第53話 試験翌日の朝
20180321 更新1回目
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試験の翌日。
『……にぃに』
『……先輩!』
微睡む意識の中、懐かしい声が聞こえた。
同時に思い出したのは、魔界時代にいた二人の姉妹のことだ。
『にぃに、起きて』
『先輩、起きてください』
無口だけど、本当は人一倍感情豊かな姉のアンナシア。
明朗快活で、負けず嫌いな妹のリリアス。
幼い頃からの付き合いで、俺にとっては二人とも妹みたいな存在だった。
『アンね、久しぶりに……にぃにとお話ししたい』
『リリーもです! だから先輩、早く起きてください』
夢にしては随分とリアリティがある。
本当に二人の声が聞こえているみたいだった。
『う~む……? 念話が届いていないのかの?
お~い、エクスよ。
わらわだぞ! 返事をするのだ』
「……ん?」
続けて、ルティスの声が聞こえた。
ぼんやりとしていた思考がゆっくりと呼び戻され、俺は目を開いた。
『わらわがこうして連絡しているのだぞ。
早く起きぬか!』
――夢じゃない!? やはり聞こえてる!?
「……る、ルティス……?」
俺は声の主を呼んでみた。
『おお! 目覚めたか! 久しぶりだな、エクス』
「……マジでルティスか!?」
って、しまった。
俺は慌てて口を押さえる。
まだフィーが眠っているから、あまり大きな声は出したくない。
『にぃに、アンもいる』
『せんぱ~い! ルティス様とアン姉だけじゃないですよ!
リリーだっているんですから』
感情の薄い声音と、感情たっぷりの猫撫で声が俺の耳に届いた。
「アンにリリーも、久しぶりだな」
アンナシアだからアン。
リリアスだからリリー。
それが二人の愛称だ。
「ん……にぃにも、元気そうで、よかった」
『いきなり人間界に行っちゃうなんて、びっくりしましたよ』
別れの挨拶も出来ないまま、いきなり人間界に送還だもんな。
「他の奴らも元気にしてるか?」
『みんな……寂しがってる……』
『先輩がいなくなってから、魔界は大騒ぎだったんですよ~。
それに、まさか先輩が人間だったんなんて……』
その件についてはルティスに言ってくれ。
俺だって、つい最近まで知らなったくらいだからな。
「う~ん……エクス……?」
気怠そうに、フィーがゆっくりと身体を起こし、眠そうに瞼の上を擦る。
「……すまないフィー。
起こしてしま――」
『先輩……今の声、女の子ですか?』
リリアスの声から感情が消えた。
さっきまでの感情豊かな声はどこにいってしまったのだろうか?
「嘘……先輩の隣に女? 先輩が悪い女に誘惑されたの?
リリーがいたら守ってあげたられたのに……』
小声で独り言を話すリリアス。
何やら激しく動揺しているようだな。
『にぃに……女の人といる?』
質問をしてきたアンの声音からも、微かに戸惑いが感じられる。
ルティスたちは、俺がフィーの専属騎士になっているなんて知らないもんな。
驚くのも無理ないか。
『あ、わらわはわかったぞ。
前に念話をした時にも一緒にいた子だろ?』
前……というのは、魔界玉の一件のことだろう。
「……この声って……もしかしてルティスさんですか?」
この念話は、どうやらフィーにも届いていたようだ。
「フィーは、ルティスの名前を憶えていたんだな」
「それは勿論だよ!
だって、エクスのお義母様なんでしょ?」
何故かベッドの上で正座して、姿勢を正すフィー。
俺とフィーしかいないのに、急にどうしたのだろうか?
『うむ。
わらわの名を覚えているとは殊勝なことだ。
お主、名はなんと言うのだ?』
「は、はい! フィリスと言います」
緊張しているのか、フィーの表情は硬い。
だが、それは仕方ないか。
仮に立場が逆になって……もし俺がフィーの両親と突然話すことなったら……考えただけでとても緊張してしまう。
『フィリスか。
お主の名前、覚えておこう。
改めてになるが、わらわはルティス。
さっきお主が口にしたが、そこにいるエクスの育ての親……というか、師匠のような存在だ。
で……なんでこんな早朝から、お主ら一緒にいるのだ?』
「え……あ、そ、それは……」
真っ赤になり、口籠るフィー。
だが、これに関しては正直に伝えればいいだけだろう。
俺は自分が専属騎士になり、フィーの警護をしていることを伝えようとしたのだが――。
『そうか……。やっと男になったのか、エクス』
「は? 何を言ってるんだ?」
『だから、朝までフィリスとしていたのだろ?』
「~~~~~~~!?」
魔王の発言に動揺したのか、フィーは声を失い真っ赤になった。
「違うわっ! なに言ってんだこのエロ魔王!!」
『ふふん、隠すな隠すな。
わらわはなんでもお見通しだ! 意外とそういうの鋭いのだぞ!」』
なら大外れだ。
いや、恋人同士ではあるのだが……まだそういったことはしていない。
常識的な範囲の清いお付き合いだ。
『……朝までって、どういう意味?』
『先輩……そんな……」
いや、だから誤解だからな。
ルティスの冗談を真に受けるんじゃない。
『戦いしか知らぬお主だったが、女を知るのもいい年頃だろう』
「何を知ったかぶってるんだ。
ルティス、そもそもお前は恋愛ド素人だろ!」
『は、はあああああ!?
ななななななに言ってるのだ! わらわ、超モテるし!
これでも恋愛プロフェッショナルなのだぞ!』
俺は知っていた。
ルティスには、男の気配なんて一切なかったことを。
『わらわは自分より強い男としか付き合わぬし、身体も許さぬ』
こんなことを言って、求婚に来た魔族たちを次から次にぶっ飛ばして追っ払ってしまうのだ。
お陰で付いた仇名が処女魔王。
ちなみに、この不名誉な事実をルティス自身は知らない。
「あ、あの……ルティスさん、本当にボクたち、まだそういうことは……」
『え? そうなの?』
『先輩! リリーは信じてました!』
いや、何を信じてるんだお前は……。
『でも、付き合っておるのだろ?』
「……はい。
ボクはエクスとお付き合いしています」
『――先輩の裏切り者!』
「にぃに、裏切りものなの?」
俺が何を裏切ったと!?
後、アンまで毒されないでくれよ。
『ふむ……あのエクスに、ついに恋人ができたか……』
「あの……ルティスさん! お願いします!
ボクたちの関係を認めてもらえないでしょうか!」
恐る恐る、フィーが自分の想いを伝えた。
だが、ルティスは軽かった。
『うむ、構わぬぞ』
「え? ぁ……あ――ありがとうございます!」
あまりの即答に、フィーは感謝しつつも激しく動揺していた。
『お主が誠実で優しい子というのは、話していてわかった。
何より、エクスが変な女に惚れるはずがない。
このわらわを見て育ってきているから、女を見る目は確かなはずだ』
そこが判断基準なのはどうかと思うが、
「フィーは本当にいい子だよ。
ルティスだって絶対に気に入ると思う」
『うむ。今から会うのが楽しみだ。
フィリスよ、もしエクスに泣かされでもしたら、直ぐにわらわに相談するのだぞ』
「もし泣くことがあるとしたら、きっと嬉し涙だけだと思います。
エクスはボクのこと、すごく大切にしてくれてるから……」
『ほほ~……大切に、か。
お主ら本当に仲良しなのだな。
二人の間にあった出来事を、もっと詳しく聞きたいのだが……』
さらに詳しく詮索しようとする魔王様。
だがこれ以上、突っ込んだ話を聞かれたくはない。
「もういいだろ! ルティス、さっさと要件を話せ!
まさかまた、魔界玉が飛んでくるとか言わないだろうな?」
『ああ、そうだったな。
魔王継承戦が終わって、魔界も随分と落ち着いてきてな』
「へぇ……誰が魔王になったんだ?」
『わらわだけど?』
まぁ……それが自然な流れだろう。
魔王候補の中でルティスに勝てそうな奴はいなかったからな。
『それでな、近いうちお前の様子を見に人間界に行こうと思っているのだ』
「へぇ……人間界に――って……はい!?」
「る、ルティスさんがいらっしゃるんですか!?」
俺とフィーは、思わず顔を見合わせた。
『アンも行く。にぃにに会いたいから』
『リリーも遊びに行きますよ!
そこにいらっしゃるフィリスさんにも是非、お会いしたいです!』
俺も久しぶりにみんなと会いたいが……リリーはさっきから、フィーに対して敵意がないか?
気のせいならいいのだが……。
『皆、お主に会いたいと言っていたぞ。
とくに、あの『戦闘馬鹿』はかなり寂しがっておってな……。
流石に全員は連れて行けぬが、近いうち必ず人間界に行くから、楽しみにしているといいぞ!
それと……』
「……?」
『もししたくなったら、ちゃんと避妊はするのだぞ』
「~~~~~~っ!?」
「フィーの前で、変なこと言うのはやめてくれ!」
『いや、冗談ではなく本当に大切なこ――』
「わかったからもう切れっ!」
『はぁ……二人ともまだ初心よなぁ。
まぁ、よい。
近いうちにな、二人とも』
『……にぃに、またね。
会った時、もっといっぱいお話しする』
『先輩、もう遅いかもしれませんけど、リリーはずっと前から――』
リリーが何かを言おうとしたところで念話が切れた。
一気に嵐が過ぎ去ったような感覚に襲われる。
「……はぁ……ごめんな、フィー。
朝から騒がしくなってしまった」
「ううん。
ルティスさんとちゃんと話せてよかった。
気になったのは、アンさんとリリーさんなんだけど……?」
「あの二人は、妹みたいなものかな。
前に通っていた学園の後輩だ」
「そっか……」
安堵し、フィーが小さく息を吐いた。
「エクスって……昔から女の子に人気があったの?」
「いや、全く。
傍にいた女の子はアンとリリーくらいだったな」
などと言っているが、彼は幼少時からもの凄くモテた。
魔族の本能的なものなのか、魔界は人間界以上に強い男がモテる。
だからこそ、女性同士の奪い合いを避ける為、彼には絶対に告白しないという協定が結ばれていたのだ。
「そうなんだ。
エクス、凄くカッコいいのにね」
「そんなこと言ってくれるのフィーだけだ」
「そんなことないよ。
ニース会長だってそう思ってるだろうし……学園の他の女の子だって……」
「俺がそうなら、フィーのことを可愛いと思ってる男だっていっぱいいると思うぞ」
口にした途端、胸に不快な感覚が走った。
もし他の男が、フィーに迫ってきたら。
もし彼女がそれを受け入れたら――。
「ボクを可愛いなんて言ってくれるのは、エクスだけ――んっ!?」
不安から解放されたくて、俺はフィーにキスしていた。
フィーが俺のものだと、しっかりと刻んでおきたかったのだ。
「……きゅ、急にどうしたの、エクス?」
「フィーと他の男が仲良くしていたらと考えたら、不安になった……。
俺はお前を誰にも渡したくない」
「……エクス」
そうか。
ただ想像するだけでこんな気持ちになるのなら、俺とニースが傍にいることで、フィーはどれだけ不安を感じていたのだろう。
「大丈夫。
ボクはずっと、エクスだけものだよ。
だからそんな心配しないで」
「フィー!」
「ぁっ……エクスの不安が和らぐのなら、好きなだけして。
ボクがキミのものである証を刻んで」
互いに抱き締め合い、何度もキスをする。
唇だけじゃなく、おでこ、頬、首筋……少し跡が付くくらい強いキスをした。
もっとフィーを大切にしたい。
その想いが溢れて止まらず、俺たちは学園に向かわなければならない時間ギリギリまで、互いの想いを強く確かめ合うのだった。
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