第41話 みんなで町へ!
20180303 更新1回目
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ドグマ盗賊団の一件以降、俺たちは穏やかな日々を過ごしていた。
「ほら、エクスくん……もう直ぐ出るの? そろそろイッちゃうのかしら?」
「もう少しだから、あまり急かさないでくれ」
俺の耳元でニースが囁いた。
さらに、フッ――と息を吹きかけてくる。
「っ……」
ビクッとなる俺に、ニースは艶っぽく微笑む。
「か、会長、今のはダメ! エッチな誘惑は禁止って約束したでしょ!」
そんな会長に、即座に突っ込みを入れるフィー。
「今のどこがエッチだと言うのかしら?
あなた、呼吸はしないの?
私はただ、吐息が漏れてしまっただけなのだけれど?」
俺に寄り添うニースが、ワザとらしく首を傾げる。
だがその表情はどこか挑発的だ。
「息を吹きかけたのもおかしいけど、そもそも発言がおかしいじゃないか!」
「おかしくなんてないわ。
だって、そろそろ部屋を『出る』のでしょ?
外に『行く』のだから当然よね?」
「むむむ……」
フィーは悔しそうに唇をギュッとさせた。
今朝の舌戦もニース優勢で進んでいる。
第5皇女と生徒会長の視線が複雑に絡みあっていた。
「……主君に対して申し上げ辛いのですが、某たちがいることはお忘れなく……」
「そ、そうです!
お嬢様方は世間的にも立場のあるかたなのですよ!
お、男とそんな密着するなど……ま、町に出るのは構いませんが、民の前ではお控えください!」
リンとティルクの騎士コンビが、気まずそう……というか、照れたように頬を赤くしていた。
ちなみにここは、俺とフィーの部屋だ。
ティルクの謹慎期間も終わり、今日はドグマ盗賊団を討伐した祝勝会をやることになっていた。
「あらあら? 朝から皆さん、楽しそうで何よりですわ~」
「ニースお嬢様いけません!
一刻も早くその男から離れてください! 襲われます!」
「ネタの提供は年中無休で大歓迎ですよ!」
部屋にはセレスティアとガウル、それとミーナもいた。
彼女たちも、今回の祝勝会に参加することになっている。
三人は依頼に直接関わったわけではないが、ティルクの件で心配を掛けたということもあり、なんとリンが誘ったのだ。
勿論、俺たちは三人の参加を快く受け入れた。
「ガウル、あなたたまには良い事を言うわね!
エクスくん、今すぐ私を襲いなさい!」
「なぜ命令なんだ!?
俺は友達を襲うような真似はしたくないぞ」
これでも俺は、理由なく人に手をあげるような暴力的な人間ではないつもりだ。
「と、ともだ……っ……ま、まぁ、み、未来の妻とはいえ、まずは友達からよね」
ニースが明らかな動揺を見せ、勢いのあった猛攻が止まる。
「ふふ~ん。
そうだよね、エクス。
『友達』じゃ、襲えないよね」
悔しそうな顔から一転して、今度はフィーの攻撃が始まった。
「ぐっ、フィリス様、その勝ち誇ったような笑みはやめてもらえるかしら?
数か月後には、私とエクスくんがベッドを濡らす中、あなたは一人、枕を涙で濡らすことになっているのだから」
「べ、ベッドをって――か、会長はいちいちイヤらしいよ!」
「フィリス様だって、そういうイヤらしいな事をしたいのでしょ?」
「そ、そういうのは、心の繋がりがあってこそでしょ!」
賑やか……というか姦しい言い争いは暫く続いた。
「本当にお二人は仲がよろしいですわね」
セレスティアは二人を微笑ましく見守っている。
リン、ティルク、ガウルはプリンセスの争いに困惑していた。
「……良くも悪くも、フィリス様にとって本音をブツけ合える方がいるのはありがたいことかもしれませんね」
ニアはそんなことを言った。
こうして言い争いをしているものの、二人の間にある空気は以前に比べて柔らかくなったように思う。
協力して依頼を達成したことで、仲間としての絆は深まったのかもしれない。
とはいえ、互いを敵視しているからこそ、現状のような状況が続いているわけだが……。
「会長……とりあえず、今は休戦しよう。
このままじゃ大切な休日が終わっちゃうよ」
「そうね……。
無駄な争いをしても仕方ないわ。
お互いにとって、有意義な一日にしましょう」
とりあえずの握手を交わし二人は休戦協定を結んだ。
きっと直ぐに破棄される違いない。
この場にいる誰もそう思っていた。
「じゃあ、とりあえず寮を出るか?」
「うん、行こう!」
伸ばされたフィーの手を、俺は優しく握って、互いに手を絡め合った。
「行きましょうか、エクスくん」
今度はニースが俺の腕を取った。
そして、柔らかい感触が押し付けられる。
「ニース、流石に自重してほしいんだが……」
「あうっ……ドグマとの戦いで出来た傷が……」
俺の言葉に、ニースはわざとらしく表情を顰めた。
冗談なのはわかったが、少し心配になってしまう。
身体の傷は癒えても心に出来た傷は中々治らないものだからな。
こうして元気に振舞ってくれてはいるし、ニースは強い女性だと思う。
だが、それでもやはり支えが欲しい時はあるだろう。
「い、今その話を持ち出すのは卑怯だ!」
「フィリス様が、今日のデートを許可してくれたのでしょ?
だったら腕組くらいは許してほしいわ」
「むぅ……で、デートじゃなくて祝勝会でしょ!」
一瞬、睨み合う二人だったが、休戦協定が機能したようで言い争いに発展することはなかった。
「よろしければ某は鍛冶屋を覗きたいのですが?」
「リン先輩、私もご一緒します!」
女騎士たちは、自らの獲物を鍛え直すつもりのようだ。
「ガウル、荷物持ちは頼みますよ」
「お任せください!
全ての荷物は僕がお引き受けいたします!」
ガウル、お前は本当にそれでいいのか?
いや、これもこの男の騎士道なのかもしれない。
『騎士道とは荷物持ちと見つけたり!』
ガウルの心の声が俺に届いた……気がする。
こんな賑やかな調子のまま、俺たちは寮を出て町に向かうのだった。