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第38話 VSドグマ②

20180301 更新1回目

            ※




 村を出て、俺たちは急ぎダンジョンに戻った。

 そして、入口に踏み込もうとした時、


 ――ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


 耳をつんざく爆音が聞こえ、迷宮がガタガタと揺れた。

 ニースたちだろうか?

 だが、盗賊団と戦闘中だとしても今の音はなんだ?

 それなりに大きな魔法でも使ったのだろうか?


「フィー、すまん!」


「えっ……わっ」


 俺はフィーを抱えて全力で疾駆した。




         ※




「ぐっ……全員、無事かしら……?」


「も、問題ありません……。

 ニース様が魔法で炎を防いでくださったお陰です」


 炎が迫る直前、ニースは咄嗟に魔法を使った。

 だが、かなり魔力を消費してしまった上に、完全にあの業火を防げていない。


「わたくしもなんとか……しかし、連続であれを受けるとなると……」


 ニアの表情は厳しい。

 だが、ニースとリンもそれは同様だ。


(……まさか、こんな強力な魔法道具マジックアイテムを複数持っているなんて)


 それはニースにとって、完全に想定外だった。


「ひゃはははっ、どうだ? 少しは効いたかよぅ~?」


 ドグマがなぜこうも余裕があるのか。

 その謎が、ニースは今更になってわかった。


「……魔法道具マジックアイテム――それも魔剣なんて、どこで手に入れたのかしら?」


 魔剣というのは魔法道具マジックアイテムの一種だ。

 武器に魔法的な力が封じられており、知識がない人間でも簡単に魔法を使うことが出来る。

 威力は御覧の通りではあるが……これほどの武器は、本来はキャメロットの騎士団であっても装備するのは難しいものだ。

 それをたかが盗賊団が複数所持しているなんて……。


「さぁてな~~。答えてやる義理はねぇだろぅ~。

 まぁ、そうだな。

 お前が今からストリップでもしてくれるなら、教えてやってもいいけどよぅ~~~!」


「っ……」


 ニースは考える。

 この状況を打開する策を。

 魔剣による攻撃力は圧倒的。

 もう一度くらいならなんとか防ぎ切ることは出来るかもしれないが……。


「どうしたんだぁ? やるのかぁ? やらねぇのかぁ、どっちなんだよぅ~~~~~!」


「貴様ぁっ!」


 主に近付くドグマに、リンは居合を放つ。

 その時、ドグマの指にはめられている指輪が怪しく光ったことに、ニースは気付いた。

 ――ギンッ! という鈍い音が響き、攻撃が当たる直前にリンの剣を弾く。

 まるで見えない壁がドグマを覆っているようだった。


「お前は少しウザいなぁ……おらっ!」


「っ……うう!?」


 リンの腹部に、トグマの拳が埋まった。

 万全なリンであれば避けることも難しくはない。

 だが傷つき体力が消耗した彼女はその一撃すら避けることは出来なかった。


「おらっ! クソ女がっ!」


 腹を殴られた衝撃で呼吸も出来ず膝を突くリンの身体を、ドグマはさらに殴り付ける。


「くっ……卑劣なっ!!」


 その行動を止める為、ニアがドグマに接近する。

 だが、


「邪魔だっ!」


「なっ……!? がはっ!?」


 恐ろしいほど速い拳にニアは殴り飛ばされ、壁に背中を打ち付けた。

 男の指に付けていた指輪の一つが怪しい光を放った。


「やめてっ!」


 ドグマに対して、ニースは強い語調をぶつけた。


「……ストリップでもなんでもするわ……」


 ニースは呟くように伝える。

 本当はこんな事、絶対にしたくない。

 だが、勝機が見えない今、少しでも時間を稼ぐ必要がある。

 それに、彼女には生徒会長として、皆を守る責任があるのだ。


「ほう……」


 ドグマをニヤついた笑みを浮かべた。

 同時に団員たちも下卑た視線でニースを見つめた。


「に、ニース……さ、ま、おやめ、ください!

 それがしの……為に、そのような事を……なさる必要は、ありませぬ……!」


 リンの瞳には涙が浮かんでいる。

 主が自分たちを救う為、屈辱に耐えていること。

 自分がニースを助けることの出来ない不甲斐なさが、リンは悔しくて仕方なかった。


「ははっ! おいおい見ろよお前ら! この女、泣いてるぞ?」


「団長にイジメられたからじゃないっすか?」


 何が楽しいのか、心底可笑しいとばかりに、盗賊たちは笑い声をあげる。


「り、リンさんの……おっしゃる、通りです……。

 このような、者たちの前で、あなた……が肌を、さらす必要など……」


 倒れ伏すニアも、服に手を掛けたニースを必死に止める。


「いいねぇ、いいねぇ! たまらないねえええぇぇぇっ!!

 オレはなんだか興奮してきちまったぜえええっ!」


 ドグマが、ニースに近付いた。

 そして右手を彼女の首に伸ばして、そのまま指先に力を込めて絞め上げていく。


「っ……かはっ……」


「はははっ!

 ストリップもいいが、苦しんでる女の顔はマジで最高だなぁ!

 このまま泣き顔でも見せてくれたらもっとたまらねぇんだがっ」


 ニースの首を絞めたままドグマが右腕を上げると、彼女の足が浮かび上がる。


「ぐっ……」


 殺すつもりなら、いつでも殺せるのだろう。

 ニースは、ドグマが自分を苦しめる為に、生かさず殺さずの力で責め苦を与えようとしていることを理解した。


 だが、苦しみに耐えながらもニースは諦めていない。今も勝機を窺っていた。


(……片手で私の身体を持ち上げるなんて……)


 ガタイのいいドグマとはいえ、片手で人の身体を持ち上げる事などできるだろうか?


 苦しみに耐えながらニースは視線を動かすと、ドグマの右手の指輪の一つが怪しい光を放っているのがわかった。


(……やはりこれが……)


 結語指輪コネクトリングとは違う。

 だが、何か力が封じられていることは間違いなさそうだ。


「さて、ここからオレがお前の服をひん()いてやるぜ!

 まずは上か――」


「……やめ、ろ……」


 掠れた声と共に、ドグマの右足に何かが絡みついた。


「あん?」


「――やめろ……!」


 這いつくばっていたティルクが、ドグマの右足を押さえつける。


「なんだテメェ? 雑魚はくたばっとけ!」


 ガンッ! とドグマは女騎士の頭を踏みつけた。

 だが、それでもティルクはドグマの右足から離れない。


「ニース様を離せ!」


「しつこいなぁ、お前? 手を離せ」


 ガン! ガンッ! と何度も踏みつける。

 だが、それでもティルクは手を離さない。


「……離さない! 絶対に、離すものか……!」


 蹴られ続けているにも関わらず、ドグマを捉えるティルクの力は強くなっていく。


「私に出来ることは何もない。

 ニース様が、リン先輩が、ニアさんが……私のせいで傷付いているのに……」


「あのよぅ……何が言いたいんだお前……?」


「勝手に突っ走って……みんなに迷惑を掛けることも、考えていなかった……」


 それはティルクの独白のようだった。

 痛めつけられている彼女自身、もしかたら自分が何を伝えたいのかもわかっていないのかもしれない。


「テメェは雑魚だもんな。

 そんな雑魚騎士を助けに来たこいつらは何を考えてるんだかな」


「私は……弱い……でも、根性と諦めの悪さなら……誰にも、負けない」


 だが、それでも一つ確かなことがあるとすれば、彼女がニースたちをなんとしてでも守ろうとしようとしていることだ。

 力ない自分に出来る最善を尽くそうとしていること。


「お前がニース様を離すまで、私は絶対にお前を離せない!」


 何も出来ない騎士なりの、惨めでカッコ悪い、でもそれでもこれが彼女の唯一出来る戦いだった。


「なさけねぇ姿を晒してまぁ……――もういいから、お前死ねよ!」


 強烈な殺気がドグマから放たれた。

 足を上げると、ドグマは思い切りニースの後頭部を踏みつけた。

 だが――


「――情けなくなんてないだろ」


「……?」


 唐突に聞こえた声に、ドグマは首を傾げた。

 踏みつけたはずのティルクはおらず、ダンと、変わりに地面が穿たれる。


「お陰で間に合った」


 だが違和感はそれだけじゃない。

 ドグマの右手からも重みが消えてなくなっていた。

 さらに、団員たちがバタバタと一斉に崩れ落ちて行く。

 何が起こったのか? と、ドグマの思考は混乱する。


「……ごめんな、ニース、ティルク。

 遅くなった」


 その声にドグマは目を向ける。

 見知らぬ男が、ニースとティルクを抱きかかえていた。


「……え、エク、ス……?」


「エクス、くん……?」


 たった今、何が起こったのか理解できたものはいない。

 この場にいるエクスを除いて。


「ニア、リンも大丈夫かい?

 攫われた村のみんなは、もう救出したから!」


「ふぃ、フィリス……さま、よかった……」


「……村の方々はご無事だったのですね……」


 エクスとフィリスの姿に、リンとニアは呆然とした顔を浮かべてたが、村人たちの無事を聞き安堵のぁ息を漏らした。

 全員の無事を確認して、エクスはドグマを見据える。


「……あいつにやられたんだな」


 その顔を見て、ニースとティルクはようやく理解した。

 彼が自分たちを助けてくれたのだということを。


「……ええ。

 あなたの大切な未来のお嫁さんが、あいつのせいでボロボロよ。

 エクスくん、責任を取ってくれるかしら?」


 冗談を口にするニースだったが、その表情はエクスへの信頼に満ちていた。


「悪かった。

 だが、お前たちを傷付けた責任は、あいつにちゃんと払わせる」


 抱きかかえていた二人を優しく地面に下ろして、エクスはティルクを見た。

 彼女の勝手な行動が、仲間たちを危機におとしいれることにも繋がった。


「……エクス、私は弱い……」


「今はな。

 でも、これから強くなれる可能性だってある。

 それよりも、まずは無鉄砲なところは直せ。

 少しは身に染みたろ?」


 エクスは優しく笑いかけ、ティルクのおデコを指先で押した。

 すると、じわっ……と、女騎士の瞳に涙が溢れる。

 彼女は心の中を、安堵や悔しさ嬉しさ、悲しさ、色々な感情がごちゃごちゃにさせながら頷き返した。


「……エクス、勝ってくれ……!」


「任せろ!」


 背中を向けた一人の騎士に、ティルクは憧憬を抱く。

 その頼もしい姿は、彼女にとって一生忘れられないものとなった。

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