第54話 試験の結果発表!
20180324 更新1回目
※
「エクス……そろそろ学園に行かないとだよ」
少しゆっくりしすぎてしまったようだ。
いい加減、寮を出ないと遅刻してしまうが……。
「もう少しだけ二人でいたいな」
「今日はどうしちゃったの?
いつもなら、そういうワガママを言うのはボクの方なのに?」
「……イヤか?」
「ううん、そんなことないよ。
キミが甘えてくれるのなんて初めてだから嬉しい」
フィーが俺を優しく抱きしめてくれる。
甘えるなんて恥ずかしいことだって思ってたけど……好きな子と一緒に過ごす時間は、これ以上ないほど幸せだ。
「ねぇ、エクス。
ボクもキミに甘えてもいい?」
「もちろんだ。
そうしてくれた方が嬉しい」
「ほんと? ならボク……キミに頭を撫でてもらいたいなぁ」
甘えるような上目遣い。
皇女としての凛々しい姿とは別の、俺と二人切りの時だけ見せてくれる素顔が可愛くて、俺は言われるままに、彼女の薄紅色の髪を撫でる。
「ぁ……」
気持ちよさそうにフィーは目を細めた。
そのちょっとした表情の変化を見られるだけで、胸の中が温かい気持ちでいっぱいになる。
「これからも俺は、もっともっとフィーのことを知りたい」
「ボクも同じ気持ちだよ。
新しいキミを知る度に嬉しくなる。
どんどん惹かれていく。
怖いくらい……エクスを好きになっちゃう」
言ってフィーが、堪え切れなくなったみたいに俺の胸の中に飛び込んでくる。
「ずっとずっと……一緒だよ、エクス」
「ああ、ずっと一緒だ」
腕の中にいる大切な女の子をギュッと抱き締めた。
その時だった。
「に、ニース様、い、今はいけません……!」
「さっきずっと出て来ないじゃない? まだ眠っているんじゃないの?
そろそろ起こさないと遅刻よ」
部屋の外から声が聞こえてきた。
「で、ですが……」
「いいから鍵を貸しなさい。
入るわよ、フィリス様」
――コンコン。と、素早いノックの後、扉が開いた。
抱き締め合う俺たちを見て、ニースの目がカッと見開かれる。
「っ……そう……中々出て来ないから何をしているのかと思えば……朝からイチャイチャラブラブしていたというわけ……」
バタバタと部屋に踏み込み、ニースは俺たち向かってくる。
「と、突然入ってこないでよ!」
「試験が終わって、性欲も解放というわけ。
昨夜はさぞお楽しみだったのでしょうね!
想像するだけで羨ましくて、流石に少し嫉妬してしまうわ。
――だから、私も混ぜなさい!!」
そして俺たちに向かって飛び掛かって来た。
――むにゅ。
「んぐっ!?」
ベッドに押し倒され、俺の顔は柔らかな感触に包まれる。
「ちょ!? 会長! そ、その脂肪の塊をどかすんだ!
エクスが苦しんでるだろ!」
「あら? 知らないのフィリス様?
男の子は大きな胸が大好きなのよ?」
「や、やっぱりそうなの!? エクス!?」
「そ、それは誤解――うおっ!?」
俺が口を開くと、再びニースに襲われる。
柔らかいが同時に苦しい。
「み、皆さま、今日はもう本当に時間が……」
この後もバタバタがあったものの、俺たちは遅刻することなく教室に到着した。
※
始業を告げる鐘が鳴り、ホームルームが始まった。
ケイナ先生が貴族生徒たちに、試験結果の書かれた紙を渡していく。
「全員、名前は呼ばれましたね~?
今年の1年生はとても優秀で試験の平均もかなり高かったですよ~。
ちなみに、1年生の総合1位はフィリス様でした」
その結果に、お嬢様方から大きな感心が寄せられる。
「流石はフィリス様ですわ」
「皇族は優秀な方が多いと聞きますが、本当にその通りですのね」
「お美しく勉学も優秀で、わたくし同級生ながら憧れてしまいます……」
注目の的になったフィーだが、本人は至って平然としていた。
その凛とした佇まいに、貴族生徒だけではなく専属騎士たちすらも憧憬の眼差しを向ける。
(……フィーってやっぱり人気があるんだな)
凛として気品があり、容姿も非常に整っている。
さらに皇族のお姫様ともなれば……憧れを持つ生徒がいてもおかしくはないか。
「見て、エクス。
ボクがんばったよ」
俺に肩を寄せ嬉しそうな笑みを浮かべる。
そして、試験結果の書かれた紙を見せてくれた。
(……おお!)
フィーは学年総合1位の成績だった。
全6科目中、1科目で1位。
残り5科目も全て5位内と、どれも優秀な成績を収めている。
「フィーは凄いな!
これは何かお祝いをしないと……ご褒美は何がいい?」
「ご褒美……?
う〜ん? 突然言われると悩んじゃうけど、ボク、部屋に帰ったらまた……キミに頭を撫でてもらいたい」
「そんなことでいいのか?
もっと他の望みだっていいんだぞ?
何か欲しい物はないのか?」
「キミからは、もういっぱい幸せな気持ちを貰ってるから、それで充分過ぎるくらいなんだ。
ボクにとっては、キミが傍にいてくれることが一番のプレゼントみたいなものだから」
「フィー……」
心が満たされていく。
幸せな気持ちが溢れて止まらなくなってしまう。
きっとフィーはこれ以上、多くは望まないだろう。
だからこそ、喜んでもらえるようプレゼントをしたい。
「は~い、皆さん。
静かにしてください。
まだ発表がありますよ。
……学年は違いますが、何故かうちのクラスにいるニースさん。
彼女は3年生の総合1位で、さらに全科目1位でした」
フィーの時と同様に、生徒たち歓声が上がった。
「噂に聞いた話ですけど、ニース先輩は1年の頃から1度もトップの座を渡していないそうよ」
「学園の歴史で、一番の才女なんて言われていますし、本当に天才っていますのね」
流石は学園の生徒会長。
涼しい顔をしているがとんでもない結果を叩き出していた。
「エクスくん、私も最高の結果を出したわ。
頑張って結果を出したのだから、ご褒美が欲しいの。
一つだけお願いを聞いてくれないかしら?」
全科目1位というのは本当に凄いことだ。
この結果に関して純粋に褒めてあげたいと思えるし、俺に出来る事ならしてあげたい。
が、願い事を確認もせずに安請け合いは出来ない。
「……変なお願いじゃないだろうな?」
訝しみながら聞いた。
「もちろんよ!」
「なら言ってみてくれ」
ニースは艶やかな微笑を浮かべた後、俺の耳元に唇を近付けた。
「私に……エッチなことをしてほしいわ」
「っ……」
甘い声と共に熱い息が耳にかかる。
「お、お前な……」
「あら? もしかして照れているのかしら?」
事前に確認を取った意味がなかった。
ニースの基準では、これは変なお願いに含まれないらしい。
「……エクス、会長に変なこと言われたの?」
困惑している俺にフィーが聞いた。
そして、むっとした表情をニースに向ける……が、この手強い生徒会長はそれくらいでは怯まなかった。
「気になるのなら教えてあげる。
一応、マイルドな言葉で伝えると……セックスをしてほしいと頼んだのよ」
「それ、全然マイルドじゃないよ!
エクス、会長は獣だ!? 身の危険を感じたら直ぐにボクに言うんだよ!」
フィーが俺を抱きしめる。
どうやら、ニースから守ろうとしてくれているようだ。
「に、ニースお嬢様、フィリス様、あまり白熱なさいませんように」
騒ぎが大きくなってきたことで、リンが口を挟んできた。
試験の結果発表で、室内全体が騒がしく悪目立ちしているわけではないが、このままバトルが続くのはマズいと感じたようだ。
「は~い。
続けて騎士生徒の結果発表ですよ~」
その言葉で、再びケイナ先生に注目が集まった。
フィーとニースも睨み合いを止めて、俺に顔を向ける。
「きっと、エクスが一番だよね」
「学園中で大騒ぎだったものね。
皇女様の専属騎士が、全ての種目で歴代1位を取ったって、号外が撒かれていたわよ」
「号外?」
「ええ。
午前の試験が終わってから、昼食も取らずにずっと新聞を書いていたそうよ。
あの子、午後の試験も顔を出していなかったわ」
サボッたのか……。
新聞娘の情熱はわかるが、落第とかしないだろうな?
気になってミーナの方に目を向けると、彼女は直ぐに俺の視線に気づいた。
そして、何故か親指を立てて俺にウィンクしてきた。
(……なんだ?)
試験をサボったことへの後悔はないようだが、何を伝えたいのかはわからなかった。
勝手な推測だが、ネタの提供ありがとうとでも言っているのかもしれない。
「んしょ、んしょ……は~い。
これが今回の騎士生徒の試験結果です!
能力測定と実技試験の結果にもとづき序列を決定していますよ~」
ケイナ先生が苦戦しながら、大きな紙を黒板に張った。
その紙には、騎士生徒の序列が書かれている。
貴族生徒と違い、まとめて順位が発表されるようだ。
「エクスの順位は……あ、やっぱり序列1位だよ!
流石はボクのエクス!」
「そうね。
流石は私の勇者様だわ」
二人のお嬢様は、まるで自分のことのように喜んでくれた。
「ありがとう、フィー。
それにニースも」
正式な発表があった以上、これで円卓剣技祭の出場は確定だろう。
「ば、馬鹿なっ!? ボクが5位!?
3位以内は確定だと思っていたのに?!」
「5位でも素晴らしい結果です。
ガウル、よく頑張りましたね」
「セレスティア様!? ありがとうございます!」
自分の順位に不服そうだったガウルだが、主の一言でご機嫌になり、満足そうに表情を緩ませていた。
「リンは序列2位ね」
「ニースお嬢様の専属騎士として恥じぬよう、序列1位を目指し奮闘しましたが……エクス殿には到底届きませんでした。
しかし、全力を出した結果なので後悔はありません」
「序列2位だって大したものだわ。
あなたが私の専属騎士を務めてくれていること、私は誇りに思うわ。
普段は照れてしまうから言わないけれど、リンにはこれでも感謝しているのよ。
だから、これからもよろしく頼むね」
「ありがたきお言葉……幸甚の極みです。
胸に刻ませていただきます」
忠儀に厚い女剣士は、主に深々と礼をした。
ニースの言葉には、貴族生徒と専属騎士以上の想いが含まれている気がした。
以前、昔からの付き合いだと言っていたし、友人に向けた言葉だったのかもしれない。
「これでエクスは、円卓剣技祭の出場確定だね!」
「だな。今から楽しみだ」
同時に少し怖い。
皇帝陛下……フィーのお父さんへの謁見が叶ったとして、どう俺たちの関係を認めて貰えばいいのか。
(……まずは円卓剣技祭での活躍は絶対条件だよな)
それと言葉遣い、服装、多くのマナーを学ぶ必要がある。
俺はフィーの専属騎士として、恥ずかしくない自分になりたいから。 まずはしっかりとした言葉遣いから覚えよう……と、俺は新たな目標を決めたのだった。
※
そして昼休み――俺たちはミーナを除いた、いつものメンバーで食堂に来ていた。
彼女は新聞作りが忙しくて、昼食どころではないらしい。
二つ名がどうこう言っていたので、次のネタでも手に入ったのだろう。
「ニア、今日はご馳走をお願い!
エクスが序列1位で円卓剣技祭の出場を決めた記念日だからね!」
「それを言うなら、フィーが試験で1番を取った記念だ」
「ボクのことなんて二の次でいいんだよ。
今はエクスのことをお祝いしたい」
「気持ちは嬉しいが、俺はフィーのことをお祝いしたい。
俺自身のことなんて、それこそどうでもいい」
「エクス……」
見つめ合う俺たち。
お互いを大切にする想いが伝わってきて、愛おしい気持ちが溢れてきた。
「私の前でそんなに甘い雰囲気を出すなんて、フィリス様はいい度胸ね。
この後は抱き締め合いキスをして、そのままイヤらしいことでもするつもり?」
だが、ニースの声が聞こえて俺たちは意識を引き戻された。
「い、イヤらしいことなんてしないから!」
「あら? でもエクスくんが求めてきたら? 拒絶できるかしら?」
「うっ……で、出来ない……かも」
皇女様は自信がなさそうに、ちらっと俺に目を向けた。
「……やっぱりダメ。
ボク、エクスにならなんでも許しちゃう」
キュン――あまりにもフィーが可愛くて、胸が締め付けられる。
なんとか自制心が働いているが、二人の部屋だったら抱きしめていたかもしれない。
「でしょうね。私もエクスくん相手なら、寧ろ歓迎してしまうわ」
お前もかニース!?
そこは寧ろ拒否してほしい。
人間界の女の子は積極的過ぎないか!?
「……え、え~と……とりあえず、お食事をご用意させていただきますね。
フィリス様とエクスさんのお気持ちは理解いたしましたので、お二人へのお祝いとして、腕によりを掛けて最高のお料理を振る舞わせていただきます!」
言ってニアは部屋を出て行く。
どんな料理が食べられるのかとても楽しみだった。
「……エクス、貴様に言っておくことがある」
「ん?」
話し掛けて来たのはガウルだ。
「円卓剣技祭の出場を決めたとはいえ、あまり調子に乗るなよ。
円卓の騎士は、ユグドラシルで最強の騎士。
貴様では到底足元にも及ばぬ化物ばかりだ。
恥をかく前に、出場を辞退することも考慮しておくといい」
どうやらいつもの如く、俺を心配してくれているらしい。
「なんで序列5位キミが、序列1位のエクスに上から目線なの?
後、ボクの専属騎士への侮辱は、ボク自身に対する侮辱と同じだからね」
「一体、何様のつもりなのかしら?
もしエクスくんが勝てないなら、あなたなんて瞬殺されて終わりよ」
「フィリス様、ニース会長……うちの序列5位が生意気で、本当に申し訳ありませんわ~」
セレスティアからも擁護の言葉をもらえず、ガウルは力なく椅子に座り項垂れた。
「お、俺は気にしていないから、あまりガウルを責めないでやってくれ」
「……エクスは優しいね。
でもボクは、キミに意地悪を言うような人には優しくなれないよ……」
「好きな人を馬鹿にされるのは面白くないわ。
でも、馬鹿にされたことを気にもしないのは、男としての器が大きい証拠ね。
そんなところも素敵だわ、エクスくん」
「ガウルもエクスさんくらい余裕があればいいんですけどね~」
せめてセレスティアくらいは、ガウルに救いの手を伸ばしてやってもいいのではないだろうかと思うが、彼女はドSだからなぁ……。
ガウルの反応を見て楽しんでいるようだった。
まぁ……これも仲がいい証拠だろう。
「……し、しかし、ガウルも1年にして序列5位というのは大したものです。
某は1年時、序列8位でしたから……」
リンだけはガウルをフォローした。
面倒見の良い先輩は、白い塵になり掛けた後輩を放っておけなかったのかもしれない。
「ふっ、流石はリン先輩。
わかっていらっしゃる。
僕ほどの才能溢れる騎士は中々いないでしょう」
そのお陰もあり、真っ白に染まっていたガウルは、一瞬にして自信を取り戻していた。 この切り替えの早さは見習いたいくらいだ。
「エクス師匠、リン先輩、聞いてください!
皆さんには遠く及びませんが、私も序列が上がったのです!
今回の試験で500位から430位になりました」
ちなみに500位というのは、学園の騎士生徒で最下位を意味するそうだ。
今も決して高い順位ではないが、一気に70位も順位を上げたのは、ティルクにとっては大きな躍進だろう。
今のティルクはもう、学園最弱の騎士ではないのだ。
「これもエクス師匠とリン先輩が特訓に付き合ってくださったお陰です!」
試験が始まる少し前から、放課後はリンとティルクの訓練に付き合っていた。
そこまで大したことを教えたわけではないが、少しは役立ったのなら嬉しい。
「俺たちは関係ない。
ティルクが努力した結果だ」
「エクス殿の言う通りだ。
が、この結果に満足せず今後も精進するのだぞ」
「はい!」
憧憬する女剣士からの鼓舞に、元気よく返事をするティルク。
彼女の顔は希望に満ち溢れていた。
その顔を見ていると、この女騎士がどこまで成長できるのか楽しみになってくる。
(……俺も頑張らなくては)
ティルクを見てそんなことを考えていたところで――コンコン。とノックの音が聞こえ、扉が開く。
「皆さま、お待たせいたしました!
まずはオードブルをお持ちいたしました!」
早速、ニアが料理を持って来てくれた。
試験のお祝いということもあってか、次々に豪華な食事が並んでいく。
俺たちは万能のメイドが作ってくれた最高の料理を、昼休みが終わるまで楽しんだのだった。
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