第30話 恋の戦争
20180221 更新1回目
「……そんな……リン先輩が負けるなんて……」
ティルクは呆然と佇んでいる。
この結果が信じられないのだろう。
「……リン。
あなたはこれで納得できたの?」
ニースは問い質す
リンは主の言葉にしっかりと頷いた。
「……言い訳のしようもないほどの完敗です。
エクス殿の実力は、某とは比べ物にならないほどでした。
実力を疑った事にすら羞恥心を覚えるほどに……。
エクス殿……ご無礼をお許しください」
そう言って、リンは深々と俺に頭を下げた。
「いや、全然気にしてないぞ。
それにこの学園の中ではリンは間違いなく強い方だ。
努力を続ければもっと強くなれる」
上位魔族は無理でも、将来的には中位魔族程度の実力には至るんじゃないだろうか?
それくらいの才能は感じた。
「ありがとうございます。
未熟であることは百も承知でしたが、今後も邁進していく所存です」
リンの返答は非常に固い。
だが既に俺に対する敵意は消えて、今では敬意すら感じた。
「エクス~!」
話が終わったのを確認してか、フィーが俺に駆け寄って来る。
そして、俺を抱きしめようと手を伸ばしてきた。
俺もそんなフィーを受け入れようと手を伸ばす。
だが、
「リンにこれほど簡単に認められるなんて、流石は私の勇者様だわ」
フィーよりも一足先に、俺はニースに抱き寄せられていた。
ふわっ――と、豊満な双丘に俺の顔が埋まる。
「なぁ……!?」
顔は見えないが、フィーが絶句したのがわかった。
「お、おい、ニース。
こ、こういうのはちょっと……」
「照れているのかしら?
あんなにも強い勇者様も、こういう事には免疫がないのね……ああ、でもそのギャップも素敵だわ」
「会長! そういうのはボクの役目だから! 今直ぐ離れるんだ!」
「なぜ離れる必要があるのかしら?
これからエクスくんを労おうというところなのに」
「キミのだらしない脂肪に、エクスは労われたくないよ!」
「だらしなっ――!?
ご、ご自分が『貧乳』だからと言って、嫉妬は良くないんじゃないかしら?」
「ひんにゅ――ぼ、ボクだって小さくはないから!」
ふにゅ――今度は背中に柔らかい感触。
「とにかく、エクスを離すんだ!」
フィーが背中越しに俺を抱きしめ、会長から引き剥がそうと引っ張った。
「フィリス様こそ離したらどうかしら?」
負けじとニースも俺を強く抱きしめて引っ張る。
強烈に反発し合う二人。
「ふ、二人ともちょっと落ち着――うおっ――」
その間から抜け出そうとして、俺は態勢を崩した。
「わっ……」
「ぁ……」
俺が巻き込んでしまうような形で、フィーとニースもバランスを崩す。
(……しまった。せめて二人を……)
床に倒れ込む前に、俺は二人の身体を抱え込んだ。
――バターン。
そのままもつれ合うようにして床に倒れる。
「だ、大丈夫か?」
右腕にはフィー、左腕にはニース。
二人は同時に俺を見つめる。
「うん、ボクは大丈夫。
エクスは怪我はない?」
「ああ、俺は大丈夫だ。ニースは?」
「ありがとう、エクスくん。
私を守ってくれて。
このまま……する?」
「何をするつもりなんだよ!」
「フィリス様のご想像通りのことよ?」
「そ、そんなことさせないから!」
「あら? 真っ赤になっているようだけど、フィリス様は何を考えているのかしら?」
「な、何をって、そ、それは……」
「あら? また赤くなったわね?
私はただ、訓練室にいるのだから、このまま訓練でもする? という意味で尋ねたのだけど?」
「~~~~~~!? ぜ……絶対今、適当に考えただろそれ!」
俺の上で二人は視線をバチバチと交差させる。
「あ、あのさ……とりあえず、どいてもらっていいか?」
「そ、そうですニース様!
いくらエクス殿が勇者だとしても、嫁入り前の娘が男の上に跨るなどはしたないとは思いませぬか!」
リンが、ニースを窘めた。
ガウルもそうだが、騎士というのは生真面目な性格の人間が多いのかもしれない。
「はぁ……仕方ないわね。
フィリス様、せーので立ち上がるわよ」
「わ、わかった。なら――」
「「せーの!」」
立ち上がると言ったはずなのに、なぜかニースの顔が俺に近付いてきた。
が、途中で止まった。
「何かすると思ってたよ!」
フィーが会長の身体を押さえている。
「はぁ……フィリス様に信じてもらえないなんて悲しいわ」
「信じてほしいなら、信じられるような行動を見せてよ!」
「あ、あのさ……そろそろどいてくれると助かるんだが……」
こんな調子で、訓練室はわちゃわちゃと騒がしい時間が続いた。
※
ティルクとリンの協力もあり、二人のプリンセスはなんとか停戦してくれた。
「エクス、帰ろう。
決闘も終わったんだから、ここにいる必要はないよ」
「そうだな」
精神的にもなんだか疲れた。
ニースから勇者の話を聞くのはまた後日にしよう。
そう思い、帰ることをニースたちに伝えようとした時だった。
「エクスくん、待って。
改めてになるけど、これを受け取ってほしいの」
ニースが俺に結合指輪を差し出す。
「……お前の専属騎士はリンだろ?
それは彼女に渡すべきなんじゃないか?」
尽くしてくれる専属騎士がいるのに、ニースの行動は流石に不義理だと思う。
俺に結合指輪を渡すというのは、リンを裏切る行為じゃないだろうか?
「あぁ……あなたは知らないのね。
女性同士では、結合指輪の効果を発揮できないのよ」
「え……? そうなのか?」
だが思い返してみると、クラスの専属騎士もほとんどが男女のペアになっていたように思う。
「……悔しいですが事実です。
そもそも、私は女だったからこそ、ニース様の専属騎士を務められているので……」
俺の言葉に答えたのはリンだった。
その表情は複雑に歪む。
彼女がニースの専属騎士を務めていることには、実力以外の別の理由があるのだろうか?
「だから、気兼ねする必要はないわ。
この結合指輪は、あなたに渡す為のものなの。
リンもその事は良く知っているから」
「……はい。
エクス殿、某は覚悟の上でニース様の専属騎士を務めています。
そして、この忠義は指輪一つで揺らぐことはありません」
どうやらリンも、ニースが俺に結合指輪を渡すことを覚悟しているようだ。
いや、決闘を終えた事で覚悟を決めた……という感じなのかもしれない。
ニース自身、何か事情があるのだろう。
だが、それでも俺は彼女から結合指輪を受け取るつもりはない。
「……ニース、俺はフィーの専属騎士だ。
だから他の貴族生徒の専属騎士にはなれない」
「エクス~!」
フィーの声が跳ね上がった。
本当に嬉しそうな満面の笑みを見せてくれる。
「ほら、わかったかい会長?
キミが割って入る隙間はないんだ! ボクたちの絆は揺るがないよ!」
不安に染まった表情から一転。
フィーは、ほっとした表情を浮かべた。
「それはどうかしらね、フィリス様。
男と女ですもの。
何があるかはわからないでしょ?」
だがニースは自信たっぷりに挑発を返す。
「え、エクスは浮気なんてしない!」
「私も同感よ。
あなたが振られた後に、エクスくんは私と付き合い何れ結婚するのだから。
これは浮気ではないわね」
「ふ、振られない!
ボクとエクスは結合指輪だって使いこなせたんだ!
二人の想いは繋がっているんだから!」
「結合指輪を使いこなした?
それは間違いね。
だって、あなたはまだ処女なのでしょ?
エクスくんに奪ってもらっていないのよね?」
「だ、だったらなんだって言うんだよ!」
「結合指輪を真の意味で使いこなすには、男女が契りを交わす必要があるのよ」
「ち、契りって……」
「性交渉よ」
は? なんですと?
「う、嘘だよ! だってボクとエクスは結合指輪を通じて互いの気持ちを感じたんだ!」
「それは、この指輪の能力の一端でしかないわ。
心を通じ合わせた男女が、深い仲になればなるほど、結合指輪は強い効果を発揮するの。
そして――結合指輪の力を完全に使いこなした者は、結合者と呼ばれる」
そうなると俺たちは結合者にはなれていないのか……。
「だ、だとしても、ボクとエクスの気持ちが通じ合ったのは事実だ!」
「その時は……ね。
あなた不安そうだもの。
今は互いの気持ちが伝わらないのではないかしら?」
「そ、それは……」
あの休日の一件以来、結合指輪は反応しなくなっている。
何か理由があるのかもしれないが……。
「エクスくん、あなたと私は必ず惹かれ合う運命にあるの」
「だったらボクとエクスだって運命の相手だもん!
それに、キミは運命、運命って言うけど、どうせ根拠なんてないんだろ!」
運命という言葉を口にするだけなら簡単だ。
だが、普通は根拠などあるものではない。
「――あるわ」
だが、ニースは一切の迷いなく即答した。
「言ったでしょ?
勇者様が学園に訪れることを知っていたって。
結合指輪を誰にも渡していないのがその証拠よ」
「た、偶々だったかもしれないじゃないか」
「違うわ。
私が子供の頃から、大婆様は言っていたもの。
私と勇者様は結ばれる運命にあると」
ニースの口から大婆様という名前が何度か出てきているが、一体何者なのだろうか?
「その大婆様はニースの家族なんだよな? 勇者について何か知っているのか?」
「大婆様はキャメロットの宮廷魔法師なの」
「キャメロットの!? ならお父様を知っているの?」
その事実にフィーは驚愕した。
「私は陛下にお会いしたことはないわ。
でも、もしかしたらフィリス様は大婆様をご存知かもしれないわね。
宮廷魔法師マリン・テンプル。
これが大婆様の名前よ」
「ま、マリン!?」
さらにフィーの驚愕は続いた。
そして、マリンという名前には俺も聞き覚えがあった。
ニアの言っていた宮廷魔法師であり、偽人を用意し、フィーの母親のティア皇妃と弟のレヴァンを救った人物だ。
「会長はマリンさんの孫だったの……」
「孫じゃないわ。
ひ孫か玄孫か、来孫か……は、わからないけど。
身内ながら大婆様は年齢不詳なの」
「年齢不詳って、そんな人間がいるのか?」
魔族であれば寿命も長いが、普通の人間であれば100年も生きられないんじゃないだろうか? 勇者のような特別な力を持った存在ならあり得るのかもしれないが……。
「ニース様のおっしゃっていることは本当です。
某の爺様が言うには、60年前から容姿が変わっていないと……」
「いや、それ最早人間じゃないだろ!」
だが、マリンの話を聞いて一つ分かった事がある。
「ニース、マリンは勇者のことを知ってるんだな?
そしてお前は、俺のことをマリンから聞いていたと?」
「ええ。
大婆様は先代勇者様――あなたのお父様と旧知の仲らしいわ。
……今は全く会っていないようだけど」
「……そうなのか」
マリンに直接話が聞ければ、勇者のことが何かわかるだろうか?
もしかしたら、円卓の騎士たちよりも有益な情報を持っているんじゃ?
「そ、それで……マリンさんが、エクスとキミを運命だと言っていたの?」
「そうよ。
大婆様の話では、先代の勇者様からの言伝でもあるらしいわ」
「言伝?」
「先代の勇者様は未来を見通す力を持っていたらしいの。
そして言っていたそうよ」
一体、何を勇者がマリンに伝えたのか。
そんな俺の疑問は直ぐに解消された。
「私と勇者様――エクスくんの間に出来た子供がこの世界を救うと」
「は……?」
「だからこそ、私たちは運命で結ばれている」
ニースは艶のある色っぽい笑みを俺に向けた後、フィーに対して勝ち誇るような余裕の笑みを向けたのだった。
「フィリス様、あなたという存在は私にとっては恋を燃え上がらせる小さな障害でしかないの。
だってこの恋の戦争に勝つのは私なのだから」
「……そ、そんな、 そんなわけ……」
「今日はもう帰るわ。
この話は全て嘘偽りのない真実。
フィリス様、だからよく考えてほしいの。
辛い恋をしたくないのならね……」
フィーは何も言葉を返さない。
いつものように何か言い返すのかと思った。
だが、彼女の表情は不安に曇って……
「っ――」
「フィー!?」
そして訓練室を飛び出しいく。
俺はそんなフィーを慌てて追いかけた。
※
「ニース様、よろしいのですか?
エクス殿をお引止めせずに?」
「構わないわ。
……本当に運命が存在するのなら、必要のないことよ」
「……ですが、本来の運命であれば勇者は――」
「だとしても、勇者様は現れた。
それが答えではないかしら?」
リンが何かを言い掛けた。
だが、その言葉は主君である少女に封じられた。
「……はい」
主君に対して、リンはただ頷く。
ニースは信じていた。
自分と今代の勇者――エクスが結ばれるという運命を。
同時にフィーの事を考えていた。
どんな運命の悪戯なのか、エクスを専属騎士にした皇女のことを。
きっと彼女は本当にエクスのことが好きなのだろう。
自分の身に置きかえれば、あのままエクスが追いかけてきてくれなかったとしたら、どれだけそれが辛いことか……。
そんなことを考えてしまったせいで、ニースはエクスを引き止めることが出来なかったのだ。
(……私も甘いわね)
欲しいものは奪う。
そのくらいの気持ちでいなければ……。
「……私の想いだって本物だもの」
だからもし、フィリスとエクスを巡り争うことになるのなら、その時は全力で相手をさせてもらう。
ニースは決意を固めていた。
手加減なしの恋の戦争は、まだ始まったばかりだ。