フィーとニースから同時に声を掛けられる。
「皇女であるフィリス様が、困っている私を放ってはおかないわよね?」
「本当に手助けが必要ならね……」
睨み合いを始める二人を生徒たちは微笑ましそうに見守る。
クラスメイトたちからは、仲の良い皇女と生徒会長と認識をされているようだ。
「……見目麗しいお二人がお話している姿は、本当に絵になりますね」
「ええ。
わたくし、思わず目を奪われてしまいます」
貴族生徒の中には、憧憬を口にする生徒もいるが、渦中のお嬢様たちは気付いていない。
「とにかく、エクスはボクと部屋に帰るから」
「いいえ、今日は私に付き合ってもらうわ。
生徒会長命令よ!」
俺がどちらに付き合うかで揉めているようだが、実は俺は今日やりたいことがあった。
円卓剣技祭への出場が決まった以上……のんびりしている余裕はない。
だからこそ、俺はある頼みを二人に切り出すことにした。
「……フィー、ニース……今日は俺からお願いがあるんだ」
「え!? エクスのお願い?」
「あら、何かしら?」
二人が期待に満ちた眼差しを向ける。
「ボクに出来ることなら、なんだって言ってね」
「私もどんなお願いをされても構わないわ」
そこまで言ってくれるのは本当にありがたい。
なら、遠慮なくお願いしてみよう。
「円卓剣技祭に向けて『特別訓練』がしたい」
「訓練……って、どういうこと?」
「一体、何をするのかしら……?」
キラキラした期待の眼差しが打って変わって、二人の貴族生徒はきょとんとしてしまう。
「……エクス殿、その『特別訓練』は『戦闘』に関連した事ではないのですね?」
戸惑いつつ、口を開いたのはリンだった。
「ああ。
俺が円卓の騎士に勝てば、皇帝と謁見できるかもしれないんだろ?
なら、その時の為に敬語と立ち振る舞いを教えてほしいんだ!」
仮にフィーの父親と会えなかったとしても、皇女の専属騎士として円卓剣技祭に出る以上、恥ずかしい振る舞いは出来ない。
だからこそ、最低限の礼儀作法を身に付けたかった。
「……エクス……もしかして、ボクの為に?」
「フィーの為だけじゃない。
これは俺自身の為でもある。
二人の関係を皇帝に認めてもらう為に、出来ることは全てやっておきたい」
「……そんな風に考えてくれてるなんて、ボク嬉し――あうっ!?」
フィーが俺を抱きしめようとした瞬間、俊敏な動きでニースが割って入った。
「二人の関係を皇帝陛下に認めてもらう……というのは、少し気になる部分だったけれど……あなたのお願いなら聞き入れるわ」
「か、会長は生徒会の仕事があるって言ってたよね?
エクスのことはボクに任せてくれたらいいよ」
「仕事なんて、エクスくんと一緒にいる為の方便に決まってるでしょ」
「やっぱり嘘だったんじゃないか!」
再びバトルが勃発しかけたが、ニースの意識はフィーから俺に向いた。
「エクスくん、王都に行ったら私の大婆様にも会ってほしいのだけれど?」
ニースの大婆様――宮廷魔法師マリン・テンプル。
人間界で勇者のことを知る数少ない存在であり――俺とニースの子供が世界を救うなどと言った張本人だ。
聞きたいこともあるし、会わない理由はないだろう。
「もし会えるなら、色々と話を聞かせてほしい」
「ええ……。
私も……大婆様に会って確かめたいことがあったし、一緒に会いに行きましょう」
「そ、その時はボクも一緒に付いて行くからね!」
心配するような面持ちのフィー。
「ええ、構わないわ」
「……え? い、いいの?」
フィーは意外そうに目をパチパチさせた。
きっとニースに拒否されると思っていたのだろう。
こんなにもあっさり承諾されて驚いているようでだ。
「でも、大婆様に会ったらフィリス様は泣いてしまうんじゃないかしら?
だって私とエクスくんが結ばれる運命だという事実を、大婆様からも聞くことになるんだから」
「な、泣かないよ!
そもそもボクは、そんなの信じてないから!」
「そう。
ならいいけれど……大婆様は私ほど優しくはないから、覚悟しておいたほうがいいわよ?」
そんなことを言って、ニースは困ったように微笑んだ。
今の顔は少しだけフィーに対する優しさ……のようなものが見えた気がした。
「リン……あなたも手伝ってもらえるかしら?
敬語はともかく、立ち振る舞いは同じ騎士からも学ぶべきだと思うの」
「かしこまりました。
某が役立てるのであれば」
「リン先輩、大丈夫か?
円卓剣技祭まであと1ヵ月しかないんだ。
自分の訓練をしてくれてもいいんだぞ?」
「いえ……エクス殿には試験前に訓練を手伝っていただいた恩義があります。
それに……盗賊団を討伐した際の恩も、返し終えておりませんので……」
なんて義理堅い先輩だ。
今はその好意に甘えさせてもらおう。
「このお礼に、また先輩たちの訓練を手伝うからな」
「それはありがたいです。
エクス殿との手合わせは、100の実戦に勝る価値があります」
リンは嬉しそうに微笑んだ。
ただの戦闘訓練に大袈裟だと思うが、先輩の役に立てるよう協力させてもらおう。
「リンの参加も決まったところで、場所を移しましょうか?」
「そうだね。
礼儀作法の授業をするなら、なるべく広くて落ち着いて話せる場所がいいと思うんだけど……そうだ!
寮のコミュニケーションルームはどうかな?」
「そうね。
いいんじゃないかしら」
二人のお嬢様が会話を進める中で、聞きなれない言葉が飛び出した。
「それじゃあ、行こうエクス」
「行きましょう、エクスくん」
二人に手を引かれて、俺たちはコミュニケーションルームに向かうことになった。
※
コミュニケーションルームは、寮にある共同スペースの一つだ。
寮内の貴族生徒が談笑を楽しんだり、御茶を飲んだり、自由に使用することができるそうだ。
「いい、エクスくん。
人は声に出すことで、学習効果を高めることができるの
礼儀正しい言葉遣いを学びたいなら、日常的に敬語で話すのが最も効果的よ」
「だが、それは敬語を覚えてからの話だろ?」
俺たちは部屋の椅子に座って話していた。
「ええ、その通りよ。
だからまずは敬語を覚える為に、私の言ったことを復唱してほしいわ」
「わかった」
まずはニースの主導で、敬語を教えてもらうことになった。
こうして話を聞いてると、先生から勉強を教えてもらっているような気分だ。
「では……『ニースお嬢様、私はあなたを愛しています。』
はい、どうぞ」
「ニースお嬢様――」
って、あれ? これ、なんだかおかしくないか?
「ちょっと会長!
今のは明らかにおかしいよ!」
「どこがおかしいと言うの?
ちゃんと敬語だったでしょ?
ちなみに普段のエクスくんの口調で言うと『ニース、俺はお前を愛してる。』となるわ」
「そんな冷静な解説求めてないから!」
真面目に授業を受けていたつもりが、やはり問題発言だったらしい。
「あまりふざけるなら、エクスへの授業はボクだけでするからね」
「あなたに任せたら、性的な授業を開始しそうだわ」
「そ、そんなことしないよ!」
「お、お二人とも落ち着いてください。
今日はエクス殿が学ぶ為の時間のはずです。
争っていては、時間が勿体ないとは思いませんか?」
騒ぎが大きくなる前に、リンのフォローが入った。
「……そ、それはその通りね。
エクスくんの為に、円卓剣技祭が始まる前には敬語も立ち振る舞いも完璧にマスターさせてあげたいわ。あの場には皇族だけではなく、有力貴族も集まるものね」
「……あの人たちは権力と財産、見た目と物言いでしか相手を判断しないから……悪い印象を持たれない為には、一定水準以上の礼儀作法は必要になってくるよね。
敵意を持たれると面倒な相手が多いし……エクスの為に、効率良く集中して学べるような環境を、ボクたちが作ってあげないと……」
リンに諭されたことで、徐々にお嬢様二人は冷静さを取り戻していく。
「……フィリス様、この授業の間は休戦よ」
「うん。エクスの為に今は協力しよう」
二人は真剣な顔で握手を交わし、礼儀を学ぶ為の授業が始まった。
※
あれから3週間が経過し、円卓剣技祭の開催が近付いていた。
「いかがでしょうか、フィリス様?
わたしの敬語に、問題はありませんでしたか?」
俺たちは今、寮のコミュニケーションルームにいた。
これまでの訓練の成果を見てもらう為に、今日はフィー、ニース、リンだけではなく、セレスティアとミーナ、ガウルにティルクも呼んでいる。
「うん! 今のエクスなら、いつお父様と謁見しても大丈夫だと思う」
「ありがとうございます」
胸の前に手を置き一礼し、俺は感謝の意を示す。
訓練を重ねてきたこともあり、『人間界の礼儀』というものが随分と身に付いてきていた。
「ボクに感謝することなんてないよ。
エクス、すごくがんばってたから……これは全部、キミが努力した結果だよ」
「いえ……これもフィリス様を始め、協力してくださった皆様のお陰です。
フィリス様の専属騎士として、恥ずかしくない騎士になりたかったのです」
「……キミにそんなこと言われたら……ボク、胸がキュンってなっちゃう」
「フィー……」
「ありのままのエクスがボクは一番好きだけど、今のキミも紳士的でとても素敵だよ」
皇女から、熱っぽい眼差しを向けられた。
気付くと俺たちは、互いを抱きしめる為に、自然と手を伸ばし合っていた。
「はい、ダメ!
エクスくん、今あなたはフィリス様をフィーと呼んだわよ?」
「はっ!?」
ニースに言われて気付いた。
無意識に素の自分が出てしまっていたのだ。
「ゆ、油断してしまった……」
「ご、ごめん、ボクが余計なこと言ったから……」
「それは違うぞ。
今のは俺が未熟なだけだ。
フィーが悪いわけじゃない」
互いに庇い合い、見つめ合う俺たちを見て、ニースが間に割って入ってきた。
「……フィリス様、真面目やると約束したわよね?」
「い、今の仕方ないでしょ? ワザとじゃないんだから……」
「無意識でそうなるのが一番の問題よ。
でも……本当にすごいわ、エクスくん。
たった3週間で、良くここまで成長出来たわね。
今のあなたなら、貴族の社交界に出しても恥をかくことはないと思うわ」
ニースのお墨付きをもらった。
これは自信になるな。
続けて俺は、セレスティアとミーナに顔を向けた。
「……これほど短い期間で、一流の騎士としての振る舞いをマスターしてしまうなんて流石ですわ」
「あたしはそこまで礼儀作法を気にする方じゃないから、参考にならないかもだけど、バッチリだったと思うよ」
二人のお嬢様の目から見ても大きな問題なかったようだ。
「……以前に比べれば随分とマシになったな」
続けてガウルが感想を口にする。
「そうか?
もっとボロボロに言われると思っていたが……」
「ふんっ……マシになったという程度だからな。
あまり調子に乗るんじゃないぞ」
どうやら、ガウルが思っていたよりも悪くなかったようだ。
「師匠は凄いです!
戦闘能力に関しては超一流の騎士を超えていましたが、今は騎士としての礼儀作法すらも超一流です。
私は見惚れてしまいました!」
感心したように声を上げ、ティルクはバタバタと俺に近付いてきた。
そして、興奮した様子で、顔をグッ! と近付けてくる。
その瞳はキラキラと輝いていた。
「女騎士くん、近いよ。
キミはなんでいつもそう、エクスに接近するのかな?」
「エクスくんとキスでもしたいのかしら?」
「ふぇ!? あ、し、失礼しま――あっ!?」
二人のお姫様の言葉で、俺と自分の距離感を理解したのだろう。
ティルクは慌てて後方に下がったせいで、転びそうになっていた。
そうなる前に、俺は女騎士の身体に手を伸ばし引き寄せる。
「気を付けろよ、ティルク。
直ぐに慌てるのは悪い癖だぞ」
「ぁ……しゅ、しゅみません……」
すると、今にも火が出そうなくらい、ティルクは赤くなっていた。
「大丈夫か?」
「は、はい……師匠、ありがとうございます」
ぽ~っと、頬に熱を帯びた顔で、ティルクは俺を見つめている。
「会長、あの女騎士くん……どう思う?」
「あれはかなり危険ね……憧れが好意に変わる典型的なパターンじゃないかしら?」
「――お、お嬢様方、それは誤解です!」
ぼんやりしていたティルクが、意識を取り戻したように大急ぎで声を上げた。
「エクス……女騎士くんを貴族生徒だと思って話しかけてみて」
「これも訓練の一環よ。
真剣にやってみてほしいわ」
良くわからないが……俺はティルクに顔を向けて口を開いた。
「……ティルクお嬢様、お怪我はありませんか?」
「え……あ……は、はい」
ビクッ!? と、明らかな動揺を見せるティルク。
「安心しました。
あまり無茶をなさいませんように……万が一にもお嬢様に何かあれば考えるだけで、私は心配でなりません」
「し、師匠……!? そ、それほど私のことを心配してくださるのですか!?」
「勿論です。
私はお嬢様をお守りする騎士なのですから」
「で、でも……わ、私は……き、騎士なので、ま、守ってもらう立場では……」
「何と言われようと、私はお嬢様をお守りします」
「はうっ!?」
今の一言で、ティルクは崩れ落ちた。
俺は直ぐに彼女の身体を支えたのだが、全身の力が抜けてしまったかのように、ぐで~んとしている。
「エクス、もう大丈夫。
今のでよくわかったよ」
「そ、そうか?」
何がわかったのだろうか?
そんなことを考えつつも、俺はティルクに声を掛けた。
「……おい、ティルク……正気に戻れ」
「あぅ……し、師匠が、私を……いや、ダメだ、私は騎士なのだから……」
まだ意識が朦朧としているのか、女騎士は意味がわからない呟きをしている。
「フィリス様、これは黒よ」
「……はぁ、前からそうじゃないかと思ってたけど……」
フィーとニースは何かを確信した様子だった。
「フィリス様、ニース会長……実は他の貴族生徒たちの間でも、エクスくんのことが噂になってましたわ。
紳士的な振る舞いと優しい笑顔が素敵……だと、彼の魅力に気付く生徒が多いようです」
「全学年の騎士生徒人気投票をしたんだけど、直近だとエクスくんが1位だったよ」
「なっ!? そんなものがあるのですか!?
み、ミーナ様、ちなみにボクは!?」
「ガウルくんは確か……30位くらいだったと思うよ。
結構上位だった。
見た目はカッコいいけど、性格がナルシストで気持ち悪いって意見が多かったね」
「気持ち悪……」
ミーナの発言にショックを受けたのか、グラッと倒れそうになるもガウルは堪えた。
「……エクス。
学園内にいる時はありのままのキミでいてほしい。
礼儀正しい振る舞いは、この学園の貴族生徒相手には危険だよ!」
「き、危険なのか!?」
フィーが何を言っているのか、俺には良くわからなった。
「それがいいわね。
みっちりと授業したことに後悔はないけれど、禁止したほうが良さそうね」
ニースまで賛同する。
俺には何が危険なのか全くわからない。
「だが……いいのか?
礼儀作法というのは、普段から気を付けているからこそ意味があるんだろ?」
「大丈夫!
訓練にはボクがいつでも付き合うから」
「フィリス様ではなく、私を頼ってくれていいわ」
「そ、そうか……」
なんだか押し切られしまったが……フィーたちに協力してもらいながらの、特訓の日々は続いていくのだった。
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