第37話 VSドグマ①
20180228 更新1回目
※
空の旅が終わり、デント村に到着した。
「皆、無事だったか!」
最初に声を上げたのは村長だった。
村人たちは一斉にこちらに駆け寄り、家族の無事を喜び合っている。
「おかあさん、ねぇね!」
「ジェミニ!」
「あ~あなたとまた会えるなんて……!」
どうやらジェミニも、家族と再会できたようだ。
「フィリス様、エクス様……一体、どうお礼をすればいいか……」
村長が深々と頭を下げたのを見て、みんながそれにならう。
「村長、ボクたちは直ぐに戻らないといけない。
仲間が迷宮で盗賊団と戦っているんです」
「……なんと!? では、ニース様たちはまだ……」
「ああ。
だから礼は、ニースたちもいる時に言ってやってほしい」
「それは勿論です!
どうかお気をつけて、何も力になれぬ我々ですが、皆様の無事を心から祈りっております!」
村長たちの深い感謝の想いは十分伝わっている。
だが……その言葉は皆が揃った時だ。
俺とフィーは急ぎ、迷宮へと戻った。
※
エクスたちが攫われた人々をデント村に送り届けた頃――。
「ふ~ん……そう。
この鍵を使って迷宮の鉄扉を開くことができるのね」
「そうだ……」
無力化した盗賊から情報を引き出した上で、ニースは迷宮の鍵を奪い取っていた。
ニースのパーティは既に5人の盗賊を倒しているが、鍵を持っている団員はこの男が初めてだ。
鍵の数には限りがあるらしく、盗賊団の中でもランクの高い者しか持たせてもらえないらしい。
「お主らが攫った村人たちがどこにいるか答えよ。
それと、女騎士を見掛けてはいないか?」
「攫った奴の部屋は直ぐ近くにある。
女騎士ってのは長身で美人のか?」
「見たのか!?」
「あ、ああ。
村人たちと一緒にいるはずだぜ」
隠すことなく、盗賊は答えていく。
だが、ニースたちは思った。
躊躇がないのが怪しすぎると。
「……もし嘘を吐けば、このナイフをあなたに突きさしますよ?」
メイドに脅され、盗賊は大慌てで頭を縦に振った。
「う、嘘なんて言わねぇ!
ば、場所は知ってるし、あ、案内することだってできる!
ただ……せめて両足の縄は外してもらえるとありがたいんだが……」
団員は自分を拘束する縄をちらっと見た。
「逃げたら即刻斬るぞ?」
「あ、あんたたちが強いのは、さっきの戦闘でよくわかった。
オレだって、無駄死にするような真似はしねぇよ」
「……いいわ。
リン、『切って』あげなさい」
「お、おいちょっと待て! 斬るって――」
「かしこまりました」
その言葉の後――カチャン。
刀を鞘に納める音がした。
同時に盗賊を拘束していた足の縄が切断されていた。
「はぁ……。
くそっ、ビビらせるんじゃねえよ」
安堵と苛立ちをない交ぜにした呟きを漏らしながら、男は立ちあがった。
「さぁ、案内なさい」
「わかってるっての……」
盗賊は歩き出した。
ニースたちは注意しながら、盗賊の後ろに付いて行く。
「この先だ」
「そう、ご苦労様。
リン――」
「はっ!」
主に命じられると、リンは刀の柄で盗賊の鳩尾を突いた。
「ぐぁっ……」
短い悲鳴を上げて男が倒れる。
「お見事です」
そのあまりにも素早い動きにニアは感心した。
「大したことではありません。
さぁ、先を急ぎましょう」
そしてニースたちは通路を進んで行くと、
「おらっ、さっきまでの威勢はどうしたんだよ?」
荒っぽい男の声が聞こえた。
「ぐっ……わ、私は……」
対して女の声は憔悴している。
「この声は!?」
「ティルクね……。
でも……室内にいるのは二人だけではないようね」
「ええ、盗賊団員が複数いるようです」
ニアがそう言った理由は、扉の外からでもわかるくらい室内がざわついていた為だろう。
「おいおい! こんな弱いんじゃ見てて面白くねえなぁ!」
「騎士って言っても所詮は女か?」
野次が聞こえてくる。
それは明らかに、ティルクに向けたものだった。
「っ……」
後輩騎士のピンチに、リンの心に焦燥感が走った。
だが慌てて行動に出ることはない。
感情のままに行動する事の危険性を、彼女は理解していた。
何より彼女の傍には、守らねばならない主がいる。
「……リン、気持ちはわかるわ。
でも、中の様子を少し確認させて……」
ニースの言葉に、リンとニアが頷く。
それから、ニースは扉に鍵をいれてゆっくりと回した。
カチャ……と、鍵が開く音が聞こえる。
中の盗賊たちは気付いていないようだった。
ニースは音を立てないよう少し扉を開き、隙間から中を覗き込む。
「ははっ! どうしたどうした!」
「っ――くそっ!」
室内はかなり広い。
攫われた村人たちはいないようだ。
(……あの盗賊、嘘を吐いたわね)
だがティルクがいるのは確かだ。
部屋の中では、ティルクが盗賊団と戦闘……いや、一方的な暴力を受け続けていた。
「弱いねぇ……弱い弱い弱い!」
ティルクは武器もなく、鎧も剥がされている。
「あぐっ……がっ……」
頬を殴られ、腹を蹴られ、倒れれば髪を引っ張られ無理に立たされる。
盗賊たちはその光景を酒を飲みながら観戦しつつ、時には手を出し、ティルクを甚振り続ける。
「騎士様と遊ぶは初めてじゃねえが、こんなに弱い貴様は始めてだぜぇ~」
「ば、ばかに……するな……」
震える足に力を込めて、ティルクはなんとか立ち上がろうとする。
彼女の瞳には強い光が宿っている。
村を襲ったこの盗賊団になど屈しないという強い意志が見て取れた。
「ひゃははっ、もう少し楽しめそうだな」
「団長~、あんまりやり過ぎると死んじまうぜ」
「そりゃ勿体ねぇな。
殺すんなら楽しんでからにしやしょうぜ」
がははははっと、盗賊たちは下品な笑い声を漏らす。
「なんと卑劣な……」
怒りの余り、刀の柄を握るリンの手に力が入った。
「……ティルクと対峙している男、奴がこの盗賊団のリーダーのようね。
リン、ニアさん……3、2、1で扉を開くわ。
突入後、まずは頭を潰しましょう」
不意打ちを卑怯だ……などと、口にする者はいない。
ニースの言葉に、リンとニアは頷いた。
「3、2、1――!」
バン――と扉を開いた。
大きな物音に盗賊たちの視線が集まる。
虚を突かれ男たちは呆然と佇む中、リンとニアの動きは速い。
突入から盗賊団のリーダーに接近するまで数秒。
「はぁっ!」
「お覚悟!」
リンとニアの同時攻撃。
完全な不意打ちに、盗賊団のリーダーは硬直している。
交差する二人の一撃は間違いなく盗賊のリーダーを切り刻んだ――はずだった。
――ガギン!!
だが、その必殺の一撃は届かない。
リンの刀とニアのナイフは、盗賊に当たる直前に何かに弾かれていたのだ。
「――馬鹿なっ!?」
「防がれたというのですか?」
何が起こったのか? 自分たちの攻撃を阻んだのはなんなのか!?
予想外の事態が、二人の行動を遅らせる。
「リン、ニアさん、下がりなさい!」
ニースの声に反応し、二人は盗賊団のリーダーから距離を取る。
「……ん~だよ?
折角楽しんでたのによぅ~……」
盗賊団のリーダーが、ニースたちに鋭い三白眼を向けた。
その男の指には、親指から小指まで5つの指輪がはめられている。
他にもいくつか装飾品を身に付けていた。
高価そうなものから、アンティークのような古めかしいものまで。
盗賊団というだけあって、全てが盗品なのだろうか?
「ドグマ団長、大丈夫ですかい?」
「テメェら何者だ!!」
団員たちが、ニースたちを取り囲む。
「……その制服、ベルセリア学園か?
なるほど……村の奴ら救援依頼を出しやがったか……」
盗賊団団長――ドグマが口を開く。
ニースたちの制服を見て、答えを予想したらしい。
荒くれ者たちをまとめているだけあって、それなりの才覚はあるようだ。
「……違うわ。
私たちはその子を助けに来ただけよ」
ニースは咄嗟に嘘を吐いた。
これには、デント村の人たちは関係ないと伝える意図があった。
「ああん? この女騎士の知り合いか?
てかこいつ、学園の生徒なのかよ?」
「騎士団から派遣されたわけじゃないのかよ。
じゃあ弱いわけっすね」
わいわいガヤガヤと、ティルクを嘲笑する声が部屋に満ちる。
「この女、いきなり一人で現れた時は驚きましたけど、信じられないくらい弱かったですからね」
「そうそう、見張りをしてるオレらに喧嘩を売ってきてよ。
だけど、殴ったら直ぐに気絶しちまったんだ。
殺しちまっても良かったんだが、ほら……この身体でしょ?
とりあえずどうするか、団長に聞いておこうかなぁって……」
わははははっ! 笑い声と共に、下卑た視線が傷付いた女騎士に向いた。
鎧は剥がされ下に着ていた服もボロボロに裂かれており、肌が一部露出している。
ティルクは慌てて腕で胸を覆い、悔しそうに唇を噛み締めた。
「ま~よぅ~、オレはこういう気の強い女は好きだぜぇ~。
殴っても罵倒しても揺るがねぇんだもなぁ~!
サイッ、コ~~~に嬲りがいがあるからよぅ。
そしてさらに~! 今、ここに! たまらねぇ美人が三人も入って来やがった!」
ギラつく視線が、ニースたちに向けられる。
「嬲るもよし、犯すもよし、奴隷商人に売れば金にもなるぅ~~~~!
ふうううううううううっ! サイコッ~~~だねぇ!
そう思わねえかぁ、お前らっ!」
団長の病的な熱量が、団員に伝染していく。
まるで騎士たちが戦場で鬨の声でも上げるように、手下たちは一斉に興奮を抑えきれぬとばかりに奇声を発した。
「ヤル気が出たじゃねぇかぁ~~!
よ~し、ならヤりまくれ! 殺りたいように、犯りまくれええええええっ!」
それが合図となり、熱に浮かれた団員たちが、一斉にニースたちに襲い掛かった。
「……下郎がっ! 数で押せばどうにかなると思うなよ!」
リンが刀を抜く。
目にも止まらぬ居合は襲い掛かってきた盗賊を斬り倒した。
1体1の戦いならリンが圧勝なのだが、
「おらああっ!」
敵の数があまりにも多い。
彼女の得意とする戦術では、ひっきりなしに前後左右から迫る敵への対応は至難だった。
「リンさん、後ろはお任せを!」
背後から襲い掛かる敵にニアは両手に持ったナイフで応戦する。
「ありがたい!
ニース様はお下がりください」
「何を言っているのかしら?
それでもあなたは私の専属騎士なの?
私も戦うに決まっているでしょ」
ニヤッと、ニースは微笑んだ。
「こんな卑しい男に舐められるは不本意よ。
ティルク、あんたもやられっぱなしでいいのかしら?
悔しいなら立ち上がりなさい!」
生徒会長として、傷付き倒れる後輩を鼓舞する。
「出来ないのなら、私たちだけでこいつらを倒してしまうわよ?」
「くっ……わ、私だって……まだ、やれます」
這いつくばりながら、腕に力を入れて、ティルクは必死に立ち上がろうと奮闘する。
「いやぁ笑えるねぇ~~~~。
この人数を相手に、テメェら三人とこのクソ雑魚騎士でどうやってオレたちに勝つってぇ?」
長い舌をベロッと出して、ドグマが不気味に笑う。
「10分後に同じことが言えるかしら?
それと、覚えておきなさい。
あなたには私は後輩を痛めつけた責任を取らせるわ」
「ひゃはははっ! いいねぇ~~~~、美人に責められるのは好きだぜぇオレァ!
だがあんたみたいないい女の泣き顔はもっと大好物だけどなぁあああ~!」
ドグマの笑い声が響いた。
「テメェのお仲間は随分と傷付いているみたいじゃねえか」
個々の戦闘力は盗賊たちを大きく上回っているリンとニアだが、流石に多勢に無勢。
徐々に体力は落ち、致命傷は避けているものの、多少のダメージは避けられない。
「――リン、ニアさん、まだいけるわよね?」
「勿論です!」
「お任せ!」
「なら――踏ん張ってもらうわよ!
……我は癒す、傷付く者に聖なる光を!」
ニースが魔法を唱えると、仲間たちの身体を温かい光が包み込んでいく。
リンたちの傷が徐々に癒えていった。
「ありがたい!」
「力が戻って来たようです!」
リンとニアの応戦により、敵は確実に数を減らしていく。
「……ひゃははっ、回復魔法ってか!?
しかも、この速度で傷を癒すなんてなぁ……!」
ドグマは感嘆していた。
だが、その余裕の表情は崩れることはない。
まるで自分の勝利は揺るがないと確信しているように。
「随分と余裕ね」
「ひゃははっ、そりゃ焦るほどじゃねえわ。
うぉ~~~い! テメェらああああぁ!
魔法道具の仕様を許可するっ!」
「魔法道具?」
ニースの頭には疑問が浮かんだ。
魔法道具は貴重なものだ。
効果次第ではあるが、家を買うよりも高いなんてことはざらにある。
中には城が建つと言われるほど効果なものだってあるのだ。
それをなぜ盗賊団が……。
「いよっしゃあああっ!」
「やっちまおうぜっ!」
複数の団員が腰に下げていたナイフを抜いた。
そのナイフは赤い光を放ち――
「ぶっっぱなせえええええええええええっ!」
団員がそのナイフを振ると、業火のような炎がニースたち目掛けて放たれた。
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