第32話 学園宛の依頼
20180223 更新1回目
※
「行こうか」
「うん」
互いに笑みを交わし、俺とフィーは自然に手を繋いだ。
「お二人とも、行ってらっしゃいませ」
寮を出る俺たちを、ニアが見送る。
これだけならいつもの流れだったが、今日はすすっとニアが俺に近付いてきて、
「エクスさん、くれぐれも良識のあるお付き合いを……」
俺にだけ聞こえるように呟く。
反射的に彼女を見ると、ニアは真摯な眼差しを俺に向けていた。
昨日の事をニアは心配しているようだ。
(……フィーはこの国の皇女だもんな)
フィーを生涯守る覚悟はある。
だが、このまま関係を先に進めた時、責任を果たさなくちゃならない相手はフィーだけではない。
彼女の家族は勿論だが、この国の事情も関わってくるだろう。
「どうか、お願いいたします」
俺はニアの目を見て、しっかりと頷き返した。
「二人とも、ボクに内緒の話?」
少しいじけた顔を見せるフィー。
そんな主に、ニアは柔らかな笑みを向けた。
「お、お嬢様をよろしくお願いしますとお伝えしていたのです」
「ふふっ、ならニアの公認だ」
「ですがフィリス様……皇女としての立場もお忘れなく」
「そ、それはわかってるよ。
お父様のご迷惑になるような事はしない……つもり……」
フィーは尋ねるような上目遣いで俺を見つめる。
昨日のような状況になったら……俺もフィーも互いに自分を抑える自信がないというのが正直なところだ。
だが……筋を通さなくちゃならない相手がいる。
せめてフィーのご両親には、俺たちの関係を認めてもらわなくて……。
フィーのことを大切にしたいからこそ、今は我慢の時だろう。
※
学園の玄関口でセレスティアとガウルに遭遇した。
「あら? 今朝もラブラブですわね~」
「き、ききききき貴様! フィリス様のお、お手を、お手をおおおおおおっ!」
手を繋ぐ俺たちを見て、ガウルは恩讐を漏らした。
微笑ましそうなセレスティアとは対照的に、ガウルは目で殺すような視線を俺に向けている。
「ガウル、うるさいですわよ」
「で、ですが、ですがセレスティアお嬢様!」
「前から思ってたけど、キミ、ちょっと気持ち悪いよ」
「んなっ!?」
「あらフィリス様、この気持ち悪いところが、ガウルの面白いところでもあるんですよ」
「ほごっ!?」
二人のお姫様の遠慮ない会話に、ガウルは塵となった。
そして風に乗って遠くまで飛んでいく。
あのガウルはどこに行くのだろう?
いつかここに戻って来れるのかな?
「しかし……朝から手繋ぎ登校ですか~。
またお二人の仲は進展したようですわね~」
「お二人とも、行きましょうか」
「そうだね」
「……が、ガウルはいいのか?」
「勝手に戻ってきますわ~」
今のセレスティアの言葉には、ガウルに対する押しつけがましい何かを感じた。
この毒舌お嬢様は、これでもガウルのことを信頼しているのかもしれない。
先に歩き出すセレスティアの背中を見て、俺はそんなことを思った。
※
「遅かったじゃない、エクスくん」
「お嬢様方、エクス殿、おはようございます」
教室には既に、ニースとリンがいた。
「やっぱり今日も、このクラスで授業を受けるつもりなんだね」
「当然よ。ところで、その手は何かしら?」
今も繋がれたままの俺たちの手を見て、ニースは眉を顰める。
同時にクラス中の視線がこちらに集中していた。
セレスティアやミーナは、ワクワクとこの先の展開を見守っている。
他人事だからこそ、生徒たちはまるで物見遊山を楽しんでいるようだった。
「ふふ~ん。
これはボクとエクスの愛情の証さ」
フィーは繋いだ手を、ニースに見せつけた。
「なるほど……つまり、私と争う事を決めたということかしら?」
「会長が挑んでくるなら、ボクは受けて立つ。
絶対に負けないよ」
「そう、いい覚悟ね。
なら私も全力で戦わせてもらうわ」
フィーは挑戦者の言葉を、眼差しをしっかりと受け止めた。
挑戦者を前にもう逃げることはないが、フィーは俺の手をギュッと握った。
やはり不安は完全に消えたわけではないのだろう。
「ニース、伝えておくことがある」
「……なにかしら?」
俺が言葉を挟んでくるとは思わなかったのか、ニースは少し間を置いて返事をした。
訝しむような視線を向けられる。
フィーを不安にさせない為にも、俺からもはっきりと伝えなくちゃいけない。
「俺はフィーと恋人同士になった。
だから……俺はお前と付き合うことは出来ない。
ニースの言う運命とかは関係なく、俺はフィーが好きなんだ」
「……なるほど。
フィリス様が私に挑む勇気を得た理由はそういうことなのね……」
口振りからするに、ニースはフィーが戦わず逃げる可能性が高いと考えていたようだ。
「でも、恋人の座なんてどうでもいいわ」
「え? じゃあ会長はエクスの事を諦めてくれるの?」
「それはないわ」
「なっ!? い、言ってることがおかしいじゃないか!」
「二人が恋人関係にあること、それは私にとって敗北ですらないのよ。
最終的にエクスくんの妻になることが私の勝利条件だもの」
「え……」
「はぁ!?」
良かれと思ってフィーとの関係を伝えたのだが、それはニースは燃え上がせる結果に繋がっていた。
「エクスくん、私は必ずあなたの心を物にするわ」
ニースの手が緩やかに伸びて、その指先が俺の顎に触れた。
そして艶やかで色気のある笑みを向ける。
「フィリス様も、戦う以上は傷付く覚悟はしておいてください。
一応、ハンカチくらいはこちらで用意しておいてあげるけれど」
「っ……か、会長こそ覚悟しておくといいよ! ぼ、ボクは負けないから!」
フィーはギュッと俺の手を握る。
俺もそんなフィーの手を優しく握り返す。
絶対にフィーを悲しませたりはしないと、そう伝えるように。
※
この直後、ミーナは教室を飛び出していた。
そして昼休みには、
『恋の戦争勃発!? 天才騎士――エクスを巡る争い!』
という号外が撒かれていた。
お陰でどこを歩いていても、俺たちは注目を浴びることとなった。
※
それから2週間ほど経ったある日……。
「エクスくん、あなた欲しいんでしょ?」
「欲しくないと言えばウソになる」
正直、欲しくてたまらない。
だがそれをフィーの前で言えるわけがない。
「そう。なら、私が欲しいといいなさい」
「作ってきたお弁当って大切な部分が抜けてるから!」
今日はニースが弁当を作ってきてくれたらしい。
いつもは食堂で昼食を取る俺たちだったが、それを一緒に食べることになっていた。
だが、中庭に到着して早速食事を……となったその時、俺はニースからお預けを喰らっていた。
「しかし、ニースお嬢様の手作り弁当をいただけるとは……このガウル、光栄の極みです」
「え? あなたに食べていいなんてわたしは一言も言っていませんけど?」
「セレスティアお嬢様!? そんなご無体な!?」
2週間前には塵と化してどこかに飛んで行ったガウルだったが、直ぐに復活していた。
この男の精神防御力は日々向上している。
「いやぁ~あたしもご一緒しちゃってすみません!」
ミーナも誘われ、一緒に中庭にいる。
「こちらこそ来てくれて助かるわ。
全部、フィリス様の我儘が原因だから」
会長の申し出を、フィーはみんなが一緒なら構わないという事で受け入れた。
「か、会長は感謝するところだろ!
ボクは本当は、エクスにキミのお弁当を食べてもらいたくなんて――はっ!?」
「フィー、俺は別に我慢してもいいんだぞ?」
「う、ううん! ボクも会長のお弁当は気になるから。
それに敵情視察って言うか、会長の料理の実力は知っておきたいし……。
作って来た料理を捨てちゃうのはもったいないからね」
どうやらフィー自身、会長の手料理が気になっていることは間違いないようだ。
何より、ニースが持ってきた料理の量――小さな弁当箱ではなく大きな重箱を3つも持ってきているのだ。
ニースが大食いということもあるが、これは流石に多すぎるだろう。
「皆さま、こちらをお使いください……」
リンが、取り皿とフォークを渡してくれた。
「それじゃあ、食べましょうか」
そして、ニースが持ってきたお弁当――重箱の蓋を一つ一つ開いていく。
「おお! 凄いな! めちゃくちゃ美味そうだ」
「こ、これ……本当に会長が作ったの?」
「まるで一流の料理人が作ったみたいですわ」
「素晴らしい。なんと美しい料理なんだ」
「流石は生徒会長。
容姿端麗、頭脳明晰ってだけじゃなく、なんでも出来ちゃうんだね」
重箱の中身は全員が絶賛するほどの料理だった。
俺自身、全く料理の知識はない。
だが、肉や野菜が彩り豊かに並べられた重箱の中は、まるで宝石箱のように美しかった。
重箱の中から漂う香りは鼻孔を刺激し、食欲をかきたてる。
「た、食べてもいいか?」
「勿論よ、エクスくん。
はい、あ~ん」
重箱の中の料理……鶏肉だろうか? をフォークに刺して俺の口に持ってきてくれた。
た、食べたい。
抗いがたいほどの純粋な食欲が俺を襲う。
「それはダメ!」
「ケチね、フィリス様は……。
でも、エクスくんは思わず、食欲を解放してしまうんじゃない?
さぁ、あなたの中の獣を解き放つのよ!」
「い、いや……じ、自分で食べるから」
俺はフィーが嫌がることはしない。
「ならボクがエクスに食べさせてあげる。
はい、あ~ん」
「あ、ああ」
フィーが俺の口に料理を運んでくれた。
それを食べようとすると、
「はぐっ、もぐもぐもぐ」
かぶっ。と、ニースが先に食べてしまった。
「あっ!? か、会長、なにするんだよ!」
「私の料理を私が食べただけの話だけれど?
でも、我ながら美味しいわ。
将来、間違いなくいい奥さんになるに違いないわね」
ニースに流し目を送られた。
「な、何気にアピールしないでよ!」
「自分の武器を利用して、魅力をアピールするのは当然じゃないかしら?」
がるるるるる! と、互いに威嚇し合う二人のお姫様。
その間にセレスティアたちは、それぞれ食事を進めていた。
「本当に美味しいですわ。
うちのお抱えのシェフよりもずっと美味しいかもしれません」
「うん! 会長の料理、ちょ~美味しいよ!」
セレスティアとミーナは舌鼓を打った。
「せ、セレスティア様、ひ、一欠片、一欠片だけでも……」
「はい、ガウル。あ~ん……」
「!? あ、あ~ん――」
「な~んて冗談ですわ」
ぱくっ。と、ガウルの口元に運んだ料理を、セレスティアは自分の口に運ぶ。
「せ、セレスティア様~~~~~~~!!」
全力で絶叫するガウル。
余程食べたいのだろう。
「……はぁ、仕方ありませんわね。
食べていいですよ」
「あ、ありがたき幸せ!!」
ガウル復活!
料理を食べて死ぬほど満足そうな恍惚な顔を浮かべている。
だらしなく表情が歪んでいる為、イケメンが台無しだった。
正直、俺も早く食べたい……だが、争っているフィーとニースを差し置いて、俺だけ食事をするのは……。
「……会長、妥協案だ。
エクスはお腹を空かせてる。
ボクとしても、彼を苦しめるのは本望じゃない。
だから、互いにあ~んは禁止でどうだい?」
「……それしかないようね。
エクスくんに料理を食べてもらえるだけで、今回は満足しておくわ」
俺の左右に座る二人のお姫様の間で協定が結ばれた。
様々な駆け引きがあったようだが、なんとか争いが収まったようだ。
「じゃ、じゃあ食べてもいいか?」
「ボクたちのせいで、待たせちゃってごめんね」
「あなたの為に作ったのだから、沢山食べてほしいわ」
そして俺たち三人も食事を始めた。
色々な料理が並んでいるが、とりあえず一口いただく。
「――っ!? 美味い!?」
めちゃくちゃ美味い。
これ、ニアの料理と同じか……それ以上に美味しいんじゃないか?
まるで魔法でも掛けられているのかと思うほど、本能が料理を求めてきて、次から次に口へ運んでしまう。
「ほ、本当に美味しい……」
これにはフィーも目を丸めていた。
「料理も私の趣味の一つなの。
エクスくんの為なら、将来はもっと美味しい料理を作れるようになると思うわ」
ニースは柔和な微笑を浮かべる。
その後、フィーに勝ち誇るような笑みを浮かべた。
「むぅ……」
フィーの中で明らかな対抗心が生まれたのがわかった。
そして俺の制服の裾を引っ張ってきた。
「……エクスは、もしボクが料理ができたら嬉しい?」
「嬉しくないと言ったら嘘になる。
フィーが俺の為に作ってくれたらと思うだけでも嬉しいからな」
「なら……ボクもがんばってみようかな。
料理って作ったことがないから、美味しく作れないかもしれないけど……」
自信がなさそうに口にして、フィーは苦笑を浮かべた。
「フィーの作った料理なら全部俺が食べるぞ」
「失敗しちゃった料理をエクスには食べさせられないよ。
美味しい料理を食べてもらいたいから」
「そういう失敗も含めて、フィーが俺の為に作ってくれたものなら、全部俺が食べたいんだ」
「エクス……」
「フィー……」
気付けば俺たちは見つめ合っていた。
「あなたたち――二人だけの世界を作らないでくれるかしら?
はい、エクスくん、これを食べて」
「ん? もぐっ――」
何かの料理を口に入れられる。
あまりにも美味しくて、口の中が幸せに満たされた。
「ああ! 会長、あ~んは禁止だって約束したのに!」
「私の前で二人の世界を作っているあなたたちが悪いのよ。
思わずエクスくんにキスして、現実に引き戻してあげようと思ったくらいだったのだけど、そうしなかったことに感謝なさい」
「そ、そんなことを約束を破った理由にしないでよ!」
協定破棄により、再び二人のお姫様の戦いが勃発しそうになっていた。
だが、
「あ~……フィリス様、ニース君、ちょっといいかな?」
突然、予想外の人物が会話に割り込んできた。
「……学園長?」
「何か御用ですか?」
やってきた学園長に二人も戦いを止める。
俺が顔を合わせたのは入学試験以来だった。
「……実は学園宛に依頼が入ってね。
申し訳ないが、二人の専属騎士を貸してもらう事は出来ないだろうか?」
一体、なんの為に現れたのか? という俺たちの疑問に対して、学園長はそんな頼みをしたのだった。
ご意見、ご感想お待ちしております。