第46話 ニースの想い
20180308 投稿1回目 明日0時に次話を投稿します。
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学園に戻ったのは、夕刻を過ぎた頃だった。
寮に戻り、皆が部屋に戻っていく。
そんな中、
「エクスくん、今日はあなたと過ごせて楽しかったわ。
この想い出を忘れないように、お別れのキスをしたいのだけれど?」
ニースが俺の首に手を回して、身体を寄せる。
「いいでしょ?」
彼女の甘い言葉と共に、熱い吐息が触れた。
そのあまりの色っぽさに、俺は目を奪われそうになる。
「ダメに決まってるでしょ?」
「あうっ……」
フィーが会長の襟を掴みグッと手を引く。
「いきなり襟を引っぱらないでくれるかしら?
もう少しで、エクスくんがキスしてくれるかもしれなかったのに……」
「エクスはそんな浮気者じゃないから!」
「あら? 本当に自信があるのなら、こうやって割って入らないのではないかしら?
エクスくんが私に惹かれてしまうのではないか、心配なのでしょ?」
「そ、そんなことない! ぼ、ボクはエクスのこと信じてるから!」
ニースに余裕の笑みを向けられ、フィーの表情が強張る。
「強がってしまうところが、フィリス様は可愛いわね。
でも、本当に好きなら……怖くないわけないでしょ?
私だったら気が気ではないわ……。
それとも、あなたはエクスくんのことが好きではないのかしら?」
「なっ!? そんなわけないでしょ!
好きだよ、大好きに決まってる!
わかってるんだったら、ボクのエクスにちょっかいかけないで!」
「いやよ。
私もあなたに負けないくらい、エクスくんが好きなんだもの」
その言葉はあまりにも真っ直ぐで、純粋で、ニースが心の底から俺を好きでいてくれることがわかってしまう。
向けられる想いはあまりにも強い。
だが、それでもフィーは逃げることなく、真摯な眼差しをニースに向ける。
「……キミの想いの強さはわかってるつもりだよ。
でも、エクスのことだけは、ボクは誰にも渡したくないんだ」
「ええ。
本当に好きなら、それでいいのよ。
あなたは運命と戦わなければならないのだから、もっと強い想いを胸に抱き続けるくらいでないとダメよ」
今のニースの発言はまるで、エールを送っているようだった。
そのことを、フィーも疑問を感じたのだろう。
訝しむように黒髪の生徒会長を見つめる。
「……ずっと考えていたのだけれど、期間を決めようと思うの」
逡巡するような間の後、ニースが口を開いた。
「期間?」
「ええ。
私は卒業するまでに、必ずエクスくんを振り向かせて見せるわ。
もう1年もないけれど……それでも十分過ぎるくらいの期間ね」
「……その期間に、エクスの想いがボクに向き続けたら……?」
「あなたは私にも、そして運命にも勝ったということになるわね。
金輪際、エクスくんには手を出さない。
フィリス様が心配だと言うのなら、私は二人の前から姿を消すと約束するわ」
唐突に提示された戦いの条件に、フィーは戸惑いを見せる。
「……会長はそれでいいの?」
「ええ、私は必ず勝つもの。
だからとりあえず、今晩は私とエクスくん、二人で過ごしてもいいかしら?」
「ダメに決まってる! 会長は、真面目な話をしようとしていたんじゃないの!?」
「真面目な話よ。
もしフィリス様が勝負を受けるなら、今みたいな許可は二度と取らない。
私はもっと本気で、エクスくんの心を奪う為に行動させてもらうから」
ニースはあれで手加減してるつもりだったのか?
これまでも相当激しい攻勢だったと思う。
俺はフィーを悲しませるつもりはないが、警戒は強めておく必要はありそうだ。
「……しょ、勝負を受けるなんて言ってないだろ!」
「あら? やっぱり自信がないのかしら?
ならわたしは、生涯を掛けてエクスくんを奪う為の計略を練るわ。
あなたたちが結婚したって知った事じゃないわ!」
「そ、そんなのずるい! ていうか、会長の愛は重過ぎるよ!」
「ええ、私は重い女かもしれないわね。
でもだからこそ、尽くす女でもあるわ。
エクスくんの愛がしっかりと私に向いてくれるなら、フィリス様を第二夫人にしてあげても構わないとすら思っているのよ?」
普通の女性であれば、浮気など論外で、絶対に許せないだろう。
その辺りは、ニースは寛容というか、器の大きさすら感じてしまう。
たとえば魔界であれば、強い魔族が重婚しているというのは珍しくない。
しかし、この国では一般的ではないだろう。
皇族は重婚も許されているらしいが……。
「そんなのダメだ! エクスはボクのだから!」
「私を重い女なんて言ったけれど、あなたは独占欲の強い女ね。
いいえ、隠しているだけで、実は私よりも重い女なのではないかしら?」
唇に人差し指を当て、ニースがニヤッと笑う。
その仕草は、フィーという女の子を考察しているようにも見えた。
「……す、好きならちょっとくらい重くなるのは普通だから!
会長みたいに第二夫人とか言ってるほうがおかしいよ!」
まるで自分を見透かされたように思ったのか、フィーの表情には明らかな動揺が見られた。
「魅力的な男性であれば、複数の女性を愛せるくらいの器も必要だと思うけれど?」
ニースは余裕の態度を崩さない。
舌戦では彼女に軍配が揚がった。
フィーはその純粋さもあってか、どんな相手にも真っ直ぐに立ち向かうタイプだ。
海千山千の猛者の如く、様々な手札を持っているニースとは相性が悪い。
「こういうのも駆け引きよ?
私というライバルが、卒業するまでに手を引く可能性があるのなら、悪い賭けではないとは思わないかしら?」
策略家な生徒会長は、手練手管を用いてフィーを舞台に上げようとする。
「それに……限られた時間だとしても、全力でぶつかれた方が、もしもの時に後悔が残らないでしょ? 誰かを好きになったことがあるのなら、この気持ちはわかるのではないかしら?」
「……それは……」
今の言葉がニースの本心なのかはわからない。
だが、フィーの心に何かしらの変化があったのは間違いないようだ。
「……エクス、ボクはキミを信じてるからね」
フィーの碧い瞳が俺に向いた。
念を押すように言ったのは、やはり不安があるからだろう。
同性のフィーから見ても、ニースはそれだけ魅力的な女の子に違いないのだから。
「……わかったよ。
会長が卒業するまでの間、勝負を受けるよ。
でも、ボクだって何もしないわけじゃない!
今以上にエクスに好きになってもらえるようにがんばるから!」
「いい覚悟ね。
私は今まで以上に、積極的なアプローチを掛けさせてもらうわ。
さぁ、エクスくん。
行きましょうか」
ニースがいきなり俺の手を掴んだ。
「? 行くってどこにだ?」
「私の……いいえ、私たちの部屋よ」
「いきなり何するつもりなの!」
「健康な男女が一晩共に過ごせば、何かが起こってしまっても不思議ではないでしょうね?
まぁ、具体的な発言はさけるけれど……」
「エクス、今すぐボクらの部屋に逃げよう!」
フィーも俺の手を掴む。
「あらフィリス様? もしかしてあなた、部屋にエクスくんを連れてイヤらしいことをするつもりなのかしら?」
「し、しない……よ」
なんで自信なさそうなんですかフィーさん!?
「これはダメね。
あなたのような性欲の権化に、エクスくんを渡せないわ」
「そ、それじゃ、ボクがエッチな女の子みたいじゃないか!」
「エッチじゃないわ。
あなたはやはり淫乱よ。
エクスくんが寝ている横で、いつも一人で自分を慰めているのではなくて?」
「慰める……?」
純粋に首を傾げたフィー。
どうやら、ニースの発言の意味がわからなかったようだ。
「……ごめんなさい。卑猥なのは私のほうだったようね」
生徒会長は反省を始めた。
「よ、よくわからないど、とにかくエクスは連れて行くから!
そもそも、彼は専属騎士としてボクを守る役目だってあるんだからね!」
「それこそずるいわ!
立場を利用してエクスくんを独り占めするつもりじゃない!」
「ち、違うよ! これはお仕事だもん!」
「でも今日は休日よね?
専属騎士にだって休みが必要じゃないかしら?
それともあなたは、エクスくんを好きと言っておきながら、馬車馬のように働かせるつもり?」
「そ、それは……」
フィーは言葉を詰まらせた。
ニースを説き伏せる返しが思い浮かばなかったようだ。
「エクスくんにだって、休息は必要よ。
そうでしょ?」
「そ、それはわかってるけど……。
……エクスは、休日にボクと過ごすのはイヤ……?」
フィーが不安そうに尋ねる。
だが、心配する事なんて何もない。
「そんなことないぞ」
「エクスくん、それは本当かしら?」
休日は仕事らしい仕事などしていない。
ただ、フィーと一緒にのんびりと過ごしているだけだ。
たまに可愛いイラズラをされてドキドキしてしまうけど、それはフィーの事がどんどん愛おしくて仕方なくなってしまうだけで、イヤだと思ったことは一度もない。
「ああ。
俺は毎日、フィーと一緒に過ごせて幸せだ」
「っ――エクス~~~~!」
ギュッと俺に飛びつくフィー。
俺は、そんな彼女を優しく抱きしめ返す。
「……ちょっとあなた!
いきなりエクスくんに飛びつかないでくれるかしら?
まさかとは思うけど、そのままこの場でイヤらしいことをするつもりなの?」
「し、しないけど……でも、こうしたくなっちゃったんだ!」
「りょ、寮の中とはいえ、他の生徒だっているのよ!
って――リンにニアも、あなたたち何をしているの!」
ニアとリンが、いつの間にか周囲の扉をキープアウトしていた。
自分たちの主のこんな姿を、他の生徒に見せられないと考えての行動だろう。
用意周到だ。
「か、かなり長い戦いが続きそうだと感じたので……」
「僭越ながら、生徒の皆様が入れぬように策を講じました」
優秀な従者の行動ではあったが、それはニースにとっては痛手となったようだ。
「くっ……この淫乱姫様、もうエクスくんから離れるつもりはないよね」
「淫乱じゃないから!」
「いいわ……ならずっとそうしていなさい。
私も私で、勝手にさせてもらうから、ね――エクスくん……」
「うん?」
呼ばれて俺は、ニースに顔を向けた。
すると、ふさっ――と、彼女の黒い長髪が俺の頬に触れて、次の瞬間には柔らかな感触が俺の唇に伝わってきた。
(……え?)
フィーを抱きしめていた手の力が緩む。
口内に柔らかなものが侵入してきた。
それがニースの舌だと気付くまでに、俺は数秒ほど掛かった。
「ぁ……ぁ……」
掠れた声を漏らしたのはフィーだった。
だが、あまりにも動揺しているのか、何も行動を起こすことが出来ないでいた。
――ちゅ……ちゅぱっ。
ニースは濃厚なキスを味わうようにしてきた。
全身の力が抜けてしまい、俺は為す術なくされるがままになってしまう。
彼女の温かい吐息が俺に触れる。
それから少しして……ちゅぱっ――と、ニースの唇が離れた。
「はぁ……初めてのキスだったけれど、思っていた以上に濃厚にしてしまったわ。
あなたを好きだという想いが、溢れてしまったかもしれないわね」
艶のある微笑と、熱の篭った眼差しが俺に向いた。
「……エクスくん、今日は本当に楽しかったわ。
もっとあなたと一緒にいたいけれど……」
ニースの視線がフィーに向く。
「今回はこの辺りで引くわね。
これ以上攻めてしまうと、フィリス様が憤死してしまうかもしれないから」
言いたいだけを伝えて、ニースはくるり。と踵を返す。
美しく艶のある黒髪がふわっと舞った。
その光景が不思議なくらい美しくて、一瞬だけ目を奪われてしまう。
「あ、そうそう……」
このまま去って行くのかと思えば、ニースが足を止めて再び振り返った。
「好きよ――私の勇者様。
ううん、もしあなたが勇者でなかったとしても、きっと私はあなたを好きになったと思う。
運命なんて関係なしに、きっとね」
挑発的に、そして色っぽく――自信に溢れた言葉を残して、今度こそニースは去って行く。
「……」
俺は、彼女の後姿を呆然と眺めてしまう。
それほど年齢は違わないはずなのに、大人の魅力というか、色気が桁違いだった。
「……エクス、部屋に行くよ」
「――!? あ、ああ、わかった」
呆然といていた俺の意識が、フィーの言葉で引き戻される。
歩き出した彼女の後を、俺は慌てて追いかけた。
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