第42話 みんなで過ごす休日
20180304 更新1回目 21時にもう1話更新します。
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のんびりと談笑しながら町まで歩いていく。
今日の陽気は温かく気持ちがいい。
正に散歩日和といった陽気だ。
「ねぇ、エクス。
町に着いたら何をしようか」
歩きながら、フィーが俺に尋ねた。
祝勝会は昼食の時間に合わせて開かれることになっている。
店はニースが予約しておいてくれているそうで、時間になるまでは町で時間を潰すことになっている。
「それなんだが、実は一つやることを決めているんだ」
それは、フィーにプレゼントを買うことだ。
月初めに給料が出たのことで、俺は無一文をようやく脱出していた。
う
(……これで、あの時の髪留めが買ってやれるな)
俺の専属騎士としての報酬はそれなりに多かったらしい。
皇女であるフィリスの専属騎士であるという事、そしてベルセリア学園の騎士序列1位という評価が加算された結果だそうだ。
魔界と人間界では通貨が違う為、実はその価値を良くわかっていないのだが、髪留めを買うくらいは問題なさそうだ。
「やること? 行きたいお店でもあるの?」
「そう……だな。まぁ、秘密だ」
「秘密? ボクには話せないことなの……?」
フィーは拗ねたように言って、俺を見つめる。
「あ……いや、そういうわけじゃないんだが……」
出来ればプレゼントの事はまだ秘密にしておきたい。
突然渡して、フィーをびっくりさせたいのだ。
だがそれでも、何も伝えないままではフィーを不安にさせてしまうかもしれない。
「ご、ごめんね、こんなことを聞いちゃって。
ボクのことは気にせず、たまにはキミのしたいことを楽しんで」
俺に気を遣ってフィーは微笑む。
「心配しないでくれ。
俺はお前を裏切るようなことはしない。
それは約束する」
「エクス……。
うん、ボク、信じてるから。
ごめんね、キミを縛り付ける権利なんてボクにはないのに……」
「縛られてなんていない。
むしろ、もっと我儘を言ってほしいくらいだ」
「……そんなこと言っちゃダメだよ。
ボク、エクスにずっと甘えていたくなっちゃう。
キミが優し過ぎて、どんどんダメな女の子になっちゃうかもしれない」
その場に立ち止まり、俺たちは見つめ合う。
フィーの碧い瞳は俺だけ映していた。
「いつまでイチャイチャしているのかしら?」
二ースの声と共に、グッと俺の身体が引っ張られる。
「――エクスくんは、町に着いたら私とデートよ。
フィリス様は一人でお買い物でも楽しんでいるといいわ」
ニースは俺の腰に両手を回して、身体を押し付けてくる。
彼女の黒髪が揺れて俺の頬に触れた。
そして上目遣いで俺を見つめる。
頬を薄く染めるその表情は艶やかで色っぽかった。
「で、デートなんてダメ! 絶対に二人きりにはさせないから!」
「ニース様はケチねぇ……私は心が広いからあなたを妾にするくらいなら許してあげるけれど?」
「どうしてボクが妾なんだよ!」
「ニースお嬢様……ま、町の者達の目もありますので……」
リンが言い辛そうに、だが窘めるように口にした。
田畑を耕す町人たちは俺たちの様子を微笑ましそうに見守っている。
「フィリス様……お立場をお忘れなく……」
続けてニアが、頭を深々と下げてお願いするように言った。
「わ、わかってるよ……ごめん、ニア」
「リン、困らせてごめんなさいね」
忠義の厚い従者の言葉を、主たちは素直に受け入れるのだった。
「え、エクスもだ!
専属騎士だからと言って、警護対象である貴族生徒にくっ付き過ぎだ! そんなことでいざ敵に襲われたらどうする?」
そして俺もティルクにも怒られた。
「傍にいた方が警護しやすいだろ?」
「き、詭弁を言うな!」
「セレスティア、休み明けの新聞なんだけど。
『正妻はどっちだ!美少女皇女と美人生徒会長の泥沼の争い!?』って、見出しはどうかな?」
「いいんじゃないないでしょうか?
でも、エクスくんに嫉妬する生徒が増えてしまいそうですわね~」
仲良さそうに会話をするセレスティアとミーナ。
だが、俺としては内心、穏やかではなかった。
「ぐっ……だからなぜ貴様ばかり……」
こうして日々、ガウルのように敵意の眼差しを注ぐ生徒が増えている。
「そんな睨むなって」
「フィリス様だけでなく、ニースお嬢様の寵愛を受けているのだ!
それで睨まれるくらいで済むのだから安いものだろっ!」
嫉妬していることを微塵も隠そうとしないガウル。
これはこれで男らしい気がしなくもなかった。
※
「あ、見えてきましたわね」
「――せ、セレスティアお嬢様、お一人で駆け出さないでください」
町に向かって、セレスティアが駆け出すと、ガウルは慌てて追いかける。
「何か面白いネタがあるといいなぁ~」
ミーナも駆け出した。
俺たちも皆、それに続く。
そして、約一ヵ月ぶりの町に到着した。
『フレンダリの町へようこそ』
入口にある看板が見えた。
フィーの母親、ティアの故郷。
温かく賑やかな優しい町は――今日も町人たちの活気に満ち溢れている。
「これはフィリス様! それにエクス様も!」
立っていた衛兵の一人が俺たちに声を掛ける。
「あ……キミはあの時の……」
彼はティゴット一味を拘束した後、お世話になった衛兵さんだ。
「はい。
もう一月ほど前になるでしょうか?
再びフィリス様をお目に掛かれるとは光栄の極みです」
今にも泣き出しそうなほど、この衛兵さんは感動している。
「ふぃ、フィリス様……って――こ、皇女殿下!?」
フィーの名を聞き、もう一人の衛兵が驚き過ぎて尻餅を突く。
「き、キミ……大丈夫?」
「だ、大丈夫です!
我が町の誇り――ティア皇妃のご息女にお会いできるとは……」
こちらの衛兵さんも、恐縮しつつも感激していた。
デント村でも皇族の影響力のようなものを感じたが、この町でのフィーの人気はやはり特別高いようだ。
「フィリス様とその専属騎士をはじめ、ベルセリア学園の生徒のご活躍を聞きました。
なんでもドグマ盗賊団を討伐されたとか」
どうやら、ドグマ盗賊団が壊滅したという話は、デント村からこの町まで流れていたようだ。
「ボクは何もしてないよ。
頑張ってくれたのはエクスやみんなだから……」
尊敬の眼差しを向ける衛兵に、フィーは困惑した様子で話をする。
「フィリス様は、ご遠慮なく町の方々にご挨拶を続けてください。
私とエクスくんはその間にデートを楽しむとしましょう」
俺の腕を取り、ニースは颯爽とこの場を去ろうとした。
「待ちなよ」
フィーは生徒会長に透かさず手を伸ばして、がっちりと腕を掴んだ。
「はぁ……皇女様はガードが固いわね」
「会長相手に油断できないからね」
目で戦いながらも微笑みを交わす二人。
「フィリス様、こちらの方々はご学友ですか?」
二人の様子を見ていた衛兵が尋ねた。
「うん、同じ学園の生徒なんだ。
今日は遊びに来ただけだから、あまり騒ぎにしないでもらえると嬉しい」
「か、かしこまりました!
ごゆっくりお楽しみください」
衛兵は深々と礼をすると、町の警備に戻った。
それから俺たちは町の中に入った。
(……さて、ここからが問題だ)
あの髪留めを買いに行く場合、フィーの傍を離れる必要がある。
この町が安全な場所とはいえ、ティゴット一味のようなゴロツキが再び出て来る可能性はあるからな。
少しの間だけとはいえ護衛は必要だろう。
「エクスくん、下着を買いに行きたいから付き合ってくれないかしら?」
「俺がそういう店に入ったら、明らかに変な目で見られるだろ」
「大丈夫よ。
彼女の下着を選んであげる為に、男性が入ることもあるのだから」
「なに当然の事のように言ってるんだよ!
ボクだってまだそんなことしてもらってないのに!」
「ならこの際、フィリス様の後でもいいわよ?」
「そ、それなら……って、ダメだよ!
結局、キミの下着も選ぶことになるじゃないか!」
町中ということもあり、少し声が小さめだが、二人はどちらも一歩も引かない平行線の会話を続けた。
このタイミングでなんだが、
「あのさ、フィー……少し外してもいいかな?」
俺は早速、露天商に向かうことにした。
「あ……さっき用事があるって言ってたもんね……」
「用事? なら私も一緒に――」
「ニース、すまないが一人で行かせてほしい。
用事が終わったら後はみんなの行きたい場所に付き合うから」
「そう、わかったわ。
私はフィリス様みたいに束縛する女ではないから、なんでも遠慮なく言ってくれていいのよ?」
「ぼ、ボクだって、エクスのこと束縛したりしないもん!」
からかい口調のニースに、フィーは少し自信がなさそうに反論した。
「……というわけでリン、頼みがあるんだが」
「この場を外すのだな。
しかし、エクス殿が……珍しいな」
専属騎士とはいえ、片時も離れず時間を過ごすわけじゃない。
が、それでも俺とフィーは基本的には一緒にいるからな。
リンが不思議に思うのは当然だろう。
「少しわけありだ。
対策はしておくが万一何かあった場合は頼む」
俺はフィーに対して、自分の使える防御魔法を掛けた。
あまり防御魔法は得意ではないが、その分多くの魔力を注ぎ込んだ。
強度で言えば、上位魔族の攻撃を複数回は防げる程度なのでまず危険はないだろう。
問題は魔法の持続時間なので、ぱぱっと買ってぱぱっと帰らなければ。
「わかった。
某はエクス殿に大きな恩がある。
この命に代えても、フィリス様はお守りすると約束しよう」
少し大袈裟な気もするが、この生真面目な剣士らしかった。
「じゃあ頼む」
俺は全速力で露天商まで走った。
※
町の人通りを避けながら、しゅばっ! と、髪留めが売っている露天商の前に到着。
「店員さん、あの時の髪留めはあるか?」
「わっ……お客様、超高速の登場ですね?
それとお久しぶりです」
「ああ、ちょっと急いでたんだ。
それと久しぶりです」
どうやら店員さんも俺を覚えてくれたらしい。
「カチューシャを、取りに来たんですか?」
「取り置きして置いてくれてるのか!?」
買いに来ておいてなんだが、少し驚いてしまった。
「勿論ですよ、頼まれていましたから。
可愛い彼女へのプレゼントなのでしょ?
きっと取りに来ると思っていましたよ」
微笑ましいものを見るみたいに、店員さんから優しい顔を向けられた。
なんという露天商の鏡だ! いい人だ!
「俺は一生、この店を贔屓にするからな!」
「ははっ、それは嬉しいですね。
物作りは昔から好きなので、商品は全て貴重な一点物なんですよ。
なので、お客様に気に入っていただけて幸いです」
「そういえば、以前来た時も一点物だと言ってたよな。
手作りなのは凄いな……」
「まぁ、昔から色々と作っていますからね。
ただ……ご贔屓にしてもらえると言っていたばかりで申し訳ないのですが、実はそろそろ別の町に行こうと思っていたんです。
やることもなくなってしまったので」
「そうか……残念だ」
「もしかしたら別の場所で会えるかもしれませんよ?
縁があればきっと」
そう言って、露天商のお姉さんは俺に髪留めを渡す。
「5リラだったよな?」
「ええ、学生の方でも購入できる安心価格です」
取り置きしてもらっていたことも考えて、俺は倍の価格を払った。
「よろしいのですか?」
「ずっと待ってもらってたお礼だ」
「そうですか、ではありがたく。
彼女さんにちゃんと渡してあげてください。
喜んでくれるといいですね」
「ああ!」
返事をして、俺は再びしゅばっ! と町中を駆け抜けた。
店員はそんなエクスの背中を優しく微笑みながら見送る。
「……良く似ているなぁ本当に。
でもまいった……やはり変化が起こっているみたい。
少しずつ『ズレ』を修正しないと……」
この呟きは当然、エクスの耳には入っていなかった。
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