第43話 アームファイト
20180304 更新2回目
※
しゅばっ!
プレゼントを買い、俺は直ぐに戻ってきた。
「リン、ありがとう。助かった」
「流石はエクス殿、某の目では捉えきれぬほどの俊敏な動きでした」
俺の感謝の言葉に、リンはそんな言葉を返した。
「エクス、用事は終わったの?」
「ああ、ごめんなフィー。
俺の用事はもう大丈夫だ」
「ううん。
でも、少しの時間で用事は済んだんだね。
ボクに気を遣っているのなら、もう少しゆっくりしてきてもいいんだよ?」
「大丈夫だ。
今日はもうはずっと、お前と一緒にいるからな」
「エクス……うん!」
ただ一緒にいると伝えただけで、フィーはこれ以上ないほど嬉しそうに笑ってくれる。
それだけで俺は、とても幸せな気持ちになってしまった。
「フィリス様、少なくとも私の前でイチャイチャはさせないわよ」
「むぅ……」
ニースからの牽制が入り、フィーが少し残念そうに頬を膨らませた。
「ねぇねぇ! みんな! あっちで面白そうなことをやってるから見に行かない!」
唐突に、ミーナが声を上げて指を向けた。
町の中心に人だかりが出来ている。
「面白そうですわね。
皆さん、行ってみませんか?」
みんな、何の騒ぎかと気になったようで、ミーナとセレスティアに同意した。
そして俺たちは、人だかりに向かって歩いて行く。
「ア~~~~~ムファイト~~~~~~……――レディ~~~~ッゴ~~~~~~!」
何かが開始する合図と共に、男たちの雄々しい声が聞こえた。
見世物かと思えば、なんと男たちが腕相撲をしている。
――バシン。
決着は一瞬でついた。
大柄で腕が太く、筋肉の塊のような男が、一瞬で負けた。
「さぁ、これで50勝目!
この腕相撲の無敗の王――いや、無敗の女王ランブルに挑戦するものはいないのか!?」
細身の女の子が無表情のまま拳を掲げる。
この女の子と負けた大男を見比べれば、簡単に覆せる筋力差でないことは一瞬でわかる。
それでもこの細身の少女はあの大男に勝利したのだ。
恐らく魔法を使ったか、生まれながらに何らかの加護を受けているのか。
「アームファイト? そんな競技があるんだね……」
「……私も初めて聞いたわ」
フィーとニースは聞いたこともないような競技だったらしい。
見た限り、やっていることはただの腕相撲だもんな。
「さぁさぁ! 他に力自慢はいないのかい!?
天下に轟くアームファイター! ランブルに挑戦したいものはっ!
今ランブルに勝てれば賞金は5000リラだ!」
元締め兼審判を行っている女がそんなことを言った。
さっきのカチューシャが1000個買えると思うと、とんでもない金額だ。
「ご、5000リラだと!?
せ、セレスティア様……ちょ、挑戦させていただいてもいいでしょうか?」
その金額に反応するガウル。
「あ~序列最下位になったガウルは、今月厳しいですものねぇ~……」
「な、情けない話ですが……どうか! 必ずや勝利してみせます!」
「あらあら……そうね。
もしガウルが負けたら、今日の祝勝会はあなたが全額支出するという条件でどう?」
あ、悪魔だ!
悪魔の取引だ。
ガウルをどこまでも追い込もうと、腹黒お嬢様が悪い笑みを浮かべている。
「ふっ、お任せください!
必ずや素寒貧を脱出し、今日の祝勝会は僕が全額お支払いします!」
勝てる保障もないというのに、お前はそんなことを言って大丈夫か?
「ならやってみるといいですわ~」
「ありがとうございます!」
ガウルは自信満々に歩いて行く。
「これは面白いネタになりそうだなぁ~」
ミーナの表情は、完全にガウルが負けることを期待していた。
『学園最低の騎士――小柄な女の子にも勝てず! ベルセリア学園の評判を地に落とす!』
こんな記事を書くつもりに違いない
ガウル……勝てよ。
色々と不憫なガウルを、俺は心の底から応援した。
「僕が挑戦者だ!」
「おっと~~~~ついに来た新しい挑戦者!
参加費は100リラだよ?」
「なっ!? 金を取るのか!?」
「当たりまえだよ!
こっちは遊びでやってるんじゃないんだ!
金がないならしっし!」
元締めに手を払われた。
「ぐっ……」
悔しさで歯噛みするガウル。
俺はその表情を見て、一歩を踏み出す。
「100リラだ」
そしてガウルの参加費を立て替えた。
決してお金に余裕があるわけじゃない。
だが……今日ばかりはこいつに勝ってほしいと思ったのだ。
「き、貴様……どういうつもりだ?」
「……お前に勝ってほしいと思った。
理由はそれだけだ」
「エクス……お前……。今回ばかりは感謝する」
ガウルの瞳は少しだけ涙に濡れていた。
俺たちの友情に、観衆から大歓声があがる。
今、この場は最高の盛り上がりを見せた。
「金さえ払ってくれるなら挑戦権は誰にでもあるよ!
それじゃあ開始しよう!」
台の上に挑戦者ガウルと女王ランブルが肘を立てる。
そして、てのひらを握り合った。
「では~~~ア~~~~~ムファイト~~~~~~……――レディ~~~~ッゴ~~~~~~!」
アームファイトが開始された。
――ドゴン!
「馬鹿なっ!?」
ガウルは一瞬で負けていた。
見事に手の甲が台に接触している。
「これで51勝目~~! 勝者は無敗の女王ランブル!」
俺の賭けは大損だった。
だが、後悔はしていない。
「ガウル~。
今日からあなたには、口だけガウルの二つ名を上げますわ~」
「セレスティア、本当に祝勝会は彼にお金を出してもらってもいいの?」
「それなら私も助かるわ」
「ガウル~、ありがとね~。
奢ってくれる上に、あたしにネタの提供もしてくれて」
貴族生徒たちは容赦なかった。
「……敵わぬ相手に挑むなとは言わぬが、せめてもう少し善戦してほしいな」
「普段から訓練に励んでいる騎士が負けるというのは、なんだか複雑な気分です」
同じ騎士として、リンとティルクは複雑な感情を抱いているようだ。
「……ガウル様、わたくしの分はお気になさらずに……」
ニアだけはガウルに遠慮してくれていた。
「くっ……僕も騎士だ! そして男として二言はない! 借金してでも全額払う覚悟です!」
だから、なんで妙に男らしいとこがあるんだお前は……。
「み、みんな、もう少し手加減してやっても……」
「だって彼、いつもエクスのことを悪く言うんだもん」
「私も彼は好きではないわ。
理由はフィリス様と同じね。
悪人ではないでしょうけれど……」
俺はガウルに何を言われても、全く気にしていないのだが……
まぁ、これ以上の話はガウルの傷を広げるだけだろう。
ならばせめて……。
「……フィー、俺も参加してみていいかな?」
「勿論だよ。
エクスならきっと、あのチャンピオンにだって負けないよね!」
「エクスくんが出るのなら、私、全力で応援するわ!」
「エクス殿の試合であれば、安心してみていられます」
「騎士の誇りにかけて、がんばってくれエクス!」
「おお! 今回はネタじゃなくて熱い記事が書ける予感!
期待してるからね、エクスくん!」
「わたくしも、微力ながら応援させていただきます」
フィーとニースだけでなく、みんなが俺を応援してくれた。
そして俺は項垂れるガウルに近付く。
「ガウル……」
「……敗者を笑いに来たか?」
「そんなわけないだろ。
後は任せろ。
お前の敵はちゃんと取ってやる」
「エクス……!? 貴様って奴は……」
ガウルが顔を上げた。
いつもなら喧嘩腰なこの男も、今は戦いに向かう俺を見守っている。
「おっと、お兄さんも挑戦者かい?」
「ああ、100リラでいいんだよな?」
「勿論! さぁ――それじゃあ試合が始まるよ!
皆さん、大注目!!」
観衆の視線が一斉に集まる。
俺は台の上に肘をついた。
「……あなた、強そう」
顔を合わせると、ランブルが声を掛けてきた。
表情の乏しい少女で、どこか無機質な感じがする女の子だ。
年齢は俺たちよりも少し低いくらいだろうか?
「お前も結構強そうだな」
近くで対峙して見た感じ、弱くはない。
だが、正直なところ掴めないという感じだ。
稀に力がはっきりしない奴らっているんだよなぁ。
「……ワタシは最強」
「へぇ、最強か」
まぁ、アームファイト無敗らしいもんな。
自信があって当然か。
俺たちの会話はそれで終わった。
互いに手のひらを握る。
「では~~~ア~~~~~ムファイト~~~~~~……――レディ~~~~ッゴ~~~~~~!」
戦いが始まった。
直後、ランブルが俺を倒そうと腕に力を込める。
一瞬、俺の手が後ろに動いた。
やはり結構強い。
これならガウルが負けるわけだ。
腕相撲の技術が桁違いだ。
が、
「ふっ!」
――バン!!
今度も勝負は一瞬だった。
だが女王の勝利ではなく、挑戦者の勝利という結果に終わった。
「え……」
審判であり元締めの女が唖然とした声を漏らす。
女王の敗北が余程以外だったのだろう。
「勝ちでいいんだよな?」
「え……あ、はい。
ちょ、挑戦者の勝利です……」
呆然としたまま俺の勝利が告げられた。
それから少しして……。
「「「わああああああああああああああああああああああああああっ!!」」」
目を覚ましたかのように、観衆が大歓声を上げたのだった。
「……あなた、何者?」
表情に乏しかったランブルが、初めて感情のこもった視線を俺に向けた。
「そうだな……」
少し考えて、
「お前に勝ったんだから、最強かもな?」
さっき言われた言葉を返した。
「……なら、いつか取り返す」
「そっか。
じゃあ縁があればな」
俺は賞金の5000リラを受け取った。
「ガウル、敵は取ったぞ」
「エクス……我が友よ!」
俺が右手を差し出すと、ガウルはその手を取り固く結んだ。
いつの間にかガウルに友達呼ばわりされていることには驚いたが、こいつは意外と義理堅い面もあるのかもしれない。
そして俺たちは、フィーたちの下へ戻った。
「エクス、カッコよかっ――」
「とても素敵だったわ、エクスくん!」
真っ先にニースが飛びついて来た。
そこからはいつも通り二人のバトルが始まり……昼食の時間となった頃、俺たちは祝勝会の会場となる料理店に向かった。
ご意見、ご感想をお待ちしております。