第40話 新たな火種
20180302 更新1回目
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「フィリス様、戻られたのですね! ご無事で何よりです!
ニースくん、リンくん、ニア、そしてエクス、君たちもご苦労だった!」
俺たちは今、学園長室にいた。
デント村から帰還したばかりの俺たちを見て、学園長はほっとしたような顔を浮かべている。
「それとティルク! お前は勝手な行動ばかりとりやがって!
無事だったからいいものを……」
「す、すみません……」
「罰としてお前には、今日から1週間の謹慎を命じる。
次に勝手な行動を取れば、今度こそ退学処分だからな!」
元騎士のおっさんが凄む。
怖そうにしても今は普通のおっさんだった。
「わ、わかりました。肝に銘じておきます」
学園長もティルクを心配していたのだろう。
殊勝な女騎士の態度に、これ以上は強い言葉を浴びせることはなかった。
「まだ聞いていませんでしたが、依頼の結果は……」
「達成してきたわ。
村人たちも無事だし、盗賊団も壊滅よ。
でも……いくつか気になることがあったの」
学園長に、ニースは何かを差し出した。
「これは……魔法道具か?」
それは、迷宮を出る前に盗賊から奪って来た魔剣だった。
「ええ、そうよ。
ただでさえ貴重な魔法道具を、盗賊が複数所持していたの」
「バカな……」
深い戸惑いの色を浮かべる学園長。
ニースは続けて、ドグマがしていた指輪について話した。
「……攻撃を完全に防ぎ、傷を癒し続ける?
そんな魔法道具は聞いたことがないぞ?」
王都で騎士団に所属していた元騎士ですら、ドグマのつけていた指輪の効果に耳を疑っている。
「最終的にはエクスくんの攻撃が指輪の効果を上回ったようだけれど、私たちだけなら今、ここに戻って来ていないでしょうね」
「某も、自らの未熟さを思い知る機会となりました」
「ニース君とリン君がそこまで言うのか……」
「本当に異常な効果だったよ。
エクスの攻撃を何回も防いでいたもん」
正直に言えば、この大陸を消し飛ばすつもりで限界突破の一撃を放てば、ドグマを消滅させることは簡単だった。
だが、そんなことをしたら多くの人に迷惑を掛けることになる為、出来るはずもない。
子供の頃からルティスに力の使い方を叩き込まれていたお陰で、魔族や魔物が相手なら力の加減も完璧だが、まだ人間相手にはどのくらいの力で攻撃すればいいのかわかっていないんだよな。
だから基本的には、人間にはかなりの手加減をしている。
ドグマに喰らわせていた攻撃はドラゴンの王様――竜王くらいなら一撃で吹き飛ぶせるくらいの威力だった。
指輪はその攻撃を数回は防いだのだから、それなりに効果は高いと考えていいかもしれない。
「あれほど強力な魔法道具なら、国が管理していなければおかしいわ。
もしかしたら、ドグマたちはキャメロットの宝物庫にでも盗みに入ったのかしら?」
「会長、それは不可能だってわかってるでしょ? キャメロットには騎士団だけじゃない。
大陸最強の12騎士――円卓の騎士がいるんだよ?」
「不可能なのはわかってるわ。
でも、あれほどの魔法道具なら国が管理していなければおかしいわ」
ニースの発言は矛盾していた。
王都には円卓の騎士がいる以上、盗賊団が宝を盗むことは不可能。
だが、あれほどの効果の魔法道具が存在するとすれば、キャメロットの宝物庫以外はあえりないという。
「……とにかく報告は以上よ。
もし、学園長の方で何かわかったら教えてほしいわ」
「わかった。
捕えた盗賊団の人間から情報を探ってみるとしよう」
報告を済ませて、俺たちは部屋を出た。
※
寮までの帰り道。
「大婆様なら、あの魔法道具について何か知っているかしら?」
「マリンさんがわからなければ誰も知らないんじゃないの?」
ふと漏らした会長の呟きに、フィーは淡々と答えた。
宮廷魔法師にして時代の生き証人。
マリン・テンプルであれば、確かに何か知っていてもおかしくないかもしれない。
「今も、いくつかの可能性を考えているわ。
もしかしたら大婆様が関与しているんじゃないか、とかね」
「に、ニース様! マリン様を疑っておられるのですか!?
あの方はそんな下賎な真似事はいたしません!」
リンは珍しく、主に対して強い進言をした。
家族を疑うような事をしてほしくないのかもしれない。
「わたくしも、リンさんの意見に同意です。
マリン様は決して非道を働くような方ではないかと……」
続けてニアが答えた。
ニースは意表を突かれたような顔を見せる。
だが、直ぐに納得したように小さく頷いた。
「……そういえば、あなたはフィリス様の従者だものね。
大婆様のことを知っていてもおかしくないか。
私も大婆様がそんなことをしていると本気で思っているわけじゃないわ。
全ての可能性を探っているだけ。
たとえば……皇族の関与なんてものを含めてね」
真面目な顔で不敬な発言するニースだが、決して冗談で言っているわけではないようだ。
「に、ニース様、今の発言は不敬罪です!」
生真面目なティルクはおろおろと慌てふためく。
「皇族たちは権力闘争に必死で、盗賊と関わっている暇はないと思うけど」
対照的に、フィーは冷静に言葉を返した。
だが、国の中枢にいる人間が今回の事件に関与していれば、盗賊団に魔法道具を融通することは出来たんじゃないだろうか?
ただ、その場合の問題点として、盗賊に力を貸す理由が俺には全くわからなかった。
「あくまで可能性の話よ。
でも、そうとでも考えないと納得できないことばかりなのよ」
「某も、ニース様のお気持ちは理解できます。
貴重な魔法道具を複数所持しているだけでも驚きなところを、あんな不可思議な指輪まであったのですから」
それを管轄する者達の関与を疑わざるを得ないと、リンは考えているようだ。
「……フィリス様は何か心当たりはないの?
王都にいた頃に、ドグマがはめていた指輪に似たものを見たとか、凄い魔法道具があったとか」
ニースに問われて、フィーは考え込む。
彼女が王都で過ごした期間は短いと聞いている。
何より幼いフィーが宝物庫の宝などに興味を持つはずもない。
「……関係ない話かもしれないけど」
フィーは自信がなさそうに口を開いた。
「なんでもいいの。
気付いたことがあるのなら話してみて」
「みんなも噂くらいは聞いたことがある話だと思うんだけど……。
円卓の騎士は12人それぞれに、強力な武器や道具を与えられるって言うよね?」
「ああ、フィリス様は勇者の遺産についておっしゃっているのですね」
主の言葉に従者は理解を示した。
だが、俺には全く聞き覚えのない言葉だった。
「勇者の遺産? なんだそれは?」
初めて聞く言葉に、俺は疑問を呈した。
「エクスは聞いたことがないのか?
歴代勇者が大陸中を冒険して集めた魔法道具の中でも、特に強大な力が封印された物、それを勇者の遺産と言うのだ。
騎士として知っておいて損のない情報だぞ」
ティルクは鼻を高くして説明する。
女騎士は、騎士の知識に関しては造詣が深いようだ。
「選定の剣とは違うのか?」
「あれは勇者の遺産ではないわ。
次代の勇者の訪れを見極める為の剣よ。
誰が作ったのかはわからないけど、一説によれば、世界が崩壊を防ごうとする強制力が働いた事で生み出された剣とも言われているわ」
なんか難しそうな話が飛び出した。
こういう話はルティスが大好きなんだよなあ。
「だから、世界に危機が近付くと次代の勇者が現れ、選定の剣を抜くと言われてるの。
選定の剣の力を完全に使いこなせるのは真の勇者だけと言われ、全知全能の力を得るとすら言われているわ」
全知全能? あの剣って、そんな凄いの?
今のところ、消えたり出したりできるだけで、強力な力は感じないのだが?
単純に俺が使いこなせていないだけなのか?
そもそも人間界ではまだ、剣を使う必要があるほどの強敵に出会っていないしな……。
「対して勇者の遺産は魔法道具と同じように、誰にでも使うことができる。
勿論、使いこなすには適正が必要だと思うけれど、あまりにも強力な力ということで国が管轄しているのよ。
ただし例外として、円卓の騎士になった者は、勇者の遺産の所有許可を得ることができる」
「大陸で最強と言われてる奴らなんだろ?
強いならそんな道具必要ないと思うがな」
「この辺りは、皇族たちの権力闘争も関係してくるんだよ」
俺の疑問に答えてくれたのはフィーだった。
「円卓の騎士はね、全てが皇帝の管理下に置かれているわけじゃないんだ。
表向きは皇帝に忠義を尽くしているけど、彼らにも派閥がある。
次代の皇帝争いに必死なんだよ。
そして皇族たちは、自分の派閥にいる円卓の騎士に、より力を与えたいと考えているからこそ、勇者の遺産を与える」
要するに権力闘争には力が必要だからという話か。
そうまでして権力なんて欲しいかね?
うちの魔王は我儘だが、権力の類には興味なかった気がする。
ルティスの代になってから魔族の権力争いも、かなり少なくなったとか聞いている。
好き勝手やっていた面はあるが、あれで魔界のことを考えて色々と行動していたから、多くの者から好かれていたのかもしれない。
今更だが、あいつって凄い奴だったんだな。
そんなことを改めて感じた。
「……こうして話していても、推測にしかならないわね。
今日はもう帰って休みましょう。
学園長の方からキャメロットには報告が行くでしょうし、それで何か見えてくることもあるかもしれないわ」
ニースの言葉に頷き、俺たちは寮に戻った。
※
それから暫くして、ドグマ盗賊団が壊滅したという話がデント村から大陸中に広まり、同時に第5皇女フィリスと、その専属騎士であるエクスの名前が知れ渡る事となった。
そして噂は、ある者達の耳に入る。
「キャハハ、聞いた~?
あの盗賊団、壊滅しちゃったらしいよ。
折角、『遺産』の複製品を渡してあげたのに」
「実験は失敗だったようですね。
やはり勇者の遺産の複製は困難なのでしょうか……?」
高らかな笑い声を上げる少女に返事をしたのは、いかにも育ちのいい好青年だった。
「仕方ないわよ。
最初から、勇者の遺産を完璧に複製できるとは思っていないもの」
続けて口を開いたのは、キツそうな顔立ちの女性だ。
「でも複製品とはいえそれなりの効果はあったはずでしょ~?
なのに学生に負けちゃうって言うのがねぇ~。
討伐には騎士団に動いてもらう予定だったんだけどなぁ。
少しでも、戦力を削っておきたかったんだけど……」
「そういえば、ドグマを討伐したのはフィリス姫の専属騎士という話だったな」
厳格そうな男がフィリスの名前を口にする。
それを切っ掛けに話題は移り変わっていった。
「泣き虫フィリスか。
あの下賎な皇族の恥じがまだ生きていたなんて驚きよ。
『お父様』にも見捨てられた無能の癖に、いつの間にか専属騎士まで持っているなんて……」
「第5皇女とはいえ……民の間で噂が広まると、邪魔になりそうだよね~。
たかが盗賊団を倒したくらいで、第5皇女と専属騎士を英雄扱いする者までいるって聞いてるよ~。
このままだと、皇位継承争いに参加してこないとも限らないと思うなぁ~」
「計画の日は近いのだ。
今更、第5皇女を気にする必要もないと思うが?」
「どうせなら、『まとめて』消えてもらうのはどうかしら?
この国が誰の者なのかを、民にはっきりと示すにはいい機会よ」
権力に固執する者たちが、ニヤッとした笑みを交わす。
新たな戦いの火種は、エクスとフィリスが知らぬところで大きくなりつつあった。
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