第51話 心頭滅却
20180316 更新1回目
「エクス師匠、リン先輩。
一度、お嬢様方と合流されるのですよね?」
ティルクに尋ねられ俺は頷く。
昼食を取るにしても、まずはフィーたちと合流してからだ。
俺たちは急ぎ貴族生徒を迎えに訓練室を出のだが……。
「……どうしたんだこれ?」
廊下を進めなくなるほどの人だかりが出来ていた。
一体、何があったのだろうか?
その原因を窺おうとすると。
「な、なぜお嬢様方がここに……?」
「もう試験を終えたのか?」
騒ぎ立てる生徒たちの発言から、貴族生徒がこの場に来ていることがわかった。
まさか……と、俺とリンは目を合わせ、人だかりに近付く。
そして見事、予想は的中した。
「あ……見つけた!
エクス、お疲れさ――」
「待っていたわ、エクスくん!」
俺の姿を見つけニースが、すかさず俺に抱きつこうとする。
もう飛び掛かってきている為、避けて怪我をさせるわけにもいかず彼女の身体を受け止める。
「に、ニース……いきなり襲い掛かるのはやめてくれ」
「あら? 襲い掛かるなんて失礼ね。
試験で疲労したあなたの身体を、私は癒してあげに来たのよ」
彼女は魅惑的な微笑を浮かべて俺に身体を押し付けてきた。
そこに、慌てて駆け付けてきたフィーが割って入る。
「き、キミは遠慮がなさすぎるよ!
みんなが見てる場所で、こんな……」
「……あら?
私は彼に求められたのなら、場所なんて関係なくなんだって出来るわよ?」
「ぼ、ボクだってエクスが求めてくれるなら……って、論点をずらされてる!?
そもそも、キミを求めてるって前提で話さないで!」
ニースは粘りながらも、結局俺から引きはがされた。
「ふ、二人ともどうしてここに?
ちゃんと、試験は受けてきたんだよな?」
午前の試験は終わったばかりの為、二人がここに来るには少し早すぎる気がした。
「少し早く終わったから、エクスのこと迎えに来ちゃった。
キミに少しでも早く、会いたかったから……」
「ええ、サボったりしてないわ。
あなたを出迎えたくて、午前最後の試験だけは本気で終わらせてきたの」
フィーは柔らかな笑顔を浮かべ俺を見つめる。
対してニースは、艶やかな微笑をこちらに向けた。
その瞬間、俺たちの様子を見守る多くの騎士生徒から、強烈な敵意を向けられた。
「くっ……フィリス様にあんな笑顔を向けていただけるなんて……」
「ちきしょう! オレだってニース様に迫られてみたいぞ!」
「う、羨ましい! 同時に憎い!」
いや、最後のガウルくん。
だからと言って、憎しみをブツけないでくれないか?
「と、とりあえず食事に行くか。
のんびりしていると、昼休みがあっという間に終わってしまうからな」
「うん!
エクスは能力測定で身体を動かしたから、お腹が空いたよね」
「私もお腹がペコペコよ。
だからエクスくん、いっぱいあ~んしてほしいわ」
「だ、ダメ!
会長にはボクが食べさせてあげるからそれで我慢だよ!」
「あら? それはそれで魅力的ね。
ならそのお礼に、私もあなたにあ~んしてあげるわ」
なぜか肯定的なニースに、フィーは狼狽える。
この後、二人の会話は現実のものとなっていた。
※
「ほら、フィリス様……味わいなさい」
「あっ……んっ……ちょ、か、会長……お、おっき過ぎるよ」
べちゃ。
フィーの頬にドロドロとしたものが付着する。
「や、やぁっ、ベタベタしたの押し付けないでよ……」
「あなたがちゃんと、お口に入れないからでしょ?」
「か、会長だってこんな大きいの入らないでしょ?」
今度はフィーが攻勢に出た。
「んぐっ……」
大きな物を押し付けられて、苦しそうな顔をするニース。
「もぐ、もぐもぐ……ごっくん。
ふぅ……た、食べたわ。
やはり少しくらいドロドロのほうが美味しいわね」
だが、この食いしん坊は流石だった。
本来はちぎって食べるような大きなパンを、どんどん口に入れて食べきってしまう。
パンにはハチミツが付いていた為、ニースの口周りがベタベタのドロドロになっていた。
会長は舌でそれをペロリと舐め取ると、ちらりと俺に視線を送る。
そして、ドキリとしてしまいそうなほどの艶やっぽい笑みを浮かべた。
皇女と生徒会長のやりとりを、リンとティルクは落ち着かない様子でそわそわと見守っていた。
しかし、二人の女騎士は頬が赤く染まっているのは何故だろう。
「さぁ、次はフィリス様の番よ。
あ~ん……」
「む、無理だよ……。
そんな大きなの、ボクの口には入らない……」
「大丈夫よ。
私に出来たのだもの、あなただっていけるわ」
ニヤッと笑う食欲魔人の持つパンには、ハチミツが大量に掛けられている。
しかも、フィーの小さな口には入り切らないサイズだった。
これでは口元がハチミツで汚れてしまう。
(……しかし、惜しげもなくハチミツがかけられているな)
魔界では美味しいハチミツはそれなりの貴重品の為、大好物がハチミツであるルティスが見たら歓喜しそうな光景だ。
あの魔王の影響なのか、俺もこの嗜好品は好物の一つだった。
「か、会長、もうやめて、あ~んはいいから……ドロドロになっちゃう」
「なら、この勝負は私の勝ちね。
これからは永遠に、エクスくんにあ~んしてもらう権利は私のものよ?」
「い、いつからそんな勝負になったんだよ!
ダメに決まって――」
「なら勝負継続よ。
ほら、あ~んするのよ、フィリス様」
ニースはあ~んを再開した。
「あっ、んっ……ぼ、ボク、絶対に会長には負けない……!」
一生懸命、フィーがパンをほうばる。
だが、ぽたりぽたりとスカートにハチミツが滴ってしまう。
「二人とも、その……あまり無茶な食事の仕方はしないほうが……」
「だ、大丈夫! 心配しないで、エクス。
ボクが勝って、会長の魔の手から必ずキミを守るからね!
なんだか妙な盛り上がりを見せていたが、この大きなパンを食べ終わる頃には、二人の制服はドロドロになってしまうのだった。
※
「……フィリス様、進言させていただきます。
一度、シャワーを浴びてくるべきではないでしょうか?」
二人の貴族生徒のバトルが終わったところで、皇女様の臣下でもあるメイドからそんな提案があった。
「ニースお嬢様も、その姿で午後の試験を受けるのはマズいかと……」
続けてリンが、主である黒髪の令嬢に言葉を向ける。
「ま、まだ時間は大丈夫かな?」
「急げば問題ございません」
即答するニア。
あらゆる点を妥協せず、フィーをサポートしていく。
皇女のメイドとして、彼女ほどの適任はいないだろう。
「流石にこのままでは気持ち悪いわね。
甘い花の蜜の香りがするのは、悪くないけれど……試験中にお腹が鳴ってしまうかもしれないわ」
まだ食べられるのか!?
こんな細い身体のどこに、あんなに入っているのだろう?
「あらエクスくん、熱い眼差しでこちらを見ているのは何故かしら?
もしかして私に欲情したの?」
「し、してない!
そんなことより、シャワーを浴びるんだろ?
なら、急いで寮に戻ろう」
「師匠、シャワーを使うだけなら、訓練室を使った方が早いのではないでしょうか?」
ティルクの提案に、フィーが頷く。
そもそも俺は、あそこにシャワーがあることを初めて知った。
だが、それなら確かに寮よりも近い。
「それだ女騎士くん!
寮に戻るよりは近いね」
「でも、制服も着替えるのだから寮に戻るべきではないかしら?」
「ご安心ください。
某が直ぐにお持ちいたします」
「フィリス様のお着替えもこちらでご用意いたしますので」
優秀な従者たちのお陰で、役割が迅速に決定していく。
俺とティルクは、フィーとニースの護衛をすることになり行動開始となった。
※
訓練室に入ると、フィーたちは真っ直ぐ進んで中央の扉を開く。
「それじゃあエクス、見張りをお願いね。
女騎士くんも頼んだよ」
扉に入り俺たちはその場で二人の警護任務に付く。
「エクスくん、一緒に入りましょう?
能力測定であなたも汗をかいているでしょ?
私があなたを洗ってあげるわ」
「会長、誘惑禁止!
それに時間がないんだから、早く入るよ!」
フィーの言う通り、時間的な余裕はそれほどない。
ニースもそれをわかっているのか、今回は直ぐに引き下がりシャワー室に入っていった。
今からシャワーを浴びれば、なんとか午後の試験を受けられるのだろう。
――ジャアアアアア、と水がタイルを打つ音が聞こえる。
これでもう大丈夫だ……と、安堵した時だった。
「へぇ……フィリス様、とても綺麗な肌をしているのね……。
「きゃっ!? な、何するんだよ。
いきなり触ったら、びっくりするだろ」
俺にとって穏やかではない声が聞こえてきた。
くっ……扉を挟んでいるはずなのに、声がはっきりと聞こえてしまう。
こういう時、自分の耳の良さが辛い……。
「エクス師匠? どうかしましたか?」
「い、いや……なんでもない」
どうする?
俺はこの場から離れるべきか?
そ、そうだ。
それがいい。
シャワー室自体に、防御魔法をかけて、いったん外に出よ――。
「いいじゃない。
きめ細かくて……すごい、信じられないくらいすべすべだわ」
「やっ……て、手つきがイヤらしいよ……」
「それに髪もこんなにサラサラ……で、容姿端麗で女として嫉妬してしまうわ」
な、何をしてるんだニースは!
まさかフィーを襲うつもりじゃないだろうな?
どうにも心配になってしまう。
そもそも今しているのは敬語任務だ。
なのにこの場から離れるというのは……。
「ぼ、ボクよりも、会長のほうが綺麗じゃないか。
背だって高いしプロポーションだって……」
「触ってみる?」
「なっ!? さ、触るわけ……」
な、なんなんだこの会話は!?
というか訓練室のシャワーは一つしかないのか!?
なんだか二人が一緒に浴びているくらいの距離感じゃないか!
「てぃ、ティルク、訪ねたいことがある」
「なんでしょう?」
「訓練室のシャワーは、一つしかないのか?」
「はい。
女子生徒は一つだったはずです。
貴族生徒の皆様は、そもそも訓練室でシャワーを浴びることはほとんどないでしょうから……」
だとしても、少な過ぎるだろ!
俺が学園長だったら、訓練室のシャワーを100は取り付けるのに!!
「同性なのだし、気にする必要はないわ。
私はリンのをよく触るわよ?」
「え、そ、そうなの……?」
「まぁ、皇族であるフィリス様はそもそも、他人に肌を見せる経験なんてないでしょうからね……」
「ば、馬鹿にしないでよ!
侍女に身体を拭いてもらったり、着替えの時に見られてたもん。
誰かのを触ったことはないけど……」
「別に無理に触って欲しいとは思っていないわ。
でも、私はフィリス様の胸を触らせてもらうわね」
おいニース!
お前は何をするつもりなんだ。
俺はどうしたらいい?
直ぐにでもフィーを救い出すべきなのか!?
「イヤだよ!
たとえ同性でも、ボクの身体はエクス以外には触らせない!
もうこないで!」
「フィリス様、もしかして感じているのかしら?」
「ぼ、ボクはそんなエッチな女の子じゃない!」
「そう。
でもたとえばこうして瞼を手で覆われたとして……」
「なっ!? なにするんだ!?」
「危害は加えないわ……。
聞いてフィリス様、もしこの私の手がエクスくんのものだと想像したらどうかしら?」
「っ……」
「ほら、たとえばデリケートな場所ではなくて、腕を撫でられただけでも……」
「……んっ……あっ……やっ……」
「どうしたのかしらフィリス様?
膝が震えているわよ?
力が入らなくてなってしまっているの……?」
「ち、ちがっ……」
「強情ね……なら、この辺りも撫でてあげる」
「あっ!? や、やめっ……ダメっ、ダメぇ……」
「真っ赤になっちゃって可愛いわ」
「い、いい加減して!」
「あんっ!? わ、鷲掴みは止めなさい!
そ、そんな強く触られたら、い、痛いわ……」
「や、柔らかい……あと、重い……」
「ご自分のと比べれば、それは重いでしょうね。
でもフィリス様も小さくはないわ。
形も綺麗で羨ましくなるくらいよ」
「……でも、多分だけどエクスは大きいほうが好きだと思う……」
フィーさん!? 俺は一言もそんなこと言ったことないよね!?
どうしてそんな風に思ったんだ!?
俺が一人焦り、自分の行動を決めかねている間にも、二人のバトル?は続いて行く。
(……俺はこの不測の事態をどう対処すればいい?)
自分の取るべきことを真剣に考えた結果、俺は心を無にして時間が過ぎ去るのを待ったのだった。
※
それからの数分後に、ニアとリンから替えの制服が届けられ……俺はこの場を乗り切った。
勿論、二人の警護任務も無事完遂。
間違いなく人生で最大の忍耐力を発揮したと言えるだろう。
「……お待たせ、エクス……って、どうしたの?
なんだか凄く消耗してない!?」
「だ、大丈夫だ……ただ、疲弊したのは確かだな……」
「え、エクスくんも気分転換にシャワーを浴びてきた方がいいのではないかしら?
一体、何があったの?」
そんな俺の心境を知らない二人は、不思議そうな顔で俺を見つめている。
午後の試験を受ける前に……俺は尋常ないほどの精神疲労を感じることになったのだった。
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