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第44話 祝勝会

20180305 更新1回目

             ※




「一応確認だが、ここでいいのか?」


 店の前に着いた俺は、思わず尋ねた。

 料理店だと聞いていたのだが、目前の店はどう見ても酒場だった。


『竜炎亭』


 店の看板にはこう書かれている。

 なんとなく店の名前の由来が気になるな。


「予約した店はここで間違いないわ。

 ミーナから聞いた話だと、この辺りでは評判の名店らしいわ」


 なるほど……店の情報は新聞娘からか。


「あたしも入ったことはないんだけど、すっごく美味しい店って聞いてます。

 うちの新聞でも取り上げたくらいなんですよ。

 隠れた名料理店を探して! って企画をやった時にね」


 彼女の実家――マクレイン家は出版社だと言っていたし、彼女が情報通なのは間違いないだろう。


「ミーナさんの情報であれば、きっと間違いないですわね」


 セレスティアは新聞娘を信頼しているようだが、俺は若干の不安だった。


 味という意味での外れはないかもしれないが、魔界の酒場と言えば荒くれ者の集う場所だ。


 酒場で喧嘩になって、建物が倒壊したなんて話もよく聞いている。


 人間界がそうとは限らないが、皇女であるフィーは勿論、ここにいるのは学園の貴族生徒プリンセスたちだ。


 彼女たちを酒場に入れていいのだろうか?


「ボク、酒場に入るのは初めてだよ。

 ちょっと緊張するな……」


「安心しろ、フィー!

 何があっても、俺が必ず守るからな」


「エクス……。

 うん! ボクのこと、ちゃんと守ってね」


 俺とフィーは見つめ合う。

 町中でなければ互いに抱きしめ合っていたかもしれない。


「ニース様、まずはそれがしたちが中を確認してまいります。

 爺様に聞いたことがあるのですが、昔は冒険者のような荒くれ者が好んで利用していたと聞いておりますので……」


「お嬢様方に、万一があってもいけません!

 ここは私たちにお任せください!」


 リンとティルクが表情を引き締め先行する。

 二人にとっても酒場という場所は未開の地に等しいのだろう。

 念の為、俺も仲の様子を見てくるか。


「フィー、俺も中を確認してくるな。

 ニア、フィーを頼むな」


「お任せください!」


「エクス、気を付けて」


「ああ! それとガウルは殿しんがりを頼む。

 ……ガウル?」


 俺が呼んでも反応がない。


「……マズいぞ。

 本当に素寒貧だ……。

 このままではセレスティアお嬢様との約束を果たせない」


 財布の中を見ながら、ガウルは真っ青になっていた。

 腕相撲アームファイトで負けたら全額奢ると豪語してしまった手前、引くに引けなくなっているようだ。


「心配するな、ガウル。

 アームファイトの賞金でここは俺がみんなに奢るぞ」


「なんだと!? お前は神か!?」


 まるで神々しいものでも見るかのように、ガウルは瞳をピカピカに輝かせた。

 今にも俺を拝みそうな勢いだ。


「エクス、僕はずっとお前を誤解していたようだ。

 お前は僕の心の友だ!」


「そこまで言われると、なんだか戸惑うな」


「ははっ、照れる必要はないだろ!

 僕とお前の仲なんだからな!」


 肩をポンポンとされた。

 こいつ、急に距離感縮め過ぎだろ……。


「と、とりあえず、お前は後方を頼むな」


「任せろ! お嬢様方は僕たちで守るぞ!」


 俊敏な動きで、ガウルは貴族生徒プリンセスたちの後方を警護する。

 俺はリンたちに続いて店内の扉を開いた。


「うぇ~~~~~~い!!」


 すると、賑やかで楽しそうな声が外に漏れる。

 酒場の店内では老若男女問わず、皆が楽しそうに談笑しながら食事をしていた。

 俺はてっきり、スキンヘッドで眼帯をしているおっさんが大量にいるのでは……と、想像を膨らませていたのだが、普通以上に明るく活気あふれた料理店だった。


それがしとしては、全く危険はないように思うのだが……」


「リン先輩、私も同意見です」


「そうだな。

 俺たちは大きな勘違いをしていたらしい。

 ……みんな、入っても大丈夫だ!」


 俺は外で待つ、フィーたちを呼んだ。

 そして、


「いらっしゃいませ~!

 お客様は8名様ですか?」


 俺たちを見て、ウエイトレスの女性が尋ねる。

 元気溌剌のパーフェクトスマイル。

 接客業として完璧な従業員だ。


「予約していたニース・テンプルよ。

 席はどこかしら?」


「ニース様でございますね! 直ぐにご案内いたします!」


 そして席に案内された。


「酒場ってこういう感じなんだね。

 思っていたよりも楽しい雰囲気かも」


 みんな初めての酒場の為か、周囲を見回している。

 ベルセリア学園の制服を着ているせいもあり、一部のお客の視線が俺たちに向いていた。

 だが基本的にはこの場にいる全員が、俺たちを気にすることなく、家族や友人と共に楽しい時間を過ごしている。


「こちらのテーブルへどうぞ。

 コースでご予約されておりますので、まずはお飲み物を決めてください」


「お酒をいただけるかしら?」


 平然とそんなことを言ったのはニースだった。

 学園の制服を着ているのに大丈夫なのか?


「ちょ!? 生徒会長でしょキミ!

 なんでいきなりお酒を頼もうとしてるの!」


「フィリス様、考えてみなさい。

 お酒の力を借りれば、エクスくんに普段は言えないあんなことや!

 普段はできないこんなことが出来るかもしれないのよ!

 そして誘惑に負けたエクスくんと……」


「……誘惑に負けたエクスと……」


 いや、フィーさん?

 なにを逡巡してるんですか?

 ちらっと俺の方を見て、頬を染めないでほしいのだが……。


「――って、ボクは何を考えてるんだ!

 会長に惑わされるなんて……」


 どうやら、フィーはちゃんと自分を取り戻してくれたようだ。


「フィリス様、ニース会長、残念ですけどこのお店は、お昼にはアルコールの提供はしてないんですよ。

 ね、お姉さん?」


「お客様のおっしゃる通りです。

 ですのでアルコール以外のこちらのメニューからお選びください」


「あら、そうなの?

 なんて、本当知っていたけれど。

 少しフィリス様をからかっただけよ」


「なっ!?」


「お酒の力を借りて意中の男性を誘惑したいなんて……エッチなお姫様ね」


「~~~~~~っ!?」


 アルコールは一切飲んでいないのに、フィーの顔は真っ赤になっていた。


「さぁ、みんな飲み物を選びましょうか」


 こんな出だしからではあったが、こうして俺たちの祝勝会は始まったのだった。


「みんな、飲み物は揃ったわね?

 長い挨拶はするつもりはないわ。

 みんな、楽しんでね。

 それじゃあ、乾杯」


「「「「「「「「かんぱ~い!」」」」」」」」


 コンッとみんながグラスを合わせる。


「お料理をお持ちしました」


 そして次々に料理が並ぶ。

 サラダのような軽食は勿論だが、メインの肉料理は非常に分厚い。

 店主らしき男が立つカウンターでは、ブワアアアアアッ! と、フライパンから激しい炎が上がっていた

 あれはきっと肉を焼いているのだろう。


「この店が竜炎亭って言われるのはね、店主が炎を激しく上げて料理するからなんだ。

 まるでドラゴンの吐くブレスのようだ……なんてたとえられたからっていうのが、名前の所以ゆえんらしいよ」


 俺たちの視線が吹き上げる炎に向いていた為か、ミーナがそんな説明をしてくれた。

 ミーナが話している間に、ニアが分厚いステーキを切り分けてくれている。


「皆様、お取りわけいたしますね」


「ニア、今日はキミも含めて祝勝会なんだよ。

 メイドの務めを果たそうとするんじゃなくて、一緒に楽しんでほしいな」


「ありがとうございます。

 ですがこれは好きでやっていることですので……」


「もう……なら、ニアの分はボクが取ってあげる」


 ナイフとフォークを手に、フィーはニアの皿へ肉を取り分けた。


「フィリス様……!

 このお肉は……生涯の宝物として取っておきます!!」


 それ腐るからな。

 心の中で、俺は突っ込んだ。


「いや、食べてよ……」


 忠義に厚すぎる従者の発言に、フィーは苦笑していた。

 だが、普段からお世話になっていることを感謝するように、ニアをねぎらうのだった。


「もぐ! もぐ……もぐ、もぐもぐ……!」


 ニースは凄い勢いで肉を食べていた。

 幸せそうに頬が緩んでいる。

 本当に美味しそうに食べるなぁ。


「美味いか?」


「もぐ! もぐっ!」


 もぐもぐしながら、頷いた。

 実は少し前から……ぐぅ~というニースのお腹の音が聞こえていた。

 前のように倒れるまではいかなかったものの、かなりお腹は空いていたのだろう。


「俺のぶんも食べるか?」


「もぐっ!? ごほっ……」


 俺の言葉に驚いたのか、肉を喉に詰まらせたようだ。


「お、おい……大丈夫か?」


 かなり苦しそうだったので、背中をさすってやる。


「へ、平気よ。

 エクスくん、いきなり驚かさないでほしいわ?」


「驚かせるようなことを言ったか?」


「言ったわ。

 好きな男性に、お前にあ~んしてやるよなんて言われたら、びっくりするわ」


 あれ? 俺、そんなこと言った?

 俺のぶんも食べるか? と聞いただけのつもりだったんだが……。


「して……エクスくん?」


「あ、あ~んをか?」


「ええ、あ~ん」


 ニースが口を開いた。

 どうやらもう既に、俺にあ~んをさせる流れらしい。


「エクスくんがあ~んしてくれないと、空腹と寂しさ死ぬわ」


 し、死ぬのか!?

 だが……流石にそれはフィーに申し訳ない。


「エクス、いいよ。

 会長にあ~んしてあげて」


 困っている俺を見て、フィーがそんなことを言った。


「い、いいのか?」


「うん」


 フィーがいいのなら……俺は構わないが……。


「フィリス様もたまには心が広くなるのね。

 エクスくん。早くわたしにあなたのお肉を入れてほしいわ」


 俺はニースの口に、ステーキを一切れ運んだ。

 瞬間、


「ぱくっ……」


 なんとフィーがその肉を奪い取った。


「なっ!?」


 予想外の事態にニースは絶句した。


「うん……エクスのお肉、とっても美味しいよ」


 唇についたソースを、フィーがペロッと唇を舐める。


「ふぃ、フィリス様!? あなたなんてことを!?

 もうダメだわ……お肉を取られるなんて――私、死ぬわ」


 黒髪を振り乱しニースが絶望している。


「に、ニース様!? な、ならばそれがしのステーキを渡します!」


 リンは大慌てで皿ごと肉を渡す。

 だが、ニースは反応しない。


「え!? ちょ、ちょっと会長……そんなに落ち込まないでよ!

 前にお弁当を食べていた時、ボクがエクスにしたあ~んをキミが奪ったじゃないか!

 だ、だから……ちょっとイジワルしようと思っただけで……」


「お肉が……あ~んが……」


 ドグマとの戦いですら絶望に染まることのなかったニースの瞳が、今は虚ろになっている。


「わ、わかったよ!

 1回だけなら、エクスにあ~んしてもらっていいから!

 もうそんなに落ち込まないでよ……」


 フィーはちょっとした悪ふざけのつもりだったのだろう。

 だからこそ、ニースがここまで落ち込んでしまって、フィーまでしょんぼりしてしまっていた。


「いいのね? 言質は取ったわよ?」


「立ち直り早いよキミ!!」


 一瞬で復活するニース。

 やはり彼女は策士だった。


「エクスくん、じゃあ今度こそあ~んをお願いね」


「わ、わかった」


「あ~ん」


 俺が肉を取り、ニースの口に運ぶ。


「あっ……エクスくんの大きい。

 私のお口に入りきらないわ」


「もう少し小さくするか?」


「ダメよ! 私はあなたの大きいの! 大きいのが好きなのだから!」


 なぜ『肉』とか『ステーキ』という言葉が抜けているのだろうか?


「会長、早く食べなよ。

 食べないなら、またボクが取っちゃうよ?」


 フィーがジト目でニースを見た。


「それはダメよ! もぐっ……もぐもぐ……あぁ……エクスくんにあ~んしてもらったお肉、とっても美味しいわ」


 腹ペコ娘が恍惚な表情を浮かべた。

 こんなにも美味しそうに食べてくれるのなら、俺も嬉しくなってしまう。


「エクス、今度はボクがキミにあ~んしてあげる。

 はい、あ~ん……」


 フィーが俺の口に、肉を運んでくれた。

 だが、みんなが見ているところでは少し恥ずかしい。


「エクス! 貴様はやはり僕の敵だ!

 フィリス様のあ~んなんて絶対に許さんぞ!」


 ガウル!? 少し前まで親友とか言ってたろお前!

 友情安いな!


「が、ガウルの言う通りだ! お、お嬢様方に失礼だぞ!

 そんなにあ~んされたいなら、私がしてやるからそれで我慢しろ!」


 なぜかティルクまで、俺の口にステーキを運んできた。

 しかもすごく照れているのか、かなり顔が赤い。


「あら? なら私も参加しますわ~」


「じゃあ、あたしも!

 次の円卓新聞はエクスくん、酒池肉林を楽しむにするね!」


「それは絶対にやめてくれ!」


 セレスティアとミーナの悪ノリに、俺は本気で反応してしまった。

 だが、そんな記事が書かれたら余計な誤解を生むだけだ。


「ていうか! なんでキミたちまで参戦してきてるのさ! 会長だけで厄介だっていうのに!」


「エクスくん、私のお肉もあなたにあげるわ。

 さぁ、あ~んされてしまいなさい」


 そのニースも、自分の分のステーキを俺に食べさせようとしてくる。


「エクスうううううううっ!

 貴様と言う奴はあああああああっ!」


 ガウルは、今にも魔王に覚醒しそうな叫びを上げた。


(……お、俺はどうしたらいいんだ?)


 こんな混沌として調子ではあったが、俺たちの楽しい? 時間は過ぎていった。

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