第33話 依頼受諾
20180224 更新1回目
「依頼? 学園にそんなものが届くのか?」
学園長に俺は聞き返した。
「先日、学園に来たばかりのお前が知らぬのも無理はないな。
このベルセリア学園には、周辺の町や村から様々な依頼が届く。
その内容は多岐に渡るが、今回の依頼はドグマ盗賊団の討伐だ」
盗賊団とは物騒だな。
魔界と比べれば穏やかなユグドラシル大陸だが、何か事件でも起こったのだろうか?
「ドグマ盗賊団って、衛兵たちも手を焼いているっていうかなり大きな盗賊団じゃん!
マクレインの新聞でも、何度か取り上げたことがあるよ」
ミーナはその盗賊団を知っているようだ。
同時に俺はある疑問が浮かんだ。
「なあミーナ、ティゴット一味って知ってるか?」
休日に町で遭遇した三人組について聞いた。
「知ってるよ。
ティゴット一味は町のチンピラって聞いてる。
野蛮で多くの人に迷惑を掛けてたんだってさ。
でも最近、捕まったらしいんだよね」
「そいつらと、ドグマ盗賊団はどっちが危険なんだ?」
「そりゃドグマ盗賊団だよ! 規模が全然違う!
盗賊団の構成人数は50人を超えるらしいよ!
近いうち、王都の騎士団が動くんじゃないかって言われてたんだから」
50人とはかなり多いな。
人数が集まる前に叩いておけばよかったのに、騎士団は何故そいつらを放置していたんだろうか?
簡単に動けるような立場にないということかもしれないが……。
「盗賊団の討伐依頼が急遽きたってことは、もう被害が出ているの?」
「おっしゃる通りです、フィリス様。
昨日、女子供が盗賊団に攫われたと……。
村の衛兵も必死に対応したそうなのですが怪我を負ってしまったそうで……」
フィーの問いに学園長は重々しく頷く。
「……既に被害が出ているからこそ、王都から騎士団の派遣を待つのでは遅すぎるというわけね」
「うむ。王都の騎士たちが動くまでには時間がかかり過ぎる。
被害を最小限に抑え早急な解決をということで、学園に依頼が入った」
「そうなると学園内でも実力の高い生徒を動かす必要がある。
学園長はエクスくんとリンなら、盗賊団に後れを取ることはないと考えたのね」
「その通りだ。
二人がフィリス様とニース君の専属騎士であることは承知しているが、なんとかこの依頼を受けてもらえないだろうか?」
学園長は必死の面持ちで俺たちを直視する。
攫われた村人たちを救いたいという気持ちに偽りはないようだ。
「非力な女子供を攫うとは卑劣な!
ニース様、ご許可をいただけるのであれば、今すぐに某が盗賊団を壊滅させてご覧にいれましょう!」
正義感の強いリンは熱り立った。
「セレスティア様! この戦い僕も参加させてください!」
ガウルも続けて声を上げる。
この男も生真面目で、且つ騎士としての正義感は強い男だからな。
リンと同様に卑劣な輩が許せないのだろう。
「ガウルの気持ちはわかります。
ですが……」
セレスティアは学園長を見た。
「気持ちはありがたいが、今回の依頼はリン君と同等かそれ以上の実力者に頼みたいと考えている」
遠まわしな言い方ではあったが、ガウルでは実力不足ということらしい。
それだけこの盗賊団が厄介な相手なのだろう。
多くの専属騎士、騎士見習いのいるこの学園とはいえ、実力のない者に依頼を受けさせては返り討ちになると、学園長は考えているようだ。
「ならば、なぜエクスなのです!
この男の実力などリン先輩の足元にも及ばないでしょう!
まさか勇者の血族だからとでも言うのですか?」
「……ガウル、お前は勘違いしている。
エクス殿の実力は私などとは比べ物にならない。
その証拠に、今の学園の序列1位は某ではなく彼だ」
「馬鹿な!? こんな時になんの冗談です?」」
「某は冗談が嫌いだ。
お主は決して弱くない。
だからこそ、今は実力を付けろ。
せめて自分と相手の間にある実力差を理解できる程度のな」
複雑な表情を浮かべたものの、ガウルが言い返すことはなかった。
リンが冗談を言う騎士でない事を、この男も理解しているのだろう。
「エクス……ボクはこの国の民を救いたい。
それが高貴なる者の義務だから――なんて言うつもりはないよ。
この国の皇女でも、ボクにはなんの力もないし、ボクがみんなの為に出来ることは限られている。
でも、それでもキミが良ければ……」
遠慮がちに俺に言葉を向けるフィー。
だが、彼女の気持ちは十分に伝わっている。
「フィー、俺の迷惑になるなんて考えなくていいんだ。
自分の想いを、お前がしたい事を口にしてくれ。
俺はフィーの専属騎士なんだから」
「……ありがとう、エクス」
その感謝の言葉と共に、
「エクス、盗賊団からみんなを助けて!」
「ああ――任せろ」
フィーの言葉を受け取った。
「ではメンバーは4人で決定でいいかしら?」
ニースはメンバーを確認した。
「4人? エクスとリン君の2人ではないのか?」
「学園長は馬鹿なのかしら?
私とフィリス様も一緒に行くに決まっているでしょ?」
「はっ!? が、学園の貴族生徒を盗賊団の討伐に参加させられるわけがないだろ!」
黒髪の令嬢の発言が意外なものだったのか、学院長は焦燥感を露わにした。
どうやら、このおっさんの考えでは専属騎士のみに依頼を受させるつもりだったようだ。
「私が回復魔法の専門家なのは、学園長もご存知ではなかったかしら?
もし怪我人がいた場合、早急な処置が必要という可能性もあるわ」
「に、ニース君の実力は理解している。
護身術の成績も非常に優秀な事を考えれば、今回の参加を認めることは出来るだろう。
だが、フィリス様もご一緒にというのは……」
「フィーをここに置いていく方が危険だ」
仮に世界が崩壊するような事態になったとしても、フィーが俺の傍に居てくれるなら絶対に守り抜くことが出来るだろう。
だが、傍に居てくれなければ、守れるものすら守れなくなってしまう。
「ボクもそう思う。
エクスの傍よりも安全な場所なんて、この大陸中を探してもないよ。
それに、ボクだって苦しんでいる人の助けになれるかもしれない!」
「で、ですが……」
「学園長、悩まれている時間も惜しいのでは?
囚われている村人たちは、今も苦しんでいるかもしれません」
「ぐぅっ……わ、わかった……。
確かに皇女であるフィリス様と、その専属騎士が村を救い来たとなれば、村人たちが得る安心感は大きいでしょう。
しかし許可する以上は、エクス、絶対にフィリス様をお守りするのだぞ!」
「言われるまでもない」
苦渋の決断ではあったようで、学園長は厳しい顔つきを浮かべながら納得した。
「ではメンバーはこの4人で決定ね。
学園長、村の場所はどこなのかしら?」
「ここから東にあるデント村だ」
「デント村……!? ティルクの故郷ではありませんか!?」
村の名前を聞き、リンが驚愕した。
「うむ。
騎士見習いのティルクには、既に村の状況を伝えてある」
「ティルクに伝えてしまったのですか!?」
「故郷である以上、伝えるのは当然だろ。
勿論、勝手な行動を慎むようと話してお――」
「あの正義感の塊のような女騎士が、行動を慎めるわけがないでしょう!
学園長は生徒のことも理解されていない馬鹿者なのですか!」
「ば、ばかもっ!?」
まさか生真面目なリンが、学園長に暴言をぶつけるとは……。
だが、それだけ学園長に対して激怒しているようだった。
この女剣士は、かなりティルクを可愛がっていたようだからな。
「……ガウル、ティルクさんが学園にいるか確認を……」
「――かしこまりました」
セレスティアに命じられ、直ぐにガウルは行動を開始した。
「私たちは今のうちに準備を整えましょう。
もしティルクが既に学園を出ていた場合は、直ぐに追い掛けたほうが良さそうね」
準備の後、俺たちは学園の正門前に集合となった。
※
俺とフィーは一度寮に戻ると、ニアに盗賊団の討伐に行くことを伝えた。
すると、
「わたくしもご一緒いたします!」
「で、でも……」
「どうかお願いいたします! フィリス様をお守りしたいのです!」
「え、エクス、どうしよう?」
「いいんじゃないか?
ニアなら足手纏いになるってことはないだろ?」
まだ計り切れていないが、彼女の実力はリンと同等くらいと感じている。
盗賊を相手にする程度なら、何も問題ないだろう。
それに、信頼する従者がいたほうがフィーも安心できるはずだ。
「……わかった。
でもニア、無理しちゃダメだよ」
「わかっております。
無理のないよう、全身全霊を掛けてフィリス様をお守りいたします!」
全くわかっていなさそうなニアであったが、こうして依頼参加が決定した。
※
準備を終えて学園の正門前に俺たちは集合した。
ガウルからの報告によると、ティルクの姿は学園のどこにもないらしい。
間違いなく村へ向かったと考えるべきだろう。
「あの馬鹿者……一言でも、某に相談すればいいものを……」
「リン、悔いても仕方ないわ。
直ぐに行動を開始するわよ。
ニアさんもよろしくお願いします」
「ニース様、よろしくお願いいたします」
そういえば、ニースがマリンの血縁者であることを、ニアは知っていたのだろうか?
このメイドであれば、知っていてもおかしくなさそうだが……。
まぁ、今はそれを尋ねても仕方ないか。
「移動には、大婆様から渡されている魔法道具を使うわ。
一点物だから、行きだけにしか使えないけれど……」
言って、ニースはポンと地面に赤い宝石を投げた。
「起動――転移装置」
すると、地面に魔法陣が描かれ魔法が発動した。
「転移の魔法か」
「ええ。
長距離転移は無理だけど、デント村付近までなら一瞬で飛べると思うわ」
「こんなに便利な魔法道具を作れるなんて、マリンさんは本当に凄い宮廷魔法師なんだね」
フィーは素直な感心を見せた。
「身内自慢になるけれど、大婆様は稀代の道具製作者と言われているほどの天才なの。
そんな大婆様でも、転移系の魔法道具の量産は難しいと言っていたわ」
フィーの母親の偽人を生み出した事といい、マリンが天才であることに疑いはないだろう。
しかし、ルティスは転移系の魔法道具の量産など軽々やっていた。
それを考えると、魔王ルティスは我が義親ながら、やはりとんでもない大天才なのかもしれない。
「申し訳ありません、ニース様。
ティルクの為に貴重な魔法道具を……」
「リンが気にする必要はないわ。
ティルクは私の後輩でもあるのだから。
それに、盗賊団からデント村の人々を一刻も早く救ってあげたいの。
こういう時にこの魔法道具を使わなかったら、きっと大婆様に笑われてしまうわ。
さぁ――もう話は終わりにして、行くわよ!」
ニースが転移装置に足を踏み入れ、俺たちもその後を追った。
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