第47話 プレゼント
20180309 更新1回目
※
「先に入って」
「は、はい……」
――ガチャ。
扉を開き俺は部屋の中に入る。
直ぐ後にフィーも続いた。
そして――カチャ。
フィーの手により、部屋の鍵が閉められた。
「ふぃ、フィーさん……?」
「エクス……ベッドに座って」
「は、はい……」
少し不機嫌そうな声に俺は従い、真っ白なベッドの上に座る。
明らかにフィーは怒っている。
それは、そうだろう。
油断していたからとはいえ、俺はニースとキスしてしまったのだ。
フィーがショックを受けるのは無理はない。
「……フィー、その、ごめんな……。
謝って許してもらえるわけじゃないのはわかってるんだが……」
謝罪する俺にプリンセスが近付いてくる。
そして――ガバッ!
(……え?)
フィーは俺を押し倒すように、覆いかぶさって来た。
「な、なにを?」
俺の腰の上で馬乗りなっていたフィーが、そのまま顔を近付けてきて。
「んっ……」
キスされた。
一度目は、軽く触れるキスをして俺から離れ、フィーは俺を見つめる。
「会長にされたキスは忘れること」
「え……? あ……わ、わかった」
戸惑いながらも必死に言葉を返す。
だが、正直に言えば、そう簡単に忘れられる事じゃない。
「今の……ちょっと間があった……。
ボクのキスよりも、会長とのキスのほうが良かったんだ……」
拗ねる……いや、悲しそうに? フィーは言った。
「……なら、エクスが忘れるまで上書きし続けるから」
「え? ……っ」
ちゅっ……と二度目のキス。
今度は深い。
舌と舌を絡ませ合うような濃厚なキスを交わす。
ニースから俺を取り戻すように、念入りにしつこいくらい、フィーは唇を重ね続けた。
そのキスは長くて、くらくらしてしまいそうになる。
「ふっ……ぁ……」
フィーは唇を離して、至近距離から俺を見つめる。
熱に浮かされているのか、その頬は上気していた。
はぁ……はぁ……と、乱れる呼吸を互いに整えていく。
「……こ、これで、忘れたよね?」
きっと忘れるまで、フィーは何度でもこれを繰り返すつもりでいるのだろう。
嫉妬と不安からこんな行動に出ているのかもしれないが、フィーの身体は震えていた。
自分からした事とはいえ、乱暴な行為が怖くなってしまったのかもしれない。
「……ああ。
フィーとのキスで全部上書きされた」
「本当……?」
「好きな子から、こんな大胆なキスをされたら何も覚えていられなくなる」
「……エクスってば、会長にキスされて嬉しそうだったんだもん……」
嬉しそうにした覚えはない。
驚きと戸惑いが強かった。
……でも、ニースのことが綺麗だと思ってしまったのは事実か……。
「……今、会長のこと思い出してた」
「いや、それは……っ!?」
またキスされる。
今度は3度目のキス。
軽く唇に触れた後、優しく舌も絡め合う。
でも、さっきまでとは違い、それは甘くて優しいキスだった。
「……ニース会長は魅力的な女性だと思うよ。
綺麗で、頭も良くて、何もできないボクよりもずっと、エクスに相応しいかもしれない」
「そんなことない。
仮に第三者がそう思うとしても、俺が一番好きなのはフィーだ」
「じゃあもし、二番目に好きな誰かを決めるとしたら?」
その言葉に俺は思わずドキッと心臓が跳ねる。
フィーに言われて、一瞬だけとはいえニースの顔が思い浮かんだからだ。
二番目なんて決めるつもりはない。
大切な女の子は、一人いればそれでいいのだから。
「……もしエクスが、会長に気持ちが傾いているとしたら――」
「もういい加減にしろ!」
態勢を入れ替えて、今度は俺がフィーを押し倒す。
「きゃっ……」
「俺はフィーが好きだ」
伝えて、今度は俺からキスをした。
「やっ……んっ……」
フィーの身体がビクッと震える。
イヤと口にはしているけれど、逃げようとはしない。
さっきされたのと同じくらい、長いキスを返した。
ゆっくりとフィーの身体から力が抜けていく。
次第に彼女の方からキスを求めるように、舌を絡めようとしてきたところで、俺は唇を離す。
「あっ……や、やめちゃうの?」
紅潮した頬と熱っぽく潤んだ眼差しを向けられて、直ぐにでもまた彼女の唇を奪いたい衝動に晒される。
でもその前に、言わなければいけないことがあった。
「……いいか、フィー。
俺の気持ちが誰かに傾くことはない。
気持ちが傾くのと、誰かを好きな気持ちがあるのは別だろ?」
ニースのことは間違いなく嫌いではない。
寧ろ、好きな気持ちの方が強い。
それは友達だから……という気持ちとは別に、女の子として彼女に好意が0かと言えばそうじゃないのかもしれない。
だけど、
「もしフィーとニース、どちらかを選ばなければならないとしたら、俺は絶対にフィーを選ぶ。
それじゃ答えにはならないか?」
「……エクスの言葉は嬉しいけど……。
やっぱり、会長に言われた通りなのかもしれない」
「うん? どういう意味だ?」
「……ボク、独占欲が強いのかも」
「ああ、そのことか。
俺だってそうさ。
好きならそれが普通だ」
「……好きじゃなくて、大好きなの」
「俺は大好きじゃないぞ、愛してるからな」
「ボクのほうが、ずっとエクスを愛してるよ」
「いいや、絶対に俺のほうが愛してる」
想いの大きさは比べることなんて出来ない。
でも、だからこそ言葉にして確かめ合う。
そんな言葉を交わしているうちに、
「ははっ」
「ぷっ、ふふっ」
おかしくなって互いに笑いあっていた。
でも、直ぐにフィーは真面目な顔で俺を見つめる。
「こうして、エクスと見つめあっている時間。
触れ合って、言葉を交わして、それだけでボクは、本当に幸せなんだよ」
優しい顔でフィーは笑う。
心の中に、互いを想い合う優しい気持ちが溢れてくる。
「俺だって、フィーが傍にいてくれるだけで幸せだ。
ずっと、こうしていたい……」
そして俺はもう一度、フィーにキスをする。
今度は優しく。
大切な物を包み込むように。
「ちゅっ、んっ……エクスぅ……今は、ボクのことだけを見て。
そして、ボクのことだけを考えて……」
「……ああ、大丈夫だ。
ずっと、フィーのことをだけを見てるから」
そして俺はフィーにされた回数よりも、一回多くキスをした。
※
「……はぁ……なんだかクラクラしちゃった。
エクス……キスが上手くなってきてる……」
「そうか? 自分でわからないんだが……」
「されてるボクがそう感じるんだから、間違いないよ。そのうち、ボクのキスじゃ満足してくれなくなっちゃうかも……」
「それはない。
だってフィーとするキスするだけで、俺の心は満たされるんだからな」
「ボクも同じ……幸せな気持ちが溢れてきちゃう……」
ベッドの上で再び見つめ合う。
それだけでまたキスしたくなってしまう。
でも、ダメだ。
これ以上したら……色々とマズいことになる。
「……エクスがしたいなら、ボクはいいよ?」
そんなこと言われたら、本当に我慢できなくなってしまう。
フィーがあまりにも可愛くて愛おしくて……でも本当に好きだからこそ俺は、彼女を大切にしたい。
「ボクじゃ……やだ?」
「……正直に言えば、今すぐにでもフィーの全部が欲しい。
でも、そういうのは……フィーの両親に俺たちの関係をちゃんと伝えてからにしよう」
「そ、それって、お父様とお母様に……ボクとの関係を認めてもらうってこと……?」
「フィーの立場を考えれば難しいかもしれないけど、そうしたいと思ってる。
円卓剣技祭があるだろ?
その時に少しだけでも時間を取れるようなら……フィーのお父さんと会って、話が出来ないかと思ってた」
円卓剣技祭が行われるのは、王都であるキャメロットだと聞いている。
ならば皇帝に会う時間も取れるのでは……と考えていたのだ。
「多分だけど……皇帝に謁見するのは難しいと思う」
やはりダメなのだろうか?
祭事の一環で円卓剣技祭の場に足を運ぶことはあっても、学生と話をする時間などないか。
少しでもいいから話す時間を持ちたいのだが……。
「そうだ……!
もし俺が、剣技祭で円卓の騎士を倒したらどうかな?」
「円卓の騎士を!?
歴代の円卓剣技祭で、彼らが負けことは一度だってないんだよ?」
「そうか。
なら、俺が初勝利を飾るわけだな」
そうなったら、人間界の歴史に名前を刻むことになるのだろうか?
だが、フィーのパートナーとして一生を共に生きるなら、何かしらの箔が必要になるだろう。
そうだ! もしかしたら勇者の称号も役立つんじゃないか?
この際、使えるものはなんでも使ってフィーのお父さんに会ってやる!
「でも、確かにエクスなら勝てるかもしれない。
彼らは大陸最強と言われてるけど……エクスだって信じられないくらい強いもんね。
もし勝てたなら、皇帝と謁見する機会は得られるかも!」
「なら、いい機会だな。
皇帝に会えたら、フィーと結婚を前提とした交際を認めてもらおう。
そして、もし許可をもらえたら……」
「ボクを……エクスのものにしてくれる?」
濡れたフィーの瞳が俺を見つめる。
その表情は、とても色っぽくて、煽情的で……。
「フィー……」
「んっ……あっ……エクスぅ……」
またキスしてしまった。
「あんまりキスされると、ボク……おかしくなっちゃうよぅ……」
「ごめん、でも抑えきれなくなった」
「……イヤじゃないから、大丈夫だよ。
それにエクスの気持ちはすごく嬉しい。
ボクのこと、大切にしてくれてるのがわかるから……だから今は……あ、でも……!」
何かを思い出したのか、甘えるようにフィーが俺を抱きしめる。
「ど、どうしたんだ?」
「もし会長に誘惑されて我慢できなくなっちゃったら、必ずボクに言ってね。
ボク、そういう経験ないから下手かもしれないけど……キミの為ならその……」
真っ赤になるくらいなら、言わなくていいのに……。
「そんな心配しなくても大丈夫だから。
フィーは、無理してそういうこと言わなくてもいいんだよ」
「む、無理じゃないよ!
エクスにだったら、ボクなんだってしてあげたいんだから……」
だからなんでまた、そういう事を言うんだ。
本当に抑えきれなくなってしまう。
「も、もうこの話題は終わりにしよう!
あ、そうだ!
こんな流れでなんだけど……」
部屋に戻ったらずっと渡そうと思っていた。
内緒にしていたとっておきのサプライズをフィーに仕掛ける。
「受け取ってほしい」
「え……あ、これって……!?」
俺からフィーへの初めての贈り物。
白いカチューシャを彼女に渡す。
「遅くなったけど、俺からのプレゼントだ」
「……ボクが欲しいって言ったの、覚えていてくれたの?」
「本当はあの時に買ってあげたかったんだけどな……。
恥ずかしいことにお金がなかった……でも、初任給が出たら直ぐにフィーにプレゼントしたいと思ってたんだ」
「――エクス! ボク、嬉しい!」
ギュッ! とフィーが俺を抱きしめる。
そして彼女は俺を見つめる。
「……付けてみてもいい?」
「ああ……その為のプレゼントなんだから」
俺の返事を聞いて、フィーは白いカチューシャを付けた。
それは彼女の薄紅色の髪の美しさをより引き立てる。
装飾品に関して詳しくはない俺だけど……それは、女の子の魅力をアップさせる魔法のアイテムのように思えた。
「どう? 似合う、かな?」
「ああ、とても良く似合ってる」
「ボク、このプレゼントを一生大切にする。
今日は大切な記念日になっちゃった。
お返しは何がいい?」
「何もいらない。
俺はフィーがいてくれたら、それだけで十分だ」
楽しい想い出を、温かい気持ちを、優しさを……知らなかった気持ちをフィーは俺に沢山くれる。
フィーがいてくれることが、俺にとっては一番のプレゼントだから。
「エクス……やっぱりボクはキミが好き。
抑えきれないくらい、大好き。
ずっとボクの傍にいてね。
離れて行っちゃヤダよ?」
「ああ、何があっても俺はフィーの傍にいる」
「うん!」
そしてこの日、俺はフィーと抱き締め合って眠った。
いや……嘘です。
俺は一睡も出来そうにない。
好きな女の子が腕の中にいる状況で、眠れるわけがない。
「エクスぅ……好き、だよぉ……」
可愛い寝言と共に、フィーは俺の胸の中で安らかな表情を浮かべる。
こんな顔を見てしまったら、疚しい気持ちは一切わかない。
その変わりに胸の中に溢れて来るのは、フィーを大切にしたいという想い。
(……フィー、ずっと一緒にいような。
俺も、大好きだ)
大切な俺の宝物を起こさないように、心の中でその言葉を伝えたのだった。
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